375-未来を呼び込む風は今
バランスよく前衛・後衛を決めたヴィンセント達は、触手をくぐり抜けて暴禍の獣本体を斬り、確実に討伐するべく動き出す。
ウィリアムやセタンタが消えたことにより、獣もかなり勢いを増してきていたのだが、人数は第一陣よりも増えた。
また、全体的なパワーや火力も下がっているものの、第二陣に集まっているのは技巧派ばかりだ。
絶えず動き回って指示を出すソフィア、適宜未来を見て最悪を回避するヴィンセントの指揮の元、彼らはベヒモスに立ち向かう。
「えっと、雷閃さん? 海音さんを抜けば、貴方が一番強いですよね。広範囲火力はどうですか?」
「出せるけどー……火力では押さないんでしょ?」
「海音さんの補助で、邪魔な部分をまとめて吹き飛ばす……というのはありかと思いまして」
「なるほど、おっけぃ。任せといて〜」
彼女が指示を出すのは、好きに動く方が強そうな海音を除いた全員……中でも攻めに関する部分だ。
まず、攻守補助含めて動き回る自分以外で最も強い雷閃に、主戦力である海音を補助する指示を出す。
状況に応じて細かな指示は続くだろうが、方向性はこの通りである。彼は雷を纏って飛び回り、突き進んで邪魔なものはとりあえず斬っている彼女が、できるだけベヒモスに肉薄できるように邪魔な触手などを消し飛ばしていた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛……メシィィィ、メシィィィ……!!
腹ァ、減ったァァァァァッ!!」
"尽きぬ食欲は探求へ"
"座して貪る万有引力"
"飢餓という不幸を呪う"
将軍が加わったことで、一度は邪魔者が減って外にも餌を求めていたベヒモスは、余計に荒ぶっている。
既にフェイやウィリアムなど、何人も喰らっているはずなのに、闘技場が破壊される音をかき消す程の腹の音が辺りには響き渡っていた。
その音が示す通り、獣の攻撃……食事は無茶苦茶だ。
観覧席へと向かっていた触手は雷閃や海音、ヴィンセント、リューなどによって阻まれ、地面を喰らいながら蠢く。
横槍を入れられた直後は少し勢いが落ちたが、食べられないとなるとすぐに暴発し、数十、数百の触手は地面から空へと湧き上がるように彼らに襲いかかっていた。
次々に展開していく捕食空間も、当然洒落にならない。
触手よりも脈絡なく現れる虚空なので、わずかでも空気の揺らぎを感じたらすぐに回避しないと体に穴が空くのだ。
空腹による苛立ちで吹き出す炎は地面からだけだが、虚空は空中にも出てくるためより質が悪いと言えるだろう。
これらに対して指示を出すのは、主にヴィンセントだ。
既に仮面の下から血涙を流している彼は、こまめに未来を視ることで致命傷を回避させている。
バランスのいい前衛・後衛に加えて、攻撃指示のソフィアに防御指示のヴィンセント。この布陣により、彼らはベヒモスの討伐を目指していた。
「リュー、すぐさま飛んで! 捕食空間!」
「わ、かった……!!」
警告を受けたリューは、大剣を担ぐように持ちながら必死の形相で身を捩り、空中に逃れて攻撃を避ける。
直後、さっきまで彼がいた辺りには、かなり広範囲の虚空が現れて根こそぎ世界を喰らっていた。
「そのまま直進、目の前の障害を排除」
「クイーンさんが援護を、その地点まで防壁で!」
「任されましたわーっ!!」
若干回転しながら飛ぶ彼に、ソフィアは的確な指示を与える。目の前にあるのは、彼女やヴィンセントに向かってきている触手だ。
それに対処させるため指示を出し、彼は目をギラつかせながら襲いかかっていく。纏うのは強風。
戦闘開始直後から竜人化しているため、身体能力も高い。
邪魔なものをまとめてぶった切るべく進む彼は、今までにない力強さでベヒモスへと迫っていく。
また、未来を見て指示を引き継いだヴィンセントの言葉で、後衛のクイーンも動き出していた。
蔓延るのは炎を突き破る勢いの薔薇。
指示された地点へ突っ込んでいくリューを守るように、無数の赤い薔薇が炎に紛れて咲き誇る。
"バラバラの世界"
それらはバロンの添え木ほどに的確に逸らすことはできない。だが、質量で言えばこちらの方が圧倒的だ。
触手に絡みつくように壁になると、次々に喰われながらも確実にバラバラにして防いでいる。
「おらよッ!!」
"アサルトゲイル"
目標地点に辿り着いた彼は、回転しながら襲いかかることで、ソフィア達の邪魔をする触手をまとめて吹き飛ばす。
大剣にも両足にも纏われた強風により、障害物は綺麗に弾き飛ばされていた。
「ありがと、リュー」
「感謝します」
流れで後方に吹っ飛んでいくリューを尻目に、ソフィア達は駆けていく。海音や雷閃に続いて、キングの楽譜通りに飲み込まれている疎らな攻撃を掻い潜り、ベヒモスの元へ。
すべての妨害や食事を弾き、斬り、消し飛ばしている海音や雷閃に合わせるように、さっきのゴリ押しとは違って本体を叩いていった。
"不知火流-漁火"
真っ先に動くのは、もちろん自由に暴れている海音だ。
彼女は最後まで残っていた触手を鮮やかに手元に誘導すると、それらごとまとめて本体を斬ってしまう。
"天叢雲剣-神逐"
繰り出されたのは、天で斬る一撃。
束ねられていた触手ごと、空気中の水分は捻じるように斬撃となり、ベヒモスの体を歪ませていく。
第一陣の時はもっと遠くから、力でのゴリ押しで押し通ろうとしていたが、今回は技巧派のメンバーが集まっているため、そんなことはない。ちゃんと隙を狙うものだ。
後衛からでも見えるくらいに、獣の体は歪んでいた。
間違いなく命中したと言えるだろう。
"布都御魂剣"
"合技-神鳥の風弓"
続いて吹き荒ぶのは、天すら焼き焦がす勢いで放たれる雷の一閃と、後方にいるヴィンダール兄妹から放たれた風の弓。
前者はなおも増え続ける触手や捕食空間を、闘技場の地面ごと焼き崩し、伸ばされたベヒモスの腕も消し飛ばす。
後者は風圧によって障害を弾き飛ばし、間をすり抜けるように再生していた反対側の手を弾き飛ばす。
触手は手練れなら自力で突破できる程に少なく、捕食空間も辺りを埋め尽くす程ではない。ソフィアとヴィンセントは、直接ベヒモスを斬るべく肉薄する。
「どれほど円卓にヒビが入ろうとも、我々は消えない。
あの子との誓いを果たさせてもらいますよ、暴禍の獣」
「たとえ覚えていなくとも、君は彼の故郷を滅ぼした敵だ。
家族として、存在を認めることはできない」
「消えろ、大厄災! お前の居場所はこの世界にはない!!」
狐のお面を被った執事と、双剣使いの男装の麗人。
声を揃えて、2人の剣士はベヒモスに対して剣を振るう。
彼女が纏うは水。彼が纏うは霧、風、水、雷といった死鬼の力と鬼人化により硬質化した鎧のような肉体。
しかし、どちらもクロウに誓って撃滅の攻撃を。
"アラウンドレイク・アロンダイト"
ソフィアが繰り出したのは、内側に入り込んだ上で縦横無尽に迸る水の連撃だ。まだ残っていたものすべて斬り払う勢いで、前後左右どこからでも水刃は炸裂する。
おまけに、まだ足りないとばかりにすれ違った彼女は、踊るような軽やかさで双剣をベヒモスの本体に這わせていた。
"鬼面舞踏会-死鬼"
そんな彼女から、わずかに遅れること数秒。
ヴィンセントが繰り出したのは、水流のような動きで放たれる見えない連撃と、その中央を走る一閃である。
晴雲によって強制的に与えられた鬼人化の力をフルに活かして、死鬼が司る隠形、風、水、雷を迸らせていた。
それも、最後の一閃はすれ違いざまに直撃だ。
これまでの食事を還元し、異常なスピードで体を再生させていたベヒモスだったが、またも手足は千切れ、胴からも内蔵を晒すことになる。
とはいえ、もちろん大厄災相手に油断など一切しない。
彼らが少し距離を取って振り返った直後には、追い打ちをかけるようにヴァイカウンテスの氷弾の雨が降り注ぐ。
そう、油断など本当にしていなかったのだ。
「アァ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!
腹ァ、減ったァァァッ!! ナンデ、満たされネェんダァ!?」
"暴禍の獣"
第二陣によって再び手酷いダメージ受けた獣は、再び叫ぶ。
それの周囲には捕食空間が生まれ、地面には切り抜かれたようにポッカリと穴が空いた。
さらに、餌を求めて触手は濁流を生む。
ソフィアは何とか受け流しているものの、同じく近くにいたヴィンセントは手足を食い千切られてしまう。
雷閃によって回収されたため、命までは奪われなかったが……
手足の欠損に加え、服が染まるほど血涙も流しているため、戦線復帰は絶望的だ。
落ち着いているので、もしかしたらこの未来も見えていたのかもしれない。しかし、そこはクロウの運と同じである。
どうしようもない物量などが来ると、対応不可。
どう考えても、ベヒモス戦からは脱落だった。
もちろん、被害はそれだけには留まらない。
いくら食べても満たされないことや、何度も体を壊されていたことなどから、獣の暴走は悪化してしまう。
捕食空間は触手顔負けの強欲さで伸び始め、触手は空腹による憤怒のように、地面や空など通過点を燃やして破壊する。
その苛立ちで吹き上がる炎は、周りを破壊するどころか怠惰に近くのものを吸い込み始めた。
同時に、そのすべてがあらゆるものを傲慢にも餌だと定義しているので、もう無茶苦茶だ。クイーンやヴァイカウンテスも巻き込まれ、最終的にはキングすらも食欲の波に消えていく。
「ふわぁーぁ……これは、おやすみの時間?」
「わ、私を食べたいだなんて何様ですのーっ!?」
「ちょっ、まだボク達に続く後続は集まってないよ……!?」
「今は、耐えるしか……!!」
「おい待て、この規模だとクロウがッ……!!
フーはもっと高く飛んどけ!!」
「う、うん……」
闘技場はすっかりベヒモスの食事場だ。
海音すらも自分の身を守ることで精一杯で、唯一、いち早く空中に逃れた雷閃だけが仲間を……ヴィンセントを守ることができている。
同じく空中にいるフーも、雷ほどのスピードはないので自分の避難だけで命がけだった。しかし、結局は迫り来る触手に足を捕まれ、喰われながらも引きずり込まれていく。
リューは観覧席にいるクロウ達を守りに行ったため、彼には助けてもらえない。そんな状況でもどこかぼんやりした表情の彼女を救い出したのは……
「バ、ロン……? なんで、王様よりも、あたし……?」
「あはは、私はあなた達兄妹の相談に乗った身ですしね。
貴女が亡くなると、彼が壊れてしまう。逆もまた然り、なのでしょうが……私に助けられるのは、貴女だけでした」
木をナイフのように伸ばし、触手を切り離して救出しているバロンだ。喰らい続ける触手を無理やり断つと、彼は自分の全身から触手を生やしながら微笑む。
口からは血が溢れ、目は少しずつぐりんと裏返っていく。
それでも……小さな猫の男爵は、ただ相談を受けた子どもというだけで自らを犠牲にし、濁流に飲み込まれていた。
「あたし、だけ……っ!?」
呆然とバロンを見つめるフーだったが、彼の言葉を理解すると素早く視線を上に向ける。視線の先には、溢れ出す触手に立ち向かおうとしている兄の姿。
男爵の樹木に空高く持ち上げられながら、彼女は壊れた人格の奥底から悲しみを溢れ出させていった。
「いや、いやだ……戦わないで、逃げて……
クロウも、ローズも……お、お兄ぃも……!! たす、けて……」
樹木に包まれることで守られている彼女には、飛んで助けに行くことなどできはしない。
思いっきり手を伸ばしたとしても、決して届きはしない。
唯一の血縁である兄は、血の繋がりのない新しい家族達は、物心つく前から人生を弄ばれた少女の目の前で、今にも飲み込まれようとしていた。