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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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363-聖剣に選ばれし者

迷わず放たれた水刃により、花びらの世界は斬り開かれる。

闘技場を埋め尽くすものすべてを消し去ることはできずとも、道を開くだけであれば十分だ。


右腕を振り切っていた海音は、返す刀で上段から目前にいたマーリンに斬りかかっていく。


「お覚悟を」


花は依然として周囲に咲き誇っており、威力を殺そうと刀に纏わりついている。足元に移動すれば移動にすら使えるので、マーリンは余裕の表情だった。


しかし、海音も虚仮威しで『覚悟しろ』などと言った訳では無い。鞘の代わりのように花びらで包まれた刃は、その斬れ味によって鞘を壊そうとするように輝きを増す。


瞬間、周囲に散っていた花びらはまとめて粉微塵になり、中からは無数の粒を迸らせる刃が顔を見せる。


"我流-氷雨"


その斬撃が纏うのは、普段使っているような水ではない。

より鋭く攻撃的な、氷の雨だ。


大雑把で抉り斬るためだけのような一撃は、自身を封じようとした花びらどころか、視界を奪おうとしたもの、逃げ場を作ろうとしたものまで尽くを食らっていく。


とはいえ、1番大きな獲物を捉えるまではいっていない。

振り下ろされた刀は、前に出された杖と周囲で浮かぶルーン石によって受けられていた。


「くっ、流石に1人で13席を任されるだけはあるわね」

「それはまぁ、斬ればいいだけですから。

ところで、もう1人の女王様は‥」

「警戒する価値もないって? それは驕りが過ぎるわよ!」


エリザベスを気にする彼女に、マーリンは高らかに吠える。

石を砕かれ、刀は少しずつ自身に迫っていたが、そんなことは気にもせず。先端の宝石を輝かせていた。


"ストーンヘンジ"


すると、2人の間から湧き上がってきたのは、城塞でも簡単に砕いてしまいそうな程の質量を持った岩の柱だ。


闘技場の岩石から生み出されたそれらは、退避していく海音を追うように広がっていく。縦や横など関係ない。


縦横無尽に手を伸ばして中央に彼女を捉えようとしており、最終的に遺跡のような景観を生んでいた。


「視界が悪いのに、これですか……」

「悪いからこそ、これなのよ。

魔術師の本領は離れてネチネチやることだもの」


遺跡に追われて逃げ惑う海音を尻目に、マーリンは花びらの船に乗る。もう刀など届きはしない。

完全に油断していそうな驕った顔つきで、高所から一方的にルーン魔術、そして自身特有の力を放つ。


"赤竜の幻想"


"白竜の幻想"


花びらの影から、炎や風、雷などのルーン魔術が吹き荒ぶ。

同時に放たれるのは、左右からそれぞれ姿を現した2頭の竜の幻想だ。


本物と言うには朧げで、だが偽物なのかと言われればリアル過ぎる。その咆哮も、圧力も、ひしひしと感じる殺意や身の危険も。どれもが等しく現実で、海音は警戒を強めていた。


納刀された刀には水が纏わされ、輝かしく、鋭く研ぎ澄まされていく。刃はもちろん、完全には露出していない。

だというのに、漏れ出ているオーラだけで明らかに全力だとわかるくらいの圧だった。


刀一振りしか持たない侍は、立ち塞がるすべてを薙ぎ払い、噛み砕こうと迫ってくる白い竜に、単身立ち向かう。


"天羽々斬"


水を纏った至高の斬撃は、いつも通り天を斬る。

ズレた空はこの太古の森であっても異常だ。


花びらがついでに斬り開かれたことが示す通り、空であろうと逃げ場はない。


しかし、当のマーリンはまだ余裕の表情を保っていた。

一度斬られた程度では、花びらの世界も完全に消えることなどない。再び視界を奪い始めたピンクの中で、笑い声を響かせている。


「……竜は2頭、斬ったのは1頭。赤竜はどこへ?」

「うっふふ……誰が何と言おうとも、幻は所詮幻でしかない。

今を生き、未来を変えていくのは私達自身!

竜が示すのも、武力などではなく象徴よ!!」

「――――――!!」


マーリンの声と共に、赤竜と思しき獣の鳴き声が轟く。

同時に、花びらはその声によって払われたかの如く、瞬く間に晴れていった。


とはいえ、もちろん完全に消え去った訳では無い。

あくまでも、視界を奪うことをやめただけだ。


闘技場を囲むように、この舞台を祝福しているかのように、花びらは彼女達の周囲を回る嵐となる。

そして、その中央……赤竜が天高くまで昇っていく真下では、女王エリザベスが杖を掲げて浮いていた。


「……!?」


彼女も当然、ただ飛んでいるだけではない。

掲げる杖は輝き、素など忘れてしまう程に神々しく神秘的。

威厳に満ち溢れている。


おまけに、彼女と杖を除いても目の前に広がっている光景は異常だ。その下では城が創造されているのだから。


"マグ・メル"


さっきまで花びらに隠されていた城は立派で、観覧席よりも低い位置にあるはずが頂点は前列を優に飛び越している。


ただ大きいだけなのかといえば、それも当然違う。

造りもおざなりなものなどではなく、内部までもが完璧に城を形作っていた。


中央に天を衝かんばかりの城が立ち、城壁や城門はおろか、城壁塔、側塔、外殻塔までもがいくつも立つ。

一つ一つの細工も素晴らしく、窓にはピカピカのガラスが輝いていた。


おまけに、例によって樹木も城を囲むように急成長しており、まるで違和感のない自然さまで備えている。

エリザベス・リー・ファシアスは、この森の中限定で万能だ。それを体現している光景だった。


「……とても凄いですが、なにか意味があるので?

貴女も湖の乙女と同じように、城からルーンを?」


赤竜の幻想が吸い込まれていったエリザベスを見上げ、海音は首を傾げる。最初からマーリンよりも警戒していた相手なので、真っ直ぐその姿を見つめていた。


また、マーリンとしてもこの構図でなら異論はないようだ。

同じように優先順位が低く見られ、無視されているのだが、見惚れていて気づいてすらいない。


両者の視線、そして円卓や反逆者など観客達の視線を一身に受け、女王は威厳に溢れた態度で言葉を紡ぐ。


「意味、ですか……残念ながら、我はこの城からルーン魔術など放ちません。できなくはないのですけどね。

我が放つのは、まったく別のもの。それも、ヴィヴィアンが杖からルーン魔術が放っていたように、城からしか出せないものなどではありませんが……

やはり、最初から用意していると便利ですから」


作り物のような威厳ある微笑みを浮かべると、エリザベスは力強い動作で杖を真横に振るう。その動きに連動するように、城中の窓は勢いよく開いて輝き始めた。


中から出てきたのは、無数の武具だ。

一番星のようにひときわ強く輝く剣に、突風を纏う嵐の槍。

正しさの象徴であるかのような、ひたすらに美麗な槍。


なぜか燃えている剣に、稲光を放っている剣。影の中にあるかのような暗い剣に、由緒正しいと思しき歴戦の剣。

決して数え切れない程ではないが、そのどれもが聖剣と言うべき代物だった。


「……それを、放つのですか? 普通に飛ばしてきても、私は簡単に打ち払ったり避けたりできると思いますが」

「でしょうね。貴女の強さはよく知っています。

散々森を治していましたから」


戸惑ったように問いかける海音に、エリザベスも迷うことなく首を縦に振る。これだけ大掛かりなことをしておきながら、彼女には通用しない。


つまりは降参にも等しいことなのだが、苦笑して肩を竦める姿は平常そのものだ。驕りではなく、本当に心配する必要はないとでも言うように落ち着き払っていた。


「……? あの、斬ってもいいですか?

私は考えるつもりがないので」

「えぇ、どうぞ」


バカ正直に斬る許可を得ようとする侍と、穏やかに微笑んで許可する女王。花びらが塔を作って彼女達を彩っている中、闘技場では不思議なやり取りが繰り広げられる。


城や武具を問題外とし、斬っても良いとも言われたのだから海音に迷いはない。この地限定でも万能である女王に臆しはせず、この状況に戸惑いもせず、水を纏った刀を振るう。


"天叢雲剣"


繰り出されるのは、天で斬る剣。

空気中の水分は軌道に沿って歪み、捩じ切るように白亜の城と女王に迫る。だが、彼女は見た。


天という、いわばこの世界を利用した斬撃が迫っている中。

術者であるはずのエリザベスが、慣れた手つきで輝かしい剣を一振り握っているのを。


"エクスカリバー"


それは、この世すべての光を凝縮したかのような輝き。

周囲だけ日が落ちたかと錯覚させる程の、光の世界だ。


迸る閃光は天を貫き、空を渦巻かせる。

先の一閃に負けず劣らずの天変地異を、まだ構えた状態で引き起こしていた。


もちろん、見掛け倒しなどではない。

流れるような動作で剣は振り下ろされ、海音が放った天で斬る斬撃と真正面から衝突する。


天と激突した閃光は、その歪みを正すかの如く。一歩も引くことなく、上から圧倒的なエネルギーを押し付けていた。


とはいえ、八咫最強の侍を一撃に下すなど不可能だ。

剣戟は拮抗し、水に乱反射した光が世界を照らす。

やがて、どちらも傷つけることなく霧散していった。


すべての光が消えた後、それと相対した海音は顔を驚き一色に染める。普段からポーカーフェイスである彼女だったが、流石に度肝を抜かれてしまったようだ。


しかし、正しい昼間が戻ってきた頃には、もうエリザベスの姿は空にない。目の前にそびえ立つ城にすらなく、彼女は身をよじって真横から突き出された槍を避けた。


「……その技は、オスカーさんも使っていました。

お二人は姉弟とのことですが、共通なのですか?」

「いいえ? あの子がこの伝承を真似しているだけです」

「では、これは本来貴女のもの?

術者ではなかったのですか?」


真横にいたのは、いつの間にか移動してきていたエリザベスだ。気づいたら槍に持ち替えていた彼女の攻撃を避けつつ、海音はなおも疑問を投げかけた。


その頭上からは、本来予想していた通り武具が降ってくる。

ひたすらに美麗な槍、稲光を放っている剣、影の中にあるかのような暗い剣に、どこかで見覚えのあるような太陽の剣。


マーリンの放つルーン魔術や花びらなども避けながら、彼女は無数の武具を打ち払い続ける。

嵐を吹き荒らす槍を携えたエリザベスは、その様子を眺めながら滔々と質問に答えていく。


「……我が自らを魔術師などと称したことはありませんよ。

かつて伝承に語られし彼の王は、常に偉大なる騎士王でした。であるならば、たとえ魔術を行使することがあろうとも、その名を預かりし我も等しく騎士の王。

円卓の騎士の主。ありとあらゆる聖剣に選ばれし者。

我は騎士王"神森を統べる王(アーサー)"」


円卓は13の騎士が連なるテーブルであり、誰もが同じ目線に座るその立場は等しく同じだ。

もちろん、その対等は立場の話であって実力ではないので、わかりやすさの面からも序列はあった。


だが、円卓は回る。

1席目の隣は第2席で、また第13席でもある。

仮にその時点での実力順だったとして、円卓の中でもずば抜けて強い1席の隣に、最弱が座るものだろうか?


答えは否だ。最強の隣は、同じだけ強い者が好ましい。

下位にいながら、円卓の守護者であるビアンカ。

同じく、上位に並び立つ実力を見せたシャーロット。


彼女達と同じく、奪うべきその席には。

争奪戦のために増えたと思われていたその席には、既に最強クラスの戦士が座っていのだ。


「弱いとは思っていませんでしたが、ここまで強いだなんて予想外でした。これまで、なぜ指示ばかりだったのです?」


序列1位は規格外、序列2位は最優で、序列3位は最高の騎士。

であれば、その隣は……


「そんなの、エリーがこの国の王をしていたからに決まってるでしょ? 私だって、補佐たる宮廷魔術師だったんだし」

「この国の指導者でなくなれば、我らも等しく円卓に座する者。彼女だけは騎士ではありませんが……立場は同じです。

我らはこの国を統べる。この国を守る。その意志です」


序列12位――思慮深き魔導騎士、マーリン。

呪われた序列13位、または始まりと終わりの第0席――完璧な騎士、エリザベス・リー・ファシアス。


未知数だった女王は騎士の王となり、欲にまみれた魔術師は円卓有数の知恵者として円卓に座る。

王と宮廷魔術師よりも、はっきり実力者だと認識できる立場として。


「あぁ、だからこそ我々は貴女と争った……

獣の大厄災、世界の敵、それらを継ぐ者として……」

「……!?」


花は舞い散り、剣は踊る。

すべてが円卓の手のひらの上で踊らされていた中。


この国の行く末を決める争奪戦が行われるコロシアムには、唐突にボソボソとしていながら妙に響く声が聞こえてきた。


その声を聞くと、直前まで余裕の態度だったエリザベスは目を剥き、マーリンは顔を引きつらせる。

変化がないのは、状況がわからない海音のみだ。


観客席でも円卓側に座る面々は慄き、反逆者側に座る面々ですら、クロウやソフィアなど、一部の者はそれぞれの理由で震えていた。


「……あなた、なぜここに? いえ、どうやってここに?」


多くの聖剣を携えた騎士王は、より冷たく、研ぎ澄まされた威圧感を以て、眼前のモノに問う。


目の前にいたのは、黒光りする鱗や鋭い爪、牙や棘を持った細長く巨大な生物。ただ、そこにいるだけで世界を震わせ、歪ませている厄災の黒竜。


最悪の魔獣、人類を滅ぼしかけた獣の具現。紛うことなき、この星の終末装置。ありとあらゆる厄災を内包した漆黒の竜――ヴォーティガーンだ。



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