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化心  作者: 榛原朔
一章 支配の国
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34-ウォーゲーム③

-ヴィンセントサイド-


ヴィンセント達――主にフーが犬達を蹴散らし中央に辿り着いた時、視界に入ってきたのは、数メートルはありそうだが既に物言わぬ巨大な犬。


そして、それを倒したのであろう白衣の一団だった。立ち尽くす彼らの白衣は汚れなく真っ白で、さらには息も乱れていない。


墓地に不似合いな白衣。

余裕の表情で戦場を制する学者。

これほどおかしな組み合わせもないだろう。


彼らもヴィンセント達に気がついたようだが、まだ手を出すつもりはないようだ。

両者の間には沈黙が流れる。


こういう場合、ヴィンセントがすることといえばもちろん観察だ。いつにも増して、一挙手一投足を見逃さないように集中している。


しているのだが……


「アハッ……!!」


やはりフーに様子を見るつもりはなかったようで、一直線に彼らの元へと飛んでいく。


恐ろしく狂気的な笑みを浮かべており、もし標的ではなく、見ているだけでも恐怖を感じてしまいそうだ。


「む……? 君は物静かな子ではなかったのか?」


真っ先にそれに応じたのはニコライだった。

彼は特に驚く様子もなく、至極もっともな疑問を口にしながら前に出てくる。


「なるほど、人格障害か」


だが、その疑問もすぐに解消されたようだ。

一ミリも表情を動かさずに思考を終え、迫るフーを真っ直ぐ見返している。


慌てずに相手を見定めるというのは、大抵の場合いいことではあるだろう。

しかしそれを口に出すことは、フーを相手にする場合悪手だった。


「勝手に納得してんなよなぁ」


ナイフと一緒に飛んでいた彼女は、彼の態度が癇に障ったらしく、腹立たしげに吐き捨てる。


そして、いきなりニコライに向かわせるナイフを激増させると、自分でも回り込んでナイフを突き立てようとした。


これがヴィンセントであったなら、この状況になった時点で詰みの可能性が高いのだが……


「細やかな風だね。ブライスの参考になりそうだ」


信じられないことに、それでも彼はまるで動じることはなかった。

肩肘張張らずにそんなことを呟きながら、変わらずフーを観察している。


しかし、もちろんナイフが届くのには大して時間がかからない。

彼が少し観察している間に、ナイフは彼に届く間際だ。


だが、怪我ではすまないはずのその攻撃は、バチバチと音を立てながらなぜか当たらず逸れていく。

しかも、仲間の方向に逸れたものまでさらに軌道を変えていた。


「は〜? なにそれ」


当然それはフーの意図しない軌道で、流石の彼女も戸惑ったようにつぶやき距離を取る。


まだ彼らには、ニコライの力がどのようなものかはわかっていないが、仮に知っていてもおそらく相手にならないだろう。


それだけ余裕のある回避だ。


「ヴィニー、すごいね。

オイラの念動力より強そう」

「そうかもしれないね……」


その様子を見ていた2人は、正体がわからないなりに強さを実感しているようだ。

ロロは感心しているように、ヴィンセントは危機感を覚えている様子で話している。


このような争いの場で、わざわざ自分から手札を明かすような人はほとんどいない。

そう思っているからか、彼らは直接聞くことはせずに話し合うだけだ。


しかし、もちろんフーはそんなことお構いなしだった。ナイフをそよ風でまとめながら、直球で問いただす。


「ふん……あんたの力はなんだい?」

「電気……雷だよ。名は"氷雪を開く至光(トール)"」


するとニコライは、特に隠すつもりもなかったらしく、一切迷うことなくその質問に答えた。


もとより、電気を扱う科学者や天気をよく観察しているような人など、わかる人にはわかることだ。

彼からしたら、見せただけでもある程度はわかるものだったのだろう。


それに、能力を知ったからといって、対抗できるとも限らない。フーの能力が細かな風だと知った上に、ヴィンセントはただの人間であり、神獣とはいえロロは小猫だ。


到底雷に抵抗できるような者はいなかった。

ならば、ニコライがそこまで徹底的に警戒する必要はない。


そのため彼は、力を明かした後も澄ました表情で、リラックスして立っていた。


対して、ヴィンセントはもちろん厳しい表情だ。

ニコライが見せた能力から、彼の言う雷の神秘を考察していく。


「雷の呪い……いや、それはお嬢のような魔人の話か。彼は聖人、祝福。……なぜ逸れた?

雷で弾けた……いや、雷は空から地上へと……流れる? 流れに沿っていき……攻撃が通用しない?」


フーも苛立ってこそいるが、危険だと理解はしているらしく、もう突っ込んでいくことはない。

ヴィンセントは彼女の暴走を心配することもなく、ただ科学者たちにのみ視線を注いで思考を続ける。


「何にせよ防御力はピカイチ、加えてリューよりも火力が高そうだね……勝ち目は……」


しばらくそれを眺めていたニコライだったが、やがて少し困ったように笑って口を開く。


「それから、思考を邪魔してしまい申し訳ないのだが、君達には一つ前のエリアまで戻ってもらおう」

「はぁ? 戻るわけないだろ?」


ヴィンセントの思考を遮るようなニコライの言葉。

相手の意向を完全に無視した物言いで、当然フーは反発しているが……


「あたしの出番ですね!!」

「頼むよ。私はエリア2を落としてくるから」


ニコライは彼女の反応を意に介さない。

歩み出てきた女性にそう言うと、ニコライはバチバチと轟音を響かせながら消えていった。


「ッ……!!」


ただ移動しただけ――この場にいる者達の目が確かならおそらく飛んでいっただけなのだが、その威力はかなりのもの。


移動を始める瞬間には、腹に響くドカンという音が鳴っており、みな一様に顔をしかめている。

音といい衝撃といい、本当に雷のようだった。


彼らにそれを止められるわけもなく、ただ見送ってしまった後。ヴィンセントは残った科学者達を見る。男性2人、女性2人だ。


そして、どうやら他にもまだ聖人がいるらしい。

ニコライが去った後でも、強い神秘がこの場にはあった。


「じゃーアレク、ちょっと威力を上げてほしいな」

「りょーかいっす」


"学びと創造(デミウルゴス)"


次に動き出したのは、先程の女性に呼ばれた男性。

同じく白衣だが、その下にはつなぎ服を着ているようで少し他とは違う雰囲気を醸し出していた。


彼は女性から機械を受け取ると、それを手の上で浮かせて変形させていく。

それは、ヴィンセント達どころか、この国に住む者達ですら驚いてしまうような不思議な光景だ。


「フー。何してくるかは分からないけど、吹き飛ばされそうになったら、君だけでもここに留まれるようにして」

「えー、今潰しに行ったら?」

「彼らをよく見なよ」


彼は文句を言うフーに注意を促すと、再び科学者たちを凝視し始める。


ヴィンセントらしいことなのだが、今回ばかりはフーが雑なだけだろう。

何かをしようとしている方ではない男女は、全身に機械を装着してこちらに睨みを効かせていた。


たまにチラチラと炎が吹き出しているので、流石にあれを無視して彼らの邪魔はできない。

まずはあれがどのくらいのものかくらいは見極めておかないと、痛い目を見るだろう。


少なくともちゃんと向き合っていないと危ない。

そしてその場合は、アレクと呼ばれた男のその後の行動には対応できない可能性が高かった。


しかし、それを理解した様子を見せたフーは、それでも我慢ならなかったようだ。

つまらなそうな表情をしながら、ヴィンセントに確認を取り始める。


「……自己責任なら行ってもいいかい?」

「えっと……まぁ、戦闘不能にならないなら?」


どうやらフーは止められないらしい。

明らかに待ち構えられていてこれなのだから、せめて一撃で落とされないことを祈るばかりだ。


ヴィンセントはため息をつきながら、諦めたような目をして彼女を送り出す。


"そよ風の妖精(ゼピュロス)"


「アッハハハハ」


するとフーは、相変わらず恐怖を覚える笑い声を響かせながら彼らに向かって飛んでいく。

それにギョッとしたのはアレクと呼ばれた男だ。


最初の女性から受け取った何かを、急激に改造していたようだが、フーに目を向けて動きを止める。

だが……


「あんたはそっちに集中してな」


やはり待ち構えていた、もう1人の男が進み出てくる。そして、そのまま腕をこちらに向けると、その両手からは……炎が吹き出した。


まるで、森を1つ焼き払おうとしているかのような大火力の炎だ。

それにはフーも度肝を抜かれたようで、さっきもニコライに見せていたような反応を見せる。


「はぁ!?」


しかし、流石のフーも学習していたらしく、驚愕しながらも冷静に対応し始める。

具体的に言うと、そよ風で空気を誘導し、炎の通り道を作った。


……するともちろん、無闇に突撃することなく、慎重に様子を見ていたヴィンセント達の方にも炎が飛んでくる。とんだばっちりだ。


彼らはただの人と幼い神獣なので、まともに食らったらひとたまりもないだろう。

頬を引きつらせながらも、すぐさまそれを防ぐために行動を開始する。


「ロロ!!」

「わかった」


万が一が起こることのないように、彼らはロロの念動力をフルに活用して炎を避ける。

緊急回避だったため、若干浮き気味だ。


「このまま彼らのところまで」

「あいさー」


勢いよくその場から離れた2人は、その勢いのまま科学者達に突っ込んでいった。


フーも道を作って避けた後、そのまま突っ込んでいるため、同時ならどちらかが止められるかもしれない。


それは回避からの流れであり、意表も突けると思われたのだが……


「ほい、かんせー」


どうやら準備ができてしまったようだ。

アレクはホッと笑いながら、見た目は変化が少ない機械を女性に投げ渡す。


「ありがとー。さーて、どれくらい強くなったかな〜?」


もし機械を落としたり、装備に時間がかかったりしたのなら、まだ止められる可能性はあった。

しかし、実際は落とすどころか、慣れた手付きで瞬く間に機械を装備してしまった。


さっき炎を出した機械のようにゴツい見た目で、明らかに強力だ。


装備し終わった彼女は、やはりさっきの男と同じように機械をヴィンセント達に向ける。

すると、風が渦巻くような轟音が鳴り響き……


「発射〜」

「うッ……!?」


壁に激突したかのような衝撃と共に、彼らは後方へと吹き飛ばされていく。


「ロ、ロ……」

「ごめ……むり……」


宙を飛んでいたため、踏ん張ることはできない。

そしてロロの念動力よりも強力なようで、2人はほぼ無抵抗状態だ。


ロロが断言するのを聞いたヴィンセントは、回る視界の中、どうにかフーがいる方向を向く。

視界に捉えられるかどうから別として、風であるフーが最後の希望だった。


しかし……


「ほれ、大人しく飛んどけ」

「カハッ……!!」


この場で唯一対抗できそうな彼女だったが、あの炎の機械使いに殴り飛ばされてしまっていた。


それは、火力を物理的な力に変えている重い一撃で、直撃を受けてしまえば決してこの風を耐えることは敵わない。


ヴィンセント達は元から無力、フーも火力で無理やり押し込まれていく。

そんな彼らにはもはやなす術もなく、速やかに3番エリアへと押し戻されていった。



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