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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
394/432

356-第十一試合、序列8位

猛るオリギーの前に立つ、6つの影。

彼らは獅子の如き羊の雄叫びを真正面から受けて、それぞれの反応を示している。


ヘズは音を防ぐことができるため、無表情。

フーとヴァイカウンテスはまったく気にせずぼんやりとしており、バロンは切羽詰まったようにキツそうな表情だ。


しかし、その誰もに当てはまるのは、音圧に負けないようにその場で踏ん張っていることだろう。


聞いていなくても気にしていなくても、それだけは変わらない。圧倒的な力を感じさせる憤怒を前に、決して気を抜けずに身構えていた。


とはいえ、一部の者に関して言えば、その踏ん張りの質というのは少しばかり異なっている。

それはつまり、防御に重きを置いた体勢なのか、攻撃に重きを置いた体勢なのかということだ。


残りの2人――リューとガノは苛ついたように軽く顔をしかめ、身構えて力を溜めてから一気に飛び出していった。


片や、荒ぶる強風を支配しながら。片や、背中から血液で形作った翼で重力に逆らいながら。

どちらも空を飛んで、オリギーに向かっていく。


「んだテメェ、急に騒ぐんじゃあねぇよ!!」

「害獣だなんて失礼ですねぇ……そりゃテメェだろうがよ!!」


リューが持つのは自分と変わらないくらい大きな大剣、ガノが持つのは血塗られた赤い長剣だ。


前者は風で支えられているため、後者は元々体にあっている上に血の噴出によって加速しているため、両者の剣は凄まじいスピードで悪魔的な羊に襲いかかっていく。


オリギーは無限に羊毛を湧き立たせる羊――アルゴラシオンの長だが、まだ闘技場を埋める程には出していない。

左右から襲い来る凶刃は、防ぐことはできないだろう。


これを防ぐためには、羊毛以外の手段が必要だった。

だが、以前地下に広がる審判の間にて、クロウ達を苦しめたのは綿だけではない。


単純な身体能力が高いからこそ、彼は最強格の守護者として試練の間を守ってきたのだ。そのため、羊毛という身を守る鎧もなく、相手が素早く避ける隙もない憤怒は、ただ感情のままに拳を振り下ろす。


「グハッ……!!」

「ガルルルルァッ!! 王を裏切る不信!! 目的を元に正当化される罪!! そのすべてが許されざる憤怒!!

今この場にいる者は、その尽くが罪人なればァァァ!!

我は被害者たる家畜の代弁として、貴様らを裁かん!!」


振り下ろされた拳は正確にガノを捉え、叫びながら闘技場を叩き割って、彼を押し潰していく。

また、羊毛もみるみる膨れ上がっており、綿に覆われた地面はもう見えなくなっていた。


ギリギリのところで逃れることのできたリューは、顔を引きつらせながら背後回っている。風はオリギーの勢いで千切られているが、回転しながら再度纏い、突撃していく。


「勝手にキレてんじゃねぇよ……キレてぇのは俺の方なんだよ……魔獣が正義ズラすんな、災害の具現みてぇな悪夢が!!」


"アサルトゲイル"


初撃に対応されたリューは、既に大剣を手放している。

それは風に誘われるように飛んでいき、敵の視界の端を掠る辺りを通っていた。


神がかった位置調整により、目に入った影が剣か敵かなど判断するのは至難の業だ。オリギーの攻守一体の拳は、彼ではなく剣を叩き落とすことになる。


より高くなった機動力により繰り出された蹴りは、凄まじい風圧を纏って羊の顔面に炸裂した。


「ぐっ、囮に加速。中々に味な真似をする。

とはいえ、罪人は咎より逃れるためすべからく技を磨くものよ。巧みな技は、無垢なるものを傷つける足がかり!!

悪が所詮主観に過ぎぬものならば……望み高き人は尽く罪人よ!! 我が怒る!! それ故に貴様らは許されざる者なり!!」

「よく喋るな、この羊野郎……」


攻撃は直撃したものの、オリギーはまるで堪えた様子はなく叫び続ける。その様を見たリューは、叩き落された大剣を風で回収しながら後退していった。


同時に、円卓サイド唯一の選手である守護者に襲いかかったのは、直前まで守りに入っていた者達だ。


ヘズは相変わらず離れて立っているだけだが、フー、ヴァイカウンテス、バロンと、他の面子は動き出して遠距離攻撃を浴びせかけていく。


吹き荒れるのは、微力ながらも細やかな操作がなされているそよ風や雨のような氷、細く頼りない木などだ。

リューがだめだったのだから、もちろんオリギーにまともなダメージを与えることなどできはしない。


しかし、少なからず羊毛は削れており、彼の防御力を弱めることには成功していた。

その隙にリューは妹の元に戻り、さっきまでとは違った、兄らしい落ち着きを感じさせながら言葉を紡ぐ。


「ふぅ……大丈夫か、フー? 無理はするなよ?」

「うん。お兄ぃ、心配」

「……俺は、大丈夫さ。クロウは無事だったからな。

今苛立ってるのは、単にあいつが魔獣だからだ」


不安の種がなくなり、リューの不安定さは見えなくなる。

もちろん、かき混ぜられた人格の中から無理やり引き出されたようなものなので、表面上見えないだけだが……


少なくとも今、彼は八咫でそうだったように、爽やかな青年そのものだ。


とはいえ、人生を通して弄られ続けた魔人の根は深い。

家族の行方不明というショックは消えても、今度は天災規模の魔獣がいるというストレスがかかっていた。


すぐにまた不安定に戻ると、怒りや恐怖、悲しみなどでぐちゃぐちゃになった表情で口を開く。


それに応じているフーも彼に触発されたのか、八咫のようにオドオドしつつもはっきりとした意思を感じさせる口ぶりになっていた。


「悪ぃが手ぇ貸してもらうぜ。俺は、俺は……!!」

「う、うん……みんなとの間隔は、大丈夫」

「距離も十分だ。足止めは任せた!!」


前後になって空を飛ぶ兄妹は、腕を広げてその間に風で弓矢を形作る。ケット・シーの2人も、彼らの要請を受けて全力でオリギーの足止めを実行していた。


「ヴィー、もっとちゃんとやってください!

寝ぼけている場合ではありませんよ!」

「むにゃ……はーい」


バロンに注意されると、微睡みながら羽ばたき、攻撃をしていたヴァイカウンテスは、少しだけ大きく目を開く。

さっきからずっと、周囲には氷が吹き荒れている。


それでもまだ足りないのだと指摘され、くるりと宙で身を翻した彼女は、尻尾を振るってケット・シーの力を使った。


"パァン"


"ザァザァ"


瞬間、元々降り注いでいた氷はさらに密度を増してオリギーに襲いかかる。粒は拳大の弾丸となり、空からは同質の氷塊が雨のように敵を打っていた。


しかし、これでも憤怒を止めるにはまだ足りない。

ヴィンダール兄妹が抜けたことで弾幕も薄れ、怒り狂う羊は明らかに歩き始めていた。


減らされる羊毛も減り、防御力は少し前よりは潤沢だ。

顔や首など、弱い部分を重点的に守るように綿を集め、戦車の如き様相となって直進してきている。


"ドーン"


その進撃を阻むため、再度指摘されたヴァイカウンテスは、遊ぶように尻尾を振るう。すると、次に出てきたのは地面から伸びる槍のような氷柱だ。


柱は羊毛の守りを貫いてオリギーを打つと、まさにドーンという効果音が相応しい勢いで彼を吹き飛ばしてしまった。

当然、そんなものでは致命傷にはならない。


だが、足止めとしては十分過ぎるくらいだ。

彼女達の背後を飛んでいる兄妹は、準備が整ったことでやや荒々しい表情を見せている。


「俺が矢で」

「あたしが弓」


力を溜め終わった彼らは、伸ばした腕に沿った形で弓矢を形成している。すなわち、広げられたフーの腕が弓で、指をさすように持ち上げられたリューの腕が矢。


彼らの周りで渦巻いていた暴風は、弓矢の形にされたことで幻か何かだったのかという程唐突に静まり返っていた。

どんどん巨大化する弓は、やがて地面につく。その、刹那……


「う、渦巻いて、暴風!」

「食らいやがれ、オリギー!!」


"合技-神鳥の風弓"


彼らの手元から、輝かしい鳥が羽ばたいた。

リューの腕から放たれた風の矢は、フーという弓の影響なのか鳥が翼を広げたような形に。


怒り狂う羊に向かって、氷の弾丸や雨が吹き荒れる中を突き進んでいく。道を阻むものはなにもない。

もちろん、避けようと思えば避けられただろうが……


「裁く者ってんならァ、受けてみろよヒステリック羊ィ!!」

「悪はいつの世も途絶えず……悪辣なる血塗れの刃めがッ!!

やはり貴様は、地上でも変わらず罪人である!!」

「クククッ、光栄なことですねぇ!! 

だが、褒めたってテメェは逃がさねぇぜ!!」


序盤で叩き潰されていたガノがいつの間にか接近しており、オリギーに襲いかかることで逃げ場を奪う。

膨れ上がった血は彼を囲み、そのすべてが血塗られた刃として羊毛による防御や移動を阻んでいた。


「オラァ、首を出せ!! この反逆の騎士様が、テメェという理不尽で一方的な審判を否定してやる!!」

「万物は生まれながらにすべからく善である!! それ故、個ではなく群となれば必定、すべからく悪だ!! 我がいる!!

それ故に我は悪であり、貴様もまた悪である!!」


オリギーは猛り、自らを阻む血の刃を拳で砕いていく。

羊毛も血液を跳ね飛ばしながら湧き上がっており、無限の綿に相応しい有り様だ。


しかし、ガノ・レベリアスは円卓の騎士。

腐っても序列4位に位置する強者である。


飛び散る血をクラレントで吸い取ると、ギラついた凶暴な目を輝かせてその力をまとめて叩きつけていった。


"ディスチャージ・クラレント"


上からの圧力を受け、オリギーの動きも止まる。

斬られることのないよう、押し潰されないよう、まずは赤い閃光から抗う。


とすれば必然的に、前方から迫る暴風の弓矢など気にしてはいられない。回避は完全に止められ、羊毛も閃光の防御に奪われ、嵐の射撃は彼の無防備な胸に直撃した。



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