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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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365-厄災の黒竜

「……あなた、なぜここに? いえ、どうやってここに?」


白亜の城を突き破るようにやって来たヴォーティガーンに、エリザベスは空気の鋭さを数段高めながら問いかける。


海音はぼんやりと突っ立っているが、彼女は周囲に浮かぶ聖剣をすべて彼に向けるという警戒ぶりだ。

花びらが防壁のように間を舞っている中、黒竜はガラガラと城を崩しながらボソボソと喋り出す。


「……なぜ? ……どうやって? そんなことが、重要か?」

「重要に決まっているでしょう?

あなたは招いていない。あなたは審判の間から出られない。

それなのに、この円卓争奪戦に乱入してきたのですから」


声自体はボソボソとしているものの、その音は妙に響いているためこの場の全員が耳にすることとなる。

常識が違うのか、何も応えようとしない彼の言葉に観覧席はざわめき、エリザベスはより強い口調で詰問していた。


素など関係ない。実際はだらしなかったり普通の少女なのだとしても、威厳ある澄んだ声がコロシアムに響き、周囲には安心が広まっていく。


それは闘技場内……ヴォーティガーンと直接相対している者でも同様だ。顔を引きつらせていたマーリンは、すぐに落ち着きを取り戻すと杖を振るう。


輝く宝石に指揮されたように花びらは舞い、派手に割られた結界も修復されていた。また、黒竜に破壊されていた城も、少しずつ修復されている最中だ。


ヴォーティガーンは面倒くさそうに息を漏らすと、それだけで世界を揺るがしながら、舞い降りてくる。


「……我々は、招かれた。……我々は、解き放たれた。

故に……我々は、この戦いに参戦する」

「あなたが? いえ、それよりも誰に?」

「……ここにいない者など、数える程しかいないだろう」

「お兄様ですか?」

「……わかりきったことを、わざわざ口に出す趣味はない。

彼女達が始めないなら、こちらからいくぞ」


質問を繰り返すエリザベスに対して、しびれを切らした様子のヴォーティガーンはそれらを無視して動き出す。

どうやら、明確な答えを出すつもりはないようだ。


彼女達もこれ以上は無駄だと悟ると、厳しい表情で後退して態勢を整えている。海音はいまいちよくわかっていない様子だが、闘技場は既に地獄と化していた。


「彼が表舞台に出てきた以上、敵対するのは当然ですが……」

「フェイ様が裏切ったということかしらね?」

「処刑王や守護者も引っ張り出して来ましたし、何かしらを狙っているのは確実でしょう」


結界に守られているため外には漏れないながらも、内部では怪しげな粒子が舞っていたり禍々しい日輪が浮かんでいたりする。


さらには、黒竜の背後には無数の手が現れてもいるという、明らかに異常な状況下で、彼女達は言葉を交わしていた。

円卓争奪戦、ヴォーティガーンの対処、フェイの思惑。


今考えることではないのかもしれないが、気になることは山積みだ。このまま試合は続くのか、それとも海音と共闘して彼を倒すのか、その選択もする必要があった。


しかし、ヴォーティガーンが口にしていたのは、この戦いに参戦するという言葉である。この戦い……それはすなわち、今行われている円卓争奪戦に他ならない。


事実、彼女達の視界に飛び込んできたのは、ちらりと壁に映し出されているマッチング表を見てから海音に話しかける黒竜の姿だ。


「……彼女達が、反逆者サイドの戦士だな。

名は、天坂海音……参戦するぞ」

「彼女達とは私のことですか? 変な呼び方ですね。

ですが、味方になるということなら歓迎しますよ」

「……」


当事者である海音の同意を得たことで、半強制的に黒竜は試合への参戦を受け入れさせる。仮に拒否したとしても、2人が共闘しているなら無意味だ。エリザベス達は苦虫を噛み潰したような表情をしつつも、受け入れるしかなかった。


とはいえ、その共闘は連携するということでもないらしい。

反逆者サイドに収まった彼は、海音を無視してまたも勝手に動き出す。


"天災"


まず放たれたのは、背後のボヤボヤした不明瞭な怪しい空間から伸びていた無数の手だ。一本でも凶器になり得る竜種の腕は、豪雨のように騎士王達に襲いかかっていく。


身構えていた彼女達なので、もちろん大事はない。

だが、一撃一撃が大地を深く穿つレベルのものだったため、辛うじて避けている様に余裕はまるでなかった。


おまけに、空からはどこから現れたのか、巨大な落石までもが降り注いでいる。エリザベス達は、それぞれ無数の聖剣を振るって切り払い、花で惑わしながら舞って凌ぐ。

戦況は、明らかにヴォーティガーンに有利だった。


「こ、れは、何ですか……?」


目の前で繰り広げられている攻防を目の当たりにして、海音は呆然とした様子でつぶやく。黒竜の猛攻と騎士王達の苦戦を見ても、彼女はまったく動けない。

動かないのではなく、動けない。


ヴォーティガーンが味方しているのだから、彼と一緒に戦う方が利になるというのに。この戦いに勝たなければ、クロウの目的であったはずの暴禍の獣(ベヒモス)の討伐は成し遂げられないというのに。


普段から無表情で、落ち着き払って物事に対処していた海音は、斬るだけですべての事を終わらせていた侍は、人並みに動揺を表に出して固まっていた。


「無数の手、天変地異のような……隕石のような落石。

これではまるで八咫に伝わる『百の手』、『天災』そのものではありませんか……」


遥か遠く、異郷の地にて。神獣達が統べている神秘的な森の空から、無数の手と隕石は降り注ぎ続ける。

結界によってこの国自体が滅ぶことはない。


しかし、この結界内……闘技場内に限って言えば、まさに天災が降り掛かっている地獄のような世界になっていた。

さらには……


"審判"


必死に攻撃を耐え続けているエリザベス達を見ながら、畏ろしき黒竜は大空を舞う。その様は元々トカゲに近いスマートな竜種であることもあって、蛇が地上で、魚が水中で優雅に移動するかのようだった。


もちろん、彼は空を飛んでいるだけではない。

その動きとどこまで連動しているのか、闘技場内にはさらなる悪夢が具現化している。


大地は砕け、赤々と輝く溶岩を。または、すべてを押し流さんばかりの水流を勢いよく吹き出す。

隕石など比ではない、この世の終わりのような光景。

その様子は、まさに神が下した審判を体現しているようだ。


エリザベスが統べていたはずの樹木も、今ではこの天変地異を祝福するかのように、不気味に笑っていた。


海音がろくに動けず、辛うじて自身に降りかかる隕石や溶岩などを斬り払っている中。彼女とは違って直接狙われているエリザベス達は、聖剣や魔術によって何とか凌ぎ続ける。


「……悠久を生きた。……ただ在り続けるモノだった。

しかし、我々はあの時代を忘れはしなかった……

彼女達は、忘れているのか……? ……鈍っている。

随分と弱くなったものだな、星剣の主よ……」

「ふん、あなたこそ随分と口数が多いね?

久しぶりにあたしと会えて嬉しいの?

こっちは最悪の気分だけど」

「……」


エリザベスの軽口に、宙を舞うヴォーティガーンはそれ以上言葉を返さない。今まで同様無口のままで、畏ろしくも美しい威容を世界に知らしめていた。


とはいえ、彼らは別に友達でも家族でもなんでもないので、彼女本人も別に答えなど求めていないようだ。

マーリンの花による援護を受けながら、その荘厳でありつつも華奢な体を輝かせている。


"野生解放(リベラシオン)-アーサー"


光を切り裂くように聖剣が舞った後、中から現れたのは黒竜に負けず劣らずの巨体を持つ、美しい赤竜だ。

獣として本来の姿に戻った彼女は、神々しい白い光を纏いながら空に舞い上がっていく。


「……赤竜が、白竜になっていいのか?」

「我は所詮、名を預かるだけの者。見た目になど拘りません。あなたこそ、白竜なのに呪いの体現として黒竜になっているでしょう? それに、私にはまだ名残があります。

赤き血潮は我が胸に、稼働せよドラゴンハート!」


大地から吹き出す溶岩や水流の届かない空中で、腕や隕石を避けるようにエリザベスは旋回する。


優雅に回る彼女は、紛うことなき白竜だ。

しかし、自由自在に舞って攻撃を打ち払っていた聖剣……そのうちの1つが胸の前まで飛んで来ると、竜の肉体に吸い込まれていく。


刻み込まれるのは、赤い十字架。

脈動する竜の炉心はその紋様をまばゆく輝かせ、止め処無いエネルギーを口から漏れ立たせていた。


「始まりの夢、選定の剣。かつて希望は彼の手に。

我は戦火を平定せし王として、あなたという滅びに再び立ち向かいましょう。煌めく星は、決してあなたを許さない」


"カリバーン"


美しい竜と化した勇ましい口から、星の輝きは迸る。

より上空から、なおも舞うヴォーティガーンめがけて。


選ばれし王は乱れた世を正し、この国を平定しようと、無数の手や落石、溶岩、水流などを制圧していった。


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