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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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367-大厄災への対処

暴禍の獣(ベヒモス)がこの森にいる。もしくは、この森にやって来る。


それは、かねてよりクロウによってもたらされていた情報だ。実際にいるのかはわからない。本当にやって来るのかはわからない。


しかし、少なくとも何週間も前からそのような情報があり、事実としてこの森には彼を含めた大勢がやって来ていた。

であれば、女王の兄であるフェイ・リー・ファシアスが取るべき行動は1つだ。


森に迫る脅威を……大厄災を討伐する。災害のような獣を迎え撃つために、ひたすら暗躍して準備を整える。

それだけが、ここ数週間彼が行ってきたことだ。


もちろん、立ち回りを変えればそれの襲来を回避することや、いつものように被害を減らしてやり過ごすこともできただろう。


この太古の森――ミョル=ウィドの、神獣の国――アヴァロンの秩序の維持を最優先に考えるのならば、明らかにそれが最善だった。


だが、クロウのようにあれを討伐したいと願う者が現れて、クロノスにその流れこそが歴史と語られて、黒竜の役割もここではないと言う。


逆らう方が愚かであり、何よりも見過ごし続けること自体も辛いことだ。クロウ達のような外からの救援もあるのなら、より良い未来の可能性に手を伸ばす。


たとえ、円卓やこのアヴァロンを揺るがすことになろうとも……それこそが、最善でなくても最高の選択なのだった。


円卓の同胞どころか、妹や弟にすら何も告げず。かといってクロウ達のような侵入者にも協力を求めず、彼は孤独な戦いを続ける。


迎え撃つ準備の時間稼ぎやきっかけ、経験を積ませるために、侵入者を地下に広がる審判の間に落とした。

無知で弱い少年に、扱いにくいという理由付けで円卓の騎士を護衛や案内に付けた。


少年を助けに来た侵入者をだしに、円卓争奪戦を開催した。

審判の間で闊歩する、一部の守護者や王を冠するサバイバーを地上に引っ張り出した。


それにより空いた試練の間を、クリア状態にした。

少年達に負けたことを理由に、害獣寄りの守護者達すら味方に引き入れた。


……厄災の黒竜――ヴォーティガーンすらも、円卓争奪戦を理由にして地上へ引きずり出した。


暗躍し続けた少年の手により、この国に存在している強者はその全員が地上――決戦の地カムランに集められたのだ。


現時点で、大厄災を迎え撃つためのありとあらゆる準備は完了している。飢餓を象徴する獣を呼び寄せる餌であり、討伐するための戦力でもある強者達は、直に集結するだろう。


本当に暴禍の獣(ベヒモス)がやって来るのならば、あとはそれを待つだけだった。だからこそ、今から彼が行おうとしているのは、あくまでも報告や牽制に過ぎない。


かつての大厄災に近しいもの……ある種、終末装置の封印場であるという、果ての大穴ティタンジェル。


自分の戦いをすべて終わらせた王兄は、引き込んだ神獣達を控えさせたまま奥へ進む。最初広がっていたのは、どこか禍々しいながらも神秘的な森。


しかし、2つある更に地下へと進む通路――ケルヌンノスの神殿とは真逆の道へ進んでいくと、どんどん生命は絶えていく。

獣がいないのはティタンジェル内と同じだが、獣神の住処にはあった植物も、この食事場には存在しない。


同じく、かつての大厄災と同等なるモノとされる黒竜が住と似た、見渡す限りの暗闇だ。

地上からの光は一切届かず、ザラザラとした岩肌が侵入者を食らう牙のように殺意を漏らしている。


しかも、最奥まで来ても獣などいなかった。

目の前にはただ岩壁がそそり立つ中、フェイは爽やかな声で口を開く。


「やぁ、久しぶりだね。ガル=ジュトラム」


少年らしい高めの声は洞窟に響き、何かに飲み込まれたかのように吸い込まれて消える。返事はない。

しばらく待つことで、ようやく目の前の巨大な岩は地響きを鳴らし始め、恐ろしい光を宿す目を開いた。


「何か用かね、リー・ファシアス」

「用って程でもないかな。少し報告があるのと、釘を刺しに来たんだ。大厄災であるガル=ジュトラムくんに」

「釘を……」


フェイの言葉を聞き、ガル=ジュトラムは轟くような低い声を洞窟内に響かせる。綺麗とすら感じる少年の声とは違って、腹に響く恐ろしい声だ。


とはいえ、味方や利用しようとしている相手にすら秘密で、ずっと暗躍していた神秘が動じることはない。

微笑みすら浮かべて見せながら、言葉を返す。


「そう、釘を刺しに。まぁ、まずは報告だけどね」

「聞こう。内容如何によっては、この国を飲み干すが」

「あはは、何のために円卓がこの森を管理していると思ってるの? 焦らないで、まだそこまで悪い話じゃないから」

「……」


山の無言をどう受け取ったのか、フェイは表情を改める。

やや真面目な表情になると、真剣な口調で言葉を紡いだ。


「実は、クロノスに予言を……未来を聞いたんだ。

ベヒモスは必ず現れる。だから、さ。キミは、動くな。

地上で何が起きようとも、干渉しないでほしい。

大厄災同士の激突は、現人神が決めたルールに反するから。

それでなくても下手したら世界が滅ぶし、あれが仲裁に動いたら、何もかもが無駄になる」

「我は食物が絶えねばそれでいい。しかし、戦力は?

円卓だけで足りるのか?」

「大丈夫、このために集めたんだ。上にも、下にも。

外国からだってね。今も僕には、彼らがいる」


フェイの宣言に応じるように、食事場の天井は破壊される。

飛び込んできたのは、ティタンジェルを食らってきた巨大な鯨と、その背に乗る小猿とスライム。後から舞い降りてきた怠惰な蝶だ。


とはいえ、実際は予定にないことだったらしく、少年はその光景を目にすると目を丸くした。呆れたように苦笑すると、両手を広げてアヴァロンが抑えている大厄災に宣言する。


「見ての通りさ、ガル=ジュトラム!

7人の守護者、王を冠する審判からの生き残り、円卓の騎士、異国から訪れた戦士達! 迎え撃つ準備は万全だ!

僕達は必ず、暴禍の獣(ベヒモス)を殺す!!」


4体の神獣を従え、知恵で戦う全知の少年はさらに強く決意を固める。ただいるだけの蝶、食を求める鯨、何かを羨む小猿とスライム。世界の命運を決める戦いは、もうすぐだ。




~~~~~~~~~~




クロウが、ライアン達が、フェイが、円卓の騎士達が、それぞれ暴禍の獣(ベヒモス)を巡って動いている中。

肝心のそれは、果てしない泥沼の中にいた。


足元に広がるのは、意思がある触手のように四肢にまとわりついてくる、悍ましく恐ろしい黒い泥。

四方を覆うのは、どこまでも見通せそうなくらい透き通って見えながら、決して手の届かない不可視の壁。


普段は足首辺りにあるだけのそれは、離れようとすれば泥となり、中に捕らえているモノを引き止め続けていた。


もちろん野生動物など一頭もいない。

泥の中に生える植物なども、あるはずがない。

水が飲みたければ、足元の泥をすするしかないだろう。


ここに生命はなく、中にいるのは、痩せこけてもはや骨でしかない、虚ろな目をした燃えるような赤髪の男だけだった。


それは足を泥にとられながらも、飢餓の中でもがき続ける。

何度も手を付き、その度に纏わりついてくる泥を引きちぎり、飢えて狂った心で叫ぶ。


ただ、腹が減ったんだ……と。食欲の権化たる獣にあるのは、そんな果てしない飢餓だけだ。

四方の壁には、喰らっても喰らっても飢えている自らの姿が映し出され、肝心の自分には泥沼しかなく。


長い時間、それは死よりも辛い空腹で苦しみ続ける。

無限にも思える時間食を望み、満たされたいとだけ願うそれは渇望の狂人。己が何を渇望しているのかすら忘れたまま、ただ飢餓感に苛まれて暴れていた。


泥沼しか存在しないのだから、飢えた獣はそれを喰らう。

何も存在しないのだから、飢えた獣は空間すら喰らう。

何も口に入れられない獣はとっくに理性など手放しており、喰らうという概念のまま暴れ続けた。


「カカ、ガギガガギゴギゲ……!!」


狂気の獣は手を伸ばす。自らを閉じ込めている空間へ。

腹から音を轟かせながら、口から狂気的な声を漏らしながら、餌を求めて触手をのたうち回させる。


「ア゛ア゛、ガゴググ……バグゴベボギ……!!」


その抵抗の甲斐があったのか、はたまたここに閉じ込めた者がいいタイミングだと思い解き放ったのか。

果てしなく透き通った不可視の壁は、段々と別のものを映し出す。


それは、闘技場にいる厄災の黒竜――ヴォーティガーン。

人型になった彼と相対している、女王エリザベス。

彼女の後ろにある、食べきれないくらいの肉。


あまりにも甘い誘惑を受け、獣は飢えを我慢できない。

触手を伸ばし、骨のように細い腕を伸ばし、少しずつ幻想のように薄い膜を突き破っていく。


「ア゛ァァァ……腹ガ!! 減った、ンダ!!」


泥沼だった景色は確固たる像を結ぶ。

一歩一歩踏み出す先は、戦闘に耐えられるだけの地面だ。

同時に、それ以外存在しなかったはずの泥沼の中には、朧気に浮かぶモヤが現れていた。


「よう、暴禍の獣(ベヒモス)。俺としちゃ、お前が消えるにゃまだ早いと思うが……本気で行くんだな?」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ッ……!! メシィィィッ!!」

「ふぅ……真面目に残念だぜ。滅びへの一歩は、時計の針は、ほぼ確実に進んじまう。だが、仕方ねぇな。

そういうことなら行って来い。飢餓に支配され、渇望のままに……死んで来るといいさ。またな、リーモス」


人型のモヤに見送られ、それは黒竜に襲いかかっていく。

彼を押し退け、塗り潰し、泥沼の如き触手の海は数ヶ月ぶりにこの世界に解き放たれた。



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