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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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383-契約を揺るがす風

クロウの背中には風の翼が生え、全身を鱗状の風で包み込んだ鎧のようなものが覆う。握る長剣にも青いオーラと共に風が纏われており、彼はまさしく風そのものだ。


より敵意を高めながら、クラローテの鼓舞を受けて一気に獣がうごめく地上へと飛んでいく。


"モードブレイブバード:ウインドマン"


風の勢いは強く、無理やり飛んでいるクラローテや音の衝撃で浮かぶヘズも置いてけぼりにする。

彼が背後で動き始めているのを尻目に、クロウは強力な風をまとった剣を振り下ろした。


"南風の刃"


吹き荒ぶ強風は渦を巻き、目の前の空間をギザギザと歪ませるようにして敵を狙う。


しかし、暴禍の獣(ベヒモス)がいるのは、触手や捕食空間などによって海のような有り様になっている、黒々とした虚だ。


つまりは、森を喰らっている食事場そのものなので、生半可な攻撃など通用しない。多少は削ることができても、すぐに食べられてしまう。


ククルやライアン、ケルヌンノスなども、表面を吹き飛ばしてはいるがまだまだ本体に届いていないのだから、その強度は試してみるまでもない。


当然その風もすぐに飲み込まれている。途中までねじ切っていたものの、そう深くまで到達することなくグロい傷跡だけ残して消えてしまっていた。


「元々持ってた幸運と風が合わさっても、足りないな」


少し離れた位置を飛び、喰らおうとしてくる飛沫を避けながら、彼は元に戻っていく海を睨む。


ようやく手に入れた、風という直接戦闘に用いることができる能力だが……ベヒモスを相手するには明らかに力不足だ。


とはいえ、結局彼自身も若輩であることに変わりはないのだから、当然のことである。

同じ風の神秘でも格上――神であるククルが核となる獣にまで届いていない時点で、単独での突破は不可能だ。


最初から理解していた様子の彼は、青いオーラを纏っていることもあって冷静に言葉を吐き出す。


「どれだけ恨んでも、俺1人じゃ無駄だ。

まぁ、1人じゃねぇから絶対に殺すけど……!!」

「そのとーり! あたし達は、全員で協力して捕食者に立ち向かう! そのための盟約、そのための超人だワン!

獅子は驕らず、確実な勝利のために群れを作るのだから!」


クロウが距離を取って食事から逃れている中、そのすぐ近くの海から声が聞こえてくる。胡乱げな視線を向けてみれば、その先にいたのは案の定クラローテだ。


いつの間にか参戦していたのか、彼女は太陽の如き爪を海に突き立てて一面を消し飛ばしていた。


気がついたらいたスピードも、一撃で海を吹き飛ばす火力も、触手や捕食空間をものともしない耐久力も。

そのすべてが規格外。ヘズの隣と彼女との間で視線を彷徨わせる彼は、あ然とした様子で目を丸くしている。


もちろん、幼馴染みの族長を振り回すカウガールは、この場で共闘するだけの少年の反応など意に介さない。

手を握ってさらに爪を食い込ませると、爆発的な勢いで海を抉りながら再度味方を鼓舞していく。


「爪を合わせよ、野を駆ける獣の群れのように! その心は太陽を宿し、鋭い眼光は梟のようにチャンスを掴む! 

ホー、ホー。いざ、我ら星の英雄が暴食を戒めん!

ヘビは一度食らいつくとしつこいぴょん。

つまりはファイティングキャーッツ!! がおぅ」


彼女がいた海は一帯が消し飛び、中からは所々をかじられた少女がキリキリと舞うように弾き出されてくる。

言動は無茶苦茶だが、実力は十分。


その声を聞いた4人の強者は、それぞれ黒々とした海の周りを飛び回りながら削り、笑い声を響かせていた。


「おいおい、あの小娘頭おかしいんじゃねぇかククル?

儂も協力に異論はねーけど、不安になるぜ」

「あはは、面白くていいじゃない。

怖いなら帰ってもいいよ? 僕がいれば十分さ」

「ハッ、言ってろ小僧。早速驕ってるお前にゃ無理だろ」


ケルヌンノスとククルのペアから真っ先に出るのは、常に無茶苦茶なクラローテへの呆れだ。しかし、少年にとって彼女はそれなりに仲の良い友達である。


不信ということはなく、互いに挑発しながらも素直に要請に応じ、協力し合っていた。

一度本気でやり合っていることもあって、互いのスペックも大体把握済み。相性も悪くない。


蹴りで飛ぶ獣神を風がさらに加速させ、その風圧によって風神の風も加速していく。機動力の高い2人の神は、ヒットアンドアウェイを繰り返しながら、星を貪る海のような装甲を次々に剥がしていた。


食事場はすべてを喰らうが……彼らだって仮にも神なのだから、対抗することくらい可能だ。

それぞれ、地球上のあらゆる獣の力、生み出した太陽の熱と周りを循環する風を操り、虚空の一角を崩している。


「あっはっは、こんな戦い初めてだよ!

私が壊すまでもなく、森が壊されているだなんてね!

いやぁ、姉さんがいたら怒られるけど……楽しいなぁ!!」

「楽しんでる場合じゃねぇぜ〜。うちのも泣いてたし、全力でこいつをどうにかする必要があるからな〜」

「任せ給え、このオスカーにさ! 語り継がれる大厄災には、同じくらい力ある伝承で対抗するものだからね!

君もちゃんとついてきなよ、全力で」


神コンビに対して、2人の超人は呆れたりはせず最初から協力的だ。それぞれ楽しげ、ほのぼのというかなりズレた態度を見せてはいるものの、確かなパワーを見せている。


特にオスカーなど、ベヒモスのことなどこれっぽっちも知らされていなかったはずなのに、規格外を体現したような戦いぶりだった。


円卓などの技術や能力を、身体能力だけで再現する。

あるいは、聖剣などの伝承を宿して再現する。


エリザベスやソフィアが使うような本物には一歩劣っているが、迸る光や泉、太陽の力などは、容赦なく山のように盛り上がった食事場を削っていく。


彼は数週間以上戦い続けた上に、普通なら死ぬような大怪我を負って眠っていた。神秘であるとはいえ、洒落にならない消耗だったはずだ。それなのに、数日の睡眠でだいぶ回復したのか、やっていることがかなりおかしい。


「ん〜、そりゃフェンリルレベルでヤバいやつだしな〜。

出し惜しみ無しで、奥の手を使ってやるぜ〜」


だが、さらにおかしいのは、様々な神獣の力を宿すライアンの方だった。元々背中に炎の翼を生やしていた彼は、気が付くと炎の範囲を全身にまで広げている。


その模様はどこか鳥を……羽に覆われているような姿を思わせており神秘的。チラチラと散る炎すら、羽が抜け落ちて舞い落ちるようで美しい。


しかも、どれほどの傷を負っても一瞬でそれが治るのだ。

腕が喰われても、ひときわ炎が燃え上がった直後には元通り生えている。下半身が消し飛んでも、やはり一瞬で生えてきている。


果ては、心臓が、頭が、全身が。

完全に死んでしまっても復活していた。


"半獣化-フェニックス"


その姿は、まさに不死鳥。

この4人の中で、彼だけは飢餓と暴食の渦巻く食事場と化した海に飛び込み、喰らわれながら再生し暴れている。


もしもかの神獣の力を持っていなければ、まだケルヌンノスほど力を使いこなせていない彼では、参戦できなかったかもしれないのだが……


絶対に死なないという特性を以て、誰よりも無茶苦茶な暴れ方をしていた。初めてその力を知るクロウも、もちろん度肝を抜かれている。さっきまでの殺意もすっかり消えて、ただただ困惑している様子だ。


「おいおい……なんだよその力は。聞いてないぞ!?」

「言ってねぇからな〜。さっき言ったろ? これは奥の手。

ただ死なないだけだし、常に使ってちゃ、他の力よりも身が持たねぇの〜。こんなに何度も死んでる訳だし、この戦いが終わった後しばらく寝込むぜ〜。頼りっきりになっても困るから、わざわざ言ってなかったんだよ〜」

「ともかく、死なないのは……すごくうれしい」

「……おうよ。俺はお前を残していかねぇから安心しな」


右側で神コンビ、左側でオスカーとクラローテ、中には再生し続けるライアンがおり、上空からはクロウが妙に当たりどころの良い風を迸らせる。


強欲に延々と手を伸ばす触手や、怠惰に貪る捕食空間。

傲慢にも、この場のすべてを喰らおうとする海となったものたち。溢れ出る食欲に隙間はなく、森はゆっくりと暴禍の獣(ベヒモス)に飲み込まれていた。


退避を任されたヴィヴィアンは逃げるしかなく、護衛を任されたローズも負傷者やエリザベスを守るだけで精一杯。

万が一に備えていた2人の神馬も、今ではそれに手を割かれている始末だ。


カムランのコロシアムが倒壊し、もう後がない中で。

ほとんどの仲間が倒れ、他に加勢など見込めない最終戦線で、彼らだけが大厄災に抗う。


神や規格外の存在であっても、獣の厄災を相手にするのは楽ではない。少しずつ森が喰らわれ、それでも海を崩し、侵食よりもほんの僅かに速くそれを解体していく。


風の槍が右側を空ける、獣の咆哮が中央までの道をこじ開ける。輝かしい光が左側を焼く、太陽の爪が奥まで食い込む。

多くの戦士が飛び回って解体していく様は、戦いというより料理のようだ。


「空いたぞ、ベヒモスまでの道が!!」

「飛び込むよ、クーちゃん!!」

「任せてクーくん!! 俊足の獣は一呼吸で喉元に。そう文字通りアサシネイトキャッツ!! 道を、開けぇッ……!!」

「頼むよレディ、伝承は君と共にある……!!」


花開く海の隙間を、ケルヌンノスに蹴り飛ばされたククル、光に乗るクラローテが突き進む。一筋の雷鳴と天を斬る斬撃が、抵抗する触手や捕食空間を斬ったことで、道を阻むものはもう何もない。


「いっけぇぇぇッ!!」

「体はねぇけど、不死の炎はきっとお前らを……!!」


幸運を宿した風に吹かれながら、ずっと中にいた炎にさらに背中を押されながら、彼らはベヒモスの首と心臓をそれぞれ引き裂いた。



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