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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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357-怒りは比べるまでもなく

嵐の弓はオリギーに直撃した。

粉塵でよく見えないが、疑いようはないだろう。


衝撃で羊毛は飛び散り、近くで彼に刃を向けていたガノの閃光や血も拡散しているので、無事ではないことは確実だ。


とはいえ、審判の間を支配する神獣――憤怒の間のオリギーを前に気を抜くのは、どんな状況でもあってはならない。

確かな手応えをリュー達も、空中で身構えたまま油断せずに強風を渦巻かせていた。


「……手応えはあった」

「け、けど……ちゃんと確認しないと、こ、怖いよね」

「あぁ、風で飛ばすぞあの煙」


2人は軽く頷き合うと、再び両手を広げて風を吹かせる。

そよ風と強風……微妙に違う力ではあるが、本質は同じ風。

混ざり合いながら広がり、息のあった調子で土煙を晴らしていく。


対して、ケット・シーの2人が得意とするのは、氷と木。

彼らも手伝えないことはないが、より適しているのは明らかにヴィンダール兄妹だ。2人はこれらの前を羽ばたき、万が一のこと見越して警戒していた。


「……リューくん、オリギーは無事のようだぞ。

恐ろしい音が、聞こえてくる」


実際、その警戒は正しいものだったらしい。

今までずっと後方で傍観していたヘズは、ここに来ても動かず音だけを飛ばして注意を促す。


土煙はやたらとしぶとかったので、ありがたい情報だ。

しかし、だからといって戦闘を丸投げしている状態が許される訳もなかった。


チラッと彼の方を見たリューは、不機嫌そうに文句を言う。

もちろん、オロオロと心配そうにしている妹の手前、クロウが失踪して病んでいた時よりも、かなりマシではあるが。


「チッ、てめぇずっと傍観してたくせにこんな時だけ口挟むのかよ? 少しくらい手伝ったらどうだ?」

「……あの獣とは相性が悪い。だから、今は索敵をしている」

「今は、だぁ? まぁいい、助かるぜ。

ところで、あの危ねぇ騎士はどうな‥」

「ガルルルルァッ!!」


急に少し朗らかになったリューが、音により正確に敵の様子が探れるヘズに問いかけた瞬間。怒れる羊は、再び猛る。


大地を揺るがす程の咆哮によって煙は晴れ、中から姿を現したのは胸に風穴が空いているオリギーだった。


だが、そのベタついた赤が滴る穴は、無限に湧き上がっている羊毛によってあっという間に塞がれてしまう。


二人がかりで放っているだけあって、矢は心臓部分を的確に射抜いていたのだが、それも無駄だ。

おそらくは、羊毛によって鼓動は絶えず動かされていることだろう。


傷が塞がれば、隙を見せることもない。

彼ほどの神秘であれば、動ける程度の傷などしばらくすれば自己治癒力で回復する。


戦況は依然、反逆者サイドの不利だった。

おまけに、土煙が晴れたことにより、悪い情報は追加で彼らの脳に叩きつけられる。


すぐに塞がれたとはいえ、嵐の弓は完璧に彼を捉えた。

つまりは、オリギーはもう片方の敵を優先して対処したということであり……


「チッ、このヒステリック羊野郎が……!!」


オリギーの足元には、ボコボコに殴られて手足がひしゃげた状態で倒れているガノの姿があった。

彼は普段から血を使うのだが、きっとその血はこれまで蓄積した血液――神秘の技などではないだろう。


辺りにはいつも通り血の匂いが漂っているものの、心なしか新鮮な血であるように感じられるのだから。

それに、手足が砕けているどころか頭まで割れている様子の彼なので、明らかに負傷によって溢れた自らの血だ。


土煙が起こっている間、人が殴られているような物音など聞こえはしなかったが、何も不思議なことはない。

赤く染まっていて見にくいだけで、倒れる騎士の下には当初ふかふかだったであろう羊毛が敷き詰められている。


「……ふん、やられたのかよ。土手っ腹に空けた穴もすぐ塞がれちまってるし、どうすっかな」

「心臓がだめだったなら、首を落とすしかないのでは?」

「あの騎士がいねぇと、当てるのもムズいけどな」

「と、とりあえず……その子、寝てない?」

「はぁ!?」


オリギーの傷は塞がったが、心臓にダメージを負っているこてに間違いはない。羊毛の動きによって鼓動は保たれているものの、全力で動くには足りずに休憩中だ。


その隙に、リュー達は飛んできたバロンも含め、次の作戦を考えるべく話し合いを始めていたのだが……

彼に連れてこられたヴァイカウンテスは、寝ていた。


フーの指摘によって気がついた一行は、それぞれブチギレ、焦って、彼女の元へと飛んでいく。


「おい、この戦いの意味わかってんのか……?

クロウは自力で戻ってきたが、まだあいつの目的を果たすために勝たないといけねぇんだよ。真面目にやれや!!」

「す、すみません……すぐに起こします。

というか、彼女には回復させないよう戦わせときます」

「ふわぁ……? 急に何、暑苦しい。

森の……話を聞く人と、思い詰めてた少年」


2人にガシッと掴まれたヴァイカウンテスだったが、どこまでもマイペースな彼女は寝ぼけ眼のままだ。

森の先生であるはずなのに、あらゆる名前をまったく覚えられない彼女の反応に呆れながら、バロンは語りかける。


「一応、バロンという名前を名乗ってますよ。何度も言ってますし、あなたは覚えられないでしょうが」

「森のお友達……それでいいかなって」

「はは。ひとまず、あなたはあの羊を足止め‥」

「ガルルルルァッ!!」


バロン達が動き出そうとした瞬間、再びオリギーは雄叫びを上げてその声をかき消す。作戦会議、回復の妨害。

そのすべては間に合わず、恐怖の羊は高らかに空へ。

憤怒を体現したかのような威容を以て、彼らに迫る。


「密談とは、善悪に限らず他者へ仕掛ける攻撃!!

罪人であれば、それは逃走への一手である!!

であれば、妨害など意に介す価値もなし!!

我は確実に罪人を裁くため、壊れた身体にてこの拳を振るおう!! いざ、いざ、狼狩りの時間である!!」


瞬く間に肉薄したオリギーは、孤立していたフーに溢れ出る羊毛の拳を振るう。それはいわば、天然のグローブ。

決して威力を落とすものなどではなく、彼女は真っ直ぐ地面に激突し、その亀裂の中に消えた。


「ッ……フー!! テンメェ、ぶっ殺すッ!!」

「ちょっ、今近づいたら……」


この円卓争奪戦はエリザベスの管理下で行われるため、絶対に死者は出ない。しかし、それは決して傷つかないということではない。


殴られれば痛いし、致命傷を受ければしばらく意識が戻らないこともあるのだ。妹がやられてしまったリューは、当然の如く激怒し、強風を纏って突撃していく。


"アサルトゲイル"


「家族を傷つけられた怒り!! 守れなかったやるせなさ!!

それこそが我ら獣畜の憤怒である!! 怒りに貴賤などなく、どちらも善であるのならば、ただ自己を押し付けるのみ!!

我がいる!! ただそれ故に、貴様らは悪である!!」


風そのものであるリューは素早く、あっという間にオリギーの背後に回り込む。だが、そのことを予期していた様子の彼は、最初から強襲に反応していた。


"ひつじはいっぴき"


溢れ出す羊毛は無限に増えて、足場に変わる。

空中……すなわち風という武器も奪い、憤怒の羊はリューの目の前で獰猛に目を光らせていた。


「害意あらば害意を受ける!! 生者が何かを奪うことで生命を繋ぐのであれば、訪れる死はそのすべてが報いなり!!」

「クソがッ……!!」


"飢餓という不幸を呪う(ラース)"


綿は辺り一帯を埋め尽くし、風で飛べたとしても逃げ場などありはしない。


バリバリと轟音を響かせながら繰り出される、破壊的な炎の拳は、クロスされた腕の上からリューを消し飛ばす。

またも地面は破壊され、裂け目から炎を吹き出している。


それは空気を破壊し渦を巻き、オリギーという憤怒こそが神であるかのように、周囲の物を引き寄せていた。


「くっ、これはもう……」

「あの毛玉、すごいね。怖いから、打つ」


"ザァザァ"


"ドーン"


ガノに続いて、リューとフーまでもが瞬殺された。

この事実に恐れを抱いたヴァイカウンテスは、ぼんやりとした表情のままでありながら、全力で氷を放つ。


空からは雨のような氷塊を、地上からは森のような氷柱を、次々に憤怒へと浴びせかけていく。


だが、目の前にいるオリギーは、既に羊毛が支配している空間にいるのだ。奇襲であっても通用せず、動き出したら動き出したで、そのすべてを砕きながら直進してくる。


「は、速い……!!」


立体的に綿があるため、ケット・シーのように翼を生やせなくとも足場には事欠かない。オリギーの接近は、地上と変わらず俊足だった。


氷の物量攻撃もものともせず、ほんの数回の瞬きのうちにバロン達の目前に現れると、彼は空気を焼き尽くしている拳を振り上げる。


避けることなどできはしない。

このままでは、リュー達と同様に一撃で伸されること確実だ。


しかし、憤怒に恐れをなしていたバロンも、今にも殴られるという時まで彼女に任せっきりではなかった。

彼は引きつった顔でメガネの位置を直すと、もう片方の手で指揮するように指を振る。


"運命の添え木"


瞬間、彼らの間に割り込んできたのは、頼りなくも確かな力を感じる添え木だ。それに攻撃を防ぐ力などない。

しかし、運命の流れに身を任せるような木は、優しく寄り添うことで、拳を逸らしていた。


「……!? ちっぽけな力だが、良し。どうしょうもない現実に抗うは、弱くも硬い一本の主木。それでこそ獣畜よ!!」

「私は誰に飼われたこともないですよ。

戦闘はからっきしですので、避けるだけ……ヴィー!!」

「はぁい。至近距離から一発どうぞ」


バロンの合図を聞き、少し離れていたヴァイカウンテスは指を敵に向ける。先端で輝いているのは、神秘的な氷だ。

真横から接近すると、たしかな威力を秘めた小弾は真っ直ぐにオリギーに向かって放たれた。


"パァン"


「ぐっ、小さき体を活かした置きみあげ。だが……」


氷の弾丸は彼の左目を潰し、本業の術者に治療してもらわなければならないような致命傷を与える。

とはいえ、たかが左目。まだ右目はあるのだ。


彼は半分の視界と気配によってバロン達の位置を知り、回転するように叩き落とした。またも木が間に入っているので、リュー達ほどの重傷ではないようだが……

どちらにせよ、すぐに立ち上がれはしないだろう。


あっという間に反逆者サイドの戦士は倒れ、立っているのは相手にならないとわかり切っているヘズのみ。

序列8位を懸けた第十一試合は、直に終わりを迎える。




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