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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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392-戦争に向けて

エリザベスを含めて、あの戦いで眠っていた面々の全員の目が覚めたのは、それからさらに数日後のことだった。


目覚めたとはいっても、もちろん全員が万全という訳でもない。円卓争奪戦の時点で眠っていた面々はまだうとうとしているし、明らかに夜寝る時間も長くなっている。


ベヒモス戦の影響で眠った者も、体の一部が欠損した者や長時間戦った者まで、余裕のない者から眠りが長くなっている状態だ。


例えば、アーハンカール。例えば、セタンタ。

海音やソフィアも、ちゃんと起きてくるし起きた時には普段通りだが、少し長く眠っているようだった。


変わらず活動している俺達にしたって、疲れはある。

俺が頭痛、ヴィニーが血で現れるように、負担はそれなりにあるため戦争に行くなら休まないといけないのだ。


そんなこんなで、出発することになったのは数週間が経ってから。ククルによると、もうとっくに戦争が始まっているという頃だった。


「お前ら、本当について来るんだな。

セタンタはともかく……お前は本当に驚きだ」


戦争が起きているという国――アルステム。

そして、彼らを含めた多くの国の民が崇める現人神の治める宗主国エリュシオン。


現状を知るため、まずはエリュシオンに向かおうとしていた俺達は、一緒についてくるつもりの2人に目を向ける。


視線の先にいるのは、生まれて初めての自由にわくわくと顔を輝かせているセタンタと、本当になぜついてくるのかわからない花冠の金髪少年アーハンカールだ。


ヴィヴィアンを含めて、これでアヴァロンからの助力は3名。

とてもありがたいと思う反面、全員が円卓以外なので大変そうだという気もしている。


円卓は半数近くが亡くなっているので余裕がなく、その他の面々から加わってくれるのも不思議ではない。


むしろ至極当然ではあるけど……

アーハンカールが自分から名乗りを上げたのは、本当になぜなんだと頭をひねるばかりだった。


自分から来たがるなら、ローズに懐いたルキウスだろう。

餌だと認識されてる人についてこられても怖いし、急に丸くなった自称皇帝の方が正直安心できる。


そう思っての言葉だったのだが、彼らとしては当たり前の選択であるらしい。セタンタはともかく、アーハンカールまでもが妙にキラキラとした目で笑っている。

正直、落ち着かない。


「だーっはっはっは、俺はやっと自由に外出れるからな!!

お前についてって、楽しく暴れるぜ!!」

「おれは君に興味が湧いたからかなぁ。

すぐに食べるのはもったいないから、非常食だよ」

「クローの肩の上はゆずらないよ、アーハンカールっ!」

「こんなのを乗せられるかっての。変な喧嘩すんな」


答えを聞いても、やっぱり落ち着かない。

値踏みするような目をしているからか、単純にまだ餌扱いされているからか、彼が強いからか。


理由は何でもいいけど、やっぱりルキウスが来てくれた方がよかったよ……わかりやすいし、今は特に扱いやすそうだし。


とはいえ、アーハンカールも敵意はないみたいだから、拒絶もしない。したら危険そうっていうのもあるが……

強さは間違いないし、ロロをけしかければあまり絡まれもしなそうだから。


俺は耳元でおかしな主張を始めたロロの首根っこを掴むと、花冠の上に落っことす。どうぞ、勝手にやっててくれ。

他にも話したい人はたくさんいるんでな。


予想通り喧嘩……というよりじゃれ合いを始めた2人を尻目に、ここで別れることになる仲間の元へ向かう。


「よう、ヘズ。この旅では1番助かったよ、ありがとう。

次の旅……戦争ではいないのが残念だ」

「助けになれたのなら、この森に現れた意味があったというものだ。しかし、私は図書館とシル様のことが気がかりでね。流石に後回しにはできないから、申し訳ないが同行することはできない。せめて健闘を祈っているよ」

「うん、ありがとう。シルも図書館も、無事だといいな」

「可能性は低いと、私は思うがね」


悲しげに目を細め、彼はイーグレースの方を向く。

結局最後まで、ヘズがなぜこの森に現れたのかはよくわからないままだった。しかし、やはりシルが送り込んでくれたんじゃないかと、俺は思う。


もちろん根拠はない。ただ、俺達が行った時点であの図書館は消えていた。その上でヘズがミョル=ヴィドに現れたのだから、可能性としては1番高い気がする。


あまり長い付き合いじゃないけど、毎回あの人には助けてもらってばかりだな。戦争を……エリスを放置していたら家族が危ないから、放置して探しにはいけないけど。


まだ生きていたら、次にあった時に感謝を伝えよう。

そんな事を考えながら、次の仲間の元へ向かっていく。


「よう、海音、雷閃。お前らが同行してくれると、本っ当に頼もしいんだけど、やっぱり八咫に帰っちゃうのか?」


次に声をかけたのは、海音と雷閃の八咫侍組だ。

彼らはベヒモス戦でも最後まで生き残っていたし、耐えるだけなら単独で神レベルとすらやりあえる。


脳筋、奇跡的な迷子と、割と普通に問題児であることが玉に瑕ではあるが……できることなら、一緒に戦争に参加してほしかったというのが本音だった。


だが、やはり彼女達も、これが迷う余地もないくらいたしかな選択であるらしい。雷閃はほんわかしながら、海音は相変わらずの無表情で、まっすぐ俺を見て口を開く。


「ごめんね〜、僕は多分行方不明ってことになってるから。

流石に黙ってこのまま同行してる訳にはいかないかなー」

「すみません、私としてはまだ同行していたかったのですが、彼は1人で帰すと迷います。送り届けてから、また」

「だよなぁ……行方不明。だめだよなぁ」


どうせいつものことなんだから、そこまで気にしなくていいんじゃないか、と思わなくはないけど。

まぁ怒られるのは本人だし、そりゃあ回避したいだろう。

間に合えばだが、後から海音が来てくれるだけマシだ。


「じゃあ、雷閃はまた機会があれば。今度また八咫にも遊びに行くよ。海音はぜひこの後の戦いでも!」

「はい」

「うん、ばいばーい」


八咫も八咫で、それなりに大変だもんな。

獅童が死んでしまっていたり、執権の影綱が意識不明の重体だったり。次会ったら容態を聞こう。ふわりと笑う侍組に手を振って別れ、俺は独特な空気の外に出た。


行き先が別々になるのは、この二組とアストラン、ケット・シー。あと別れるのはアヴァロンに残る円卓勢くらいだ。

あっちはライアン達の方が面識あるし、クイーンは……疲れるし、俺は円卓勢に挨拶しておくことにする。


死傷者が多くて忙しそうにしているから、流石に全員は見送りに来ていないけど、エリザベスとソフィアさんは来てるからな。


それに……自由にしていいとは言われたけど、俺とヴィニーは円卓の騎士になっちまったし、他にも2人――アーハンカールとヴィヴィアンを連れ出すことになるんだから、挨拶しないと色々気まずい。


「えっと、こんにちは。ソフィアさん、エリザベス」

「やっほークロウ」

「どうも、クロウさん」

「エリザベス、元気だな。

女王らしい威厳は取り繕わなくていいのか?」


ソフィアさんはいつも通りクールな雰囲気だが、エリザベスは普通に素で返事をしてくれた。俺としてはやりやすいからいいけど、表なのにそれでいいのかなと少し疑問だ。


ついポロリと本音をこぼすと、彼女はギクッとしたような顔をした後にぷくっと頬を膨らませて見せる。


「い、いや、取り繕うとか……べ、別に何でもいいじゃんね。

貴方は円卓の騎士序列7位、あたしの部下!」

「返したいんだけど……いらねぇ、この称号」

「星剣の原型もあげたでしょ!? お口はチャーック!!」

「……はいはい。ありがとな」


エリザベスが言う通り、俺はベヒモスにとどめを刺したあの星剣の原型をもらった。


この力を完全に開放するには、彼女のように13人の星の構成要素を持つ者に協力してもらわなければならないらしいけど、開放できなくてもすごい剣に変わりはない。


そのことが、余計に円卓の騎士の座を返還しづらくしているのだ。あと、一応ヴィニーもまだ返してないし。


とはいえ、これから戦うと思われる相手もベヒモスと同格の大厄災――エリスである。あれを滅ぼすためには、やはりこの剣は必要になるだろう。


それでなくても、俺が持ってる武器はローズが造ってくれた弓、獅童に譲られた使えない刀、リューの形見である慣れない大剣だ。


使えるもので言えば、ローズの弓が最も良い質のいいものになっている。よく使うのは長剣なのに、それはちょっとどうなのかと思っていたので、やっぱりありがたい。


席次は正直プレッシャーだけど、まぁそのうち俺の居場所になるかもしれないし、気にしない方向で。


「とりあえず、世話になった。まだしばらく旅を続けるし、ヴィヴィアンも俺の中から出てこないから、結構迷惑かける気がするけど……何かあったら義理は果たすから」

「当然です。あなたはあの自由人――ソン・ストリンガーのようにならないように。もちろん、旅人であるあなたを試合の結果だけでこの国に縛り付けるつもりはありませんが……

たとえ席次を返還したとしても、この国はいつでもあなたを歓迎します。いつでも帰ってきてください」

「うん、ありがとう」


ソンへの怒りに少しゾクッとしたものの、直後にかけられた言葉は温かく、嬉しくてほっこりする。

思えば、この人は最初からずっと優しかったな。

戦ったりはしたけど、一度も敵にはならなかった。


役割を果たしつつも、ルールに盲目的じゃない。

正しいと……少なくとも悪ではないと判断できれば、ちゃんと味方になってくれる人だ。


「それから、お母様をよろしくお願いします。……弟くん?」

「……なんで?」


表情を変えず妙なことを言ってきた彼女に、俺は思わず聞き返す。嫌とは言わないけど、胸が温まってほんわかしていたところにいきなりきたので、混乱が強い。


しかし、ソフィアさんは冷静そのものだ。

いつも通り落ち着き払って口を開く。


「いえ……お母様とパスを繋ぎ、そのうえ中にまで入れたならそういうものかなと。私はヴィヴィアンに育てられましたが、血の繋がりはありません。あなたの家族も同じようですし、必ずしも血は必要ないでしょう?」

「まぁ、うん」

『俺も歓迎するぜ! あんたはいじり甲斐があるしな!

ソフィア、セタンタ、薄幸少年。真面目、荒くれ、苦労人。

ぶふっ……うんうん、バランスもいいじゃねぇか!!』

「俺、セタンタの下かよ!? てかその家族って、ファミリーじゃなくて姉弟子兄弟子みたいなことだな!?

あと名前を呼べ、絶壁乙女この野郎!!」


突然、俺の体に青い紋章が浮かび上がってきたかと思うと、辺りにはヴィヴィアンの声が響き渡る。中に入って何してるのかと思ってたら、ちゃっかり聞いてるのかよ!?

出てこいよ、こいつ!!


「まぁまぁ、家族が増えてよかったじゃない」

「うわっ、ヴィニー!? どうしたんだ?」


俺がヴィヴィアンと喧嘩を始め、それをソフィアさんに呆れたように見守られていると、しばらくしてからふわっと肩を組まれる。


驚いて振り向けば、そこにいたのはヴィニーだ。

アストラン、ケット・シーとの挨拶、旅の準備などをしていたはずの彼は、もうすべて終わらせたのか隣で笑っていた。


「もう出発だからね、呼びに来たんだよ。

ライアンは最近良く寝ているし、フーは不安定だし、増えた面子も癖が強い。君しか頼れないんだ」


視線の先を見てみると、いつの間にか移動していたセタンタが馬車を壊す勢いではしゃいでいた。


ヴィヴィアンは俺の中にいるので問題を起こしていないが、アーハンカールなど馬を見つめて涎を垂らしている。

確実に食べ物と認識してんな、あいつ……


「了解、じゃあさっさと行こうか。神の国エリュシオンに」

「うん、出発だ」


放っておいたら移動手段がなぬなりそうなので、俺も速やかにヴィニーに同意して馬車へ足を向ける。

今回の旅は、冒険じゃなくて戦争。

かなり陰鬱なものになるだろう。


だが、決して希望がない訳じゃない。

メンバーは俺、ライアン、ローズ、ヴィニー、フー、ロロ、セタンタ、ヴィヴィアン、アーハンカール。

きっと、いい結果に辿り着けるはずだ。


「いってらっしゃい、クロウ、セタンタ、皆さん」

「またねー、ローズ、ヴィヴィアン、みんなー!」


エリザベスやソフィアさんに見送られながら、俺達は出発する。エリスを止めるため、戦争を止めるため、俺達の周りが地獄にならないように。目指すはエリュシオン。

現人神が治める、楽園だ。


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