37-ウォーゲーム⑥
-ヴィンセントサイド-
女性に飛ばされたヴィンセント達は、ほとんど抵抗できずに2番エリアへと吹き飛ばされていく。
辛うじて、壁や天井にぶつかることだけは防ぎながら、一応は負傷をせずに。
もちろん、2番エリアに近づくにつれて少しずつ風は弱まっている。
しかし、ニコライを逃してしまった時点で彼らが不利だ。
粘っても飛ばされても、ほとんど意味がない。
むしろ、無理に逆らって時間を使うよりも、大人しく戻されて戦い始めた方が早いだろう。
そのため彼らは、上下の揺れを制御する程度の抵抗で飛ばされていった。
彼らは、錐揉み回転しながらどうにか風や念動力、筋力で着地する。
「ふぅー……」
最後は緩やかになっていたが、吹き飛ばされていたことに変わりはない。
ようやく地に足をつけた彼らは、緊張を緩めてホッと一息つく。
「へっ? 何してんだお前ら?」
すると同時に、寝転んでいたリューが飛び起きて、慌てたように声をかけてきた。
警戒する役目に飽きたのか、ウトウト寝ていたようだ。
その様子から、彼がサボっていたことを瞬時に理解したヴィンセントは、ジト目で彼を見つめる。
まだ戦闘モードのままだったフーも、少し苛立ったようで、刺々しく返事を返す。
「見りゃあ分かんだろ? 敵に飛ばされてきたんだよ」
「おお? 久々に話すなぁ」
「兄貴はもう黙ってな。戦闘始まるぞ」
「久々なんだしいいじゃねぇか……」
彼女は明らかに機嫌が悪かったのだが、まともに返事を返してもらえたリューは嬉しそうだ。
普段の彼女は無口だし、戦闘中なら彼が無口なのだから当たり前といえば当たり前だ。
このやり取りを見ることができたヴィンセント達は、かなり運がいいと言えるだろう。
ただ、フーが諌めた通り、戦況は芳しくない。
ニコライはクロウ達の元へと行ってしまったし、おそらく彼らはここで足止めを食らってしまう。
科学者達の実力次第ではあるが、あくまで足止めに徹されるならすぐに進むことはできないはずだ。
もちろん、クロウ達が勝ってくれるのであれば、特に焦る必要はない。
しかし、彼らの元に向かったのはフーを軽くあしらったニコライだ。
それもあまり期待できないため、ヴィンセント達は科学者達を速く倒さないといけなかった。
そんなふうにヴィンセント達が覚悟を決め、態勢を立て直していると、ガルズェンス側の科学者達もやってくる。
女性2人は風を吹き出す金属の塊に、男性のうち1人は炎を吹き出す金属の塊に乗っている。
しかしもう1人は、風も炎も何1つなく飛んでいるようだった。
それらはもちろん、この国独自のものだ。
初めて見るヴィンセント達は、警戒を続けながらも不思議そうに機械を見つめる。
すると、それに気がついた炎の機械使いが、したり顔で声をかけた。
「不思議そうな面だな」
「……まぁね。この国に来てから初めての物ばかりだから」
「ハハッ、俺達の目的は足止めだから、別に教えてやってもいいんだぜ?」
「俺達の目的は、君達をさっさと倒して先に進むこと。残念ながら長話はできないね」
男は楽しげに提案をしてくるが、ヴィンセントは迷いなくそれを断った。
彼の答えを聞くと、両陣営の視線が熱く交錯する。
その緊張感は徐々に高まって……
「さぁさぁ、始めよう」
「……」
挑戦者側からはフーとリューが飛び出していった。
そしてガルズェンス側からは、最初にヴィンセント達を牽制していた男女が。
交渉の余地もなく、戦いが始まった。
~~~~~~~~~~
ニコライが抜けたことで、お互いの人数は4人ずつになっている。
それによって、戦いは当然一対一が4組……
ではなく、ヴィンセントとロロ、そしてアレクと呼ばれた男とブライスと呼ばれた女性はペアになっていた。
理由はもちろん、ロロがサポートタイプであまり戦いに向いていないから。
そして幸いなことに、聖人であったアレクも戦闘向きではなかったからだ。
そのため彼らは、ロロという場合によっては不利になる要素も作用せず、対等に戦うことができていた。
しかも、機械を使うとはいえブライスもヴィンセントと同じく人間である。
ニコライはもとより、力強そうな男と比べてみても、倒すのはそう難しくない相手だろう。
とはいえ、アレクのサポートによって、戦い方がコロコロ変わっているという問題はあるのだが……
「アレク、もう少し機動力ほしいな」
「おっけー」
ブライスがそう言うと、アレクが手の動きだけでそれを変形させていく。
それによって、最初は彼らをまとめて吹き飛ばすほどの風力があるものだったのが、段々とスマートになってきていた。
ヴィンセントはどちらかといえばスピードタイプ、ロロも避けることに特化しているための対策だ。
さらには同時に、ヴィンセントの観察までも大変にしている。
「ロロ、念動力であれ止められない?」
「ごめん。あれは止めてもうごくやつだよーたぶん」
またしても観察を振り出しに戻されたヴィンセントは、流石に耐えかねたように問いかける。
しかし、ロロがしていることは基本的に動きの補助ばかりなので、当然できない。
彼は申し訳無さそうにしながらも、迷いなく断言した。
金属をイジる祝福。
それが神秘的なのかは微妙なところではある。
だが、それ故に目新しく、効果的でもあった。
上手く流れをつかめないヴィンセントは、難しい顔をして回避行動を続ける。
周囲を自動で動いている機械から、こまめに撃ち出されている小さな風弾や、本体から道を塞ぐように放たれる風圧などを避けて、右へ左へと。
どれもヴィンセントからしたら気を抜けないものなのだが、改造を終えたアレクは暇らしい。
しばらくすると、彼らに向かって陽気に話しかけ始めた。
「ブライスもあんたらも、待ってもらって悪いっすね〜」
「俺達は待ってるつもりはないんだけどね」
笑うアレクに、彼はうんざりした表情で答える。
実際彼は、作業中でも容赦なく斬りかかっていた。
それが全て当たらないのは、アレクの祝福によるものなのだろう。何度斬りかかっても、金属がうまいこと軌道を遮るので斬るまでいけていない。
それはアレクにも自覚があるようで、ヴィンセントの言葉を聞いて嬉しそうだ。
「へへ、僕の機械は中々のものっしょ?」
「そうだね、とても戦いにくいよ」
機械と神秘。
誰がどこからどう見ても相反するものなのだが、ひとまずこの手数は脅威だった。
まともに攻撃を始めるには、何かしらの手段でこれをかい潜る、もしくは防ぐ必要があるだろう。
しかし、彼がなおも観察を続けていると、それを遮るようにロロの叫び声が聞こえてきた。
「うにゃぁぁ‥‥ヴィニー、風がー」
「かわい〜い」
慌てて彼が振り返ると、そこには風を吹き出す機械に挟まれて回っているロロの姿が。
どうやら大量の機械で分断された後、念動力だけでは手数が足りずに捕まってしまったらしい。
ダメージはないようだったが、平衡感覚が失われる恐ろしい攻撃だ。
"行雲流水"
それを見たヴィンセントは、アレクに接近しようとしていたのを中断し、ロロが捕まっている場所まで戻っていく。
機械の行動は読めていないようだが、回転しながら無理やり押し通り、ロロを捕らえている機械を吹き飛ばしてそのまま彼女への攻撃を。
「ちょっと、うちのをイジメないでよ」
「あははー、可愛くてついねー」
すると彼女は、笑いながら回転して受け流す。
さらにはその勢いのまま、かかと落としでカウンターを狙ってきた。
本当に科学者なのかと呆れるほどの運動神経だが、特に危ないものでもない。
ヴィンセントは落ち着いて受け止めると、斬り払うように剣を振るう。
「次のやつ、終わったっすよ〜」
「おっけー……ほいっ」
だが、もちろん彼女は風で回転しながら受け流す。
しかも今回は、その勢いを利用してアレクに近づき、改造が終わったものの受け取りまでしていたようだ。
彼女は、風で体を支えて停止すると、何やら丸い物を空中に放り投げた。
そこからの動きは奇天烈。リューの魔弾-フーガのような読めない機動で襲い来る。
ほとんどはロロの念動力で逸れていくが、一部は狙い通りヴィンセントに向かっていった。
しかし彼だけではなく……
「って、ロロ!?」
「あわわ……」
今回はしっかりロロも標的になっていたらしい。
機械から解放された勢いで離れていたため、自身に対する力を弱めていたロロにも弾丸が迫り行く。
「ほんっとに……」
それを目の端で捉えたヴィンセントは、慌ててロロの前まで走っていって斬る。
すると、その弾丸は何故か破裂し、金属の破片を撒き散らし始めた。
「ぐっ……」
「おっナイス〜」
「イエ~イ」
それを見た彼らは、笑顔でハイタッチを決める。
まるで、ヴィンセント達を使って実験でもしているかのようだ。
しかし、一度見てしまえばもちろん次はない。
ヴィンセントは、どうにかすべての弾丸を剣の腹を使って逸していった。
「はぁ……」
無事、初撃以外は防ぐことのできたヴィンセントは、ロロが無事なのを確認すると一息つく。
すると……
「ぐぅぅ……!!」
突然、フーが背中から吹き飛んできた。
どうやら、腹に何か熱いものを食らってしまったようで、赤く火傷のようになっている。
炎を使っていた男の相手はリュー。
少しおかしな状況だった。
「フー!?」
「あっつ……」
「えっと、君の相手って炎だったっけ?」
「風のはずだけどねぇ……熱い風なんだよ」
驚いたヴィンセントが問いかけると、彼女は腹立たしげに吐き捨てた。
どうやらフーの相手は、彼女よりも強い風を使うらしい。
もしそうなら、繊細なそよ風で太刀打ちできないことにもうなずける。
フーでは厳しいと見たヴィンセントは、彼女の反感を買わないように気をつけながら提案した。
「こっちも攻めあぐねてるんだよね。変わる?」
「……負けられないし、仕方ないねぇ」
フーは不満そうな表情を見せるが、どうやら相当やりにくかったらしい。
特に文句を言うことなく承諾してくれる。
彼は一応リューの様子も窺うが、互角に殴り合っているようなだったので問題はなさそうだ。
何故か大剣を放り出していたが、負けていないのなら問題ない。
「じゃあロロとペアでよろしく」
ヴィンセントはそう言い残し、もう1人の風の機械使いの元へと向かい始める。
何故か止められることはない。
確かに勝つことが目的ではないとは言っていた。
しかし、勝つために相手を変えることまでスルーするのはやりすぎだ。
彼はありがたく思いながらも、少し複雑そうな表情になっている。
フーの相手だった女性までもが傍観していたため、彼は難なく元までたどり着いた。
「えーと、よろしく?」
「ええ、よろしく」
彼が戸惑いながらも軽く挨拶をすると、女性もそれに応じて返事をする。
それが相手の変わった区切りにもなり、戦闘開始だ。
ヴィンセントはいつも通り、まずは迂闊に攻めずに保守的にいく。
見たところ彼女が武器にしている機械は、ブライスが最初に使っていたものに近い形状をしている。
フーのけがも踏まえて考えると、火力重視の熱風ということだろう。
火傷する程に熱いようなので、ブライスの時よりも気をつける必要があった。
そのため彼は、武器が剣であるにも関わらず、迂闊に接近もせずに間合いを取る。
そして彼女も、思っていたより慎重だったようだ。
彼女は、ブライスが最後に出したような遠隔操作の機械を飛ばし、遠目から様子を見ている。
それは爆発こそしなかったが、やはり熱風を放出していて油断はできない。
しかも、それは熱風というよりは蒸気だった。
湿っぽくて、より熱い。
どう見ても普通の風より殺傷能力が高く、実体もないためまともな方法では斬れない。
ひとまず使う能力を把握したヴィンセントは、難しい表情をしながら剣を振りかぶった。
~~~~~~~~~~
同時刻。
リューが戦っている相手は、炎を吹き出す機械使いだった。
その男の戦法は、両手に篭手のように大きな機械を装着し、炎の加速で殴るというもの。
シンプルだが、だからこそとても強い。
大きいがあくまでも拳であるため、大剣よりも細かな動きができたからだ。
さらに、足にも似たような機械を装着しているようで移動も速い。
リュー並みに速く、ヴィニー並みに繊細な動きも可能という相手。
それに対して、リューは大剣を手放した。
何度か打ち合った末に、大剣だとついていけないという判断だった。
「あんた、何で黙りこくってんだよ? 楽しくねぇな」
「……」
男は、リューの顔に右ストレートを放ちながら話しかける。
当然リューは無言。
首を曲げて拳を避け、風を纏った右ストレートでカウンターを食らわせる。
「がっ」
どうやら単純な戦闘技術はリューの方が勝っているようで、男はそれを防げない。
といっても、その他の部分によってその差は埋まっているようだ。
今もまともに受け後ろに吹き飛ぶ男だが、篭手からは炎の弾丸が飛び出しリューに反撃する。
ゴーレム達が使った銃弾が、神秘で強化されたものだ。
それは普通の銃弾とは比べ物にならない火力を秘めて、リュー目掛けて飛んでいく。
その威力は、ただの人間であればすぐさま消し飛んでしまうほど。魔人であってもまともに受けたくはない代物だろう。
"魔弾-フーガ"
リューは、そんな危険物を風の弾丸で迎え撃つ。
銃弾には銃弾を。手数も多いのでこれが彼の最善だ。
だが男の放った弾丸は、リューの風とは違い核があった。
その重さでフーガを消し飛ばし、リューの体に殺到する。
「っ……」
「これでも無言とか……意志固すぎんだろ」
男は、弾丸の方が有効だと分かっても炎で加速し、なおも殴りかかる。
機械全体を燃え上がらせることでより火力を増し、速く、重く。リューもまたそれに応じ、風力を上げ迎え撃つ。
"恵みの強風"
地面がひび割れていく、血に染まる。
ここに、熱い男達の死闘は佳境を迎えた。
~~~~~~~~~~
ヴィンセントと入れ替わり、フーとロロはトリッキーな二人組と相対する。
相手に合わせて戦法を変えるという、とても戦いにくい相手だ。
「この子達なら、機動力より遠隔操作がほしいかもー」
「りょーかいっす」
今度もブライスが注文をし、アレクが改造を始める。
ナイフが飛び交う中、両腕を動かし機械のパーツが組み変わっていく。
フーが高笑いをするなか、とてもシュールな光景だった。
「アッハハハ、面白いねぇ」
「そうでしょ? アレクさんは有能な人だよ」
そんな軽い会話の間、改造の間にも、フーは攻撃の手を緩めない。
一切の容赦なく、ナイフを縦横無尽に飛ばしまくる。
ロロの念動力も合わせているので、避けづらさはひとしおだ。
だが、改造中でもブライスは変わらずその全てを防いでみせる。
少し動作の質は落ちているようだが、それも彼女の技術によって問題なく動く程度。
漂う小型機械が大雑把に軌道を逸らし、手足に装着した大型機械が致命的なものを弾き飛ばす。まさに鉄壁だった。
本来ならそんなことは不可能だが、この場にいるのは聖人。
アレクの改造というのは便利なもので、改造中でも無理をしすぎなければ十分に稼働できたのだ。
そんな息もつかせぬ攻防の中、ロロが声を上げる。
「フー、ちょっと速いー」
「だいじょぶだって、攻撃は当たらせないから」
ロロが悲鳴を上げる理由は、その戦闘スピード。
ブライスの遠隔武器はフーのナイフほどの数がないため、それを避けるために移動が素早く、それに応じて戦闘の進み方も恐ろしい速さになっていたのだ。
それにより、ロロの元に飛ばされてくるナイフや破裂する弾丸などのペースも数もバカにならない。
抗議したくなるのも当然だろう。
そんな中、アレクの改造は恐ろしい速度で完成していた。
気負わず自分のペースを保ち、ブライスへの援護を。
「ほいっ、遠隔できたっすよ」
「ありがとー。よーし、お返ししちゃうよー」
今回アレクがした改造は、その言葉の通り遠隔武器の強化だ。
手足に装着している機械や、背中に背負った機械からはナイフ以上の弾丸が打ち出される。
「アハッ、滾るねぇ」
"そよ風の妖精"
「ちょっと!!怖いよ!!」
「え、え〜……?」
そんな数の暴力を見て、フーは相変わらず目を輝かせる。
それを見たロロやブライスは引き気味だ。
だがそれを気にするフーではない。
そよ風という、とても弱々しく繊細な武器で立ち向かう。
ナイフを操り迎撃する、そよ風の導きで逸らす、ふわりと華麗な動きで避ける。
触れると破裂するので注意が必要だったが、フーにとっては朝飯前。
自分への物も、ロロへの物も、軽々と防いでみせた。
「アレク‥‥」
「流石にこれ以上はやらせないよぉ」
科学者達はまた最適化しようと動くが、フーは今回はそれをさせまいと動く。
アレクに向けて大量のナイフを、ブライスに向かって特攻を。
「ちょっ、僕は戦闘苦手なんすけど」
「ごめーん、私手が離せないや」
「ギャー……!!」
見捨てられたアレクは憐れ、ナイフに体中を切り裂かれる。
ロロはそんな彼を見て、自分ももしかしたらいつか……と心を痛めるのであった。
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