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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
399/432

361-円卓争奪戦、最終日前夜

ククルとケルヌンノスの激しい戦いによって、コロシアムは全壊してしまった。


これまでは、周囲の宿泊施設から空を眺めたとしたら、多分あの戦場も見えたはずだが、今はただ綺麗な星空だけが見えている。


俺達が審判の間から脱出して、円卓争奪戦に乱入したその日の夜。ようやく落ち着いて眺めることのできた空は、そんなどこか寂しいものだった。


そして、そう感じる理由には他の要因もある。

宿は海音を激励しようとする仲間達によって賑わっているのだが……屋上に集まった面子は、少ししんみりしていたからだ。


「え、お前明日は1日眠ってんの? なんで?」


直前に聞いた言葉に驚き、俺は声を上げる。

ここに集まったのは、ライアンとローズだ。


仲間達は鬱陶しがって逃げる海音を追っているし、リューは俺の無事が確定したからか、また元気に騒いで激励に参加していた。ヴィニーはよくわからない。


おそらく、ローズに気でも遣っているのだろう。

それか、あいつのことだからもっと重要なことがあるとか……


ともかくとして、ここには今俺達3人しかいない。

そのうち2人――ローズは精神的に弱っているらしく、一見すると普段通り変わらないライアンも消耗していると言う。


結果、なぜか落ち着いてしんみりした雰囲気になっているのだった。


手すりに寄りかかるライアンは、眠そうにしながらも言葉を返す。よく思い返してみると、昼間もあまり動こうとはしてなかったかもしれないな……


「いやぁ、俺も試合でかなり消耗しちまってな〜。まだ人間の範疇でしか生きてねぇからマシだけど、もしももっと長く生きてたら、数日は起きれなかったかも。

実際、対戦相手だったオスカーは、勝った満足感からか昨日もぐーすか眠ってたみたいだしな〜。いやぁ、悔しいぜ〜」

「ライアンは負けちゃった負い目から、無理やり起きてたんだよね。できることはないんだし、万が一に備えて寝てたら良かったのに。私も負けてるし、気にしないでさ」

「まぁ、流石にそういう訳にはいかねぇだろ〜。

このメンバーだと、俺が柱になるべきだったんだからよ〜」


自分も弱っているはずなのに、柔らかい口調で心から心配しているローズの言葉を受け、彼は苦笑する。


俺からしてみれば、やっぱり2人共少し疲れて見えるくらいで、長く眠る必要があるようには見えないけど……

どうやら人一倍神秘の感知力は弱いみたいだし、あまり当てにはならない。


話を聞く限り、かなりとんでもない戦いだったみたいだし、やっぱりそういうこともあるのかもな。

というか、こいつオスカーと戦ってるのか……


円卓の序列1位、仲間からも規格外と言われる騎士、おそらくは単純な戦闘能力だと最強の男と。

しかも、昨日から眠ってるってことは、それだけライアンが追い詰めたってことだし……真面目に凄い。


そういうことなら、ゆっくり休んでほしいな。

ローズも精神的に参ってるなら、一緒に。


「だけど、結局私達の中で勝てたのって、ヴィニーとクロウだけだったね。最初は神秘じゃなかったり、細やかな運しかないって嘆いていたりした2人だけ」

「そうだな……俺としてはこの争奪戦自体に驚いたけど、来てみたらヴィニーだけ勝ってたのには度肝を抜かれたかも」

「あっはっは、みんな勝ってたらもっと驚かせられたかもな〜。だけどまぁ、結局お前は自力で出てきた。

本当に無事でよかったよ」

「……おう」


稀に見せる神妙な表情、喋り方で、俺はライアンに肩を組まれた。命懸けの場面以外でこうなるのは、ガルズェンスのあの時以来かな。いや、あの時もここまでじゃなかったか。


どちらにせよ、とんでもなく珍しいことに変わりはない。

少し驚いたけど、素直に受け取ることにする。

素直に言ってしまえば、普通に嬉しい。とても、温まる。


……あれ、もしかして俺も疲れてんのかな?

なんとなく、ぼんやりするような気がする。


自覚できない涙とか、覚えていられなかった昔のこととか、色々と何かに抑え込まれてる感覚もあるけど。

今この時は、俺にあるすべてが喜んでいるみたいだ。


「あと、やっぱり無理やり起きててよかったぜ〜。この戦いの意味も、暴禍の獣(ベヒモス)討伐するかどうかだけになったしよ〜」

「……? 暴禍の獣(ベヒモス)って、何だっけ?」


不思議と眠くなってしまった俺は、特に何も考えることなくほとんど反射的に返事をする。

するとその瞬間、なぜか2人の空気が固まった気がした。




~~~~~~~~~~




屋上の空気が固まり、冷えてしまっていた頃。

地上では、明日唯一の試合に出場する海音と、それを激励したいメンバーによる鬼ごっこ的なものが始まっていた。


もちろん、激励とは逃げる必要のあるものではない。

至って普通の、頑張ってと応援するだけのものである。


それなのに、なぜ彼女が逃げているのかというと……


「おい、逃げるな!! ちゃんと話聞けよ!!

クロウのために絶対に勝てよって、なぁ!?」

「ほんと、頑張ってね海音お姉さーん!

あたし達負けちゃったから、敵取ってー!」

「申し訳ないですが、そういうことなのですー!

円卓から離反したからには、ちゃんとその目的を果たしたいので頑張ってくださーい!」


まだ危ういところはあるが、すっかり元気になって騒いでいるリュー。無言ながら、兄に従うフー。

相変わらず元気いっぱいにはしゃいでいる、双子の少女騎士――シャーロット。その弟であるヘンリー。


彼ら厄介な双子二組に、延々と『頑張って』『勝てよ』などと激励され、果ては追いかけ回されているからだ。


この鬼ごっこが始まる前は、ソフィアやバロン、雷閃、ヘズなども参加していたが、今は見守っているだけなのが唯一の救いである。


「ですから、私は負けません。初日から言ってましたよね?

絶対に勝ちますので、静かにしていてください」


おまけに、海音本人はこの自信である。

誰よりも自信があり、他の試合でも味方にそのようなことを言って励ましもしていたのだから、今さらでしかない。


だというのに、彼らはあと一試合で決まってしまうという不安からか延々と追ってくるのだ。そのせいで、彼女は宿やその周辺の森を逃げざるを得なかったのだった。


もっとも、ククルやセタンタなどは目を覚ましていないので、それだけは救いであったが……




~~~~~~~~~~




反逆者サイドの面々が、深刻な表情になっていたり、激励のため騒いだりしている中。


全壊したコロシアムの跡地では、女王のエリザベスが部下のアンブローズ……もといマーリンと共にその修復に当っていた。


もっとも、この場にいるのは2人だけだが、この場に来るのは彼女達だけではない。ドルイドの統括であるダグザは、厄介な審判の間出身者の世話などに奔走していたりするのだが、その他の円卓関係者――騎士などは時折顔を見せている。


理由は主への拝謁……言ってしまえば、反逆者サイドの海音と同じく、明日の決戦に向けた激励だ。

大部分が修復し終わった現在も、既に5回以上も拝謁しに来た気難しい騎士――ラークが頭を下げている。


「エリザベス様、お体の調子は如何でしょうか?

これほどの力の行使、かなりお疲れなのでは?」

「問題はありません。それより、卿は既に10回はここに来ていませんか? もう夜更けです。休むと良いでしょう。

この作業ももう終わるので、我もすぐに休みます」

「おぉ、我が王のお心遣い、痛み入ります」


しつこく謁見しているだけあって、エリザベスの対応は慣れたものだ。どこか冷たくすら感じられる雰囲気で言葉を紡ぎ、しかしラークは満足そうに去っていく。


何千年と王をしているのだから、もう身内には素の性格など完全にバレている。そのため、自己満足でしかないのだが……

毎回威厳を取り繕う彼女の心労はかなりのものだろう。


同時に、ある意味さらに厄介な相手も、ラークに触発されて目を覚ます。


「エリー♡ 貴女も疲れているんじゃない?

一緒に休みましょう? フカフカのベッドでねみゅ‥」

「仮に寝るとして、なんであなたと寝なきゃなんないの?」

「ぐふぅへへ……私とっても頑張ったのよ♡

これだけ手伝ったのだから、少しくらい報いてくれても‥」

「あたしだって頑張ったのに、そんな苦行お断り!」


作業中は真面目に接していたマーリンだったが、その実態はしつこく女王に求婚しているヤバいヤツだ。

彼女のタガが外れたことを理解すると、エリザベスは瞬時に距離を取って戦い始める。


「あぁ、辛辣なあなたも可憐で素敵……結婚しましょう♡」

「うるさいっ! もう誰か回収しに来てよ!?

ほんっとうにお願い! 助けてぇ、ダグザぁ!!」


威嚇射撃として、軽くルーン魔術が飛び交う中。

月明かりに照らされる幻想的な森には、素のまま叫んでいるエリザベスの声が響いていた。




~~~~~~~~~~




反逆者サイドと円卓サイド、どちらに属していようとも活動範囲はカムランの付近だ。用事があれば離れる者もいるが、その用事がないので大抵はコロシアム付近に集まっている。


だが、反逆者サイドでありながら、カムランから遠く離れたコーンウォールを訪れている者達もいた。

ほとんど唯一勝手な行動をしている彼らは、アストランからやって来た救援。


3日目に試合があった……つまりはついさっきまでカムランにいたはずのクリフとクラローテは、誰にも何もに言わずに再びこの森でも数少ない人の村に来ていた。


「いってて……仮死状態にされた後にこの運動はキツいぜ」

「自然の中には死の香り。足を止めれば、すなわち呼吸も直止まる。息を潜めろシークレットリィキャッツ。

傷が痛むか? それともダメージが溜まって辛いかな?

耐えられなくなったら言うといい。高らかに笑ってやる」

「息を潜めるんじゃねーのかよ。はぁ、まったく」


国の大部分は森なので、人がいない場所は月明かりもろくに届かず、道などほとんど見えはしない。


しかし、彼らは獣人。普通の人よりは夜目も効くため、軽口を叩き合いながら迷わず村に入っていく。


目指す先にあるのは、前回と同じくここの村長の家だ。

前日に残してきたヌヌースに扉を開けられ、彼らは争奪戦が始まってから一睡もさせてもらえていない村長の前に座る。


「さて、何か進展はあったか? うん、なさそうだな。

初日より人数が増えたし、白状する気にならないか?」

「わ、私はしがない村長ですよ……? そ、そりゃあ、こんな見た目の割にな、長生きで、セタンタちゃんにはばあちゃんなんてよ、呼ばれていますけど……」

「隠しても無駄だ。あんたの家からはこの時代にそぐわない香りがする。長老が言っていた科学というものだろう。

そして、あんたの名前は……マーク。

さっさと白状しろ、効率が悪いからな」

「獣に注入された七つの大罪。災害は戒めの下に来たるべき日を待ち続ける。自然を壊すのはいつだって科学者だわん。

発展したくば個人でしていろ。国を巻き込むじゃにゃい」


クリフ、クラローテ、ジャル、ヌヌース。

アストランよりやって来た戦士に囲まれ、コーンウォールの村長――マークは困り顔を浮かべ、口をつぐみ続ける。



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