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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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381-防衛機構は的確に

暴禍の獣(ベヒモス)の乱入によって円卓争奪戦は中断され、円卓に連なる面々、審判の間、侵入者、ケット・シーに限らず、全ての戦士が獣狩りに動き出す。


味方陣営の最強格の多くが、試合での消耗により眠っていたことも大きいが……結果として、被害は甚大。

10人弱が死亡し、生き長らえた者もそのほとんどが負傷して倒れてしまった。


女王の兄、フェイ・リー・ファシアスまで死んでしまったというのだから、その被害のほどはアヴァロン史上類を見ないレベルだと言える。


審判の間の面々、戦える円卓勢も全滅してしまったことで、もう立ち向かえる者などいない。間違いなく、1つの国が消えるかどうかの瀬戸際だ。


そんな、絶望的局面が訪れる数十分前。

唯一獣狩りに参加していなかったアストランの面々は、争奪戦の最中と同じように、アヴァロン唯一の人の村――食料生産の地コーンウォールを訪れていた。


向かい合うのは、この村の村長であるマーク。

管理者であるジェニファーを説き伏せて、彼女達はこの人工生命体とこの家に警戒の目を向けている。

いや、正確には彼女が引っ張ってきた戦士達が、なのだが……


「温かな家は子猫たちのたまり場。夢見心地は全身を浸し、水のような体は環境と化して周囲を窺う。

さぁて、平穏だから子猫たちが集まるのか、子猫たちが集まるから平穏になるのか……どっちニャンだろうね?

その事象を見抜くために、あたしは駆ける!

いざ、ランニングキャーット!! がお。様々な陰謀が渦巻くこの森中の科学に、あたしのテリトリーを作るワン!」

「ちょ、おい待てクラローテ!

大人しくしてろ、家壊れるって……!!」


コロシアムをさんざん連れ回し、ついにはコーンウォールにまで引っ張り出してきたクラローテは、村長の家に来てもなお幼馴染みのクリフを振り回す。


棚はひっくり返り、問い質されて持ち出した機器もひっくり返り、部屋の中はめちゃくちゃだ。

どこか姉弟のような2人をスルーし、マークと向かい合っているのが、彼の右腕であるジャルと部下のヌヌースだった。


「あ、あのぅ……わ、私は、本当も何かするつもりが無いので、あまり家を荒らさないでもらいたいなぁ……なんて、お、思うんですけどぉ……だめ、ですよね……はは」

「……」


上司は一見すると遊んでいるのだが、それでもジャルは村長から決して目を離さない。


警戒することになったきっかけは、常に問題ばかりを起こすはた迷惑な少女。普通なら、即刻その判断を切り捨てて試合会場に戻っていたことだろう。


しかし、その能力だけは信頼しているようだ。

彼女どころか長までもが走り回る中、優男を真横に従えて、無言で敵の一挙手一投足を観察している。


「姉に命令する気かね、クーちゃん?

であれば、野生の掟に則ってあたしを撫でろ」

「姉名乗るなら、少しはちゃんとしてくれませんかね!?

そんなんで年長者ぶるな、あほ!!

あと、野生の掟に則って撫でるってなんだよ!?」

「あのぅ、あの子達はいいんですか……? あ、ここは私の家だし、あなた達的には別にいいのかな、あは……」


自由にくつろぐこともできない、走り回っていても止めることもできない村長は、弱々しく抗議しつつ力なく笑う。

ヌヌースは申し訳無さそうに微笑んでいるが、ジャルは眼鏡をカチャっと直しながら、真顔だ。


「あ、あのぅ……流石に連日これだと息が詰まる‥」

「お前は、科学者ファナ・ワイズマンがこの大陸中に記した標点――マークだな? 肯定も否定もいらん。アストランにも残そうとしていたことがあるので、知っている。

聞くだけ時間の無駄だ。俺はただ、お前の主人に横槍を入れられないように見張るだけ。不審な行動はするな」

「あ、あはは……」


すべての言動を封じられたマークは、やはり力なく笑う。

言われた通り、彼女は何もしない。

ただこの場にいるだけで、彼女は標点なのだから。


少女は変わらず駆け回り、青年は振り回される。

それを眺める標点たる少女は、警戒されているにも関わらず焦ることなく、困ったように微笑むだけだ。


アヴァロンの……下手したら世界の危機とも言える自体が起ころうとしているのに、この場は停滞していた。


カムランからコーンウォールまでは遠いので、彼らはきっと彼の地に降りかかる厄災に気付けもしないだろう。

だが、唯一……この村の危険性すら見抜いた超人は、無茶苦茶な言動に似合わずそれを察知した。


「ビビーン! どんな危険もばっちりキャット。

臆病な愛玩動物は、毛皮を逆立て尻尾を立てる!

獣の咆哮、轟く胃の悲鳴、万物の捕食者の気配がするよ。

さぁさ、百獣の王は今こそ立ち上がるべき時だ!」

「はぁ……? また何か面白いもんでも見つけたか?」


直前まで駆け回っていた幼子のような少女は、突然立ち止まると、いつの間にか生えていたケモ耳や尻尾を立てる。

明らかに警戒した様子の彼女に、クリフは呆れながらも今度こそ緊急事態かと身構えていた。


ジャルやマークは動かない。

正しくは彼女は自由に動けない、なのだが、見張るジャルはジャルで好きにさせておくつもりらしい。


眼鏡をキラリと光らせながらも、黙って目を細めて2人のやり取りを見守っている。


「面白い? ……むぅ、見方を変えればたしかに面白い!

歴史が動くかも、だからね。こうなると、横槍を入れるのはむしろハイエナの群れ! 集結だ、集結だ!

捕食者に抗うため、愛しき動物達は爪を研ぐ!!」

「とりあえず、何かが起こったってのはわかったよ。

お前が行くべき場所なら、気にせず行ってくれ。

ここは俺らがどうにかしとくから」

「……そう。じゃあ、ここは任せるねクリフ。

お姉さんはすぐ帰ってこれないけど、泣いちゃだめだよ」


追い払うように手を振るクリフに、クラローテはいつになく大人びた表情で、そっと窺うように小首を傾げる。


普段のめちゃくちゃな言動とは程遠い、主張している通りのお姉さん感だ。元気さを象徴するように短い髪も、表情1つで一気に魅惑的になり、脳へ焼き付けるように揺れている。


これには流石のクリフも動揺を隠せず、困惑した様子で一歩引いて、タジタジになっていた。


「きゅ、急になんだよ姉ちゃん……」

「急ってなぁに? 長く生きて、年齢差なんて些細なことになっても、私があなたより歳上なことに変わりないでしょ?

それに……恥ずかしいからって言いたいことを言わないでいると、いつか呪いのように心を蝕むからね。

クリフちゃん、何か言いたいことはある?」

「お、れは……」


クリフが突然の豹変に動けなくなっている間に、クラローテは弟的な幼馴染みを抱きしめる。目を泳がせていた青年は、普段とは違ってまったく抵抗しない。

昔のような姉を前にして、素直に胸の内を吐露していた。


「いつも、嫌がってたけど……いや、実際かなり嫌ではあったけど……割と、姉ちゃんの明るさには救われてた。

板挟みになって苦しくても、姉ちゃんが無茶苦茶してるのを見たり、巻き込まれると、気が晴れたんだ。あり、がとう」

「族長はアストランのトップ。だけど、実際にはまだ上に神である長老のみんなもいるし、色々と大変だよね。

あんまり気を張りすぎちゃだめだよ、族長くん!」


幼馴染みの素直な気持ちを聞いたクラローテは、バシンと力強く背中を叩いてから、普通に扉を開ける。

その笑顔は太陽のように眩しく、彼が見惚れている間に彼女は大空に飛び立っていった。


後に残るのは、相変わらず困り顔の村長、無表情のジャル、ぼんやりとしたヌヌースに、なにかに怯えたような……堪えているような表情をしたクリフだけだ。


「……追いたければ、追ってもいいぞ。

遺言みたいで、心配になったんだろう?」


しばらく無言が続いてから、ジャルは眼鏡を外しながらなんでもないようにつぶやく。右腕の気遣いを受けて、彼はさらに悲痛な表情になって、声を絞り出していた。


「だが、俺はここで外敵を防がないといけない。

ファナ・ワイズマンは、関わっちゃいけねぇやつだ」

「時間は大切だ。神秘に寿命がなくとも、周りの環境や人々は否応なく変わるからな。自分が愛している時間は、自分で過ごすと選ばなくちゃあっという間に失われる。

節約した時間は、こういう時に使うんだよクリフ」

「おれ、は……」

「言いたいことは、さっきので終いか?」

「っ!! 悪い、俺あいつを追いかける」

「あぁ、好きにしな。眼鏡がどこかに行っててよく見えないし、どうせここは……もう無価値だ」


目を閉じるジャルに見送られて、クリフは駆け出す。

獣人の本能を解放し、その姿は人型ながらもグリフォンの力を宿したものに。既に消えた幼馴染みを追って、力強く翼を羽ばたかせていった。




~~~~~~~~~~




風どころか光すらも追い越す勢いで、カウガール姿の兎少女は太古の森を駆ける。すぐに追いかけ始めたクリフも、グリフォンの力を解放して飛んでいるのに、もう遥か後方だ。


もはや瞬間移動かと思えるようなスピードで、彼女は避難誘導をしている神馬達の元まで辿り着いていた。


「にゃにゃーんっ! 世界の危機を察知して、駆け込み参戦お姉さん! そう、文字通りのフライングキャット!

脱兎の如く逃げる君達は避難民?」

「おや、貴女は獣人の……コーンウォールにいたようですが、どうかされたのですか?」


彼女の到来にいち早く気がついたのは、この場の最高責任者であり、エリザベスのパートナーでもあるダグザだ。

杖やルーンで道を開いたり人を運んだりしていた彼は、突然の声にも落ち着いた様子で言葉を返す。


「飢餓に苛まれた強大な獣は、渇望のままに。

目の前の神秘を貪って、餌となる獣を求めて彷徨い行く。

コロシアムに大厄災が来てるでしょ? 味方もほぼほぼ全滅してるから、君だけでも加勢に行くべきじゃない?」

「なんと、もうそれほどの被害が? なるほど……そうですね、ここはミディールに任せて私も向かいましょう」


暴禍の獣(ベヒモス)から逃げる人々がざわめいている中、クラローテは最低限の会話でダグザを動かす。

戦力になるという条件を除けば、白銀のチャリオットを持つアリアンロッドなど、神馬は他にもいる。


彼女達への引き継ぎを速やかに行い、彼は獣人の娘に引きずり出される形でコロシアムへ向かった。




~~~~~~~~~~




ダグザを引っ張り出したクラローテは、そのまま彼を置いてけぼりにして付近の宿屋に向かう。


そこにいるのは、円卓争奪戦によって消耗し、眠りについている最強格の戦士たち――ククル、ケルヌンノス、オスカー、ライアンだ。


彼女はそれぞれの部屋の扉を砕いて開けると、1番広い部屋に全員を運び出して放り投げる。ゴツン、とかなり大きな音が鳴ったが、眠りは神秘の眠りなのでそう簡単には覚めない。


彼らは手足を投げ出すように転がされ、轟くというより芯まで響くような雄叫びに起こされた。


「うっ……いやーな目覚めだね。あれ、クーちゃん?」

「かーっ頭痛ぇ!! 儂酒なんざ飲んでたっけか?」

「ぐえっ……!? 何だい、サーカスでも来たのかな?」

「うぐぐ、このヤベー感じ……やっぱクラローテかよ〜」


不完全な存在のまま目覚めさせられた彼らは、総じて嫌そうに顔をしかめる。だが、今は大厄災が暴走している非常事態だ。起きざまで既に何か感じ取っているのか、特にククルやケルヌンノスなどは、目を細めていた。


「おはよう、神や超人のみなさん。

大厄災が星を震わせ、獣達は毛を逆立てる。

準備はいいかな? いざ、フライングキャーッツ!!」


かくして、突然変異的な規格外の面子は立ち上がる。

大厄災……獣の脅威から人類を守るために、守護者は倒壊したコロシアムへと向かっていった。




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