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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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386-空腹・後編

"メモリーバース"


2人だけで特攻する彼らは、図書館を開く。光が崩れていっても、その後から現れたものならばすぐに崩れはしない。

本からは人型の羊、花冠の少年、太陽の騎士、湖の騎士、獣神、風神、カウガール、侍などの姿が現れ壁となっていた。


もちろん、それらはあくまでも壁だ。

幸運の風に背中を押され、太陽の斬撃や湧き出る羊毛などの攻撃をしつつも、次々に消えている。


だが、光と共に崩れている海をさらにこじ開けるには、十分すぎるほどだった。おまけに……


「やっぱり君だよね、待っていてよかったよ。ゴホッ……

ボクも加勢するから、楽譜に沿って進むといい」

「あんたはたしか、ケット・シーの……」

「ケット・シーの森の王、猫王キング。

獅子王ライアンくんに代わり、助太刀するよ」


"流浪楽章"


海に喰われた荒野と森の境目には、ボロボロの翼を生やしてなんとか飛んでいるケット・シー――キングがいた。

第二陣の後も回収されず、ずっと機会を伺っていた様子の彼は、シルクハットを押さえながら尻尾やステッキを振るう。


すると、クロウ達の周りを食事から守るように現れたのは、無数の炎や光の玉だ。それらは演奏のような強弱とリズムで食事を飲み込み、次々に消えている。


的確に触手や捕食空間を巻き込んで消し、確実に道を開いていた。この楽譜に沿っていくだけで、いずれはベヒモスの元に辿り着くことができるだろう。しかも、キングの楽譜は玉……音符だけではない。


ヘズが生み出した、数え切れないくらいの記憶の影。

彼らにも影響を及ぼし、より的確な動きを与えていた。

もちろん、影に影響を及ぼせるのだから、クロウたち生身の人間にも効果はある。


特攻を続ける2人は、さっきよりも遥かに広がげられた道を、さっきよりも遥かに最善の道を選んで進んでいく。


"天羽々斬-神逐"


"布都御魂剣"


円卓の騎士、ケット・シー、アストラン、ライアンたち異国の旅人という名の家族。多くの者が倒れてなお、周囲からの援護は終わらない。


キングの楽譜に沿って進んでいると、突然彼らの真横を二筋の斬撃が通り過ぎていった。

天を斬る水の斬撃と、空を焼く雷の斬撃。


2つの斬撃はそれぞれ、一点の曇りもなくスパッと軌道上にあるすべてを斬り裂き、やや焦げ臭い匂いすらも焼き斬る勢いで奥深くまで斬り裂く。出どころを確認するまでもない。


ここまでずっと生き残り、とりあえずひたすら斬り続けていた海音と、おそらくはずっとヴィンセントの応急処置と守護を続けていた雷閃だ。


さらに大きく広がった海に、クロウ達は深く潜り込んでいく。そして、その背後から迫るのは……


「遅れてごめん、こっからは俺が援護するよ」

「ヴィニー! 動けるのか!?」


狐のお面を被って剣を振るう執事――ヴィンセントだ。

彼は左腕と右足を失っているのだが、傷口は雷閃に焼いて止血してもらったらしい。


二筋の斬撃が生み出した切れ込みに、捨て身で飛び込んでくるような形で、勢いよく隣にやってきている。

彼の神秘は未来視――目なので飛べはしないはずなのだが……


どうやら、鬼人のように硬質化した影響で風をまとっている様子だった。クロウほどではないものの、それなりに自由に浮かびながら仮面の奥から言葉を紡ぐ。


「まぁ、ね。俺は多分、死鬼のアンプルを注入された。

そのおかげで、微力ながら水、霧、風、雷の力がある。

水で体調の調整、霧で機動力が落ちても的をぼかして回避。

風で体を支えられるし、雷で体を動かせるんだよ」

「いや待て。神秘ってそんな便利なもんか?

出力は劣るみたいだけど、細々した操作がバケモン……

それに、大丈夫ではないような……」

「使えるものはすべて使うべきだよ、クロウ」


"鬼面舞踏会-死鬼"


彼の同行に迷いを見せるクロウだったが、それを断ち切るようにヴィンセントは剣を振るう。


水の如き流れるような動きで、霧のように見えない斬撃を、風のように鋭く無数に。特に邪魔だった障壁には、雷の如き力強さの一撃が繰り出されて消し飛ばされていた。


片足がないことで、機動力には不安がある。

だが、風で浮かんでいるのだから、そのハンデも大した影響を与えない。


それに、より強い風であるクロウが近くにいることで体は前に前にと引っ張られているし、キングの楽譜に沿っていけば止まることもそうそうないだろう。


記憶を呼び起こすことがメインのヘズよりは、明らかに彼の方が同行する仲間に適していた。少し渋ったクロウもすぐに納得し、意図を汲み取ったヘズは穏やかに笑いかける。


「ふむ、では私は後方で記憶に専念しよう。自分の身くらい守れるが、同時では音の衝撃も威力が落ちるかもしれない」

「あぁ、ここまでありがとう。あとは任せてくれ。

キングと一緒に、本格的な援護を頼む」


楽譜が生み出す音色は決まっており、決して後ろには下がらない。つまりは退路もなかったのだが、ヘズは記憶の影に守られながら、音の衝撃で勢いよく海の外へと脱出した。


中に残るのは、クロウとヴィンセント。

周囲には不気味に蠢く触手や沸騰した水のように無数に現れる捕食空間があり、常に彼らを喰らおうと押し寄せてくる。


キングの楽譜、天を斬る斬撃、空を焼く雷撃が道を開いて誘導し、記憶の影が壁になって道を守っているが……

ベヒモスに近づくに連れ、海の密度は増すのでスピードは落ちて中々進まない。


彼らは風に舞いながら、それぞれの剣を振るい続けた。

回り、巡り、舞い進み、やがて目の前に現れたのは……


「あっはっは、俺に代わってとは言ってくれるぜ〜。

今の俺は不死鳥、意識ある限り死にはしねぇ。

息を整えていきな〜。炎の中は安全だからよ〜」


勢いを増した食事場に全身を喰われながらも、不死の炎と化して中に留まり続けたライアンだ。

ほとんど人の形を残していない彼は、2人を見つけるとさらに炎の範囲を広げて安全圏とする。


それを見てクロウの表情は驚愕に染められるが、ここまで誘導してきたヴィンセントは涼しい顔をしていた。


「ライアン!? 助かる!」

「流石ライアン、頼りになるね」

「あっはっは、知ってて来ただろお前〜。ま、こっちこそだな〜。……お前もまだまだ行けんだろ、獣王!!」


体を広げていたライアンは、少し息をつかせるとすぐにまた元の大きさに戻していく。二筋の斬撃はベヒモスを露出させ、楽譜もアレの元へと続いていた。


特攻を続ける2人は、顔を見合わせると飛ぶ準備を整える。

両足が無事なクロウが外から飛来するものに押され、片足しかないヴィンセントがライアンの炎に押される高速飛行。


それは、幼馴染みを看取ったアストランの族長――クリフが投げた槍を合図に実行された。


『行っけぇぇッ、盟友!! 諸悪の根源を、滅ぼせぇぇッ!!』


"純白の太陽(ピエドラ・デル・ソル)"


彼らはそれぞれ、太陽の槍と不死の炎を受け、飛び出す。

記憶の影を突破して触手などが伸びてくるが、このスピードには追いつけない。


みるみるうちに距離を詰めると、依然として涙を流している獣――魔人暴禍の獣(ベヒモス)と対峙した。


「ア゛ア゛ア゛ア゛……アナタ……が、食べタイ……

アァ、アァァァァッ……アナタの……食べタイ……

アナタは……誰? オレは、なぜ……?」

「自分を見失ってんなら、もう厄災を振りまくな!! みんなを殺したお前は、さっさとこの世界から消え失せろッ……!!」

「腹ァ、減ったァァァッ……!!」


"万物を我が糧に(プライド)"


"飢餓という不幸を呪う(ラース)"


"尽きぬ食欲は探求へ(グリード)"


"座して貪る万有引力(スロウス)"


既に周囲はすべて食事場であるにも関わらず、狂気に満ちたベヒモスは叫びながら能力を使う。


目の前に現れた2人を自らの餌と定義し、弱体化。

空腹の苛立ちで大地を破壊して、炎を吹き出し肉を焼く。

自らはその場にとどまったままで、触手が強欲に餌を求める。同じく、まとめて飲み込もうと捕食空間を展開した。


星剣を直接届かせるには、まだ足りない。

すべてを壊さなければ、まだ届かない。


狐のお面の下から命に関わるレベルで血を溢れ出させているヴィンセントは、反動など構わず未来を見て動き出した。


「道を……!!」


"水鬼の舞-神眼"


流れるような動きは、最奥で蠢く高密度の触手を捌いていく。顔や胴体にも掠っているが、未来を見ているので致命傷にはならない。水を纏った連撃は加速を続け、触手だけはすべて捌くといった勢いだ。


「俺も‥」

「横に避けてクロウ!!」

「……!?」


"アラドヴァル"


ヴィンセントに続こうとしたクロウだったが、彼に指示されたことでその場を離れる。直後、目の前で展開していた捕食空間を吹き飛ばしたのは、都市すらも焼き溶かす光熱の槍。


手を出せる隙を窺っていたルーが、最後の防御を貫くために投げた槍だ。海中は一気に気温が上がり、地面も沸き立つことになるが、少なくともベヒモスの盾は消えた。


最後の障壁として、接近を阻むように破壊されている地面と吹き出す炎が残っているが……


"万物を我が糧に(プライド)"


「っ……!! アーハンカール!?」

「この世の食べ物は全部おれのだよ、暴禍の獣(ベヒモス)

一言でいうと……あははっ、傲慢」


突如として現れた花冠の少年――アーハンカールが、獣の頭を押さえ付けたことにより、暴れる大地も制された。

道を阻むものは、もう何もない。


頼もしい傲慢の守護者に鼓舞されるように、クロウは勢いを増してベヒモスに接近していく。


「マーリンに治させたんだ。おれを差し置いてトドメなんて傲慢だけど……いいよ、今回は特別にゆずってあげる」

「これで終わりだ、暴禍の獣(ベヒモス)ーッ!!」

「アァ、腹が、減った……」


"星剣-アヴァロン"


身動きの取れない大厄災に対して、星を代行できる程の力を秘めた星剣は振り下ろされる。それは地球ごと獣の首を落とし、さらに続けて心臓、四肢、頭部を斬り裂いた。


傷すら喰らうベヒモスも、星を脅かす大自然そのものである大厄災も、流石に星からもたらされる死に勝てはしない。

これまでの旅路で、誰よりも多大な被害を出した痩せこけた男は、最後まで泣きながら命を散らした。



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