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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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369-楽園を守る棘・後編

円卓勢が観客の避難誘導などをしている中。

壁際まで追い詰められていた海音達は、辛うじて触手の猛攻を捌き切っているものの、少しずつ負傷が増え始めていた。


もちろん、背後にいるエリザベス達はこれ以上攻撃を受けることはない。しかし、海音は1人で3人分の触手を防ぎ続けているのだ。回復もとっくに追いつかず、ダメージは少しずつ致命的な域へと達し始めている。


また、これ以上傷の増えないエリザベス達にしても、現時点で下半身や手足が喰らわれていたりするのだ。

他者から手を加えられずとも、血はずっと流れ続けていて今この瞬間に死んでしまってもおかしくないだろう。


力尽きるのが先か、喰われてしまうのが先か。

答えがわかるのはもうすぐだった。


だが、今にもマーリン達の意識が途切れ、海音の手足が失われそうになった時。空中に現れていた霧は、勢いよくその間に飛び込んできた。


「っ……! 空から、霧? 敵意はないようですが……」

「もちろんないよ。だって、僕はその子の兄だから」


霧の中から現れたのは、当然円卓の騎士達の代わりにやって来た者達。人々の前に立つのに相応しく、貴族然とした服装をしている少年――フェイと、彼に従う7人の神獣達だった。


もっとも、アーハンカールなどは無理やり連れてこられただけなのだが……オリギー達が従っていることで、大人しく背後に控えている。


人型の傲慢――花冠を被った金髪の少年、怠惰――優美なドレスを身に纏った風格のある女性、色欲――怠惰の見た目を真似ただけのスライム。


獣本来の姿である憤怒――恐ろしい二足歩行の羊、強欲――黒犬を侍らせる巨大な犬、暴食――どこから現れたのか不思議に思える位に巨大な……闘技場を飲み込める規模の鯨、嫉妬――岩の鎧を着た小猿。


姿はそれぞれだが、地下に広がる審判の間を統べる、円卓の騎士に勝るとも劣らない守護者達の集結だ。

もちろん、彼らが現れた時点で海音達の安全は保証された。


恐怖の羊――オリギーは既にキレて触手を引き千切っているし、鯨――ヤーマルギーアは横から吸い込んでいる。


色欲のスライム――ラグニアスなど無数のコピーを盾に触手を防いでいるし、小猿――ジロソニアは何の能力を真似しているのか、溶岩のようなものを放出していて実に頼もしい。


守護者を率いているフェイも、まだ本格的に事を構えないからか、余裕の表情で会話に応じている。


「その子?」

「エリザベスだよ。まぁ、一旦選手交代ってこと。

守ってくれてありがとう。しばらくは大丈夫だから、君達は上でケガを治してきなよ。僕達にできるのは、時間稼ぎだけだからね。あれを殺しに来たんでしょう?

態勢を整えて、万全の状態で確実に滅ぼして欲しい」

「……わかりました」


フェイに頼まれたことで、渋々納刀した海音はエリザベス達を両脇に抱えて観覧席に飛び上がっていく。

空中には血の道が描かれるが、後を追う触手はムチのように唸る黒犬の群れによって阻まれていた。


彼女達が避難すると同時に、闘技場にはヴィヴィアンにより水の結界が張られる。


元の結界は術者が弱ったことで容易く破られていたが、今回は無傷の精霊の術なのでそうはいかない。

食べ物を求めて伸びる触手は、渦巻く流れによってツルツルとした結界の壁を弾かれ、いなされていた。


どこからか『誰が絶壁だって!?』という怒鳴り声が聞こえてきそうな雰囲気だ。なにはともあれ、これによりしばらくは観覧席の安全がほぼ完璧に保障される。


円卓の騎士と侵入者達は、地下のサバイバーも含めて団結し、共に暴禍の獣(ベヒモス)に立ち向かうことだろう。

その時間を稼ぐために、できるだけ弱らせて後に繋ぐために、フェイ達は戦闘を開始した。


「さて、みんなが態勢を整えるまで、君達には頑張ってもらうよ。なーに、ちょっと餌になるだけさ。君達はあれの能力を移植された実験体。ほら、既に標的は移ってる」


フェイが促した通り、なおも腹の音を轟かせている大厄災は、完全に守護者達を見据えている。

その目は完全に捕食者のものだ。彼らだってかなりの実力者であるはずなのに、明らかに餌としか見られていなかった。


とはいえ、当の守護者達もほとんど気にしていない。

小猿はぴょんぴょん飛んでいるし、鯨は迫る触手を飲み込み続けている。


風格のある女性――本性は怠惰の蝶であるオクニリアに至っては、その優雅な佇まいに反してサボる気満々だ。


「……此方(こなた)は動かない。

反論するのが面倒だから、仕方なくついてきただけだ」

「うん、君はまだそれでいい。最後に残るのは、あまり意味のないダメージよりも無気力の方が助けになると思うからね。まず行くのは……」

「ガルルルルァッ!! 一方的な捕食という傲慢、怠惰に貪る愚行、己を手放しながら憤怒する嘆かわしさ!!

すべてを暴食に向かわせる存在そのものが、許されざる黙示録!! 我らは貴様より切り離されたものとして、反逆の狼煙を上げん!! いざ、いざ、厄災狩りの時間だ!!」


フェイが目線を向けた瞬間、奇跡的に留まっていたオリギーは、ついに我慢の限界を迎える。心臓を鷲掴みにするような咆哮を轟かせると、無限に湧き出る羊毛を足場や盾にしながらベヒモスに向かっていった。


様々な姿になったラグニアスの分身も壁になっているため、彼の足は一瞬たりとも止まらない。獅子のような咆哮と鬣を知らしめながら、殴りかかっていた。


その背中を見送りながら、少年は2人の神獣に目を向けて口を開く。絶え間なく思考を巡らせながら、そんな素振りおくびにも出さず余裕の表情で。


「うん、まずは君達だ。肉弾戦で触手の盾を剥がせ。

益獣としての実力を、存分に見せておくれよ」

「肉弾戦で益獣ってこたぁあたしもか。

はぁ、仕方ないねぇ……やってやろうじゃない」

「チッ、おれに命令するなんて何様だよ?」

「フェイ様だけど? アーハンカールくん」

「……しかも、このおれを捨て駒にするつもり?

まずは君から食ってあげようか?」

「え、何? オリギーより成果を出す自信がないの?」

「……ま、あの小鳥くんのために頑張ってみるかぁ」


すんなり頷くアフィスティアとは違って、アーハンカールは反抗的だ。しかし、クロウをそれなりに気に入っていたこともあって、挑発するとすぐに動き出す。


3人の中で唯一人の姿である彼は、傲るだけあって上手く黒犬の濁流を乗りこなし、ベヒモスに接近していった。


「憤怒、傲慢、強欲……あの3人が道を開いたら、次は君。

ガル=ジュトラムからコピーした力をぶつけてね」

「ウキキッ、任せといてよ。

おいら、あいつの力も羨ましぃんだ……ひひっ」


フェイが作戦を伝えている間にも、3人の守護者はベヒモスの守りをどんどん突破していく。鯨の吸い込みによって、触手もいつものように動けはしない。

若干軌道を逸らされている中を、我が物顔で直進していた。


「ガルルルルァッ!! 強欲な触手は黒犬に譲れ!!

怠惰に座するならば満たされることはなし!!

飢餓は自業自得であり、その憤怒は我のものである!!」


真っ先に辿り着くのは、もちろんオリギーだ。

彼は分身や綿の壁を駆使して触手を越え、それの頭蓋を地面に打ち付けてから放り投げてしまう。


ベヒモスの周囲を守っている捕食空間によって手は飲み込まれるが、怒りは収まらない。敵が吹き出している炎を超える炎を纏い、さらに連撃を加えていく。


"神威降誕-炎獄天衣:ブリギット"


神秘の衣を纏ったことで、ベヒモスの周囲に展開していた怠惰な捕食空間も、強欲に伸びる触手も、そう簡単には彼の防御を破れない。骨のようにやせ細った男は、少しずつ涎に血を混じらせ始める。


「おれを食おうなんて傲慢なんだよ、自己拡散野郎」


さらに追い打ちをかけるのは、打って変わってやる気に満ちているアーハンカールだ。触手や炎が完全に打ち払われた中、傲慢にも肉薄するとたった一撃で敵を穿つ。


当然、思いっきり殴れる程近づいたのだから、彼もただでは済まない。減ったとはいえまだある触手に喰われ、足や胴体など、体のあちこちにボコボコと穴を開けている。

だが、ベヒモスの左腕はバックリと拳に食い千切られた。


「はぁ、まったく……男共は血の気が多いったらないね。

道を開くなら、周りをやれってんだ。ラグニアス!」

「はぁ〜い。ラグニアスも頑張るんだぁ」


"尽きぬ食欲は探求へ(グリード)"


"無貌の舞踏会"


体重の軽いベヒモスは宙を舞い、それの体と触手、捕食空間の間を埋めるべく、触手じみた動きをする黒いの群れと無数の姿をコピーした分身体が押し寄せていく。


それらは次々に食い散らかされることになるが、隙間を生むには十分だ。のたうち回る触手を弾き、近づくものをすべて喰らう空間を埋め、力尽くで喰らう間隔を落としてしまう。


ベヒモスの守りは消えた。そのチャンスを逃すことはなく、小猿は両手の間に発生していた熱光線を放つ。


「……けぷ。アァ?」


散々黒犬の群れや色々な姿を持つ分身体、オリギーの腕などを食い散らかしたので、ベヒモスは動かない。

ゲップをしながら、光線に飲み込まれていった。


「トドメは、暴食」


猛攻の結果を確認することもなく、フェイは仕上げの指示を出す。さっきまで触手を吸い込み続けていた鯨は、凄まじい声を響かせながら地面ごとそれを飲み込んだ。


闘技場の地面は完全にくり抜かれ、地下の森が顔を覗かせる。再度顔を上げたヤーマルギーアは、結界に腹を擦りながら打ち上がり、満足げな音を鳴らしていた。


「……足止めは十分かな。ダメージもいい感じに入った。

あれの攻撃手段的に、意味があるとは思えないけど……」


飛び上がる鯨や、地上で荒い息を吐いているアーハンカール達を見ているフェイは、寂しそうな目をして独り言ちる。


ベヒモスの左腕はなくなり、全身は殴られ続けて血だらけ。

それどころか、熱光線の直撃を受けて原型をとどめているのかすら怪しいくらいだ。


ヤーマルギーアが飲み込むまでもなく、普通ならばとっくに死んでいる。だというのに、満足気につぶやく彼は獣の無事を確信しているようだった。


「ブオオオオオ……ッオォ!?」


その予想を現実にするかのように、鯨の鳴き声は途中で別種のものに変わってしまう。それは、驚きであり断末魔。

空高く舞っていた鯨の腹には巨大な穴が空き、中からは体表がドロドロに溶けた人が現れた。


「腹ァ、減っタァァァァッ!!」


ベヒモスと思しきものは、あれだけ食い散らかしたにも関わらず、またも腹を鳴らしながら空腹を訴える。

次の瞬間、巨大な鯨の体内からは次々に触手が突き出してきて、彼を喰らい尽くしていった。


肉片を飛び散らせながら、鯨はバラバラに落ちていく。

見間違いようもなく、暴食の守護者は堕ちた。

空中からだけでなく、存在として彼は消えた。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ッ……!! メシィィィッ!!」


無抵抗に落ちてきたベヒモスは、土煙を起こすと同時にまた叫ぶ。直後、地面からは再び炎が吹き出し、触手はより密度を増して地上を一掃し始めた。


「ガルルルルァッ!! 暴食は根源に戻り、残りの大罪も残らず平らげられていく!! あぁ、なんという理不尽!!

我はこの事実に怒り続け、この憤怒を世界に刻みつけ‥」

「ラグニアスは、姿を真似るだけの菌なんだぁ。

すっごく羨ましいけど、またねぇ‥」

「おいおい、まだこのおれを喰らいたいっての?

そりゃ流石に傲慢が過ぎる‥」

「はぁ、まったく。このあたしを喰らうだなんて強欲なやつさね。でも、勝ち目なんてない。眷属の犬だけで満足してはくれないだろうし、文字通りの犬死に、か‥」

「ウキキッ、その技欲し‥」


この場に集った守護者達は、あっという間にその濁流に飲み込まれていく。


羊毛や黒犬を盾にしても、その壁ごと守護者を喰らう。

神秘を盗みかけていた小猿だけは、アーハンカールのようにいきなり背後に現れた獣に、腕の一振りで喰らわれていた。


無事なのは、羽を生やして空を飛んでいる怠惰オクニリア。

そして、同じく空にある霧の中にいるフェイのみだ。


「ふん、まともにやっても君に勝てないのは知ってる。

だから、最初から殺すつもりで足止めしてるんだ。

こんな状態でバトンタッチなんてできるもんか。

行くよオクニリア……!!」

此方(こなた)は動かない。其方(そなた)が勝手に動くといい」

「わかってるさ。僕はこの森でなら全知だからね。

すべてを知ることができる僕が、君達を見誤るもんか!!」


"全知の綻び"


すべてが食い尽くされる地獄の中で、霧の中から姿を見せたフェイは指を鳴らす。その瞬間、蝶の周囲に舞っていた鱗粉や闘技場中にある触手、次々に生まれる捕食空間、地面から吹き出す苛立ちの炎、あらゆるすべてが青く輝いた。


しかも、ただ光っただけではない。

光は彼に集まっていき、出力を引き絞るように指を動かすとそれに従って世界に表出する神秘は弱まっていく。


触手は細く、捕食空間は小さく、ほとんどのものは歩くだけでは当たらないような規模に収まっていた。

また、スカスカになった触手などの合間には、首を押さえる羊や四肢のない金髪の少年の姿も確認できる。


「君の力は、空腹だからこそ得たもの。でも、君はもう巨大な鯨すら食べ切ったんだ。食べたら満腹になる。

それが僕の知る食事というものだよ、獣に堕ちた男」

「メシィィィッ……!!」

「全知は君を紐解いた。僕がいる限り、もうこの森で能力を使えると思うな。食いたきゃ自分の口で、食ってみろ!!」


全知の少年は叫ぶ。飢えた獣は叫ぶ。

両者の叫びは響き、染み渡り……世界に1つの結果を刻み込む。


「ぐがぁッ……!!」

「美味い、美味い、美味い……腹ァ減っタァ、腹ァ減っタァ」


声の波紋に乗りでもしたのか、ベヒモスは瞬きのうちに少年の喉にかぶりつく。足を捻り腕を引っこ抜き、夢中になって貪り食う。フェイの目は光を失って、そこら中に落ちている触手は脈動を始めていた。


"座して貪る万有引力(スロウス)"


だが、多くの守護者とフェイの犠牲は実を結ぶ。

彼の近くを飛んでいたオクニリアからは無気力の鱗粉が出ており、ベヒモスの意欲を……病的な食欲ごと引き抜いていた。


それでも抗っていた食欲だったが、しばらくすると喰らう速度が目に見えて落ち、やがて止まる。

足止めは完璧に成功していた。


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