390-一時の自由
円卓争奪戦から、ベヒモスの討伐から一週間が経った。
侵入者と円卓との対立は解消され、ベヒモスが死に、エリスが去ったことで、森は平穏そのものである。
ただし、その平穏は空気感だけの話だ。
ずっと森を再生していたり、星剣を作ったりしたエリザベスは眠り続けているため、森はボロボロのまま。戦場となった場所は、まだ元の神秘的な森には戻っていない。
もちろん、俺も数日は寝ていた。
俺以外も、今回の戦闘に参加して特に前線に立った面々は、みなキャメロットの王城に運ばれ、それぞれが3日以上は眠り続けていた。
幸い、俺は腕が吹っ飛んでいるだけで能力はそこまで酷使していないので、一週間も眠り続けることはなかったが……
こんなに眠るなんて、今までにないことだったな。
寝てる間にマーリンが治してくれてたようだけど、やっぱり疲れていたみたいだ。
敵も明らかにこれまでとは格が違っており、死傷者も今までの比ではない。
円卓の騎士では、序列3位のウィリアム・ライト、序列7位のアルム・プラータ、序列11位のラークらが死んだ。
それから、シャーロット、ヘンリー・クルーズ姉弟も。
ケット・シー勢とは、ほとんど面識はなかったけど……子爵のヴァイカウンテスと男爵のバロン。この2人が亡くなった。
フーは懐いていたようだから、俺も悲しい。
キングには助けられたし、クイーンとも……争奪戦で共闘したから、お世話になってる。
彼らはやっぱり、神獣だからそこまで気に病んではいなそうだったが、だからこそ悲しいと思う。
アストラン勢の死者は、クラローテ1人。
あの人はいきなりやってきて驚いたけど、ベヒモス戦で助言をくれたし神や超人をまとめてた。
言動がおかしかったような気がしないこともないが……
それを補って余りあるカリスマだ。
とても強かったし、とても衝撃的だった。
あの一瞬しか話せなかったのが、残念でならない。
審判の間の面々からは、守護者の大半と魔眼王。
生き残ったのはアーハンカール、オリギー、ルキウスだけだ。
多くは敵だったけど、あの時だけは間違いなく頼りになる味方だったのだろう。……俺は、頭が痛くてあんまり覚えてないけど。
そういえば、ケルヌンノスも審判の間か。
あの人はエリザベスとも対等っぽかったし、なんかそういう感じではないな。
そして、フェイ・リー・ファシアス。
円卓争奪戦の発案者であり、彼ら審判の間の強者をベヒモス戦に向けて引っ張り出してくれた人物。
気にかけられていたのはわかっていたけど、まさか本当に、完全にこっちの味方だとは思わなかった。
俺を地下に落とすし。ただ、それがなければベヒモスは倒せなかっただろう。
現れたのも、もしかしたら強者が……餌になる神秘が全員あの場に集まっていたからかもしれないしな。
たまに現れる人。それだけの関係性だったけど、感謝してもしきれない。
数分しか話さなかったクラローテ然り、命を懸けてこの結果を生み出したあの人達のことを、俺はこれからもずっと忘れないだろう。
最後に、俺達の中からはリュー。彼だけが亡くなった。
フーは相当ショックだったのか、まだ眠り続けている。
俺達を庇うような形で亡くなったから、もしかしたら恨まれるかもしれない。実際に、俺達が……俺がいなければ、あいつは生き残っていたと思う。
もしかしたら、俺の幸運は周りの不運を生んでいるのかも。
最初から、ただ生きることを望んでいるけど……
だからこそ、こうも思ってしまう。
俺はまた生き残ってしまった。
「おや、あんた……」
「?」
死者に思いを馳せながら、静かになった王城の廊下を歩いていると、突然後ろから声がかけられる。
気配は全く感じなかったのに、いつの間にか近くにいたようだ。
振り返ってみれば、そこにいたのは見覚えのない女性。
やたらと長い……もふもふとすら言える髪をキラキラと揺らしながら、気怠げな表情をしている女性だった。
少なくとも、円卓の騎士やそのパートナーの神獣ではないことはたしかだけど……この人は一体誰だろう?
特別なにかしている訳でもないだろうに、長い髪は不思議な光を発している気がするし……
「あんた、クロウだね」
「……!? な、なんで知ってるんだ?」
「大厄災を打倒したんだろ? 知らない方がおかしいよ。
それなりに噂にもなってるし、知り合いにも聞いてる」
「あぁ、なるほど……」
だからといって、話したこともないのに顔を見ただけで名前までわかるのはヤバいし、驚くだろ……
俺は女性の言葉に納得させられつつも、少しだけ警戒に近いものを残したまま次の言葉を待つ。
「くすっ、そんなに怯えないでいいよ。あたしはエリー……
女王エリザベスの世話になってる、ただの居候さ。
城から出ることもないし、何もできやしない」
「そ、そうか……」
警戒心を見抜かれてしまったようで、女性は落ち着く低めの声で語りかけてくる。エリザベスの知り合いって言うことなら、そりゃ円卓のみんなに話も聞けるだろう。
城から出ることもないなら、怪しい要素もない。
この人が言っていることが、すべて真実ならだけど……
ところで、この人の名前はなんだ?
「ちょっと来な。あんたに見せなきゃいけないもんがある」
「その前に、あんた名前は?」
「ん……悪いね、忘れてた。あたしはフォーマルハウトだよ。
ついでに、見せなきゃいけないものってのはフェイ・リー・ファシアスからの預かりものだ」
「……!!」
フェイからの預かりもの。どこまで信じていいのかわからないが、少なくとも無視していい内容じゃないな。
タイミングよく走ってくるロロと、なぜか彼に付き合っているソフィアを見つけてながらも、俺の思考はフェイからの預かりものでいっぱいになっていた。
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「う、ぐ……」
王城に用意された寝室に相応しく、広々としたベッドの中で、フーは眼を覚ます。元々けがはそこまでしていない。
彼女がクロウよりも長く眠っていたのは、ひとえに戦闘での気力の消耗……そして何より、兄が亡くなったショックのせいだ。
目覚めた彼女は問題なく起き上がり、目の前で本を読んでいた青年の姿を見つけた。看病をしていたと思われる彼――執事服のヴィンセントは、起きたことに気が付くとすぐに視線を上げてまだ赤い目を細める。
「あ、起きたんだねフー。気分は……まぁ、よくないよね」
「……」
優しく微笑むヴィンセントに対して、フーは何も反応を示さない。死んだような無表情で、無言で、ただ彼を睨む。
しかし、やがて我慢の限界になったのか、感情を感じさせない声色で動き始めた。
「戦争に行く」
「とりあえず、まだ休んでいようね。ライアンも今は起きてるからお嬢を任せてるけど、まだみんな疲れているから」
「戦争に!! 行く!! 邪魔すんなら容赦しないよ!!」
ヴィンセントが静止してきたことで、フーは一気に感情を爆発させる。直前までの無感情さが夢だったかのように、不安定な光を宿した目を暴れさせていた。
だが、彼はもうこの未来を見ているのか、驚いたり取り乱したりはしない。血に染まった赤い目を悲しげに歪ませながら、静かに語りかけていく。
「君は、俺を傷つけられないよ。それに、君はまだ戦争には行かない。リューは君を守りたかったんだから」
「……!!」
再び流れ出した血涙に、フーは目に見えて動揺する。
さっきまで暴走気味に荒れていた目は、今度は不安で満たされ揺れ動く。ちゃんと情は残っているようだ。
「あたし、は……お兄ぃ、ヴィニー……戦争に……」
「今行ってもプセウドスは殺せない。
もし1人で行ったとしたら、君はきっと死んでしまう。
別に、死にたくて戦争に行く訳じゃないでしょ?
だったら、少しでもリューが安心できる選択をしようよ」
「……」
凶暴な表情をしていたフーは、一瞬でまたぼんやりとした無表情に戻る。どこまでも不安定で、コロコロと移りゆく人格。それは、片割れであるリューが亡くなってしまっても、まったく変わっていなかった。