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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
398/432

360-獣神VS風神

「さーて、まずは……」


試合が始まると、すぐにククルはジャンプをし出す。

肩や首を回しているケルヌンノスを見据えながら、準備運動をするかのように。


これまでの試合とは違って、空気は穏やかで軽い。

お互いに敵意や殺意などはまるでなく、これから行われるのがスポーツであると言われれば、つい信じてしまうだろう。


おまけに、どちらもワクワクとした楽しそうな表情なのである。日常を切り取ったという表現があまりにも当てはまり過ぎていて、本当に軽い運動をするだけであるかのようだ。


しかし、彼らは紛うことなき神なのだから、当然そんなことだけで済むはずがない。

数秒ほど準備運動をしていた彼らは、直後観覧席から見守る人々の視界から消え去って、闘技場の中央で激突した。


「っ……!! あはは、これは凄いや」

「ハハっ、大口叩くだけはあるじゃねーの♪」


拳をぶつけ合わせることになった彼らは、その衝撃によってコロシアムの壁を揺るがす程の突風を吹き荒らす。

小さな体の幼気な少年と、逞しい体の壮年の男。


生きた年月としてはそう変わらずとも、体格差はかなりあるはずなのだが、実力は拮抗していた。

どちらが押し負けることもなく、真ん中で嵐を生み続けている。


だが、それも長くは続かない。

空中で激突していれば支えるものがないし、かといって足をつければ土台から壊れてしまう。


すぐに足をつけた彼らだったが、その力強さに闘技場の地面が耐えられず、粉々に砕けて激突は中断された。

ボコボコとした荒れた山のような有り様になった闘技場の中で、2人の神は弾かれたように反対がへ吹き飛んでいく。


「くっ……さっすが獣神! 単純な身体能力だけなら、間違いなく最強クラスだね! 僕と対等に戦えるなんてさ」

「ワハハハ! お前も中々やるじゃねぇか!

風で補助してたとしても、ちっこい体でようやるぜ」

「風は僕そのものだ。ズルしてるみたいに言わないでよ」

「お前こそ、儂を身体能力だけのやつって言っとるだろ」


壁を蹴って、結界ごと粉砕しながら、彼らは再び相手の元へ向かっていく。その間も会話は止まらない。

結界やルーン魔術で守られたコロシアムを壊していたりと、やっていることは凄まじいのに、完全に遊び感覚だ。


さらにスピードを上げつつ、なおも身体能力だけでぶつかり合っている。もちろん、そのすべてが拮抗しており、巻き起こす事象も天変地異ものだった。拳を激突させ、蹴りを交差させ、その度に嵐を吹き荒らさせている。


「ん〜、温まってきたぁ! そろそろ上げていくよ!!

僕が負けると終わっちゃうから、負かすけどごめんね?」

「ワハハハ!! 好き放題言うじゃねぇーの、小僧!!

それなら、儂も存分に暴れるぜ!?」


目にも止まらぬ速さで飛び回り、激突し、その度に凄まじい突風を吹き荒らして結界やコロシアムの壁を壊す神々。

ここまでの戦いでも、既に他の試合よりも被害を出していた彼らは、ようやく本気で戦うのだと宣う。


観覧席にいる面々は、エリザベスなどの例外を除いて全員が信じられないという目をしていた。


とはいえ、彼らが自分達よりも格上の存在であること自体は、疑いようもない。まだ身体能力しか使っていない状態であっても、常識外れの動きをしているのだから。


信じられないがきっと本当なのだろうという、矛盾しつつもどうしょうもなく芽生える疑念と信頼。

結界越しでも理解させられる強さに対しての畏怖や、さらに高まる熱への期待。


そんな視線が無数に降り注ぐ中で、彼らはそれぞれの力を十全に開放していく。


"野生解放(リベラシオン)-ケツァルコアトル"


少年が身に纏うのは、神秘的な繊細さを感じさせながらも、膨大で圧倒的な荒々しさや神々しさを内包した神風。

まるで衣服――羽衣のように柔らかく周囲を彩り、背後には太陽のように熱い光輪を渦巻かせる風だ。


しかも、変化はそれだけではなかった。彼は獣神(じゅうじん)なのだから、本来の姿は他の獣人と同じで人型の獣である。


たとえ己の神秘を完全に制御し、力も繊細さも得た姿を取れるようになったとしても、その本性は変わらない。


もっとも、アストランの――獣族の原型となった彼の場合は、元からなのかコントロールしているのか、人間の要素が強いようではあるが……


人らしい肌が残りながらも、その四肢の一部にはふわふわとした綺麗な羽毛が生え揃う。頭部には王冠のようにも思える形で羽が生え、王者の如き姿だ。現代まで生きる獣人の先祖は、人に獣の要素を足した姿で空を飛んでいた。


"神名開放(ウヴェルテュール)-ケルヌンノス"


そんな風神に対して、獣神は至ってシンプルだ。

元々人型の鹿だったこともあり、見た目ですぐにわかる変化などほとんどない。


強いて言えば……というよりこれのみなのだが、背後に暗くて地味な光輪らしきものが薄っすらと浮かんでいるくらいである。


ただし、明らかに変化している面でなければ、彼にもいくつか追加されている部分があった。


それは、ライアンが人の姿のまま獣の力を借りていたように、ただの鹿の神獣であるはずの彼も、光を放っていることなどだ。


もちろん、最もわかりやすいのが光というだけのこと。

彼には他にも、煌々と燃える炎の翼のようなもの、氷の爪のようなもの、雷の槍のようなもの、猫の尻尾のようなものなどが現れている。


つまるところ、ライアンに負けず劣らずの多属性を纏いながら、彼は生み出した岩の台座に立っていた。


「あははっ、すっごいたくさんの神獣の力を使ってくるじゃん。そんなに僕のことを警戒しているの?」

「ワハハハ!! そりゃ当然だろうて。お前が本気を出しているというのに、儂が手を抜けるはずがあるかい」

「手を抜いてくれたら、もっと楽に勝てたのに」

「ハハッ、本気の儂に勝つつもりかよ」

「勝つさ。だって、僕はアストランの守護神。

彼らに信仰される、太陽の化身たる四神の一柱なんだから」


互いに挑発的な言葉を投げ合う中。

ククルは余裕の表情で笑いかけながら、手のひらを下にするように手を掲げる。


すると、背後で熱を放っていた光輪は消え去り、唐突にその手の中に熱源として現れた。さっきまでは風らしさもあったのだが、ここにあるのはもはやただの太陽だ。


彼はそれを空に打ち上げると、天に浮かぶ本物の太陽に負けず劣らずの、人為的な疑似太陽を浮かべてしまう。


"第二の太陽-風穴"


疑似太陽を浮かべる。これだけであれば、第一試合で戦ったウィリアムだって同じことをしていた。

しかし、彼はただ炎の塊を浮かべていただけ。それにより、自身の昼間の能力アップを維持していただけだ。


対して、ククルが生み出した太陽は風を引き込んでいる。

太陽の化身であるのと同時に……いや、それ以前に風の神秘である彼を助けるように、荒ぶる嵐を生んでいた。


さっきまでも飛んでいた風神は、そのまま激しく渦巻く嵐の中に。太陽の周りを円環状に巡る風に乗り、ぐるぐると回り始めた。


「さぁ、遊ぼうケルヌンノス!

僕についてこられるならね!!」

「無理やり引き寄せてるくせに、よく言うぜ……!!」


現在、闘技場にあるものは、尽くがその太陽と巡る風に吸い込まれている。元からある地面も、ケルヌンノスが作った柱も、彼自身も。吸い込まれていないのは、結界の外にある物や人だけだ。


炎の翼を生やしてはいるが、ククル程は上手に飛べない獣神は、為すすべもなく空中を舞うことになる。

その周囲で、自由自在に空を飛び回る少年は、螺旋を描きながら敵を追い込んでいく。


"エル・カラコル"


思うように動けないケルヌンノスに、風をまとったククルの蹴りは炸裂する。なんとか腕で受けているが、踏ん張る足場がないのだから抗うことはできない。


彼は蹴られた勢いのまま、渦巻く太陽の外へ吹き飛ばされていった。だが、風は中央に集めるように円環を生んでいるのだ。


外へ飛ばされた彼も、すぐさままたその風の波に引き寄せられ、飲み込まれていしまう。キリキリ舞いながら、何度も、何度も少年の蹴りを受け止めていた。


「戦場に引っ張り込むたぁ、ふざけた真似をしやがるぜ……」

「神様らしく、とっても神秘的でしょ?

中からじゃ、見えないかもだけどっ」

「ぐっ……!!」


巡り、巡り、敵を蹴り続ける。

飲まれ、回され、敵に蹴られ続ける。


これは神々の戦いであるはずが、互いの特性のせいかかなり一方的だ。獣らしく、基本は身体能力で戦う獣神は、それを発揮できない戦場で延々とやられ続けていた。


しかし……たとえ不利な相手であっても、彼が神であることに変わりはない。あらゆる獣の力を内包した獣の神は、獣からすれば紛うことなきこの世の頂点だ。


どれだけ一方的にやられようとも、どれだけ消耗していようとも、神は僅かな隙を狙い続ける。

蹴られ、飛ばされ、その果てに……


"ムンドゥスベスティアリ-光剣"


「ぐっ、うぐぅ……!!」


光の速度で繰り出された風の剣は、見えにくかったこともあり、少年の体をこっ酷く斬り刻んだ。

右腕は体を離れて渦の中へ。胴体も数か所深く斬られ、生命の雫はみるみる太陽に飲まれていく。


上手く飛べずに落ちていく姿を確認すると、ケルヌンノスは豪快に笑う。骨が折れて腕が変色しているが、何度も衝撃を受けたことで口からも血が流れているが、その目は生き生きと輝いていた。


「ワッハハハ!! どうだ風神!! お前はまったく油断なんかしてなかったが、それでもこれよ!! 我ら獣はどんな災害をも生き残ってきた!! たとえ、強大な嵐が相手だとしても……

たった1つの風になど負けるものかぁ!!」


自らを飲み込む風すらも斬った獣神は、渦から開放されて外に落ちながら猛る。炎の翼に加え、足自体にも不思議な泡がついており、ごく自然に空中を歩きながら。


だらんと脱力した状態で嵐に飲み込まれてしまった少年に、勝利宣言をしていた。事実、風神の姿は見えない。

しかし……その声は、どこからか響いてきている。


「風はこの星のどこにでもある。神秘的だけど、決して特別じゃない……ありふれたものだよ。だけど、ありふれているからこそ、すべてに影響を及ぼす大災害に成り得るのさ。

もちろん、僕は1人で、この星すべてに影響を及ぼすことはできないかもしれない。けれどね……それでもぼくは風なんだ。

確かにぼくは、空を流れる無数の風の1つ。

ある意味、この星を支配している神秘の1つ。

そんな、雄大なる風そのものだ」

「おいおい、マジかよ」


滔々と紡ぎ出された言葉が終わると同時に、宙に浮かぶ太陽は熱量を高めていく。嵐もさらに強くなり、空中に立つ獣神も身動きが取れなくなった。


円環状に巡る風は中央へと集められ、その側にははっきりと少年の姿が。太陽神は、これまでに生み出し、集めていた風を一点に集中させて嵐のボールを作り出す。


「ごめんねー、アヴァロンの女王。

結界とか修理とか、諸々ちょっと頼むよ……!!」


"天槍カスティーヨ"


ククルは嵐のボールを蹴り、炸裂した嵐は伸びていき槍を形作る。鋭利な三角形として伸びるその様は、嵐の槍。

結界を吹き飛ばし、観戦していた人々を吹き飛ばし、本命である獣神をも消し飛ばさんと、向かっていく。


「くふ、ふっ……なんつーガキだ、まったく!!

おもしれーにも程があるぜ、なぁ!?」


嵐は一纏まりに凝縮され、槍となった。

そのお陰で動けるようになったケルヌンノスも、嵐の槍に対抗するべく空中を蹴って向かっていく。


彼の手で高まっていくのは、この星の生命力。

植物と動物の中でも、特に荒ぶる獣の力を結集させた破壊的なエネルギーだ。


「喰らえ、この星の怒りを!! 儂が代行する魂の叫びを!!

ステラァァァッ……!!」


"アースロアー・ビースト"


振り抜かれる拳から、天に浮かぶ疑似太陽へ。

嵐の槍に対抗し得るだけのエネルギーが放たれる。


両者は真正面から激突し、円卓の守りも突破してコロシアムを破壊しながら、戦いの幕を下ろす。

結末を見届けられたのは、ほんの一握りだ。


完全に荒野と化したカムランで、体のほとんどが消し飛んだ獣神は倒れ、同じく半身が消し飛んだ風神は浮かぶ。

勝敗を分けたのは、ひとえに飛べるかどうか。


能力を使うまでもなく、自身の特性として空を飛べたことによって、決着は着いた。


勝者、ククル。これにより、現在の勝ち星は円卓サイドが6勝で、反逆者サイドもまた6勝。

反逆者達は、首の皮一枚繋がる結果となった。


残る試合は、明日の第十三席を懸けた戦いのみだ。

この結果により、円卓争奪戦の勝敗は明日に持ち越される。



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