372-自由を求める最前線
「なーっはっはっは!! やってやろうじゃねぇか、獣狩り!!
臆してんなよ円卓共!! 世界を守りてぇんだろ!?」
いつも通り騒々しい声に視線を上げると、コロシアムの一番上から飛び出していくセタンタの姿が見えた。
あいつ、宿で寝かされていたはずなのに、いつの間にここに来てたんだ……? いや、考えるまでもない。
杖を持った彼の背後には、妙な揺らぎがある。
きっと、ルーン魔術で飛んできたんだろう。
ともかく彼は、ここに来た。まだ足が完全には生え揃ってはいない状態で、それでも魔術によって飛びながら。
それに触発されて動き出すソフィア、ウィリアム、アルム、ビアンカの円卓勢や海音を率いるように先頭に立って、獣に向かっていく。頭が痛い……
「クロウ、大丈夫?」
「オイラが食べてあげようか?」
彼らが飛び出していくのを尻目に、俺はなおも頭を押さえていることしかできない。さっきから支えてくれているローズだけでなく、近くにやって来たロロも、心配そうに顔を覗き込んできている。……食べるってなんだ?
ううん、上手く頭が働いてないのか。
他のみんなも、リューが厳しい表情をしていたりヴィニーが真剣な面持ちで前を見ていたりと、余裕なさげだった。
「いや、大丈夫だ。それより、あれが……」
「俺達の目的だった、暴禍の獣だよ。
だけど、今の君はそれどころじゃないよね。
お嬢、クロウを見ててあげてください。私が出ます」
「俺とフーも出るぜ。猫共もちゃんと戦えよ!!」
「あはは、流石にね。あれとの戦いは盟約通りのもの。
全力で手助けさせてもらうよ、ボクらもね」
俺が何もできないである間に、周りの仲間達も大勢が闘技場に降りていく。ヴィニーを筆頭に、リュー、フー、キング、クイーン、ヴァイカウンテス、バロン、雷閃の8人が死地へ。
まだこの場に残っているのは、ローズと戦闘能力がほとんどないロロ、あとはヘズ、ガノだけだ。
この裏切りの騎士は、総力戦でも出ないのか?
いや、俺はそんな事を気にしている場合じゃない。
なぜか忘れた暴禍の獣と、この頭痛をどうにかしないと……
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飛び出したセタンタ達の目の前で、動かないベヒモスの代わりに無数の触手が暴れ出す。
雁字搦めにされていたオクニリアは喰い散らかされ、フェイも同じくバラバラになって落ちた。
しかし、まだ無気力の鱗粉は効果を発揮しているのか、それ自身はまるで動く気配がない。
触手や捕食空間、地面から噴き出す炎などによって、隙などほとんどないが……それでも、間違いなく今が1番の好機だ。
先頭にいる円卓の4人とセタンタ、海音は、速攻で決めるべく話を合わせる。
「敵の再生を確認。食らった血肉を還元しているようですね。これ以上回復されないよう、畳み掛けますよ」
「再生……斬ればいいだけですね」
「えぇ、私も最高の一撃を!」
「……脳筋ばっかだなぁ。それでも通用するからこそ、僕とは違った別格の存在なんだろうけど、馬鹿みたいだあはは。
あれ? なんか言葉を間違えた? まぁいいや、ヌアザ」
「ゴチャゴチャ言ってねぇで行くぞ!!
おい全能、さっさと足生やせやゴラァ!!」
「守りは任せてください!」
かなり我の強い面子ではあるが、ここに集った時点で意思は統一されている。ヴィヴィアンの水によって、死体やけが人が瞬く間に回収されている中。
何にも気を使う必要のなくなった彼らは、それぞれの武器を手に全力を開放していった。
2人の女剣士は、連撃で繰り出す技と一撃で斬り裂く力という、対極的ながら同じように美しい水を纏う。
とはいえ、どちらも繊細な斬撃には変わりない。
他のものを一切斬らないとまではいかないが、それらは結局対象のみを狙ってスッパリ斬るのだから。
周囲に及ぼす影響として、本当に真逆なのは残り2人の騎士だ。彼らが溜めるのは、どちらも力強いエネルギーの塊。
銀腕を借り受けた騎士は巨大化させた剣を振り上げて雷を、最高の騎士は美麗な長剣を輝かしい太陽を。
それぞれ圧倒的な力で、敵ごと周囲一帯を吹き飛ばすような一撃を放とうとしていた。
騎士ですらない残りの2人は、どちらかと言うと攻撃力よりも士気を上げること、防御面での安心感などの貢献だ。
女王に要求したセタンタは、彼女が倒れるのと引き換えに足を完全に復活させ、ビアンカは万が一に備えている。
"ゲイ・ボルグ"
もちろん、荒っぽいセタンタがわかりにくい士気という貢献だけで満足するはずはない。彼は奇跡的な回復力を見せた足で跳ね回りながら、ルーンにより呼び出した槍を構える。
直後、蹴り飛ばした槍は無数に分裂していき、ベヒモスの体を守るように囲んでいたものを消し去っていく。
流石にすべては消せないし、消してもすぐに別の場所で生まれているが、触手や捕食空間は、仲間の攻撃を防ぎきれないくらいに減らされていた。
"アラウンドレイク・アロンダイト"
"天羽々斬-神逐"
敵は動かず、その周囲を固める防衛機構も減少。
このタイミングを見計らったかのように、主戦力の剣は煌めいた。
後続のヴィンセント達が万が一のために身構えている前で、彼女達の攻撃は放たれる。ソフィアはいつものように、周囲を湖としてあらゆる方向から斬撃を。
海音は神すらも斬った、天を斬る一撃を。
それぞれ触手や捕食空間、吹き出す炎などをすり抜けながら、力尽くで斬り裂きながら敵に到達した。
"アラウンドサン・ガラティーン"
"クラウ・ソラス"
槍の雨や神出鬼没の水刃、闘技場ごと敵を両断した水の斬撃によって、土煙が立ち昇る。ベヒモスの痩せた体はその中に隠れてしまい、狙いなどつけられない。
だが、それをものともしないのが、目の前のすべてを斬る、大雑把に辺り一帯を吹き飛ばす一撃だ。
頭上に太陽を浮かべたウィリアムは、手にした長剣にも太陽を纏わせると、溢れ出る巨大な炎を神秘的に迸らせる。
太陽が形を持ったかのような剣で、地面の泉に反射していることもあって、コロシアム中が燃えているようだった。
逃げ場はない。誰もにそう錯覚させ、事実として炎剣は敵の居場所など関係なく目の前の一切を消し飛ばす。
アルムの繰り出す一撃も、最高の騎士にまったく負けてなどいない。巨大な剣は雲を突き破り、空をかき回すことでみるみる雲を集めていく。
渦巻く雷雲は、剣に負けず劣らず巨大な鞘。
一筋の希望のような光をその剣先に宿すと、バチバチと雷鳴を響かせながら、また別方向から雷撃を繰り出した。
隙間のない連撃、目の前の一切を断つ斬撃、すべてを燃やし尽くす一撃、地上を破壊する雷撃。
あまりにも殺意の高い集中砲火に、見守っていた者達はおろか、まだ上にいた者達すら身構える。
闘技場は完全に破壊され、コロシアムもボロボロだ。
もしもヴィヴィアンやローズが守っていなかったら、この場は完全に倒壊し、無防備なエリザベスやクロウも決して無事では済まなかったことだろう。
それほどの威力を前に、誰もが敵を打ち倒すことができた、最低でも追い詰めることができたと考えていた。
実際、ベヒモスはまだ無気力だったのだから、手応えはある。ありえないことではない。しかし……
"尽きぬ食欲は探求へ"
まだ土煙も晴れていない中、粉々になった闘技場の中央からは無数の触手が押し寄せてくる。
見間違えるはずもない。それらは間違いなくベヒモスの口。
どこまでも餌を求めて動く、強欲の飢餓だ。
全力を振り絞って決着をつけに行ったソフィア達は、反撃に気がついてもすぐには退避出来はしない。
辛うじて蹌踉めいて後退するだけで、そんな彼女達に触手は次々に喰らいつこうとしていく。
"ラウンズリテンション"
間に入って防御するのは、当然円卓の守り手であるビアンカだ。彼女は珍しくコケずに立ち塞がると、巨大な盾を具現化させて触手を防ぐ。
盾は一面のみであるため、流石に横や上から押し寄せるものまでは防げない。とはいえ、概念防御であるビアンカの円卓は、決して揺るがず回り込んでくるものも弾いていた。
「す、すみませんっ。流石にすべては防げませんでした」
「くっ、問題ないよ。この程度の傷は……焼く!」
「うんうん。僕は炎でやるのキツイけど、喰い付いてきたものはちゃんと引き千切ったよ。すっごい痛い」
「余計なことを言わないように。
止まらない血は私の水で清めましょう……セクアナ」
「俺はルーンがあるぜ、羨ましいかぁ!?」
防ぎ切れなかった触手などによって、ビアンカ以外は全員が少しずつ傷を負った。しかし、彼女の概念防御の中でなら、ほとんど危険なく治療は可能だ。
アルムなどは特に多く喰われてしまっていたが、ソフィアがパートナーの力を借りて癒やしの泉を生むと、その聖所の力で瞬く間に治される。
唯一、海音だけはかすり傷など気にもしない。
自慢げなセタンタに軽く返すと、言葉通り自力で傷を塞いで防御範囲から抜けてしまう。
「いえ、この程度は力を込めれば塞がりますので。
それよりも、いつまでもここにいては敵を斬れません。
もう出てもいいですか? 触手も1人なら問題ありませんし」
澄まし顔で立つ彼女の前で、土煙すらも喰らい尽くした影は蠢く。どうやら、ベヒモスは自身の周囲に展開した捕食空間によって、攻撃をすべて食べきってしまったようだ。
食への強欲さを見せる触手を操りながら、すっかり無気力さを払拭した目を輝かせている。
フェイの置き土産はほとんど効果を発揮することができずに、ベヒモス戦は第2ラウンドを迎えた。