表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
408/432

370-死者は語らう

「ここは……」


ゆっくりと瞼を開いたフェイは、見覚えのない草原のただ中に立って困惑した様子でつぶやく。


周囲に敵の姿はない。さっきまでは突如として現れた暴禍の獣(ベヒモス)が暴れまわっていたはずなのに、彼自身もあれに喰われていたはずなのに。


あの獣に堕ちた男どころか、共に立ち向かっていた守護者達やその遺体、コロシアムの壁や水の結界すらなかった。

つまりは当然、彼が必死に守っていたエリザベスやクロウ、円卓の騎士達も1人もいないということで……


ここはカムランではなく、見覚えがない以上アヴァロンの中ですらないということだ。


現在地もどうやって来たのかも、まるきりすべてが不明。

唯一わかるのは、ここに危険はないということ。

全知のだった少年は、それだけ理解すると再び目を閉じて天を仰ぐ。


直前まで地獄の中にいたとは、死にかけていたとは思えないような穏やかな空気。頬を撫でる風に、彼はぼんやりと身を任せている。


周囲にあるのは広々とした草原と、果てしなく澄み渡った空だ。少し眺めただけでわかるくらいに、ここには恵みが溢れている。


目を閉じていても、その世界は変わらない。鼻には甘い香りや温かな香りが、これでもかという程詰め込まれていく。


有り余るくらいの、恵み……つまりはここは、恵みの国。

ローズの故郷であり、既に滅びたクロウの村もあった国でもあるフラーだった。


「……僕は、君の招待を受けたと思って良いのかな?」


しばらく爽やかな風を感じた後、少年は瞑目したまま誰かに声をかける。目を開けると、視界に飛び込んできたのは草原には明らかに場違いなテーブルだ。


もちろん、庭にテーブルを置いたりすること自体は別におかしくないのだが……ここは果てしなく広がる草原である。

そんな中にポツンとあるのは、やはり異質だと言わざるを得ない。


椅子は4つ用意されており、そのうちの1つ……フェイから見て一番奥の席には、優雅に紅茶を飲んでいる人物がいた。

これがドレス姿の美女やスーツ姿の紳士などであれば、それもまだ違和感がないだろう。


しかし、その人物は優雅なティータイムをするような人物には見えないくらい、ボロボロのローブに身を包んでいた。


ポツンと置かれていることに加えて、座る人物の不審さ。

この2つが合わさったことで、より異質な空気を生んでいるのである。


「ハハッ、随分と落ち着いてるじゃねーの。

俺に呼ばれることを予想でもしてたのか?」

「この光景を見れば、まともな世界じゃないことは理解できるからね。クロノスとはもう会ったし、後は君でしょ」

「……」


フードを深く被っているからか、顔がまったく見えないモヤのような姿だが、声的にその人物は男性だ。

クロノスの名前を聞いて黙り込む彼を気にせず、フェイは向かい合うように席につく。


「それで、なぜ僕は呼ばれたのかな?」

「全知なら言うまでもないんじゃないか?」

「ここはアヴァロンじゃない。今の僕はただの少年さ」

「ただの少年なら、もっと取り乱すべきだわな」

「なら、少し理知的な少年かな」

「じゃあ、その理知的な少年はこの状況をどう見る?」


テーブルで向かい合った2人は、紅茶やクッキーなどを楽しみながら歓談を始める。


とはいえ、こんな不思議な場所で顔を合わせるだけあって、やり取りはお互いに探りを入れるような気の抜けないものだ。


交渉のテーブルにでも着いているかのような、このやり取り自体が戦いなんだと言うような。張り詰めた緊張感の中で、彼らは油断のない目で笑い合う。


もっとも、モヤのようなローブの人物は、顔が一切見えないので目もまったく見えていないのだが……

ともかくとして、楽しげなモヤと対峙しているフェイ少年は、微笑みながらも油断なく目を光らせていた。


「君はすべてを見られるはずだ。僕はアヴァロンで起こったことしか知ることができないけれど、君は知るよりも確実に見ることができる。だから、まず間違いなく暴禍の獣(ベヒモス)との戦いについて聞きたい訳ではない。あってる?」

「そうだな。俺はたしかに聞く必要がない」

「この場には席が4つあるし、他の誰かに聞かせて欲しいってところかな。たしか彼の中には、他にも魂があったね。

誰か知らないけど、この席に座るのはその子だね?」

「ハハッ、その通り。流石だぜ楽園を守る棘(モルガン)様」


モヤが笑うと同時に、フェイの隣の席には1人の少年が現れる。まだ15歳程度に感じられる彼は、ローブの人物と同じでやはり朧気だ。はっきりとしない輪郭のまま、口を開く。


「……僕は、君達ほど多くを知れない。教えて、今の状況を。

彼らが無事に生き残れるのかどうかを」

「いいよ。一応僕がやっていたことから教えてあげる」


少年の要請を受けたフェイは、今までほどすべてを理解できないままで、これまでの話を始める。


様々なきっかけや経験作り、時間稼ぎのために少年を審判の間に落としたが、適当な理由で護衛をつけたこと。

少年を理由に円卓争奪戦を開催し、侵入者もこの国の強者も、全員を一箇所に集めたこと。


試練の間をクリア状態にし、少年の援護をしたこと。

負けを理由に残りの守護者も従えたこと。

アヴァロン、アストラン、ケット・シー、旅人たちで大厄災を迎え撃つ態勢を整えたこと。


彼がしてきた暗躍の内容を知ったことで、わずかに警戒の色が見えていた少年も、最終的に信じることになった。


「こんな感じで、迎え撃つ準備は万端だよ」

「でも、避難誘導とかに向かった人もいたよね?」

「そこも気にすんのかよ? お前、把握してるか?」

「……どうかな。あの時点では全知だったけど、戦いに意識を向けていたからね。自信はない……けど、任せて」


重ねて告げられる少年の要求に、フェイ達はわずかに顔を曇らせた。だが、すぐに表情を改めると、不安などまったく感じさせない態度で言葉を紡ぐ。


「とりあえず、この森に集まった戦力をおさらいしようか。

まず、円卓の騎士……女王のエリザベスを筆頭に、オスカー、ウィリアム、ソン、テオドーラ、アルム、ビアンカ、ラークの8人に加えて、離反したソフィア、シャーロット、ヘンリーにガノの4人。パートナーはそれぞれにいるけど……戦力になる者で言うと、ダグザ、ルー、ヌアザ、ミディール辺りかな。

この中で、避難誘導に向かったのがパートナーの大多数と、ソン、テオドーラ、ラーク、シャーロット、ヘンリー。

戦えるのが、寝ているオスカーを除いた面子……

治っていればエリザベス、ソフィア、ウィリアム、アルム、ビアンカ、ルー、ヌアザ。これに加えて、一応ガノくん。

あと、半分円卓ほとんどドルイドのマーリンもいるし、精霊ヴィヴィアンは無傷だ。総勢10名?」

「勝てるの?」

「慌てないで、他にもいるから。何のための暗躍かって話だよ。処刑王、魔眼王も追加だ。バロールは両腕がないけど……彼の本領は目だからね。期待大だよ。獣神も、本当にマズくなったら起きてくるはず。さらに、もちろん異国の戦士達……彼らは全員参加かな。寝ているライアン、ククル、セタンタと、村長の家にいるアストラン勢は除くけど」

「つまり……」

「ローズ、ヴィンセント、リュー、フー、海音。

キング、クイーン、ヴァイカウンテス、バロン。

クロウ、ロロ、雷閃、ヘズ。総勢13名。これに円卓と審判の間を加えれば、25名。まだ不安がある?」

「……すごい規模の戦いだね。たった1人を相手に」

「君はあの獣の恐ろしさをよく知ってるでしょ?

納得の布陣だと思うけどね。ともかく、避難に割いた面子を除いても、これだけの戦力だ。心配はいらないよ。

僕はあれを殺すために動いてたんだから」


段々と霧に包まれながら、フェイはそう締めくくる。

この場所がどういう場所なのかは未だ不明だが、とりあえず彼の役割は終わったらしい。


彼の体が少しずつ薄れていく中で、モヤの男とモヤの少年は気にせず自分達の会話を続けていた。


「それなら、まだあの子は思い出す必要がないね」

「は? 俺が助けるかどうかだけじゃねぇのかよ。手を出さないのに動かしもしねぇとか、何のための試練だ?」

「僕は、あの子に苦しんでほしくないんだ」

「ふん……仕方ねぇな。それじゃそこは戦うとしようぜ」


夢のように穏やかな草原の世界から、幻のような楽園から、フェイの姿は完全に消え失せる。

盤面整理は完了だ。少年は男の一手を拒絶し、舞台は再び死が渦巻く決戦の地カムランへと戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ