3-バラの街
俺とライアンが出会ってから1週間が経った。
若干不安に思っていた部分もあったのだが、特に困ることもない順調な旅だった。
たしかに彼はボロ着しか持ってなかったが、俺よりも狩りが上手かった上に野営知識もずば抜けていたりと、冒険家や軍人のようなサバイバル術を持っていたからだ。
しかも、川でこの水位はどうたらとか、ここらには大型の獣がなんたらとか、俺が感覚でやってるようなことを意外にも理論的に分析しやがる。
なんでこんなすげーやつが放浪してるのか……謎だ。
まだ突っ込んで聞くつもりはないけど、いつか聞いてみたいな。
それだけじゃなく田舎者の俺は、多少無知なところもあったのでただ話を聞いているだけで新しいことを知ることができた。
ほんと、コイツと話してみようと思ってよかったぜ。
今も草原の街道を歩いているだけだが隣でぽわぽわしていてとても和む。
……なんかぽわぽわ減ったか?
何となくそう感じて声をかける。
「なぁ、どうかしたか?」
「お前さ〜。魔人の自覚を得たのはいいけどよ〜。なんか色々抜けてるよな〜」
「はぁ? 急になんだよ」
「はい、ここでスト〜ップ」
俺が訝しげな表情を向けると、彼はそう言って静止してくる。
何かどんどんと話が進むな……マイペースすぎだろコイツ。
それに抜けてるだと?
ふん、言われたとおりちゃんと魔人の自覚は持てた。
そのおかげで能力把握もバッチリよ。
まだなにか足りてねぇってんなら教えてないお前のせいだ。
そんなことを考えていると、彼は立ち止まったその先を両手で示す。
「はい、ここで問題だ〜。どっち行く〜?」
そう言われて前を見ると、目の前にあるのはY字路。
‥そりゃ止まるわな。マイペースとか言ってごめん。
で、どっちに行くかか……
「さぁ? 俺は別に目的あるわけじゃねぇからな。
どっちでもいいけど」
「お前、俺のオーラみえる〜?」
俺が若干適当に答えると、ライアンは急にそんなことを言ってくる。
……オーラ?
聖人は白く、魔人は黒く見えるとかいうやつだよな。
そりゃ見えるけど……
「見えるぜ」
「意識したからかぁ? ならそのままY字路の左右見てみ〜?」
あー察した察した。なんかいるって話だろ。
だがそれでも一応ちゃんとY字路の左右を見比べる。
「魔人がいそう……かな?」
「オッケ〜。じゃあもっと集中してみ〜?」
俺はこれで最後だと思ったのだが、ライアンはさらに言葉を重ねてくる。
その表情は変わらず陽気なものだけど……
え、まだなんかあんの? う〜ん?
……うーん。
「なんかおぞましいのを感じるな?」
「そ~それだぁ」
頬を引きつらせつつ答えると、彼はとても爽やかに笑った。
あの、こんなの知覚させといてそんな笑い方やめてくれない?
つーかマジにやべえ。
右は山のような圧で冷や汗が出てくる程だ。
ああいうのが自然そのものレベルの神秘なんだろうな。
左は右ほどではないが、ライアンに比べると明らかに強い。 魔人は基本危険人物らしいし、もしかしたら戦いになるかもな。
そうなったら捻り潰されそうだ。
なんでこんなのんびりしたままいれるんだか……
「どっちも行きたくねぇんだけど」
「まぁな〜。でも戻るのもあれだろ〜?」
「そうなんだよなぁ」
「でも安心しろよ〜。こういう時こそお前の呪いだろ〜?」
言うと思った。
この旅の間色々とやってみた結果、俺の呪いはどうやら"幸運"らしかった。
と言っても何もかもうまくいくわけでは断じてない。
もしそうなら俺は旅なんかしてないからな。
「俺まだそんなにこれに絶対の信頼はねぇんだけど」
「物は試しさぁ。やってみ〜」
まあ一番マシな選択はできそうだよな。仕方ない。
「チル、頼む」
ピィ
鳴き声とともにチルが肩に淡い光と共に現れる。
そして光を放ったまま飛び立ち、俺の周りを旋回した。
そういえば呪いとして認識してからは常に出てるわけでもないんだよな。
名前あるのって変か? まああった方が便利だしいいか。
"幸せの青い鳥"
チルは一瞬強く発光した後、光の粒となって霧散した。
その粒は数秒空中に漂った後、俺の中に入ってくる。
そうすると俺の思考とは別に、どちらの方がいいかがなんとなく浮かんでくる。
今回は左のようだ。助かった……
「左の方が良さそうだ」
「おおーよかったぁ。あんなヤツにはもう会いたくねぇからなぁ」
……聞き捨てならない言葉を聞いた。
まるで会ったことがあるかのような口ぶりで、けどその割にはのほほーんとしたまま。
まさかな……
そう思いつつ一応確認してみると、彼は明るくこう言い放つ。
「あるぜ〜。俺も魔人になったのちょっと前だからよ〜。右の化け物にレクチャー受けたんだわ〜」
「先言えよ!! てかよく生きてたな!!」
おかしな言動を問い詰めた筈なのに、変わらずぽわぽわした返答。
信じらんねぇ。右のやつは左のやつとも比べるのが馬鹿らしいほどのオーラだぞ? もはや災害だ。
「まぁな〜。あんま害意とかなさそうだったからよ〜。
多分今右行っても特に何もしてこねぇよ〜。
会いたくはねぇけどな〜」
「そうかよ……まあ会うつもりねぇし、その時何もなくて良かったよ……」
「お〜うじゃあ行こうぜ〜。自信持って道決めれるのありがてぇな〜」
「そんな期待されてても困る」
なははは、と派手な笑い声を響かせながら、ずんずん進んでいくライアンを追うように俺も歩き始めた。
~~~~~~~~~~
Y字路を曲がりしばらく歩いて辿り着いたのは、強固な城壁に囲まれて城塞都市といった趣も感じる街ディーテだ。
村には教会くらいしか石造りの建物はなかったので、すごい都会だなぁと呆然としてしまう。
「ぼんやりしてねぇで行こうぜ〜」
「お、おう」
ライアンに促されて城門をくぐると、目の前には洗練された街並みが広がった。
パッと見、白を基調とした建物が多く、光が目に反射していて痛い。
だが白一色の街というわけでもなく、時折赤みがかったものなどカラフルな建物も顔を覗かせていて美しい街だ。
しかも街の中心には、やたらと立派な小城のような屋敷が見えている。
その割には人が少ない気もするが……それでも村とは比べ物にならない活気で、あちらこちらから商品を宣伝する声が聞こえきた。
そしてバラの街と呼ばれているらしく、いたる所にバラが咲き誇り街を鮮やかに彩っている。
大きな城壁に囲まれている影響で、街の何処にいても芳しい香りが感じられ、穏やかな気分だ。
そんな風に景色を楽しんでいると、一段高くなっている場所から声がかけられた。
「あれ、あなた達魔人だね!!」
上を見上げると、太陽を背にボブカットの銀髪を輝かせている少女が立っていた。
くつろいでいる雰囲気なのでこの街の人間だとは思うが、なぜか白い外套のようなものを羽織っていて、少し重々しい。
といっても、それも薄い素材のようだし、それを除けば動きやすそうな格好で、少し活発な印象を受ける。
だが、そんな明るい見た目にもにもかかわらずオーラが黒い。うん、さっき感じた格上の魔人だ。
……え? 運悪くね……?
「おっす〜」
「黙れ」
俺は、少し少女を見つめたあと、にこやかに挨拶をし始めたライアンを軽く小突き、彼女に向き直る。
敵だと思われたらまずいぞ……
「悪い、邪魔したな。さっさと出ていくから……」
そう言い退散しようとすると、彼女は目を疑うようなスピードで飛び降りてきて道を塞ぐ。
「私ローズ、よろしくね」
「ちょっ‥」
「俺はライアンでこいつはクロウ。よろしくな〜」
どういう訳か、話が勝手に進んでいく……
俺はどうにか止めようとするが、2人は俺に構わず一緒に街を回ると決めてしまった。
「観光に来たの?」「おうそうだぜ〜」「なら案内してあげるよ」と、まるで2人で示し合わせてきたのかと思える手際だ。
「じゃあ行こー」
「ふざっ……うぐ」
そして逃げる間もなく、2人に両脇を固められて連行されてしまった……
数時間後。
しばらく連れ回されて疲れ切った俺は、ようやくベンチで一息つくことができていた。
そして目の前には、相変わらず疲れを見せずにはしゃいでいる2人がいる。
何でそんなに警戒心がないのか……正直呆れてしまうな。
確かに会う可能性は高かったので、そこはでしょうがないとは思う。
会いたくはなかったが、穏便にやり過ごせばいい。
ただ、何故か2人が仲良くなっているというのはなんだ?
しかも出会ったその場でフレンドリー。
ぱっと見悪人ではないけどそれと警戒しないのとは別じゃね?
ライアンの時は自覚なかったから置いておくとして……
見知らぬ魔人と会ったら警戒くらいしてくれ。
ついていけねぇよ……
そんなことを考えながら2人を見ると、さっきより離れた場所のくれーぷ屋というものを見ていた。何の店だろう?
食べ物の店ではありそうだけど、それにしてはローズは真剣に見つめすぎてる気がするし、ライアンはものすごく興味深げだ。
うーん……わからん。
「はい、どうぞ」
「お、おう。ありがとな」
再び思考に耽っていると、ローズが何かを差し出してくる。
いつの間に……
驚きつつ、それを受け取る。
くれーぷというのは、やはり食い物だったらしい。
彼女が持ってきたのは赤い果実と白いフワフワを、薄く柔らかいパンのようなもので包んだ物。
美味そうだな。
まぁそもそも固いパンしか食ってきてねぇから柔らかければ何でも美味く思う気がするが。
美味いということを半ば予感しながら、ソレを口に運ぶ。
生地はやはりとても柔らかい。
布のようにふわりとした食感で、驚いた事にこれ自体にも味がある。
さらに、白いフワフワは口の中で溶けていく。
初めての感覚だ。それに味が……濃い。とてつもなく甘い。
下手したら甘すぎる所だが、果実の酸味がそれに合わさる事でそれは心地よい味わいになっていた。
……美味い。
俺がその食べ物を味わっていると、ローズが顔を覗き込んでくる。
……食べにくい。
「クロウ、テンション低いねぇ?」
「展開早すぎて疲れた。君も最初くらい警戒しとけよ」
「あはは、ごめんね。
私と同じような人に会ったの初めてだったから。
それに2人とも一目でいい人だと分かったからさ」
本気で警戒なんてする必要がないと思っている笑顔だった。
眩しい。
「そっすか」
「お前も仲良くしろよな〜」
「別にもう警戒なんてしてねぇよ」
警戒してたら、いくら未知の食だったとしてもここまで味わえない。
それに、こんなのが悪人であってたまるか。
ずっと楽しそうに笑ってるんだぞ。
これで悪人だってならもっとオーラヤバそうだ。
「よかった〜。じゃあ仲良くしようね」
「俺はコイツのようにはできないけどな」
「大丈夫大丈夫。私、コミュニケーション得意だから」
見るからに。
まぁ警戒やめるんだから仲良くなれるだろうな、この性格なら。
俺の周りには賑やかなのばっか集まるな。
……ん?
俺は今度ばかりはちゃんと察知した。何か空気が………
「ねぇ」
「ああ、わかってる。これはだめだな」
山々の連なりの方角から、絡みつくようなおぞましいオーラが近づいて来ていた。
反対側にも化け物がいたが、コイツはそれ以上かもしれない。
幸いにもローズの人となりを知った後で、マシではあるんだけど……
「どうするよ〜」
「…………逃げたい」
俺はライアンの変わらず呑気な口調に呆れながらも、本心を口にする。
ローズの言葉は予想できるな……
「え、だめだよ!? この街を見捨てることになる!!」
案の定、ローズは勢いよくそう主張を始めた。
体を乗り出している上に、目も大きく見開いているので軽く身を引く。
俺は、そんな彼女を落ち着けるためすぐにそれに同意する。
「わかってるよ。仲良くするって言っちまったしちゃんと付き合う」
「死ぬ気しかしねぇな〜。せっかくあいつのこと避けてきたのに意味ね〜」
方針が決まると、ライアンも絶望的観測を口にする。
やはり彼も逃げるつもりはないようだ。
だが、死ぬ気しかしねぇやつの出す声色ではない。断じて。
ローズはお人好しなだけって感じだが、コイツはだめ。
全身で能天気を表現してやがる。
「あいつっていうのは最近隣町にいる人かな? あれもヤバそうだよね……ほんとに死ぬかも……」
「最近ってことは今更何もしてこねぇだろ。どっちにしろ俺の呪いで最悪は防げるはずだ」
俺がそう言うと、ローズは少し大袈裟に思える程身を引いて驚いてみせる。
「え、そうなの!?」
「ああ、俺の呪いは幸運だ。多少マシな結果になるかもってくらいだけどな」
ただ、正直この力での戦い方が分からない。
……マジでどうしよう。
「十分すごいじゃん!!」
「イメージも固まってそうだったしなぁ」
ローズは俺の評価とは真逆のようで、かなり表情を明るくさせる。
士気が上がるなら何よりだ。
だが、それに同意したライアンの言葉は……
「どういう意味だ?」
「神秘は心の在り方らしくてな〜使う時に名前を付けてると〜力が定まるんだってよ〜」
おい、それも初耳だな!? 重要な事は言っとけよ!!
ほのぼのと笑顔で言いやがって。
俺は何故か自然にやってたけどよ!!
「あ、やっぱそうなんだ。じゃあ、ちょっと試してみるね」
"茨の操舵"
地面から数え切れないほどの茨が生える。それに驚く間もなく俺達はオーラが迫る街の外へと、運び出された。
※補足
一般人も神秘は使うのでオーラは見えますが、呪い、祝福、魔人、聖人は区別できません。
等しく神秘であるだけです。
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