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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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373-食を求めて包囲外

闘技場内で神秘の奔流が吹き荒ぶ中、俺は相変わらず頭痛に苛まれて身動きが取れずにいた。


さっきのは味方の攻撃だったけど、ローズが近くにいてくれなかったら、多分巻き込まれて酷い目に合ってたな。

ヘズは無言で無言で戦いを見つめており、多分記憶を蓄えている最中だし、ガノはどこかへ行ってしまったし。


暴禍の獣(ベヒモス)……俺はまだあれを思い出せない。

頭も痛いし、この状態じゃいつも以上に足手まといだ。

本当に、どうしたらいいんだ……


上手く働かない頭で、俺はこの戦いのことを考え続ける。

倒さないといけない敵、倒したい敵、旅の途中で会ったことのあるらしい敵、俺の故郷を……


「あれ、エリー?」


ローズの驚いたような声を聞いて目を向けてみれば、そこにはバロールに担がれたエリザベスがいた。

いや、まだ彼には腕が生えていないので、肩に乗っけられているだけなのだが……ともかく、彼女がいた。


あと、後ろにはルキウスに担がれたマーリンも。

ヴィヴィアンだけは、ちゃんと自分で歩いている。

というか、ふわふんと浮いている。……どういう状況?


意味がわからず黙り込んでいると、先頭にいたエリザベスは力なく顔を上げて口を開く。


「ど、どうも……」


この人、こんな人だったっけ?

初めて審判の間で会った時は威厳に満ち溢れていたし、ここで運営や治療をしていた時も……

いや、どちらでも片鱗は見えてたな。


片鱗と言うか、直接見れてないだけで完全に素が出ていた。

ケルヌンノス相手に騒いでいたし。

こうしてみると、普通にそこら辺にいる女の子だ。


「どうか……したのか? というか、バロールの……腕は?」

「いや、流石にあたしの気力が持たないよ……

ここ数週間、うちの弟とそっちの侍が森破壊しまくってて、最初から消耗してたし。この人も、アストランの族長を仮死状態にしちゃったから、そこでも体力気力が恐ろしいくらい減ったの。欠損がなかったから、まだマシだけど……

もう、結界で死者を出さないのも無理。セタンタの足も生やさせられたから、しばらくまともに動けもしない。

だから、安全性を高めようかなって」

「森の再生、死者蘇生レベルの蘇生もあんたなのか……」


勝手に森が再生してるなとは思っていたけど、女王の力って本当に凄まじいな。けど、流石に何度もやれることではないみたいだ。


思い返してみると、セタンタも傷を塞いだだけで、後回しにされていたし。多分、後半の試合ほど応急処置で済ませていたんだろう。俺は剣が刺さって、体に穴が空いてた程度でよかった。


でも、暴禍の獣(ベヒモス)との戦いでは最悪死者が出てしまうのか。

くそっ、それならなおさら、みんなで生き残るために何もできずにいるわけにはいかないぞ……!!


「森に関しては、染み付いてるから勝手にある程度治るけどね。流石にすぐに戻すなら、核であるあたしじゃないと」

「まぁ、とりあえずこっち来た理由はわかったよ。

こいつらが無言なのは怖いけど」


暴禍の獣(ベヒモス)がやって来た以上、特に拒絶する理由もないので、大人しく彼女達を受け入れることにする。

元々恨みもないし、そもそも拒否する方法もない。


むしろ、少しでも頭痛を軽減させてくれたらいいな……という下心があるから、歓迎したいくらいだ。


しかし、彼女達を運んで来たこの審判の間のサバイバー達は、割と我の強い奴らだった気がするんだよな。

特に処刑王。大人しく従うようなタマか?


そう思ってローズと一緒になって見上げていると、ルキウスはやたらと嬉しそうな表情で笑い出す。


「フハハハハッ!! 余はけが人にも配慮できる賢王である故、しばしの間無言を貫いておった!!

弱りきった女王の生死は、余の気分次第ということよ!!

実に気分が良い!! まぁ、自己犠牲的な治め方をする女王である故、今の余に処刑する気はないがな!!

どうだ、リー・フォードよ? 余は偉大であろう?」

「あはは……今、結構ヤバい状況だってわかってる?」


とりあえず、かなりローズに懐いているのはわかった。

暴禍の獣(ベヒモス)がすべてを喰らい尽くそうとしてるってのに、緊張感のないやつだな。




~~~~~~~~~~




どこからでもいきなり現れる水刃。愚直に真っ直ぐ脳筋に、すべてを斬り裂いて直進する天を斬る水刃。


ただ一太刀で、目の前の一切を焼き払う太陽の如き剛剣。

空をかき混ぜ、雷すらも味方につけて振り下ろされる雷撃。

さらには、神秘をかき消す無数の槍の雨。


これらが吹き荒れる地獄の中、その獣はなおも腹を鳴らしながら滝のような涎を流していた。

槍の雨によって、触手も捕食空間も、地面を砕いて吹き出す炎すらもかき消されていくが……


直撃の瞬間にそれの周囲を覆った捕食空間は、他のものとは違ってかき消されはしない。逆に槍を喰らい、死角から迫る水刃を喰らい、すべてを斬り裂く水刃を弾き飛ばし、すべてを消し飛ばす炎剣を喰らい、地上を洗う雷撃を喰らう。


"座して貪る万有引力(スロウス)"


しばらく地獄は続くが、その捕食空間もすぐに消える訳ではないので、延々と攻撃を吸い込み続けていた。


やがて、騎士達の攻撃を凌ぎきった後。

ようやく空間は消え去って、未だ降り止まぬ槍の雨に強欲に餌を求める触手を伸ばしていく。


"尽きぬ食欲は探求へ(グリード)"


最初の集中砲火は凄まじい物量なので、それを喰らったのであれば腹は満たされているはずだろう。


だが、腹は依然として鳴り続け、口からはより量の増えた涎が溢れ出す。満たされない。満たされない、満たされない、満たされない。


少しずつ直っている闘技場すらも喰らっている獣は、むしろ飢餓感を増しながら満たされることを渇望していた。


「腹がァ……減ったんダ!! 食っテも、食ってモ……

まっタク、満タサれ……ネェ!! カアサン、トウサン……

何だ、コノ言葉!? 俺は、マダ喰わナイといけないノカ!?

ア゛ア゛ア゛ア゛……メシィィィ、メシィィィ……!!」


それが生きていることを理解した海音が、闘技場が吹き飛ぶのも構わず水刃を飛ばしてくる。天を斬り、天で斬る。

まともな生命では、抗いようもないような大自然の具現だ。


とはいえ、暴禍の獣(ベヒモス)からしたらそれらも海音自身も餌でしかなかった。喰らう、喰らう、喰らう、喰らう。

美味しくないから、満たされないからと時折吐き出し、彼女達に攻撃を返しながらも、呪いとして獣は食べ続ける。


"万物を我が糧に(プライド)"


斬撃は、餌。立ち向かってくる聖人や魔人、神獣は、餌。

傲慢の守護者よりも強い定義付けで、それはすべてに触手を伸ばし、捕食空間を展開して喰らい尽くす。


太陽の如き一撃が再度繰り出されても、死角から幾度も綺麗な泉の如き連撃が繰り出されても。


果ては、泉と化した地面に反射した太陽から、すべてを焼き払う一撃を食らっても。どこからでも繰り出される連撃が、熱気で加速していても。


涙を流しながら、生きるためでも空腹を紛らわすためでもなく、ただ満たされるために喰らい続ける。


「美味く、ネェ……!! 喰イタかっタ、モンじゃネェ……!!

腹ァ、減ったノニ……ドレだけ喰ってモ、満タサれネェ!!

アァ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


円卓の騎士でも最強格の2人や、八咫最強の侍など気にも止めず、獣は見境なくすべてを喰らい尽くす。

流石に連発できずに弱っていた力強き騎士を喰らい、太陽の熱を受けすぎて暴走しかけていた最高の騎士を喰らう。


さらには、誰よりも自由を求めて抗い続けていた青年の半身を喰らい、致命傷を与えながら壁に激突させていた。


全力の一撃が通用せず、隙を与えないように飛び回って集中砲火を浴びせていたことが災いし、ビアンカも全員は助けられない。


それどころか、少しでも助けになろうと攻撃に出ていたことで、円卓の崩壊を体現してしまう。

誰も彼もが獣の牙にかかり、辛うじて立っているのは海音とソフィアの2人のみ。


辛うじて息がある者、既に喰らわれてこと切れた者は、湖の乙女によって回収されていく。


突如としてアヴァロンに現れた大厄災は、複数の騎士を喰い殺してもなお、決して満たされずに食事を継続だ。


其は、食欲の権化、渇望の狂人。

真っ赤に染まった闘技場の只中で、誰よりも狂気的なそれは腹を鳴らしながら涎と涙を流していた。



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