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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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380-空虚な味

クロウ達の前に佇む暴禍の獣(ベヒモス)は、やはり腹を鳴らしながら涙を流す。追加で何人も喰らったはずなのに、まるで満たされてはいないようだ。


また、獣が喰らった毒や治らない腕に関しても、常にそれを苛む飢餓感に比べれば大したことはないらしい。

ほとんど気にすることはなく、胸の辺りを押さえながら叫び声を上げた。


「アァ……痛ェ。痛ェなァ……胸んトコが、痛ェ……

ア゛ァ、この傷も治らネェ、ナァァァァァッ!!」


何戦もしてようやく、ではあるが……少なからず弱り、触手や捕食空間の勢いを落としていたベヒモス。

しかし、次にそれが繰り出したのは、食事ではなく満たされなかった食事を吐き出す行為だった。


苛立ちで砕けた地面から、太陽の一撃や縦横無尽に繰り出される泉の連撃、無気力の鱗粉、糸の斬撃、霊の手などが溢れ出す。


長い戦闘の結晶のようなそれらに、今のクロウ達では対抗する術などない。ギリギリ無事なクロウ、ソン、テオドーラ、ガノ、ヘズ、海音は、流石に全員が切羽詰まった表情で回避を始める。


「くそっ、とりあえずヴィヴィアン!

シャーロットとヘンリーを!!」

「わかってるっての」


逃げながら叫ばれる指示を受け、闘技場には泉が現れる。

2人を抱えていたクロウは、それを見るとすぐさま投げ込む。


少し荒っぽくはあるが、これで少なくとも死体をベヒモスに食べられることはなくなった。荷物がなくなったことで、彼は糸に引っ張られて速やかにソン達と合流する。


「うわぁ、狩人!?」

「はぁ、はぁ……無事だったか、運の良い侵入者」

「この子はクロウくんだ。そして私はヘズ。よろしく」

「お腹、空いた……」

「……ふむ。災害を前に、最低限の余裕は必要か。

私はソン・ストリンガー。これはテオドーラ。飯はない」

「いや待て、ツッコミは不在か!?」


無限に湧き出してくるかに思える羊毛、天を斬る水の斬撃、吹き荒れる氷の弾丸、厄介な霧などから必死に逃げながら、クロウは堪らず声を荒げる。


ここには勝手に走り回り、斬りまくっている海音、血の閃光を迸らせているガノを除いた全員が揃っていた。


だが、彼以外の3人はどこかズレた面子ばかり。

全員真面目な方ではあるものの、端から見ればかなり妙な空気になっていたのだ。


そんなメンバーなので、彼のツッコミを誰も意に介さない。

ヘズは割とまともではあるが……今は気にしない方向性のようだ。


「細かいことは気にしなくていいだろう、クロウくん。

名前は連携に役立つし、食事は……まぁ、今の状態でどれだけ戦えるかを共有できるかもしれない」

「まぁいい。どうするんだ、これ?

今いるメンバーで押さえられるか?」

「無理だね」

「無理だろう」

「満場一致な、了解」


すっかり諦めた様子のクロウは、スンッと冷めた目で中心を見つめながら、手を振るう。すると、放たれたのは無数の風の弾丸だ。お互いに弾けながら飛ぶそれらは、赤黒い閃光や雷撃をどうにか弾き、攻撃を自分達から逸らす。


音の衝撃で余波などを防ぐヘズも含め、円卓の2人は感心したような表情を見せていた。


ベヒモスが食べたものは吹き荒れているが、弱ってきた上での暴走なので、逃げるだけならそう難しくはない。

彼らは赤黒い閃光や水の斬撃が未だに攻撃を続ける中、2人に倣って防御に徹して相談を始めた。


「風は自在に形を変え、木々の間を流れ行く。

私の糸では、ほとんどのものは捉えきれない。多少慣れれば、それぞれに合わせることも可能かもしれないが」

「僕は呪いとか霊体とかだけど……うん、隙間から漏れるよね。というか、本気でエネルギーが……」

「じゃあ、上にいるのは?」

「聞こえる限りだと、眠る女王、花の魔術師、回収役に湖の乙女、運ぶために処刑王、魔眼王、守りにローズ嬢、万が一に備えて神馬の2人……あとは下で満身創痍のキングか。

一応少し離れた場所には、執事くんの傷を焼く将軍」

「は? ヴィニーは傷を焼かれてんの?」

「あぁ、そのようだぞ。よく聞こえる」


音で周りの様子を感知したヘズの報告に、クロウはドン引きした様子で驚く。これには、円卓の2人も顔をしかめていた。


しかし、そうなった流れから聞いていたと思われる司書は、まったく表情を変えずに澄まし顔で言葉を返す。

その反応で彼らはさらに目を瞬かせるが、ここからどうこうできることでもない。


速やかに驚きを飲み込むと、もう1つのツッコミどころである女王と花の魔術師について言及する。


「あと、エリザベスとマーリンは寝てんのな……

こんな状況なのに、呑気な人達」

「自然に意識はなく、悠久に在ることで力は蓄えられる。

神秘に成った者は、消耗したら長く眠るものだぞ」

「なるほど……じゃあ、ライアン達も?」

「間に合えば起きてくるだろうな。

ただ、今のところぐっすり寝ている音が聞こえる」

「誰か、起こしに行ってほしい……」

「余裕ないと思うよ?」

「わかってるよ!」


闘技場にいるメンバー以外で動けるのは、まだ避難誘導を続けているであろうダグザなどの神馬、上で女王を運ぶ2人の王、万が一に備えている神馬だけだ。


外の面子は忙しいだろうし、処刑王達は腕がなかったりで、今のままでは本気で戦えない。


唯一すぐにでも動けるのはルーとヌアザの2人だが……

万が一に備えているのだから、女王の命令もなしに勝手に動きはしないだろう。


結論、間違いなく余裕などない。

テオドーラに指摘されるまでもなく理解していたクロウは、彼女の言葉に強く反発していた。


「辛うじて使えるのは、キングと2人の審判の間サバイバーな。ただ、ルキウスは本気で無理そうなんだよな……」

「であれば、魔眼王を頼るべきだな。眼ならば腕は関係ない。おそらく、我々も巻き込まれて瀕死になるが……」

「止めどない流れは森すら砕く。今はヴィヴィアンが致命的な崩壊を防いでいるが、既に闘技場の壁は崩れた。

このまま逃げているだけでは、直に戦線は崩壊するぞ」

「あれが外に出るのは、ちょっと容認できないかなぁ。

僕らのことなんて二の次だ。やろう」


クロウを中心にして冷静な作戦会議が行われた結果、作戦は速やかに決定される。自分たち諸共、ベヒモスを魔眼で倒すこと、だ。これまで仲間達が与えた攻撃が吐き出されている地獄の中、彼らはすぐに作戦実行に移る。


テオドーラはその場で静止し、盾を構えて防御態勢に。

ソンは糸を操って、魔眼に視られないように自分達の周りに気休め程度の防壁を作る。


ヘズはバロール、海音、ガノへの作戦の伝達。

伝えられた3人も、それぞれ魔眼の準備、脳筋にも視線を斬る準備、血の閃光でベヒモスがいる場所以外の空を覆う準備を始めた。


「魔眼、限定解除。対象、および世界の焼却を開始する」


腕がない魔眼王バロールは、ヴィヴィアンに眼帯をずらしてもらってから魔眼を使用する。

その眼球にはチラチラと炎が煌めき、視線の先にある物は、血や糸どころか、太陽の斬撃すらもメラメラと燃えていた。


見るだけで効力を及ぼす、自然界最悪の烈火の魔眼。

存外素直に協力してくれたアヴァロンの巨人は、機械的な言動で目の前のすべてを燃やしていく。


「魔眼、限定解除。第二段階を解放。

対象、および世界の鏖殺を開始する」


続いて露出されるのは、もちろん生物界最悪の灰燼の魔眼。

白く輝く2つ目の瞳は、闘技場で荒ぶっている攻撃や血、糸はもちろんのこと、それらが燃えた炎すらも固めていく。


1つ目の魔眼と比べても、より視られて致命的になる魔眼だ。

逃げ場など誰にも与えられず、石化したものの灰を喰らったベヒモスが咽ている音がした。


「魔眼、限定解除。最終段階を解放。魔眼、完全解放。

対象、および世界の抹殺を開始する」


最後に、ヴィヴィアンの水によって完全に取り払われた眼帯の下から覗くのは、すべてを飲み込むような黒々とした瞳だ。


ベヒモスが虚空に飲み込んで食すのと同じく、それは虚空に飲み込んで死を与える。


たとえ丈夫な神秘であっても、無防備な状態で視られてしまえば死は免れない。何かしらで身を守っていても、長時間視られていたら死んでしまうだろう。


それを実証するかのように、視界に入ったものは、燃え上がることも石化することもなく、活動を停止していく。


ベヒモスが虚空から吐き出している太陽の斬撃、泉の連撃、雷の居合い切りなども、視界に入る一切はその瞬間に活動を終えていた。


糸は解けて溶けるように消えていく。

血は広がって蒸発するように消えていく。


テオドーラが構えた盾すらも、段々と端から消え始めており、しかもそれを待つことなく奥の者達を殺し始めている。


吐き出された攻撃のすべてが殺され、ベヒモスも体中から血や石片を零し出した頃。ようやく魔眼は止められる。

正確には、背後に現れた捕食空間が触手のように伸びたことで、首、心臓を喰われて絶命したのだが……


ともかく、その下手したら即死しかねない視線は途切れた。

この場に立っていたのは、運良く常に遮蔽物に守られていたクロウと、その運にあやかって生き延びたヘズ。


体中が死にかけてはいるものの、本当に視線すら斬ってまだ戦える状態にある海音くらいだった。

体が崩れ落ちているソン達が水に回収されているのを見ながら、クロウはまだ膝しか付かないベヒモスを見つめる。


明らかに死ぬ間際ではあるが、あれはまだ完全に倒れて静止したりはしない。ゆっくりと崩れかけた顔を上げ、虚ろな目を見せる獣に、彼もドン引きしている様子だ。


「はぁ、はぁ……あいつ、これでも死なねぇのかよ……!?」

「マズいぞ。しかも、もうなりふり構わず暴れ出しそうだ。

意識もまともにないが、だからこそすべてを……」

「アァ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!!

ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


"暴禍の獣(ベヒモス)"


ほとんど裏返った目で空を見上げて、獣は猛る。

今までの比ではないレベルの触手が溢れ出し、空、地面、壁も構わずひたすらのたうち回ってついに闘技場を突破する。


捕食空間が、沸騰した水のように辺り一面に現れ、闘技場や森を喰らっては消えていく。

まだ腹に残っていた攻撃と合わせて、飢餓感による苛立ちは炎となって大地を破壊していた。


「や、ヤバいヤバいヤバいヤバい……!! 普通もう死んでるだろ、タフすぎるだろ、洒落になんねぇよッ!!」

「ひとまず、我々は空に逃げよう。海音さんやキングくんは、ヴィヴィアンさんが上手いことやるだろうから」


最早海のように溢れているベヒモスの食事から逃げるため、クロウは風を纒って、ヘズは音の衝撃で空を飛ぶ。

眼下に広がっているのは、森に生まれた黒い死の泉だ。


もう攻撃ができる隙間すらなく溢れる食事は、少しずつ森を侵食して星を喰らう。現人神に定められたという、本当の意味での大厄災は、手が付けられない規模で滅びを体現していた。


「こんなの、もう……」

「……」


死の海に触れるか触れないかといったギリギリのラインで、何度もヴィヴィアンと思しき泉がポコポコ生まれて逃げている中。クロウは呆然とつぶやく。隣のヘズも、これには流石に表情を歪めていた。だが……


「おいおい、戦いはこっからだぜ〜?

最高戦力はまだ揃ってなかったんだからな〜」

「っ……!!」


突然声がして振り返ると、そこには今まで眠っていたはずの面々がいた。


炎の翼を生やすライアン、純白の翼を生やすケルヌンノス、風で飛んでいるククル、彼に浮かべてもらっているオスカーとクラローテ。神としての格を持つ者達や、超人と呼ばれる規格外の面々だ。



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