391-とある書物の記述④
ロロ、ソフィアと合流した俺は、念のため彼女にフォーマルハウトが本当に居候だと確認を取ってから案内してもらう。
フェイからの預かりものと聞いた時点で、無視する選択肢はなくなっていたけど……警戒の必要があるかどうかは知っておかないと面倒くさい。
運良くソフィアと会えてよかった。
ロロはついてくるだけだから、いてもいなくても変わらないが、こいつはなぜか重要な場面にいつもいるな。
戦闘には参加しないし、普段も俺についてくる以外は頼まれないと好きにのんびりしてるのに。
まぁ、俺としては1人で抱え込むことにならなくてありがたいから、不思議だけど特に文句はない。
「ここだよ。エリーが寝てるから、ちょっと待ってな」
しばらく廊下を通り、玉座の間すらも素通りした先。
より細い通路の奥まで来て、彼女はようやく立ち止まる。
位置的には、エリザベスが普段座っているのであろう玉座の奥にあるので、彼女の部屋という気もするけど……
居候って同じ部屋で生活してるのか?
訝しんで軽く覗き込んでみると、かなり大人しい――ナーバスとすら言えるフォーマルハウトとも、威厳に満ちた言動を心がけているエリザベスともイメージの違う部屋。
可愛らしいぬいぐるみやクッションで埋め尽くされた、やたらと女の子らしいファンシーな部屋だった。……うん、これは見なかったことにしよう。
エリザベスの素を見た感じ、多分こっちが本当なんだろうな。女王らしく取り繕おうとしているんだから、あんまり口を出さない方がいい。
当然知っていた様子のソフィアは何も反応を見せないが、俺は知らんぷりすることに決めて大人しく待つ。
目を逸らしながら少し待てば、部屋のレイアウトなどまるで気にしていないフォーマルハウトが出てきた。
案の定、この部屋はエリザベス個人のもので、好みもあの人のものなんだろう。意外だし、わざわざ女王らしさを取り繕わなくてもいいとは思うけど……
まぁ、彼女が好きでやってることだ。
「ほら、この本が円卓争奪戦の前にフェイから預かった本だ。あいつも友人に預かったものだと言ってたけど……」
差し出された本を受け取って、よく見てみる。
タイトルは『クロノスの手記』。……明らかに大事なやつだ。
小さくて見た目は結構ボロボロだけど、デザインも時計みたいなものになっているし。あの人の予言……というか、見てきた未来の暗示? あれよくわからないんだよな。
これも多分、俺じゃ正確に理解できないものなんだろうが、まぁ見ないよりは見た方がいい。
どうせなら、ヘズも連れてくればよかった。
運良く会ったのがロロとソフィアだから、彼は必要なかったということなんだろうけど。
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彼の国は病に侵された。彼の国は不信に侵された。
ほとんどの生命が苦痛に苛まれる程に。
まともな生活が成り立たなくなる程に。
神に見捨てられた人は生に苦しみ、ただ生きることを望む。
始まりの神、敗れ去った勇士、救世の英雄。
誰も悪くなどない。誰も彼らを否定できはしない。
戦え。己が生命を存続させるため。
殺せ。己が世界をひっくり返すため。
すべてが終わった神秘の世界で、己が正義を示すのだ。
数多の呪いを受け止め、救いは今ここに。
最古の歯車を打ち倒し、新たなる英雄はここに立つ。
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相変わらずはっきりとはわからないけど……
文字で繰り返し読めるからか、今までよりはまだわかるかな?
なんのことを言っているかは不明。だが、どこかの国が病気や争いに苦しんでいるってイメージは受けた。
神は現人神? 敗れ去った勇士やら救世の英雄も、俺はよく知らない。すべてが終わった世界というのも意味不明だ。
それだけその国はヤバいところなのか?
俺が知っている中だと、これから戦争を起こすというクターとタイレンか。でも、結局始まりの神だとかよくわからない単語が……戦争の結末を記してあったりする?
やっぱり後でヘズにも読んでもらいたいな。
書いてあること自体はわかるけど、何をいいたいのかを正確に理解できる気がしない。
肩に乗ってきたロロも首を傾げているので、数回読んでから本を閉じる。すると、黙って見ていたフォーマルハウトが手を伸ばしてきて、本を回収してしまった。
「たしかに見せたよ」
「え、もう終わり? 持ち出しとかって……」
「あたしは見せろとしか言われてないからねぇ。
亡き友に託されたいわば遺品。あげるならあの子がいいよ」
「そりゃそうか。じゃあ、エリザベスに」
「あぁ」
フェイ自身も預かったものだったらしいけど、死ぬ少し前に託されたものに変わりはない。遺品ならやっぱり家族に……妹のエリザベスに渡すべきだ。
神獣だから、そこまで気にしない可能性の方が高そうだけど……まぁ、今あるものなら大切にするだろう。
俺は素直にクロノスの手記を諦め、フォーマルハウトと別れた。
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書物を読む者、談笑する者、眠る者、けがを癒やす者。
国の存亡をかけた戦いの後、多くの者は静かに日々を過ごしていた。
だが、もちろんそれはすべての者に当てはまる訳では無い。
同じ王城内では、普通の者達とは対照的で実に騒がしい笑い声が響き渡っている。
「フハハハハッ、これがアヴァロン女王の居城か!!
実に見事なものだ、褒めて遣わす!!
だが、余とていつまでも流浪の王ではないぞ!!
いずれはこのような城を持つことだろう!!
つまり、ここは余の城同然である!! フハハハハッ!!」
「素晴らしいですわーっ!! まさに御伽噺のような光景……
ファンタジックで、とっても美しい人の世界!!
侵略者を阻み、竜を打倒し、獣を滅ぼす白亜の城!!」
騒ぎ立てているのは、王城に足を踏み入れたことで、皇帝として皇帝らしからぬ興奮を見せるルキウス・ティベリウス。
そして、間違った人間の知識で物語的なお城に興奮しているケット・シーの女王――クイーンだ。
彼らは人が減って静まり返った城の中で、延々と走り回って楽しんでいた。ドタドタと足音を鳴らし、時には壁や廊下を破壊までしており、とんでもない騒ぎようである
しかも、被害を受けているのは建造物だけではない。
これが2人だけなら、まだよかったのだが……
2人に懐かれたローズもまた、振り回されていた。
「ちょ、ちょっと二人共……あんまり騒がないで?
みんな疲れて寝てるんだから。それに、私も疲れる……」
「フハハハハッ!! そのようにつれないことを言うでない、リー・フォードよ!! 文句を言ってくるような輩は排除すればよいのだ!! うむ、失言であった!! もちろん、もう余はそのようなことはしないとも!! フハハハハッ!!」
「そうは言われましても、この興奮は収まりませんわーっ!!
キング様が獣王と獅子王に連れ出されたのですから、伴侶の貴女は私に付き合ってくださいませ!!
この、物語より現れたかのような景色を、余すところなく、この瞳に焼き付けるのですわーっ!!」
「は、伴侶って……!! わ、私達はそんなんじゃ……」
「城を散策している最中、偶然にもキング様に巡り合う……
そのような出来事があれば、それはまさしく運、命♡
おーっほっほっほ、お待ちになってくださいませ〜っ!!」
「貴女が待って!?」
心なしか頬を染めるローズを気にせず、クイーンは騒ぐ。
ルキウスも部屋を突き破る勢いで走り回っており、彼女はすぐに我に返って静止をし始めた。
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「ウィリアムも死にましたし、私はこの国で……おや」
城中で響く自称皇帝や女王の声を聞きながら、俺がソフィアさんと話していると、唐突に彼女は何かに気がついたように立ち止まる。
それに倣って立ち止まり、視線の先を追ってみれば、廊下の真ん中でふよふよ浮いていたのは、軽やかなドレス姿の乙女――ヴィヴィアンだ。
なぜかご機嫌だった彼女は、俺達を見つけるとにやりと笑いながら近づいてきた。
「おーっす、ようやく起きたのか薄幸少年」
「クロウだ、絶壁乙女」
「カッチーン、てめぇまだ言うのかこの野郎!?
こんなに麗しい俺のどこが男と区別できねぇだ!?」
俺の言葉にキレたヴィヴィアンは、長い杖でポカポカ殴りながら手でもポカポカ殴ってくる。
自分だって名前で呼ばねぇんだから、お互い様だろうがこの野郎……!!
「乙女つってんだろ!? それに最初に突っかかってきたのはお前の方だ!! こんなだからソフィアさんとは違うって‥」
「落ち着きましたか? クロウさん、お母様」
喧嘩を始めて数分後。俺達はロロを肩に乗せたソフィアさんに正座させられ、叱られていた。口調はいつも通りなのに、雰囲気が冷えっ冷えだ。とても怖い。
喧嘩が始まった時には逃げてたけど、ロロのやつはのんびりとあくびなんてしやがって……!! 本当にいるだけのやつだな。この森に最初に入った時とか、助かる場面もあるけど。
「は、はい……」
「ここは王城である上に、現在は負傷者や消耗した神秘の皆様が休まれています。処刑王はもう諦めますが、お二人は話が通じる方ですよね? お静かに」
「は、はい……」
一通りお叱りを受けてから、俺達はようやく立つことを許される。フーも寝てるし、普通に反省しないとだ。
ただ、母親なのに娘に叱られるヴィヴィアンは何なんだよ。
「それで、お前は何か用があったのか?」
「んー、お前戦争に行くんだろ? アヴァロンに余裕なんてねぇけど、ベヒモス討伐で助かったし手は貸すべき。
なら、どうせ暇だし俺がついていこうと思ってよ」
最初やけに嬉しそうだったから聞いてみると、ヴィヴィアンはとても予想外でありがたい提案をしてくれた。
精霊がついてきて、戦争で助けてくれる……
この人が戦えるのかは知らないけど、あの緊急脱出だけでも頼りになりすぎるな。
「あぁ、それはいいですね。パスを繋ぎますか?」
「パス?」
「この国の神秘を扱う技は、ルーン魔術。んで、ルーン魔術は刻み込む魔術だ。それを使って霊的な文字を刻み、魔術的な繋がりを作っとくんだよ。そうすると、円卓とパートナーみたいに物のやり取りとかができる。しかも、俺は精霊。
お前の中に入って、必要な時に出てくるとかもできるぜ」
「おぉ、それは凄い。ちょっと嫌だけど……ぜひ頼む」
ソフィアさんの言葉に首を傾げると、ヴィヴィアンは嬉々として説明をしてくれる。
かなり深いところでの、面倒な繋がりを持つことにはなりそうだが……これから行くのは戦争だ。
身を守る術はいくつあってもいい。
もし最終的に、あのエリスと戦うことになるのなら余計に。
より強くなって、もう家族を失うことがなくなるように、俺はパスを繋いでもらうことにした。