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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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387-賽は投げられた

地面ごと斬り刻んだベヒモスは、バラバラになったまま。

流石にもう、再生してくることはなかった。


それは大地に染み込んでいくような、最初からあれはこの星の一部だったかのような自然さで……

とてつもなく、気分が悪くなる光景だ。


おまけに、結局最後まで俺はこいつに村を滅ぼされたことを思い出せなかったから、達成感みたいなものもない。

リューやシャーロットが死んで、ただ悲しいと思う。


欠片もスカッとしないし、無駄に犠牲を出してしまったけど、少なくともこの先家族が危険に曝されることはない。

……それにまぁ、敵は打てたかな。


「やっ、と……終わっ、た……」

「お疲れ、クロウ。頑張ったね」

「っ……!!」


片側だけ視界がぼんやりして不思議に思っていると、いつの間にかヴィニーに抱き止められていた。

緊張状態が終わったからか、意識もほとんど外に向いていなかったらしい。


ふと気がついた時には、周りにローズ、ヘンリーもやってきている。そうだ、ヘンリー……フーも兄を亡くしたけど、彼もシャーロット……姉を亡くしてるんだ。


感覚はないけど、多分俺は泣いている。

もっと近しい人達がいるんだから、流石に今駄目になるのはマズイ。


どうせ涙が流れているのは左目だけなので、俺は左側だけを拭って小さな少年騎士に視線を向けた。


あれ、意外と平気そう……? いや、そういう問題じゃないな。パッと見いつも通りにしか見えなかったが、被害を広げたことに変わりない。


起こしたことに、責任は持たないと。俺はヴィニーから離れてから、少し恐怖を抱きつつも彼に頭を下げる。


「ヘンリー、お前ら姉弟を巻き込んでごめん。

もし俺達が来なければ、シャーロットは……」

「気にしないでいいですよ、お兄さん。

悲しくはありますが、姉さんはやり切りました。

ぼくは誇らしいくらいです。この先も生き続けるのですから、いな……えと、姉さんの分まで笑いましょう」


謝罪を受けたヘンリーは、姉を喪った後とは思えないような笑顔を浮かべると、やはり何でもないことのように言う。

こちらを気遣っているという風でもなく本当に、死んだけど結末はよかったとでも思っているらしい。


いや、気遣ってはいるか。普通の人とは……思っていたのとは違うけど、言葉を選んでくれている気がする。

途中で言葉をつまらせて、少し目を泳がせながら微笑んているし。


長生きしてる雷閃もだったけど……神獣ってのはやっぱり死を悲しまないもんだな。まぁ、食べないだけあの梟よりはマシだ。……食べてないよな?


また疑念を抱いていると、彼はまた表情を改めて真っ直ぐ俺を見つめてくる。変わらず悲しみなどはなく、明るい顔。

神獣の……神秘の死への意識って、怖いな。


「まぁ、実際に……ぼくはお兄さんほど悲しんではいません。

でも、姉さんの死に何も感じていない訳でもありません。

ぼくはあの人の分まで、頑張りたいんです。

聖人や魔人のように、託されることはありませんが……

ぼくも、善い人は報われるべきだと思うので。

この槍の輝きは、ぼくが受け継ぎます」

「……!!」


思わず、息を呑んだ。言葉を失った。

彼はたしかに悲しんではいないけど、人みたいに誰かの死から変化している。ちゃんとと言うのはおかしいかもしれないが……シャーロットの死は、彼の心を動かしている。


姉が死んでも笑っているのは、正直今でもあまり受け入れられないというか、悲しくて怖いけど。

彼女の槍を……聖槍ロンギヌスを掲げる姿は、正しく死を受け入れた人の姿だ。


獣や神秘としての在り方に、恐怖を抱いてしまうからこそ……

ヘンリーは神々しく神秘的だった。


……そうか。もしかすると、神秘になるってのはこういうことなのかもな。俺はそもそも、言われるまで神秘に成った自覚すらなかったけど。死を気にしないレベルで、自然現象や概念そのものになるということ。俺には、まだ遠い世界。


「……そうだな。俺も、彼女の善性を忘れないよ。

敵だったのに、助けて得することなんかないはずなのに。

ただ俺が悪人じゃないからって、何度も助けてくれた心優しいあの少女騎士のことを、この魂に刻みつけておく」

「はい!」


涙や悲しみを隠すまでもなく、心から前向きにそう思って告げた言葉に、ヘンリーは眩しい笑顔を見せる。


この子は多分、今を真っ直ぐに生きているんだろうな。

自然や獣も、きっと……過去を重荷にすることなく、未来のために犠牲にすることなく、今を生きてるんだ。


まだ俺には、俺達には早い世界かもしれない。

けど、もしもそう在ることでみんなを守れるなら、やっぱりそれが最善ではある。心身ともに神秘と成れば、きっとより強い存在になるはずだから。


……まぁ、頭で理解できても感情はまだ追いつかない。

シャーロットのことも悲しいし、リューのことはもっと。

はぁ、多分また泣いてるんだろうなぁ。


仮面の下から溢れ出す血のせいで、服まで真っ赤に染まっているヴィニーをさっきまで怒っていたローズが、急にこちらを心配そうに見つめてくる。


不快そうな表情をしながらも、なぜかベヒモスの肉片の一部を口に運んでいたアーハンカールが、俺の本質を探るように興味深そうな様子で笑っている。


炎からどうにか体を再生させたライアンが、眠そうにしながらもいつかのように穏やかに見守ってくれている。


あぁ、空が晴れやかだ。覚えていないのに、俺の中にある何かが心の底から喜んでいるのを感じる。

同時に、責めているような感覚もあるけど……故郷を滅ぼしたベヒモスへのけじめは、つけられた。


……くそ、やっぱり辛いな。物心ついた頃から滅びていた村を出て、ようやく家族を手に入れたのに。その1人が、もう死んでしまうなんて。胸が張り裂けそうだ。


多分、そのせいで……戦闘はもう終わったのに、右目から青いオーラが迸っている。左目でもわかるって相当だろ。

お陰でまだ打ちひしがれてはいないんだろうけど。


……もう、何となく分かる。これはそういう意志だ。

夢で会った誰かは、俺を悲しませないようにしている。

だから、涙にも気付けない。まぁ、実害はないから別にいいけどな。


それに力を使ったからか、ライアンと同じでかなり眠い。

だが、ヘンリーは神獣だから大丈夫だったとしても、フーは気にかけておかないと。


彼女は魔人……それも、まだ俺と同じように普通の人の感覚に寄っている若い神秘なので、兄の死を知れば悲しむだろう。

ケット・シーの死にも、ショックを受けていたみたいだし。


俺は自分の中で密かにそう決めて、ローズ達の視線を断ち切るようにエリザベス達の……負傷者が回収されていた場所の方を見やる。


――ザシュ。


背後で、水気のある音がした。まるで血が飛び散るような……肉が引き裂かれて内臓がぶちまけられたような……そんな音。


周囲からは、恐怖に満ちた悲鳴や驚きの声が響き渡る。

俺の周りにいたローズ達どころか、最終決戦に参加していた雷閃達、視線の先で眠るエリザベスの周囲を固める面々すらも、表情を歪めていた。


明らかに、異常事態。明らかに、危機的状況。

暴禍の獣(ベヒモス)という大厄災を滅ぼした直後なのに、全力で対処しなければならない脅威の気配だ。


とはいえ、見ていない俺の全身も恐怖に満ちていて、上手く体が動かせない。どうにか恐る恐る振り返ると、そこには……


「……」

「やぁ、こんにちは。大厄災を討ち果たした英雄諸君」


姉から受け継いだ聖槍ロンギヌスを落とし、上半身がまるまる無くなって絶命しているヘンリー。

そして、その隣で作り物の笑顔を浮かべている、ベヒモスと同じ大厄災――エリスの姿があった。



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