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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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384-星剣の主

「はぁ、はぁ、ようやく辿り着いたぜ。

コロシアムはなくなってるけど、ここがカムランのはず……」


触手と捕食空間で形作られた海が解かれ、花開く食事場へと獣族の2人が飛び込んでいた、ちょうどその時。

コーンウォールがある方向からは、グリフォンの力を開放した飛んでいたクリフが、荒い息を吐きながらやってくる。


避難民をスルーしてやってきたというのに、タイミング的にはギリギリのところだ。飲み込まれたり倒れたりしたことで、否応なく広がった荒れ地と森との境目に生える木の上に立って、懸命に目を凝らす。


その目に飛び込んでくるのは当然、追ってきたクラローテがククルと一緒にベヒモスの手中に飛び込んでいく様だった。

彼の目の前で、災厄の獣は喉笛と胸を引き裂かれている。


頭は支えるものがなくなり、ボールのようにくるくると宙を舞う。胴体は消し飛び、焼け焦げた臓器と共に手足が散らばる。赤い花が鮮やかに咲き誇る、地獄のような光景だ。


しかし、その光景を見ることができたということは、獣の死……ひいてはクラローテの無事を示すことに他ならない。

捕食空間は段々と消えていき、海も密度が墜ちたことで虚空や触手が渦巻くただの危険地帯へと戻った。


まだのたうち回っている触手も、ほとんどが苦しんでいるような動きをしている。一部は縋るようにベヒモスへ押し寄せているが、直に活動停止することだろう。


「……!! やった……よかった、無事だ。死を覚悟してるような雰囲気だったけど、あいつは生きてる……!!」


ホッと息をつく彼の目の前で、彼女はくるりと身軽な動きで身を転じ、倒れたベヒモスを見やる。

完全に停止しているはずなのに、普段はめちゃくちゃな言動ばかりなのに、油断せずまだ警戒しているようだ。


それを見たクリフは、一瞬下ろした槍を再び持ち上げた。

飛び込むつもりはないようだが、クラローテの様子に何かを感じているらしい。


同時に、全身を鎧のように包む毛が逆立つ。

獣人の本能が、他の戦闘民族と比べても特に獣に近い……神秘に親和性があることで、様々なものを見抜くことのある目が、警告を発していた。


「なん、だ……? 何だこの感覚は……?

あの獣は強い。多分、フェンリルよりも。

だからまだ神秘が感じ取れてもおかしくはないが……」


必死に観察を続けるクリフの目の前で、触手は弱々しく獣に寄り集まる。頭が転がってきて、首があるべき空間を空けるようにして置かれた。目はまだ開いており、口もパクパクと動いて呼吸らしき行為をしているようだ。


消し飛んだ心臓や胸部すらも、押し寄せていた触手が隙間を埋めている。つまりベヒモスは、まだ死んでいない。


いくら神秘でも耐えられないレベルで破壊されてなお、異常な意思で世界を呪い、空洞で触手を蠢かせていた。

その様は、今までも行ってきた食事そのもので……


「あいつ、ケガを喰ってやがるッ……!!

触手や血潮は、体の一部とでも認識されたのか!? まだ死んでなかった、あの災厄はまだ死んでなかったんだ……!!」


遅れて気がついたクリフは叫ぶが、この距離ではどうしょうもなく、また近くにいたからといって止められるようなものでもない。


手を出す隙もなく、ベヒモスは部位を失った事実を喰らう。

たしかに殺したはずの大厄災は、ほんの一瞬の食事で完全に復活していた。


「ア゛ア゛ア゛ア゛……ここハァ、ドコダァ? 優シイ。

恐ロシイ。眠りタイ。カラッポだ。埋め、ナキャ。

苦しい。アァ、苦シイ……腹ァ、減ったァァァッ……!!」

「くっ、捕食者はトドメを忘れない! 兎は常に警戒を緩めず、チーターの如く駆け出し笑う。雌は弱いか? それは偏見だ。雌こそ強し。我らは群れを預かる家庭の守護者!!」

「待って、近づいちゃダメだクーちゃん!!」

「確実な死を与えてやろう。または昇天も良し。

どちらにせよ、退きはしない。群れを、守るために……!!」


涙と涎で顔をぐちゃぐちゃにしながら、不気味に叫んで立ち上がるベヒモス。ククルはとっさに飛び退き、クラローテを止めようとするが、彼女は常に自分の道を行く人だ。


再び荒ぶり出した触手を引き千切り、捕食空間を焼き飛ばし、砕けて炎を吹き出す大地を踏み潰す。


ただただ真っ直ぐ、ベヒモスを殺すために。

このままでは、このアヴァロンどころかアストラン、世界すら滅ぼしかねない大厄災を滅ぼすために。


借り受けた太陽で爪を赤く熱しながら、既にまともな人格が残っていなそうなベヒモスに食らいついていく。


"純白の太陽(ピエドラ・デル・ソル)"


気を抜いていたクロウ達、首を傾げていたケルヌンノスに、離れた場所で暗い表情をしているヴィンセント。

そして、涙を浮かべながら手を伸ばすクリフ。


この場に集まるすべての戦士達の目の前で、太陽は真っ白く視界を染め上げる。吹き荒ぶは天上の果実。

触手や捕食空間を吹き飛ばし、森すらも焼き焦がして太陽はベヒモスを飲み込んだ。


手を焼き、足を焼き、心臓を焼く。肉が爛れ、灰となっても止めはしない。存在どころか、痕跡すらも残さない勢いで、クラローテは世界の脅威ひ立ち向かっていた。


だが、その光もやがては収まり消える。

多くの者が目を瞑る中、耐性のある彼らは目にした。


その熱を、焼け焦げた傷跡を、日常の一部であるかのように喰らっている獣がいることを。

その畏ろしき獣が、爪や彼女の体を喰らっているところを。


「クラローテーッ……!!」

「っ……!!」


クリフは崩れ落ち、ククルは瞬時に彼女を回収してその場を離れる。肉にはベヒモスの触手などが食い込んでいたため、回収は力尽くだ。


手足がもげ、内臓がこぼれ落ちてしまいながらも、死ぬ間際の少女を幼馴染みの元へと連れて行った。


「……や、クリフ」

「クラローテ、何であそこで突っ込んだんだよ……

絶対にヤバいって、わかってたはずなのに……」

「……焦った」


もうほとんど目の焦点があっていない少女は、血を吐き出しながらも微笑み、つぶやく。その表情は悔しそうで、しかしどこか満足げだ。


握られた手が彼の涙で濡れる中、その部分だけを感じているような、優しい笑顔だった。そしてクリフも、わずかに震えた手に促される形で、言葉を紡ぐ。


「俺は、お前を大切に思ってる。

大好きだ! 死んでほしくない!」

「……ん」

「……でも、ちゃんとお前の分まで頑張るから。その意志を、悔いることはしないでほしい。また会った時に、たくさん話して聞かせるから……待っててくれ。気長にな」

「……」


森に移った炎は吹き上がり、天高く舞って消える。

太陽は、依然として力強く世界を照らしていた。




~~~~~~~~~~




致命傷すらも喰らって復活してきたベヒモスに、既に荒れ地と化した森が再び貪られ始めていた頃。

荒れ狂う触手や捕食空間の海を避けるようにして、女王の元には1人の神獣が現れた。


その神獣とはもちろん、避難誘導から戻ってきたエリザベスのパートナー――普段から執事をしているダグザだ。


彼はこの場にいる面々……負傷者の運搬や守護を行うヴィヴィアン、ルー、ヌアザ、ルキウス、ローズを見回すと、処刑王に担がれた2人の魔術師のうち1人――主人のエリザベスに声をかける。


「エリザベス様、お目覚めください。

森が滅びかけております。貴方様のお力が必要です」

「ふみゅ……はぁい、起きたよ。森が……なに?」

「滅びかけております」

「えぇっ!?」


ようやく目覚めたエリザベスは、ダグザの言葉を聞いて飛び上がる。まだ力が入っていない様子ながらも、必死に体を支えて周囲を見回し、目の前の海を見つめていた。


「う、わぁ……でも、味方もあまり残ってないんじゃ」

「それは、はい。ですが、代理を立てればよろしいかと」

「うん。じゃあ、始めよう」


多くの戦士が倒れたが、生きている者は全員意識がある。

元々その要素を担当していた円卓も、代理になるべき戦士も、ちゃんとこの星に思いを託していた。


なおも暴れるベヒモスに、ケルヌンノス達も人数が減ったことで押され始めている中。負傷者や防衛に当たるメンバーを背に、女王は威厳を迸らせながら立つ。


その手には輝かしい剣が現れ、大地から、大気中から、空を舞っていた炎から、この星の鼓動をかき集めていく。

彼女が紡ぎ、形を作る。円卓が紡ぎ、中身を注ぐ。


其は、地球を構成する大自然の奔流。

星を形作る要素を内包し、代行する星の聖剣。


『其は生命の源泉を統べる者』

『其は美しき言葉を紡ぐ者』

『其は星に蔓延る自然を愛す者』

『其は弱きを助ける正義である者』

『其は真面目に法則を守る者』


真っ先に詠唱に応じるのは、満身創痍でありながらも、まだ意識がある円卓の騎士達――ソフィア、ビアンカ、ソン、テオドーラ、ヘンリーだ。


彼女達の影響によって、聖剣には輝かしい水、可視化された呪文のような帯、植物、正しい光、重力が宿される。


『其は強きを挫く悪である者』

『其は生命の灯火を統べる者』

『其は力強く繁栄する者』


続いて詠唱に応じたのは、近くで聞いており、嬉々として混ざってきたルキウスに、遠くにいながら状況を察したキングとククル。


猫の王様はボロボロの状態ではあるが、ケルヌンノス達が徐々に飲まれ始めているのを見て立ち上がっている。


ケット・シーの魔術、風神の風に乗せられるように、言葉は女王の元に届く。星剣に内包されるのは、闇、炎、獣の幻想だ。


『其は遍く大地を統べる者』

『其は風のように自由な者』


続いて、ほとんど無意識に荒れ狂う触手に飲まれかけているオスカー。そして、熱波でたまたま近くまで吹き飛ばされていたクロウだ。


彼らの詠唱により、岩と風が星の剣に内包される。

この時点で、星剣には星を代行するだけのエネルギーが集められていたが……


『其は誰かのために力を振るう者』


前回……ヴォーティガーンと戦おうとした時には、反逆していたことで参加しなかったガノが、言葉を紡ぐ。

女王が彼の方を見て微笑むのと同時に、星剣には暴力的な血が内包された。


『其は霊長の知恵を識る者』


ありとあらゆる地球の要素は、マーリンの詠唱によって1つに纏められる。最後に、ある意味地球を模した力を、この星に繁栄したものを支配するのは、エリザベスの詠唱だ。


『其は惑星を束ねし者』


13の拘束が完全に解かれ、それは星を内包した星剣と成る。

この間にケルヌンノス、オスカーが倒れたが……

準備は完了だ。星の聖剣は、楽園を統べる女王の手によって鞘から抜き放たれた。


「星剣、抜刀」


"星剣-アヴァロン"



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