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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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385-空腹・前編

「星剣、抜刀」


女王エリザベスの手によって、星の聖剣は抜き放たれる。

それが内包するのは、地を照らす炎であり、生命を育む大地であり、星を生かす水。


周囲には風が優しく撫でるように吹き、足元には朧気な獣の幻と柔らかな新芽が目を出す。溢れている光は周囲の仲間を癒やすようで、闇は周囲の仲間を守っているかのようだ。


時折、剣には暴力的な血の色が差しているが、それらすべてが可視化された呪文のような帯や重力によってまとめられている。


其は、かつて人類が自在に活用してみせたこの星の具現。

霊長の知恵を以て支配した、星を統べるものだった。


"星剣-アヴァロン"


この星を内包した剣を持つ姿は、彼女が義務付けられている通り、とても威厳に満ち溢れた姿である。

しかし、星槍として形作った1度目が破壊され、これが2度目に当たるため、もう振るう余力はないようだ。


少女は星屑のように煌めく剣を抜き放つと、そのままよろめいてしまう。ダグザによって支えられているが、あの大厄災に立ち向かうのは無理そうだった。


「エリザベス様!」

「ダグザ、剣は造ったけど……振るうのは無理そうだよ。

森も破壊されてるし、治る時にリソースが……」

「じゃあ、俺に貸してくれ」

「……!! クロウくん」


エリザベスが表情を歪め、神馬のルーとヌアザが困っていると、運良く近くに飛ばされていたクロウが声をかける。


瞳には怒りがチラついているが、冷静さは失っていない。

青いオーラが左目の涙すらも弾いている通り、ちゃんと負の感情をコントロールして真っ直ぐ現実を見ていた。


星剣を任せることは、問題ない。

攻撃は星剣を当てればいいだけなので、風で高速移動ができて運も良い彼は適任だと言えるだろう。


ダグザに支えられながら歩み寄ったエリザベスは、儚げに微笑みながら素直に星剣を手渡す。


「わかった、この剣は任せるね。だけど……」

「あぁ。いくら運が良くても、ヘズの記憶で物量はカバーできても、隙間がなければ突破なんて無理だ。だから……」

「少しくらい手を貸してほしいな、処刑王」

「む、余か?」


ルーとヌアザがホッとしている中、いきなり2人に矛先を向けられた処刑王――ルキウス・ティベリウスは、驚いた様子で目を見開く。


肩にはマーリンも背負っていたが、本当に予想外だったのか、丸めたカーペットか何かのように揺れていた。


とはいえ、ローズやヴィヴィアンにも含みある視線を向けられれば、流石に突っぱねることなどできない。

参戦する気など欠片もなくとも、ややたじろぎながら弁明し始める。


「待て待て、今の余は本当に何もできぬぞ!?

ローマは一日にして成らず。余はあれを崩した故、無力だ」

「でも、クラローテちゃん、ケルヌンノス、オスカーが倒れちゃったから、もうあの密度の海はあなたしか消せない」

「弱ってんのはわかってるが、一度も手を貸さねぇのはどうかと思うぜ? バロール……魔眼王も魔眼を使ってくれた。

あれより上の皇帝を名乗るくせに、人任せか?」


円卓争奪戦1日目、第2試合で、ルキウスは闘技場を光にして神秘もろともすべてを崩した。神秘……つまりは神獣としての力を崩したのだから、なるほど彼は本当に無力なのだろう。


だが、力尽くで海のように隙間のない食事場を突破した面子が倒れた以上、できなくてもしなくてはならない。

他の誰も、あの海を触手や捕食空間の束に戻すことなどできはしないのだから。


皇帝としての矜持を傷つける挑発までされた彼は、しばらく口をパクパクとさせてから、マーリンを隻腕のヌアザに投げつけながら叫ぶ。


「むうぅ、そこまで言うのならばリソースを寄越せ!!

余は冗談抜きで何もできぬのだから!! ほれ、アヴァロンの女王! さっさとこの森の力を余に渡すが良い!!」

「あはは、オッケー。でも、あたしはこれで本当に落ちるから……後のことはよろしくね。何が何でも、滅ぼして」

「任せよ!!」

「任せろ」


クロウとルキウスの勇ましい返事に頷きながら、エリザベスは立派な杖を地面に突き立てる。すると、森に広がっていくように光が迸り、やがて逆流するように彼女へと集う。


森中から力をかき集めた女王は、この神森を統べる者として杖を掲げ、すべての光をルキウスに流し込んでいった。

これにより、自動で行われていた森の再生は止まり、太古の森のリソースはすべて処刑王のものだ。


「フハハハハッ、これが太古の森の力か!!

素晴らしい、素晴らしいぞ!! これで余も立派な皇帝に‥」

「ルキウス?」

「コホン。安心するが良い、リー・ファシアス。貴殿を差し置いて皇帝にはならぬとも。余は、あくまでも託された者!!

皇帝ならざる彼の者の無念を、女王の意志を……!!」


悲願を達成して昂る処刑王だったが、ローズが呼びかけるとすぐさま咳払いをし、平静に戻る。

きっともう、彼は見境なく殺す愚かな処刑王ではない。


今この一時、ルキウス・ティベリウスは確かに輝かしい皇帝であり、たとえ返還した後でも、その力は正しいことのために。


「たとえそれが架空でも、余はローマ皇帝である!!」


架空の存在であっても、実際に皇帝となれずとも。

王たらんとする者は、人々を惹きつけ覇道を行くのだから。

彼は清々しい表情で迷いなく、大剣を地面に突き立てた。


"狂想たる我がローマ"


剣先から波紋のように、森中へ光は広がっていく。

ベヒモスによって貪り喰われ、荒野になっていても。

まだエリザベスの支配下にあり、神秘的な森でも。

どんな世界であろうとも、まったく関係はない。


周囲一帯の世界は、彼によって書き換えられる。

ボロボロの地面や豊かな大地は純粋な光のみとなり、粉塵は霞のように幻想的な粒として消えた。

倒木や揺らぐ大樹も、もはや存在しない。


代わって一面に映し出されているのは、彼という光によって形作られた城や歴史ある街並みだ。端からボロボロと崩れてはいるものの、それは紛れもなくローマ帝国である。


「フハハハハ、まだ能力は使うなよ!?

架空の帝国は崩れ落ち、能力もまた消えるのだからな!!

もっとも、崩れる前に使っていたもの限定故、崩れ始めた今はもう大丈夫なのだろうが……念の為な!!」


大声で笑うルキウスの言葉通り、光りに包まれた世界は段々と崩れ落ちていく。貪欲に貪り喰う黒い海には少しずつ隙間が生まれ、触手や捕食空間も解け始めていた。


二柱の神や超人達が飛び回り、どうにか解体していたように、光りに包まれた盛り上がった海は花開いている。


「ア゛ア゛ア゛ア゛、腹ァ減っタンだ……オレは、ただ……

空腹デ、満タサれタクて……アァァァァァッ……!!」


中で腹を鳴らし、泣きながら涎を垂らしているベヒモスは、食事を止められて苦しそうだ。しかし、あの獣が脅威であり、自分達も他の国も危険になることは疑いようもない。


星剣を託されたクロウは、完全に意識を失ったエリザベスに軽く頭を下げてからヘズを伴い駆け出していく。


「行くぞ、ヘズ! これが最後だ!!」

「了解だ。私も最善を尽くそう」

「私も道を作るよ! もう飛べると思うけど……

炎も出せるから、壁や足場に使って!」

「助かる!」


ルー、ヌアザ、ローズなどは依然として防御に残る。

しかし、彼女は無数の茨を伸ばすことで援護をしているし、神馬達も手を出せる時を見逃さないように目を細めていた。


接近する人数が多いと多いで、巻き込んだり邪魔になったりする可能性もなくはない。特に神馬はほとんど関わりがないのだから、これが最善だろう。


彼らは円卓争奪戦、ベヒモス戦で見た多くの記憶の影と共に、2人だけの特攻を開始した。


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