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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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366-星を束ねる者

選定の輝きは世界を焼き、無数の手や落石、溶岩、水流などを瞬く間に制圧し、消していく。

エリザベスの……竜のブレスということもあり、まさに王者と呼ぶに相応しい光景だった。


もちろん、この闘技場にいる選手は彼女だけではない。

敵であるヴォーティガーンはいいとして、味方のマーリン、対戦相手ではあるが敵ではない海音などもいる。


すべてを焼き払うような攻撃に巻き込まれ、これ以上ないくらいに災難だったと言えるだろう。

しかし、標的は黒竜だけだ。他の2人はあくまでも余波を受けているだけであり、耐えられないことはない。


マーリンは花で空を飛ぶことで軽減し、海音は普通に斬って防いでいる。まともに食らっているのは、ヴォーティガーンだけだった。


天より吹き荒ぶ光に巨体は飲み込まれ、姿を消す。

光は段々と細くなっていくも、そこにはもう彼の姿はない。


後に残るのは、エリザベス自身の力によって既に直りかけているものの、地下の森まで崩れかけている大穴。


そして、浮かぶ花びらの中にいる魔術師と壁に刀を刺すことで落下を防ぐ海音、人一人が入れるくらいの、真っ黒い球体だけだった。


"飢餓"


マーリンと海音はいい。標的でもないし、普通に耐えているだけだろう。だが、派手に崩れている闘技場に引っかかっている球体は、明らかに異質なものだ。


せめて、そのまま審判の間に落ちていけばよかったのだが、流石にそんなこともない。そのモノを避けるように闘技場は直っていくのに、謎の吸着力で上に上がってきていた。


「……彼女達は、円卓の騎士として我々を打ち倒した。

……それなのになぜ、彼女達は個人で戦っている? ……本当に鈍っているのか、我々を舐めているのか、どっちだ?」


どうやら球体は黒い触手で構成されていたようで、花が咲くように、その禍々しいモノは開いていく。


中から現れたのは、人型になったと思しきヴォーティガーンだ。巨体をカバーするのは流石に厳しかったのか、ボロボロのマントを巻いているだけのような姿で出てきている。


どこかで見覚えのある触手に、反逆者側にある一部の観覧席からはざわめきが起こっていた。

そのざわめきにちらりと訝しげな視線を向けつつも、女王は特に気にせず口を開く。


「これは円卓争奪戦であり、命ではなく席を懸けた試合です。そして、この試合に出ているのは、我とマーリン、対戦相手である海音さんと乱入したあなただけ。

外野の者を呼び、集団であなたを滅ぼす訳が無いでしょう。

とはいえ、借り受けるのであれば……っ!?」


ヴォーティガーンに答えていたエリザベスだったが、突然の奇襲を受けて言葉を切る。迫るのは美麗な刀。ゾワッとしたような表情で振り返ると、硬い爪でその一撃を受けた。


巨大な竜の爪と小さな侍の刀は激突し、拮抗する。

しかし、暗殺者じみた動きをした海音が無表情なのに対して、女王は明らかに混乱した様子だ。


目に見えて狼狽した様子で目を揺らしており、何もなかったかのように話始める侍の言葉を、信じられないものでも見るように聞いていた。


「む、もう相手にされていないのかと思いましたが、まだ私も敵だと思われていたのですね。驚きました」

「海音さん、貴女状況がわかってないの……!?」

「状況? 私は反逆者で、貴女は円卓。

私はただ、敵である貴女を斬ればいい」

「ちょっ、ヴォーティガーン!! 今ここにいるのは、災厄の黒竜ヴォーティガーンなんだけど!?」

「いえ……彼は味方してくれるそうですので。

そんなことより、巨体でも小さな動きがわかるんですね。

反応速度もかなりのものです」


ヴォーティガーンの戦い方を見たことで、直前まで固まっていた海音だったが、その動揺も光に平定されたようだ。

もしかすると、単に考えないようにしているだけかもしれないが……どちらにせよ、すっかり落ち着いた様子である。


むしろ、あまりにも予想外の奇襲を受けて、エリザベスの方が動揺して素を晒していた。弾いても周囲に湧き出してきた泡に乗って迫る海音の攻撃を防ぎつつ、腹の底から叫ぶ。


「いやいやいや、貴女を警戒しない訳ないじゃん!?

ボーっとしてたらそれこそ真っ二つだよ!?

一刀にすべてが込められている分、あの男より怖いよ!?」

「ともかく、私はこの席を勝ち取らなくてはなりません。

たとえあの竜が危険であろうと、利用するまで」

「〜っ!! そういうことなら、納得!!

すっごく不服だけど、理解はできちゃうのが悔しい!!」


もしもこのアヴァロンという国に属する者であれば、厄災の黒竜を前にこんな選択は決して取らないだろう。だが、海音は異国の侍であり、彼のことなどほとんど知らない。


であれば、危険だと伝えられ、実際に全力で戦っている姿を見たただけでは、利用しようとするのも考えられないことではなく。


竜の見た目をしている割に少女でしかない言動のエリザベスは、ほとんど半泣きになりながら光を纏った。

するとその数秒後、空中には再び鎧ドレス姿の少女が現れる。


「マーリン! この子1度吹き飛ばすから、足止めお願い!」

「エリーの頼みとあれば、喜んで♡」

「なぜ人の姿に……? よくわかりませんが、そう簡単に押し負けるつもりはありませんよ」


彼女はこの試合の相方に呼びかけ、地上でヴォーティガーンを花で足止めしていたマーリンは身を翻す。


隙を見逃さすことなく彼も無数の触手を伸ばしているが、花々はそれを遥かに上回る量だ。岩の柱や竜の幻想、花びらに紛れたルーン魔術の爆撃も相まって、彼女はもちろん上空の少女達にも届いていない。


まだ、なんとか黒竜の横槍が入らない中。

空中では2人の剣士が空中戦を繰り広げていた。


「正義を示せ、聖槍! 密やかに穿て、聖剣!」


"シャスティフォル"


"カルンウェナン"


女王の指示の元、聖剣や聖槍は自由自在に飛び回る。

力を溜める間もなく手数で圧倒しようとしているので、当然選定の光や星の奔流程の威力はない。


しかし、ここは足場の不安定な空中だ。

近接戦では間違いなく最強格で、オスカーと張り合うような海音が相手でも、かなり優勢に立ち回っていた。


とはいえ、彼女も黙ってやられている訳では無い。ぐるぐると自身を中心に弧を描く武具に、絶え間なく攻撃を加えられながらも、同じように回転して斬撃を飛ばしていく。


"我流-霧雨"


"天羽々斬"


霧のように細かな斬撃は空中に吹き荒れ、エリザベスの武具が何度来ても弾き飛ばす。もちろん、段々と遠ざけられてはいるのだが、彼女には傷一つついていなかった。


また、その細かな斬撃の合間には、天を斬る斬撃も混じっている。それも、連撃を受けていることで否応なしに回転しているため、あらゆる方向に放たれてあまりにも危険だ。


観覧席には結界が張られているため影響はないが、内部では水刃がすべてを斬り裂いている。花びらも、地面も、ルーン魔術も、何もかもを。


もちろん、聖剣の類は弾かれるだけだが……

時たま身近を通過していく斬撃に、マーリンは盛大な悲鳴を上げていた。


「はぁ、はぁ……何て危ない空間なのかしら。ルーン爆撃なんて目じゃないわ。けど、足止めなら問題なしね!

すぅ〜……愛しているわ〜っ!! エリザベーッス♡」

「うるっさい!!」


エリザベスに全力で怒鳴られながらも、マーリンは花びらの力で視界を埋め尽くしていく。距離が空いていた彼女達の間を遮るように、力を溜めることに集中できるように。


花びらで足場を作ってもらった女王は、豪華な長い杖で足元を打ち鳴らしてから言葉を紡ぎ始めた。


世界は花びらに支配され、ヴォーティガーンも手を出すことはできない。遠くピンクの闇の中で、禍々しいオーラだけを迸らせている。


「少し力を借りますよ、我らが円卓の同胞達よ」


地上で足止めされている黒竜に対抗するように、上空の女王は神秘的なオーラを迸らせる。彼女の声に応じて結界の内外から響くのは、麾下の騎士達が紡ぐ声だ。


それぞれに対応している円卓の騎士と、すべてを束ねる円卓の女王は、2つの言葉を重ね合わせていく。


王と騎士の詠唱は、星に誓う13の拘束。

1つ解放する毎に、エリザベス・リー・ファシアスはこの地球に誕生した根源を宿し、この星を内包していった。


『其は生命の源泉を統べる者』

『其は風のように自由な者』

『其は真面目に法則を守る者』


離反した3人の騎士も、ヴォーティガーンを倒すためとなれば協力しない訳にもいかない。彼女達と共に紡ぎ出された詠唱によって、エリザベスは輝かしい水、風、重力を宿す。


『其は生命の灯火を統べる者』

『其は弱きを助ける正義である者』

『其は強きを挫く悪である者』


最高の騎士を筆頭に、最も女王に忠誠を誓う騎士達が詠唱を紡ぐと、合わせた女王には炎、光、闇が内包される。


『其は星に蔓延る自然を愛す者』

『其は美しき言葉を紡ぐ者』

『其は力強く繁栄する者』

『其は遍く大地を統べる者』


寝ているオスカーの代わりを務めるのは、新たな席次を勝ち取った傲慢――オリギーだ。彼は悪竜を滅すために喜んで協力しており、自由だったり危なっかしかったりであまり前線に立たない騎士達と共に、詠唱を紡ぐ。


やはり言葉を重ねるエリザベスの手には槍が現れ、その周囲にはこれまでの根源に加え、岩、植物、獣の幻想、可視化された呪文のような帯が宿されている。


『其は霊長の知恵を識る者』

『其は惑星を束ねし者』


最後に言葉を紡ぐのは、結界内にいる2人の騎士だ。

正しく反逆した凶暴な騎士は不参加だが、思慮深き魔導騎士と完璧な騎士の詠唱によって、不完全ながら星は完成する。


「星槍、抜錨」


其は、この星に芽生えたあらゆる存在を内包した星の代行。

神秘の惑星となった地球より抜かれた槍は、世界を守護するものとして厄災の黒竜に放たれ……


"暴禍の獣(ベヒモス)"


瞬間、どこからかいきなりこの場に現れた獣によって、飢餓を象徴する最悪の大厄災によって、かき消された。


「ッ……!? 一体、何が……!?」


直前までは、たしかにそこには何もいなかった。

いたのは、花びらなどに足止めされている、アヴァロン国の女王が滅ぼすべき厄災の黒竜のみだ。


それなのに、ブラックホールのような暗黒は、幻想のような泥沼は、すべてを飲み込む食欲の権化は、唐突に彼女達の目の前に現れた。


虚空は空腹による苛立ちの業火で闘技場を破壊し、この場に存在するすべてを自らの餌と定義する。

星の輝きを飲み干し、それでも満たされない飢餓に従い触手は自ら食を求めて彷徨いゆく。


咲き誇る花も、並び立つ岩柱も、無数に飛び交うルーン魔術や竜の幻想すら、それにとっては消化可能な餌でしかない。

死者を出さない結界すら、とうに消し飛んでいる。


エリザベス、マーリン、観客席の円卓勢、反逆者。

この場に集う者達のほぼ全員が驚いている前で、先程の黒い球体と同じように、泥沼は解かれた。


ヴォーティガーンは消え失せ、彼すらも喰らってしまったのか、中から現れたのは滝のように涎を垂らす渇望の狂人だ。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ッ……!! メシィィィッ!!」


燃えるような赤い髪、骨にしか見えないくらいにやせ細った体、生気のないフラフラとした歩みに、虚ろな目。

どうして生きているのか不思議に思えるような容貌からは、とても想像できないような叫びが放たれた。


飢餓である……飢餓である……飢餓である。

地獄の底から響くような腹の音を鳴らす獣が宿すのは、悠久に続く飢えである。


すべてを喰らうモノ、かの現人神が定義し縛る4つの大厄災の1つ、クロウが本来討伐しようとしていた故郷の敵。

飢餓を最高潮まで高められた魔人――暴禍の獣(ベヒモス)が、彼らの前には現れていた。


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