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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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388-科学者の標点

「……」


まだ暴禍の獣(ベヒモス)が食事を続けており、駆けつけたクラローテ達が応戦していた頃。その恐ろしい地響きや破壊音を聞きながら、獣人ジャルは相変わらず無言で村長――マークの見張りをしていた。


族長のクリフや彼の幼馴染みであるクラローテがいない分、やや緊張感は和らいでいるが……依然として、これが任務であることに変わりはない。


ヌヌースが淹れたお茶などを飲みながらも、どちらかが必ずマークの一挙手一投足を監視している。


彼女は彼女で、人数が減ったことで少しは余裕が出てきたのか、先程よりもかなり怯えが引っ込んでいる状態だ。困り顔は同じだが、より頻繁に抗議の言葉を投げかけていく。


「えっとぉ……わ、私はいつまで見張られてればいいんです?

な、何かあったようですけど、本当に何もしませんよ……?

あはは、はは……」

「ごめんねぇ。君は危険らしいんよ。君というか、君達人工生命体を作った科学者がね? だから、何もする気がなくても、自由にする訳にはいけないんよ」

「無駄口を叩くな。警戒度は下がったが、依然危険だ」

「は〜い」


熊の獣人でありながら、完全な人の姿を取るとスマートな優男であるヌヌースは、ほんわかと笑って言葉を返す。

ずっと無言で警戒しているジャルに代わり、紅茶などの準備も始めていたので、かなり気を抜いているようだ。


しかし、その準備も気を緩めることも、彼が勝手にやっていることである。まだ警戒の必要はあるため、すぐに叱られて肩を竦めていた。


「私は、ただの村長なんですけど……はは」

「お前はこの国に記されたマークだろう?

危険以外の何物でもない。いいから動くな」


ほんわか、困惑、無表情。三者三様の顔を見せながら、微妙な緊張感の中でお茶会は続く。何も起こらなければ良し。

何か起こればすぐに対処や妨害を。


クラローテが嗅ぎ取った科学の機器は、ゆったりとしていながらピリピリしている空気の中で、怪しげに点滅している。


「……」

「ん〜、美味しいねぇ。ジャル、これいくない?」

「あはは、はは……」


遠くカムランのコロシアム跡地で、森が崩れ、飲み込まれる音が聞こえている。コーンウォールは国境を守る壁――ノーグのすぐ近くで、東の端近くにある人の村だ。


カムランとはかなりの距離があるのだが……音は体の芯に響くようにして、彼らに伝わっていた。

家の外から聞こえる、村人たちのざわめきも収まらない。


事件の渦中にはないため、流石にパニックとまではいかないものの、何やら風を切るような音がしていた。


だが、村長宅の平穏は崩れない。

この妙な緊張感が競り合っているようで、ポッドはコポコポと落ち着く音を奏で、電灯は柔らかい光を発し続けている。


行動を制限しているため、床が軋む音すらない。

何も動かず、ただ沈黙と風の音だけが聞こえていた。


「あれ? 連絡つかないと思ったら、何してるのマーク?」

「……!?」

「……!!」


室内の時間は穏やかに流れ、異音などまったくしていない。

それなのに、テーブルにつく彼らのすぐ近くから声が聞こえてきて、2人は飛び上がることになる。


素早く槍を構え、向き合った先にいるのは騎士服を着た長髪の女性だ。彼女はどうやって入ってきたのか、扉を開閉する音すらなく室内で髪を揺らしていた。


何者なのかは不明。しかし、マークという名前を知っている以上、明らかに敵である。槍を構えたアストランの戦士達は、すぐさま刃先に太陽を宿して向かっていく。


「一体どこから……ファナ・ワイズマンの人工生命体か!?」

「ひえぇ、そんなに油断してなかったくない?」


瞬時に厳戒態勢に入った彼らは、それぞれの獣の本性を解放している。スマートな鹿のようなエアレー、優男とは真逆の大柄な体躯を持つ熊の姿に。


全力で外敵を排除するつもりのようで、容赦はない。

パワーとスピードで挟み込んで太陽の槍を向け、未だ小首を傾げている少女に襲いかかっていった。


「わぁ、実力行使だね? 議論だと負けるから、助かるよ」


だが、いきなり室内に現れた少女はまったく動じない。

それどころか、すぐ戦闘になったことで頭を使う必要がなくなったと、笑顔を浮かべている始末だった。


恐ろしいスピードで背後を取ったジャル、自身の何倍もの巨体で敵意を向けているヌヌース。

このアストランの精鋭2人を相手取り、圧倒的な余裕だ。


"神竜兵装-ミーティア"


「ッ、消えた……!?」

「あぇ、後ろにいるくない……?」


現れた時と同じように、少女は消える。

次の瞬間、髪を幻想的に揺らしている彼女は、空振った槍で床を焼き砕いているジャルの背後にいた。


変わらず目の前に現れたことで、すぐに気がついたヌヌースがつぶやくが、体は追いつくことができない。

ジャルの俊足を超えた、流星のような煌めきを纏った少女は、同じ速度で拳を振り抜く。


"神竜兵装-ブラスト"


「がッ……!!」


青い閃光は爆発的な速度でエアレーの獣人を貫き、一瞬で彼を沈黙させる。床も完全に壊れ、大穴が空いていた。直後、青く輝く少女は再び流星の如きスピードで移動し、綺麗な髪を揺らしながらヌヌースの前に立つ。


スピードに秀でているのはジャルであり、ヌヌースは完全にパワーに振り切っている戦士だ。避けることなど出来はしない。辛うじて防御態勢にはなったものの、やはり一撃で吹き飛ばされ、壁を突き破って消えた。


「……ふぅ。質問の答えは、イエス。僕はポーン。マスターの戦闘機だよ。油断してなくても、僕は速いから……

臨戦態勢じゃないと、君達じゃ気付けないよね」

「あ、はは……ひ、久しぶりですね、ポーン」

「やぁ、マーク。相変わらずオドオドしてるね。

とりあえず、転送装置の準備をお願い。マスター達を喚ぶよ。僕は戦闘機だから、下手に触らない方がいいでしょ?」

「は、は〜い……」


騎士服の少女――ポーンの今更な返答に困り顔のマークだったが、彼女に指示されるとすぐに動き出す。

部屋の奥から小型の装置を持ってくると、ポーンに運ばせた大仰な装置と一緒に操作を始め……


「あぁ、やっと応じてくれたネ。例によって楽ができたヨ。

ありがとネ、マーク」

「い、いいえ〜……私はただ、この森にいただけですから」


数十秒後、この場には小柄な体を白衣に包んだ女性――諸悪の根源である科学者ファナ・ワイズマンが現れた。

そして当然、彼女は前回の八咫と同じように、数人の女性を引き連れている。


制服姿で、ウェーブのかかった髪が儚げな少女――記録媒体のハーツ。大きな眼鏡に白衣を身に纏っており、なぜかなにもないところでコケている少女――観測機のサーチ。


そして、いつもとは違って聖職者――いわゆる聖女のような服装をしているが、変わらず作り物の笑顔を浮かべている女性――エリス。


「じゃ、君は直接現場に行くとイイ、エリーゼチャン。

僕はここで観測するカラ。……約束通り送り届けたんダ。

急に裏切って、研究の邪魔はしないでヨネ」

「する訳ないでしょう? 私を何だと思っているの?

それから、今はたまたま女性だけれど、僕はもう無性だ。

両性具有の神に、その態度は感心しないな」


かなり強気な言葉を投げかけているファナに、彼はもちろんかすかだが確かな殺意を向ける。


女性的な声だったのは、最初の一瞬だけだ。今ではすっかり中性的な普段の声になっており、この場唯一の戦闘機であるポーンを牽制するように、部屋全体へ泥を広げていた。


範囲は膨大で、おまけに泥以外にも風や雷、水も揺れ動いている。いくら攻撃特化とはいえ、彼女に大厄災を制圧することは不可能であり、守るのも厳しい。


ファナの人工生命体達は、非戦闘員ばかりなので、ハーツやサーチは身を寄せ合って怯えているが……

やはり確実に守り切れるとは断定できず、状況は一瞬で最悪になったと言えるだろう。


そんな彼女達を造ったファナは、怯える少女達を愉快そうに眺めてから人を食ったような態度で指を鳴らす。

すると次の瞬間、室内に現れたのは地味で大きな亀――カタスリプスィと、無駄に派手な孔雀――イリテュムだ。


彼女は亀の上に座ると、エリスの内面を観察するような嫌な目つきで笑いかけた。


「君、子どもを放っといていいのカイ? 僕は戦争のことも移動のことも手伝っタ。これくらいの戯れは許して、子ども達の元に駆けつけるのが親ってものじゃナイ?

生み出した子に責任を持ちなヨ。僕は持たないケド」

「はぁ、まぁいいよ。君達に構っていてもろくなことがない。ありがたい助言通り、僕はお迎えに行こう。

それから、ついでに気晴らしも……ね」

「バイバ〜イ」


最後まで小馬鹿にしたような態度のファナを睨みながらも、エリスは漆黒の翼を広げて飛び立つ。たまたまポーンが空けた穴を通り、大厄災が滅ぼされたカムランへと。


それを見送った科学者と装置達は、速やかに観測に移る。

今回は八咫の時のように、画家や神獣の邪魔は入らない。

心置きなく観測、記憶する時間だ。


「ほらほら、急いで準備をシナー。ベヒモスが消えたら時間はもうないヨー。できれば検体もほしいケド……

あれは同盟した時に手を出せなくなったからネ。

せめてめいいっぱい観測しないとダ」

「はい、任せてくださいお母様。……ほら、サーチ。

ちゃんと観測して? 私が支えてあげるから」

「う、うん……ごめんねハーツちゃん、ふきゃ」

「……まったく」


ファナがのんびりとくつろいでいる間に、2人の装置は観測を始める。何かする度にドジっているサーチを、ハーツは呆れながらも優しく微笑んで支え続けていた。


マークは手持ち無沙汰、ポーンは彼女達の護衛としてなにも考えずにボーっとしている。彼女の速さであれば、無理もない。無理もないのだが……


「あなた達、何をしているのかしら?」

「アー……今回も邪魔が入るのカ。

神獣ってのは鼻が効くから嫌だネェ。ポーン、出番ダヨ」

「ふぇ? あ、はい了解マスター」


今回も神獣――完全な人間の姿を取っているジェニファーが、ルーン石を構えて現れたことで、すぐにぼんやりすることを止めることになった。




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