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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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377-世界に新たな風が吹く

頭がぼんやりする。よく覚えてないけど、いつの間にか意識を失って夢でも見ていたみたいだ。


でも、意識が落ちる前に起こったことは、俺と一緒に旅してくれていたみんなのとこは、ちゃんと覚えている。

もちろん、リューが俺達を守るために、死んでしまったことも。


それに、頭痛も一旦治まったか……?

まぁ、仮に頭痛がまだしていても何も変わりはない。


俺は、あいつに託されたんだから。フーのことを、みんなのことを、俺達を脅かす大厄災などを滅ぼすことを。


意識がはっきりとした今でも、暴禍の獣(ベヒモス)が俺の故郷を滅ぼしたことはあまり思い出せない。

だけど、あいつはリューを殺した。その上、まだこの場にいるみんなを殺そうとしている。そんなの、許せる訳がない。


「クロウ、起きたの!? 大丈夫!?」


気を失っていた一瞬を含め、ずっと抱きかかえてくれていたローズの声を聞きながら、俺はゆっくりと目を開く。


すると目の前に広がったのは、焦りながらも心配そうに顔を覗き込んでいる彼女と、ロロの姿だ。

もう、視界は揺れていない。不安定にチラついてもいないし、赤く染まってもいなかった。


「うん、大丈夫だ。心配かけて、ごめん」

「ううん、よかったよ。早く逃げよう。

あの獣の近くにいるのはマズい!」


俺がいつも通りに戻ったからか、運ぶために船みたいな形になっていた茨は解ける。


遮るものがなくなったことで、触手や捕食空間がリューの風で一度制圧されているのが確認できた。

ヴィニー達……死者やけが人は回収されたらしく、もう闘技場にはいない。


しかし、闘技場にはまだソフィアと海音が立っている。

けが人の中でも、血だらけながらもまだ動けそうなキングは、なくなった腕を押さえて壁にめり込んでいた。


第二陣で残っているのは、もうその3人だけ。

エリザベスが運ばれた方を見ると、ヴィヴィアンに運ばれてきたけが人や遺体があった。


少し前まではヴァイカウンテスだったと思われる、上半身を失った猫の死体。手の欠片くらいしか残っていない、バロンだったと思われる死体。


彼の眼鏡を手に、茫然自失になっているフー。

もし彼女がリューのことを知ったら……


「っ……!!」


その思考を振り払うように、俺は再び闘技場に目を向ける。

もうこちらの戦力などほとんど残っていない。

だが、眼下では序盤から生き残り続けているソフィアと海音が、また少しずつ増える触手などを阻んでいた。


さっきはリューが助けてくれなければ、多分全滅していてもおかしくはなかったけど……

こうなってくると、まだしばらくは攻撃されないだろう。


だが、ベヒモスの視界に入っているのは、それだけで危険だ。ローズは茨で道を作りながら手を引いて、コロシアムから離れようとしている。


俺はこれまで、ちっぽけな幸運しか力がなかった。

だからこの選択は、正しいことだと思う。

俺がみんなを守りたいのと同じで、ローズだって少なからず似たような気持ちは持っているだろうから。けど……


"幸運に届く風(ノトス)"


風で優しくその手を振り解きながら、俺は浮かび上がる。

ローズは驚いたように振り返り、目を見開いていた。


とっさに手を伸ばして捕まえようとしてくる程で、かなりの驚きようだ。しかし、これだけ驚くのも無理はない。


たしかに、これまで俺は幸運しか能力を持っていなかった。

さっきリューから思いと力を継承するまで、本当にただ少し運が良いだけの小僧だったんだから。


でも、今の俺には直接的に戦うための力がある。

元々あの獣を殺すのが俺のけじめだったんだから、みんなを守りたいから……俺は、逃げない。

ロロは彼女の肩に。戦うのは、俺だけだ。


「ちょっ、クロウ!? その力、リューから継承を……!?」

「クロー、なんで飛んでるの!? にげよう!?」

「悪い、俺は戦うよ。元々、ベヒモスは殺さないといけないって……そんな気がしてたから。2人は逃げてくれ。

ロロはあいつの前にいちゃ、危なすぎるだろ」

「私はあなたより強いのに?」

「だからこそ、ロロやエリザベスを守っててほしい。

別に逃げなくてもいいけど……今のバロールには腕がないし、処刑王はあれ、戦えないんじゃないか?」

「どう、だろうね……多分、全力は無理なのかも」

「そういうことだ。女王も含めて、頼むよ」

「……わかったよ。それに、危なくなったら乱入するから」


ローズの了承を受け、俺は2人に見送られながら飛び立つ。

闘技場には、今も抵抗している海音達と、いつ回収されてもおかしくないくらいボロボロのキングしかいないけど……


観覧席にはローズも含めて、回収役のヴィヴィアン、今でも軽い治癒ならできると思われるエリザベス、マーリン、処刑王、バロールがいる。


おそらくは万が一に備えて待機しているルーとダグザも。

神馬の2人は本当にいざという時まで出てこないかもしれないが……女王なら、もし何かあればどうにかしてくれるはずだ。


死を覆すレベルのことは、事前に結界を張る必要があるのだとしても、何度もそのレベルの治癒をしていた影響で、もう体力がないのだとしても。


もう死んでしまったフェイが、記憶や情報など精神面で全知であったのと同じで、物質的な面では間違いなく全能なのだから。それに……


「手を貸そうか、クロウくん? もっと早く動ければ、彼のことも助けられたのかもしれないが……

ひとまず、これまでの戦いのお陰で記憶の貯蔵はできた」


俺が風によって宙に浮いているのと同じように、音の衝撃で空中を弾けるように飛んでいるヘズが、隣に現れた。

さっきも観覧席にいたけど、彼は彼で自分の身を守るだけで精一杯だったもんな。責めたりなんて、できない。


それに、円卓争奪戦の時もそうだったけど……

この人が継承したのは多分、記憶しないとあまり意味がない呪いだ。焦って無駄死にされるより、色々と記憶した後半で助けになってほしい。


何より、一見冷静そうに見えているが、それなりにショックを受けている様子だった。少し悲しげな司書に、俺は努めて明るく言葉を返す。


「おう、ヘズ。自分のことを棚に上げて責めたりしねぇよ。

頼りにしてるぜ、次代の記録者」

「あぁ……お互い、失って初めて役目が与えられるのだな」

「俺の役割? なんのことかよくわからないけど……

お前には役割なんてものがわかるのか?」

「さてな。私はあくまでもこの先の歴史を記憶する者だ。

それ以前も、この先も、私にはわからない。

ただ、あの方が――シル様が君に期待していた。

ならばきっと、その幸運には何かが託されているのだろう」

「そうか」


シル・プライス……本格的に旅を始める前に、助言をくれた人。記憶の力で、少しだけ力をくれた人。


あんまり長く関わった訳では無いけど、あの人が凄い人で、この世界にとって重要だったのは何となく分かる。

すべてを知る人ではなかったとしても、すべてを覚えている人ではあったから。


だから多分、ヘズの役割はさっきも言った通りこの先の歴史を記憶し、残すことだ。そんな人達が、少なからず期待をしていたのなら……なるほど、たしかに俺には役割がある。


時空の旅人――クロノスも、毎回俺とロロの前にだけ現れるし、最後に聞いた言葉も含みがあった。

だけど、今気にすることじゃないな。


今気にするべきは、暴禍の獣(ベヒモス)のこと。

俺の故郷を滅ぼしたらしいあの大厄災を、今正に俺達を喰い殺そうとしているあれを、殺すことだけだ。


「……円卓の騎士序列2位、八咫最強の侍、私と君。

ケット・シーの王を含めても、戦力が足りないな?」 

「安心しろ、俺は運が良い。この風は、きっと……」


俺の言葉に連動するかのように、背後からは風が吹く。

言霊は風に乗り、幸運と共に世界へと広がる。

それらが呼び寄せるのは……


「なに、この状況!? あたし達がいなくても、ソフィア卿達がいれば大丈夫だと思ったのに!!」

「飢えた獣が吠え、森はざわめく。

滅びはなくとも、犠牲は避けられなかったようだな」

「アリアン達に任せて、引き返してきてよかったです」

「弱き者がいなければ、僕も全力で戦える」

「女王の敵……許すまじ」


白銀のチャリオットに乗って空を飛んできたシャーロット、ヘンリーのクルーズ姉弟。糸を足場に飛んできたと思われる序列6位……ソン・ストリンガー。


影から顔を出す序列5位のテオドーラ、序列11位のラークだ。

避難誘導で離れていた円卓の騎士が、5人も戻ってきた。


あと、闘技場の影には、これまでの戦闘で出ていた血を取り込んでいるガノの姿もある。あいつ、ジャガーの神獣のはずが、ハイエナみたいなセコいことことしてんな……


まぁ、なにはともあれ円卓は揃った。

消耗して寝ているオスカーを除けば、これまでの戦い倒れた者を含めて円卓の騎士は全員集合だ。


戦力は十分。俺も、余計な感情なんか捨て去ってベヒモスを殺す。リューの敵は、絶対に取ってやる……!!



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