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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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358-その憤怒、記録に値せし

リュー、フー、ガノ、ヴァイカウンテス、バロンと、反逆者サイドのほとんどを薙ぎ倒した後。


未だ怒りの収まらないオリギーは、湧き上がる羊毛を獅子の如く頭部で逆立てながら、凄まじい圧を発してヘズへと歩み寄る。


もう、邪魔をする者などいはしない。

風や木々すら、大人しく彼に道を譲っている。


熱の塊なのではないか?という程に風を吹き荒らしながら、すべてを押し退けて司書の前まで進み、そこでようやく立ち止まった。


「貴様はついぞ動かなかったな。席次を奪うために試合へと臨み、仲間達が傷つき倒れていったというのに」


瞳には強い怒り。しかし、戦闘中ずっと後ろにいたからか、まだすぐには爆発させるつもりはないらしい。

悪い言い方をすれば仲間を見捨てたとも取れる司書に、より怒りを強めながらも、まずは言葉を交わそうとしている。


オリギーの発している熱量は凄まじく、おそらくは鼓動なども早鐘のように打っていることだろう。

声からも、その怒りは明らかだ。


ヘズは目が見えないが、自身の司る音だけでそれをひしひしと感じ取っていた。とはいえ、普段から落ち着いた紳士である彼は焦らない。目が閉じていることもあり、まったく表情を動かさずに口を開く。


「……私は音の神秘。君にはあまり効果がないだろう。

1つ前の試合は早々にメンバーが決まってしまったし、ここを減らすのも愚かしい。だからこそ、サポートをしていたよ。

私がこの森に現れた意味を考えながら……だがね」


憤怒と、音。本来なら誰よりも世界に存在を示す性質であるはずの彼らは、荒れた闘技場の真ん中で静かに向かい合う。


戦いの名残である木々や氷は崩れ、音と熱の生み出す波紋の中で、不思議で幻想的な模様を描いていた。


「答えは見つかったか、愚者よ」

「さて、どうだろう。私はここに現れるまでの記憶を失っている。……そう、ここに来るまでではなく、ここに現れるまでの記憶を、だ。決して忘れないこと……私にとっての常識は、世界が暗闇に満ちていること。私にとっては、この何一つ見えない世界が当たり前だった。生まれながらに盲目で、神秘に成ってからも視覚を得てはいない。

……彼の言った通りだな。これももう忘れてしまったが、私は目が治らなかったのではなく、治さなかったのだろう。

人は誰だって変わるのが怖い。しかし、このミョル=ヴィドに現れたことに、送られたことに意味があるのなら、きっと……

あの方は、自分の代わりにこの美しい世界を見てきほしいと願っていたはずだ。であれば、答えなど決まりきっている」


オリギーという恐ろしき神獣は、審判の間にて罪を裁く者。

その断罪の前に、ヘズは問われるままに答えを紡ぎ出す。


閉じていた瞼はゆっくりと開かれ、盲目であるはずの瞳を世界に表出させた。すると、その瞳に映し出されていたのは、いくつもの色に満たされている瞳。


彼の主である図書館司書――絶対記憶能力者のシル・プライスと同じように、星のような煌めきを持つ星の瞳だった。


"いずれ至る叡智(メーティス)"


ヘズはこれまでずっと目を閉じていたため、本人ですら知りようがないことだが……彼の目は、本来ならばこのような模様を持ってはいない。これは、後天的な継承である。


誰から継承したのか? それはもちろん、主であるシルだ。

彼女は元より、絶対記憶能力者。それ故に、何一つ忘れることのできない己を呪い、魔人として神秘に成った。


では、同じ瞳を持つことになった彼の元となったのは?

神秘に成るまでもなく、ある種特別な力を使うことのできた彼女と並び立つだけの心の在りようとは何か?


「……そうか。あの方は、亡くなられたのか」


目を開くのが怖い。シルや他の知り合いから、清濁併せ呑む景色であることを聞いていたから。


だが、それでも興味はあった。清濁併せ呑むということは、この世界にはたしかに美しいものがあるはずなのだから。


ヘズはきっと、この世界を見てみたかった。

たとえ、すぐに閉じることになったとしても。


長い人生で親のようになった主や、子どものような知り合い達が言う美しい世界を、記憶に刻みつけたかった。


それこそが、ヘズとシルを結びつける同じ意思。

忘れられない己を呪い、しかし美しいものは大切にしてきた叡智の結晶。


彼女との繋がりを以て、彼はとある神秘の結末を窺い知ることになる。()の呪いは、死者より生者へ。

無事に、意志を同じくする者に継承された。


すべてを理解したヘズ・プライスは、悲しみに満ちた目で空を見上げ、変えられない事実をポツリと呟く。

だが、悲しみの中にあっても、世界は変わらずそこにある。


真っ青な空、わずかに揺蕩う雲、この星を祝福するかの如く輝く太陽。風に舞う木の葉、さっきまで荒ぶっていた木々や、キラキラと輝いているの氷の粒。


倒れているフーやバロンに、血だらけなのに立ち上がろうとしているリュー。そして、目の前で頭部に集められた羊毛を逆立てている、怒りに燃えるオリギー。


「……世界は、こんなにも美しかったのだな」


ここは、紛うことなき神獣の国。それ故に強者で溢れ返っていたとしても。たとえ多くの危険があったとしても。

現実問題、敵が目前にいたとしても。


人の手によらないことで維持された、神秘的な大自然が満ちた国であるという事実は変わらない。

神秘としての長い人生の中で、ようやくこの世界をその目で視ることのできた司書は、ほぅ……と息をつく。


直後、憤怒の拳と音の衝撃が激突し、コロシアム中に凄まじい異音を響かせた。


「話を聞いてくれているのだと、思っていたのだがね」

「見殺しや傍観は、そのものの強弱に関わらず罪である!!

だが、弱き者が助けられぬのは自明の理!!

その立場は従順さを求められた獣畜と変わらぬ脆弱さよ!!

しからば、罪人なれど悪ではなし!!」

「……つまり、私が強い神秘に成るのを待っていたのか。

罪人であり、裁かれるべき悪人にもなる時を」

「ガルルルルァッ!! 然りィ!!」


冷静に問うヘズに、オリギーはようやくこれまで通りの憤怒を見せて荒ぶり始める。音の衝撃で防がれようとも、構わず次の一撃、さらに次の一撃と乱打を繰り出していた。


しかし、彼は今までも盤石だった聴覚に加えて、視覚までも得ているのだ。どれだけ拳を振るおうとも、真正面からなら防ぐことは容易い。立ち上がる仲間を目の端で捉えながら、ジリジリと後退させられながらも耐えている。


憤怒の意識が、完全に司書へと向かっている中。

歩み寄るために羊毛が消えていた闘技場では、リューとガノが凶暴な表情で動き出していた。


「あぁー……こう何度もやられてると、本当にイライラしますねぇ。あぁ、今すぐぶっ殺してやりてぇ!!」

「この羊野郎、よくもフーを……!! 許さねぇッ!!」


手足がひしゃげ、血だらけになっているガノは牙を剥き出しに。迸る赤い閃光の中で体を四足歩行で肥大化させていく。


同様に、ただの人間がベースの魔人であるはずのリューは、全身から鱗や翼を生やし、鬼とも違った刺々しい異形の姿に変化していた。


光の中から現れたのは、逞しい四肢を持つジャガー。

ガノ・レベリアスの本性である、神獣としての姿だ。


彼とは違って、ただ竜の特徴を表出させただけのリューも、すぐに準備を終える。


ケット・シーの森で、科学者のアールに注入されたアンプルの効力。アストランで、戦士のジャルに鍛えられた大自然の本能。それらを駆使した、後天的・人為的な竜人の姿に彼はなっていた。


"野生解放(リベラシオン)-モードレッド"


"本能解放(リベラシオン)-竜人化"


獣と竜になった彼らは、それぞれの武器を持ってオリギーの背後に迫る。彼は延々とヘズに殴りかかっているため、防御も回避も不可能だ。そう、思われたのだが……


"ひつじはいっぴき"


再び溢れ出した羊毛によって、ヘズごと彼らは押し流されていく。無限に湧き出る、アルゴラシオンの綿。

それは抗い切れない圧力で、容易く両者の攻撃を防いでいた。


羊毛の海となった闘技場の中央で、相変わらず毛を逆立てている羊は、1人堂々と立って猛る。


「ガルルルルァッ!! 背後を取ること、戦いの邪魔をすること、その尽くが我らへの侮辱である!!」

「クソが!! そんだけ強いなら認めろよ小心者め!!」

「だが、結果は悪くない。助かったよリューくん。

それに、君という存在も見せてもらった」

「はぁ? 何言ってんだッ……!?」


ヘズの言葉に首を傾げるリューは、跳躍してきたオリギーによって叩き潰され、地に落ちる。同じく暴れるガノも、瞬きの合間に拳で体を引き千切られて戦闘不能だ。


音の衝撃によって羊毛の海から飛び上がっているヘズだけが、今この場で動ける反逆者サイド最後の戦士だった。


「私は覚えている、覚えているんだ……

視覚がなかったから、以前の戦闘は当てにならない。

けれど、今目の前で行われた暴虐は、しかと体験したとも」


衝撃を起こし続けることで空を飛んでいる司書は、敵がまだ遠くにいる隙に懐から本を取り出す。


それに力などない。ただ単に、己の力をよりはっきりと認識して具現化する、力の方向性を定めるものとして。

一冊の本は魔法陣のような輝きを放ちながら、ペラペラとめくれていた。


"メモリーバース"


迸る光は、本を飛び出し世界へ。周囲の綿、溶けかけの氷、折れ曲がった木々、ありふれた空気や木の葉、果ては砕けている闘技場そのものにまで広がっていく。


"リコール"


ヘズという記憶の奔流は、世界を彩る。

綿はまとまり、氷や木々は研ぎ澄まされ、闘技場の地面は段々とめくれ上がって複数の人型を形作っていく。


それは、リューのような竜人の姿。

それは、ガノのようなジャガーの姿。

……それは、オリギーのような畏ろしい二足歩行の羊の姿。


周囲の物質を材料に、彼は自らの記憶通りのゴーレムを無数に生み出していた。


「存在の記憶、姿見の具現!! これぞある意味種の存続!!

しかし、我は唯一単独の憤怒なり!!

この怒りの炎こそ、我が存在の証明である!!」


リューやガノと同様に、自らの姿も記憶され、出力されているオリギーだったが、同質の存在を目前にしてもその怒りに揺らぎはない。


どこまでも人類に憤怒し、かつての科学文明に憤怒し、その圧倒的な熱を炎として燃え上がらせている。

熱は広がり、空気を破壊するように揺るがし、自らへと引き寄せる形で飲み込む。


無限に湧き出る羊毛に、絶え間なく供給される空気。

それらを材料にして、彼は憤怒の象徴のような燃える羊と化していた。


"神威降誕-炎獄天衣:ブリギット"


以前は雷閃の炎をきっかけにしていたが、今回は純然たる彼自身の怒りだ。その支配度は比べるまでもなく、体と空気の境目で散る炎すらも操って、記憶の主に向かっていく。


数多の記憶――ゴーレムと、たった1つの憤怒。

それらは自らを証明し、生き残るためにぶつかり合う。


「ガルルルルァッッッ!!」

「主よ、我が永年の母よ……この身を貴女に捧げます。

途絶えた記憶は、いずれ我が身に。偉大なる旅路はいつの日か、必ずこの星の歴史を代弁する叡智の結晶へ……!!」


炎の化身は空を飛び跳ね、生まれたばかりのこの星の歴史を蹂躙する。もはや誰も届かぬ過去を象徴するかのような憤怒に、ゴーレム達は幾筋もの物語として向かっていた。


天へと昇る流星のような輝きは、これより始まる歴史の語り部。何度壊されても、記憶は失われない。

延々と記憶に従い生み出され、怨嗟に挑み続け……




「……!!」


この記憶の大元であるヘズが、オリギーに首を絞められて戦闘不能になったことで、ようやく途絶えた。


勝者、オリギー。本日3試合目にして、ようやく円卓サイドに勝利がもたらされる。


同時に、図書館には彼という強大な憤怒が刻み込まれることとなった。



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