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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
397/432

359-第十二試合、序列9位

ヘズの首がへし折られたことで、勝敗は決する。

だが、最後まできっちりとどめを刺した彼や、体を引き裂いたガノなどはともかくとして、残りの面子はのしただけだ。


フーやケット・シーの2人など、殴り飛ばしただけに過ぎない。確実に死んだとは決めつけられない状態である。


そのため、ヘズを放り投げたオリギーは続けて他の反逆者の元へと歩み寄っていく。

潰れたリューを確認し、ぐったりと倒れていたフーの心臓を潰し、小さなケット・シー達を踏み潰す。


結界の効果により、あくまでも仮死状態ではあるが……

全員を殺した後、ようやくオリギーは普段のように穏やかな性格に戻っていた。


『"真紅の血鎧(アイアンサイド)"、気は済みましたか?』

「えぇ、けじめはつけましたよ。残念ながら、貴女によって治されてしまうのでしょうが……この場では死んでいるのですから、これ以上憤怒する必要はありません。

見苦しいところをお見せしました」


アナウンスをした流れのまま、コロシアム中に響く声で語りかけられると、オリギーは人型に戻って恭しく頭を下げる。


巡礼者のように質素な服装であることや、髪が長いことも相まって、その様は敬虔な信徒のよう。

直前までのキレ具合が、夢か何かだったかと錯覚してしまうくらいの変貌ぶりだった。


しかし、それがアルゴラシオンという神獣の特性だ。

普段は穏やかだが、一度キレるとどちらかが死ぬまで収まらない……という、厄介極まりない羊の常識である。


観戦しに来ていた一般の人達は度肝を抜かれ、ビビっているものの、円卓や反逆者は大きな反応を示すことはない。

少しばかり感心した様子や敵意、恐れなどを見せてはいるが、静かに観覧席に戻る様子を見つめていた。


もっとも、その注目自体も長くは続かない。

これまでの試合でも重傷者は出てきたが、決着後にわざわざ殺すなんてことはなかったのだ。


ご丁寧にも皆殺しにされた面々が、ちゃんと生き返るのだろうかと。この場に集まった全員が気を張っていた。


心臓を潰された者、胴体と足を泣き別れさせられた者。

首をへし折られた者に、単純に潰された者。

状態が状態なので、樹木を操って移送してくるエリザベスも慎重だ。


間違っても、首が落ちたり手足が千切れたりしないように、包み込むような形で彼らを運んでいる。


「リュー、フー……!!」

「ヴィーさんにバロンさん、ヘズさんまで……」


治療のためこの場に残っていたクロウや、お見舞いのような形で集まっていた面々も、これには堪らず声を漏らす。

まずは、生きているのが疑わしいくらいの重傷になった仲間への心配。次に、ここまでのことをしたオリギーへの怒り。


雷閃の見えない傷や、アーハンカールのぐちゃぐちゃに壊された体を治していたりと、エリザベスの治療に対する信頼は高い。


彼らは家族や仲間の手を軽く握り、祈ると、後のことは女王に任せて守護者の元へと向かっていく。


「おい、決着はもうついてたよな?

ここまでする必要があったのかよ」


面と向かって文句を言いに来たのは、先頭に立つクロウと、その左右にいるシャーロット、ヘンリーの3人だ。

ライアンやヴィンセントなど、残りの動ける面子は、すぐに助けに入れるような位置に移動した程度である。


彼らが治療を気にしながらも、ジッと見守っている中。

真っ直ぐな少年少女達は、優雅に座った恐怖の羊にもまるで臆することなく、強気な姿勢で言葉を紡ぐ。


「そうだよっ、あれはどう見ても異常だった!

あなたのことは前から知っていたけど……善くないっ!!

間違いなく悪だったって、断言できるよ!」

「そうです。人間なのですから、彼らだって誰かを傷つけることくらいあるでしょう。でも、みんな善人でした!

……えと、ガノ卿を除いてですが」


若干1名、善人からは外されているが……

全体を通してみれば、彼らの主張は変わらない。


やり過ぎだ。あの場ではオリギーこそが悪だった。

裁かれた彼らは、裁かれる必要のない善人だった。


口々にぶつけられる言葉に、ゆったりと席についてワインを楽しんでいた紳士は、穏やかな雰囲気のまま目を向ける。


「シャーロット卿、ヘンリー卿。貴卿らは円卓の騎士、誰もに認められる正しき人。お二方が仰るまでもなく、あれは善行などではありませんよ。生命活動はすべからく悪である」

「そういう話じゃ‥」

「真ん中の君は、ガルル……審判の間でも会ったね。

地下へ落とされた罪人、この私を愚弄した悪」

「っ……!!」


姉弟に対しては、目に見えて友好的な反応を示したオリギーだったが、クロウに対してはやや厳しい。

わずかな殺意を込められた鋭い瞳に、彼は思わず息を止めて緊張を高めていく。


周囲で見守るライアン達や、素知らぬ顔をしていながらも意識を向けているソフィアなども、いつでも動けるように警戒を強めていた。


だが、当の本人は言葉の割にそこまで強い敵意を持っている訳でもないようだ。見極めるように軽くクロウを眺めると、鼻で笑って目を逸らす。


「とはいえ、現在は既に裁きを受けた後。審判に打ち勝ち、円卓の席次を奪いし者。この争奪戦の結末がどうあれ、私はもう君を裁く理由を持たない。君自身には、私が怒りを覚えるところもなかったことだしね。むしろ……」

「おい、セタンタもやらせねぇからな!?」

「ははは、冗談だよ。彼への裁きも既に下った。

乗り越えたのであれば、それは償ったということだ。

もちろん、聖域を怪我した愚行は、ガルル……許していないが……繰り返さぬのであれば、今は見逃そう」


自分の背後に視線を飛ばすオリギーに、瞬時に狙いを悟って身構えるクロウだったが、それもまた彼は一笑に付す。

何度も体験しているように、キレると手がつけられないが、普段は本当に温厚な人物であるようだ。


まったく敵意がないのだと理解すると、クロウは一気に緊張を解いて脱力している。とはいえ、本題は終わっていない。

その左右では、幼い騎士達がなおも言い募る。


「それはありがたいけど……」

「話を逸らそうったってそうはいかないよ!」

「そうです! あなたはやり過ぎでした!」

「……ふむ。それは私も自覚しているところです。

とはいえ、中途半端も良くないでしょう?

罪を償うとは、形だけのもので済ませてはいけないのです。

徹底的に悪であると自覚させることで、初めて審判は意味を持つ。人が赦されるのは、その後です。

私は悪として悪を処断した。裁きたければ、従いますよ」

「……え? 何、あんた俺達に痛めつけろとか‥」

「いい度胸ねっ! やってやろうじゃない!!」

「善い人であれば良し、でなければ裁きますよ!」

「えぇ……?」


妙な流れになったことでクロウは戸惑うが、クルーズ姉弟はなおも強気に言葉を続ける。オリギーとしても、それは嘘やごまかしなどではなかったようだ。


2人の言葉を聞くと、彼はワインを横のテーブルに置いて紳士的に立ち上がった。そして、クロウ達を置いてきぼりにしたまま、観覧席から出ていってしまう。


残されたクロウは、ずっと見守ってくれていたライアン達と目を見合わせる。やはり、神獣の思考回路は難しい。

この場に残る者達……その中でも特に外からやってきた人間達は、ただただ困惑して立ち尽くしていた。




~~~~~~~~~~




前の試合のけが人達が、すっかり搬送されて闘技場も直っていた頃。わずかに残る反逆者サイドの観覧席では、次の試合に出るククルを中心に、小さな会話が起こっていた。


キングは興味がなくて昼寝中、クイーンは1人でお茶会を開いて勝手に盛り上がっているため、ククルと海音だけの、本当に小さな話し合いである。


「リューさん達は、負けてしまいましたね」

「そうだねぇ。これで総合結果は、5勝6敗。残る試合は僕が奪いに行く第九席と、君が奪いに行く第十三席。

僕が勝たないと、円卓側の勝利が確定してしまう」

「勝てますか? あの神に」

「僕を誰だと思ってるの?」

「アストランを築いた4柱の神。

太陽の化身であり、今世紀を治める守護神」

「そう、同時に風を司るものでもある。

風神ケツァルコアトルさ」


鬼の子との対話を終えた風神は、ふわふわと羽を思わせる服を揺らすような涼やかに風を纏い、飛び上がる。

彼は風、この星のすべてに生命を届ける神秘の具現。


誰よりも神秘的な姿を見せながら、闘技場の真ん中に優雅な動きで降り立った。同じように、反対側から飛び出してきたのは人型になった二足歩行の鹿――獣神ケルヌンノスだ。


珍しく酔っ払っていない様子の彼と対峙した少年は、相手の頭で威容を見せる角を見ながら、笑いかけていく。


「や、獣神くん。悪いけど、倒させてもらうよ。獣族を守護する獣神(じゅうじん)として、彼らの結んだ盟約を守るためにね」

「ワハハハ、儂を獣神だと認識してんのにそれかよ?

カカッ、ちっこいくせにいい度胸じゃねーの。

こっちは獣人の神じゃなくて、獣の神なんだがなぁ。

ま、面白そうだしなんでも良いや。始めようぜ〜♪」


獣の神を名乗る二足歩行の鹿と、一見するとただの少年にしか見えない獣人の神。これまでの試合と比べても、明らかに異質な彼らは、お互いに国の神として激突した。



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