355-獣神の一手
例によってエリザベスのアナウンスがコロシアム中に響き、ケガをした者達は樹木によって運び出されていく。
決着は割とあっけない方だったが、生んだけが人の酷さは他の試合にも負けていない。
その大部分を担うセタンタは、上下真っ二つにされており、決着がつくと同時に昏倒していた。
胴体を深く袈裟斬りにされたルーや、首をザックリ斬られて心臓を突かれているアフィスティアも、派手さはないながら的確に急所を狙われ重傷だ。
けが人の中では最も軽傷のクロウですら、全身に細々と傷ができていて痛々しいし、背中には剣が突き刺さっている。
唯一、ほとんどけががないのはクイーンだ。試合決着直後はまだ立っている者もいたが、最終的に彼女以外は全員倒れ、円卓サイドの観覧席へ運び込まれていった。
もちろん、まったくケガのないクイーンは関係ない。
試合を通してそれなりに心を通わせ、仲良くはなっていたが、自由気ままで怠惰なケット・シーである。
多少は気にした素振りも見せるものの、軽く彼らに声をかけるとちゃっちゃと反逆者サイドの観覧席へと戻ってしまう。
「おーっほっほっほ、この私が華々しい勝利を手に入れましたわーっ!! 如何でしたかキング様っ!?
森の2番手、その面目躍如というものでしょう?
やはり貴方様に相応しいのはこの私のみ!!
しかも、どちらもこの至高の戦いに身を投じ、しっかり結果を残している……これはもはや、運、命♡」
炎を散らしながら席の前に戻ってきた彼女は、相変わらずの騒がしさでキングにまくしたてる。だが、彼はまったく興味がないので、構わずウトウトしていた。
おまけに、この場にいる他のメンバーの反応もあまりない。
理由は単純、ライアンやローズ、ソフィアすらも運び込まれたクロウのお見舞いに行っているからだ。
そのためここにいるのは海音、ヴァイカウンテス、バロン、ククル、ガノ、ヘズくらいのものである。
ケット・シーの2人は慣れているので、当然彼女の言葉になどまともに取り合わない。というより、ヴァイカウンテスは試合直前だというのに昼寝中だ。バロンもそちらを気にしているため、完全に無視している。
他のメンバーが知り合ったのは最近ではあるが……
ククルやガノも、負けず劣らず我が強いため、振り回されずにどっしりと構えていた。
「クククッ、あの犬に勝つとはやるじゃないですかぁ。
私に落とされた雑魚とは思えない成果です。
あなた、聞こえるのでしょう? あれ、生きてます?」
「もちろん生きているとも。
鼓動も聞こえるし、ライアン君達とも話している」
「うんうん、無事なら何よりだよねー。うまうま」
観覧席に残る彼らは、多少はけが人達のことを気にしながらも、思い思いに自分の時間を過ごす。
この結果を面白がったり、次の試合へ臨むに当たって精神を研ぎ澄ませていたり、適当なお菓子を貪っていたり。
やっていることは様々だ。とはいえ、席が向かい合っている関係もあって、目は真っ直ぐ治療中の仲間に向いていた。
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闘技場で倒れた俺は、人の腕よりも細かく動く樹木に運ばれて円卓側の観覧席に運ばれた。そこで行われるのは、ルーン魔術を使った治療だ。
術者はもちろん、女王エリザベス。
地面につくくらいの立派な杖を持つ彼女は、前回裁きに来た時とは違って治すために石を砕いてくれる。
審判の間では恐ろしかったのに、差がとんでもない。
ただし、俺の場合は治療をする前に、背中に刺さったままの剣を抜かないといけないんだけど……
「いってて……!!」
「はい、ひとまず剣は抜けました。
空いた穴も、直に塞がります。というか、塞ぎます」
これに関しては、割と力技で無理やり引っこ抜かれた。
もちろん、できるだけ痛くないようにだったり、あまり悪化しないようにだったりと工夫はされている。
剣ごと傷を水で包み込んでいる、付近を押さえつけずに風か何かで一定の力・速度で抜く、という具合に。
だけど、傷は勝手に塞がるっていう超常現象なので、剣を抜くのは痛みもあるのが変な感じだ。
俺の口からは思わず悲鳴が漏れていた。女王は前聞こえた時よりも威厳ある雰囲気で、このくらいのケガなら本当に簡単に治るという安心感があるけど……それがむしろ怖い。
まぁしかし、それを簡単に取り除けるくらい、周りには俺の家族や仲間達が集まってくれている。
心が温まるのを感じながら目を向けると、彼らはほんわかと笑いながら口々に語りかけてくれた。
「その人の治療は安心していいぜ〜。
見えない傷ってのも治してたらしいしな〜」
「うん、ルキウスに斬られた私が保証する。だから今は喜ぼうよ。クロウ達のお陰で、私達はこの戦いに勝てるから」
「暴禍の獣討伐が認められれば、私も円卓から離反した甲斐があるというものです」
「それはそうと、お兄さんが無事でよかったよー!
女王様が治すのはわかってるけど、善い人が苦しんでるのはとっても悲しいことだからねっ」
「ふん、余計な心配させんじゃねぇよ。
俺は次試合あるってのに」
「はは、リュー、お前そんなだったっけ……?」
ライアンもローズも、彼女の後ろで見守っているヴィニーも。家族どころか敵だったのに、円卓に逆らってでも助けてくれた、騎士の3人も。みんないい人ばかりだ。
人格がぐちゃぐちゃになっていそうなリューは、逆に心配になってしまうし、色々と申し訳なくはあるけど……
役に立てたことは確実だろう。いやぁ、よかったぜ。
ちっぽけな運は、審判の間に落ちたからこそ活きたんだな。
~~~~~~~~~
「大体治ったようだな。闘技場も、既に整っている。
戦いが……序列8位の争奪戦が始まるぞ」
済まし顔でクロウの様子を聞いていたヘズは、自分のように残っている仲間達に状況を伝える。
術者が術者なだけあり、そこまで気にしている者はいない。
次の試合に出る予定のガノなど、女王を信頼し切っていて血を欲していたくらいだ。
とはいえ、1つの指標として有用なことは間違いなかった。
ふわふわと浮いていたククルは、試合開始の予告を受けて口を開く。
「ふーん、じゃあそろそろ試合の話をしようか」
「試合の話? リューくんとフーくんが戦うはずだったところに、私とガノくんが参戦するのだろう?
何か他に話すことがあるのか?」
「むしろその次、序列9位の争奪戦かな。
敵はケルヌンノスでしょ? 僕はそこに参戦するんだけど……
ヴァイカウンテスとバロン、ついてこれるの?」
「……残念ながら、彼女は寝ている。なんとも言えないな」
「あ、私としては厳しいと思ってますよ。元より捨てている試合でしょうし、我々は戦闘を得意としていません」
反逆者サイドの観覧席では、クイーンが再び昼寝中のキングを相手に騒いでいる。そのせいで若干聞き取りにくかったはずなのだが、バロンは耳聡く反応を示していた。
「でしょ? それに、3対1だと神馬の誰かが増えるかも。
だったらさ、もう君達次の試合にまとめて出ちゃいなよ。
オリギーだっけ? あの羊は強いよ」
「……そうだな。私とガノくんが参戦しても、厳しいかも‥」
「ちょっとちょっとぉ、誰が雑魚だと言うのですぅ?
舐めた口聞いてると落とすぞ、盲目司書野郎」
「……だそうだ」
バロンの正直な言葉もあるが、何よりヘズは実際にオリギーの強さを体験しているため、すぐに提案に乗ろうとする。
しかし、荒々しいガノは勝てないなどとは認めない。
彼が噛みついたことで、この場には微妙な空気が流れて話し合いは停滞した。すると……
「いいから行ってこーい、おりゃあ!」
説得が面倒になったのか、それとも楽しみのために絶対次の試合に押し込みたかったのか。ククルは風を吹き荒らす。
参戦予定だったヘズとガノに加えて、第九席の争奪戦に出場予定だったヴァイカウンテスとバロン。
彼らをまとめて飲み込み、闘技場へと無理やり叩き落としてしまった。
「うわぁ、こんなに力任せだなんて初耳なんですけどぉ!?
ヴィー、寝てる場合じゃないです。起きなさい!!」
「ぐー……むぐ、ふぇ?」
「敵はオリギー、大変だな。治さなかった、聞き続けた。
私の目は、なんのために……仮に託されたのなら、私は……」
「あーあー、後でぶち殺してやる。舐めやがって獣神め」
闘技場へと落とされていく彼らは、各々の思いを抱えながら着地する。下は既にホコリ1つない綺麗な地面。
今までの試合で染み付いていてもおかしくないのに、完全に無臭に整えられている儀式の場だ。
反対側からも、試合開始を察したリューとフーが飛んできている中。その全員を叩き潰すべく、最強格の守護者は単独でこの地に立つ。
「外国より侵入した戦士や、他国から介入してきた者。
さらには反逆の騎士ですか……あぁ、これは許されない。
決して許されてはいけませんよねぇ……?」
目の前にいるのは、アフィスティアとは違って神馬の加勢を拒絶した男。憤怒の守護者、円卓側についた反逆者――ラウンズトゥレイターとして"真紅の血鎧"の名を受けた者。
巡礼者のように質素な服装をしたオリギーだ。
「ガルルルルァッ!! 我らの世界を侵さんとする愚行!!
我らの王に反逆する害獣!! 憤怒の色を焚き付ける疫病神!!
オオ、奴らを赦してなるものかッ!! いざ、いざ!!
狼狩りの時間であるッ!!」
温厚な羊は、罪人達を目にしたことで再びキレる。
彼はアルゴラシオンという魔獣であるため、一度キレてしまえばもうどちらかが死ぬまでは止まらない。
あっという間に本来の獣型に戻ると、角を捻れさせながら体毛を頭部に集めて獅子の如く逆立てていった。
羊毛がなくなった手足はよりスラッと筋肉質に変わり、その姿は人型の羊を超えて悪魔のようだ。
リュー、フー、ヴァイカウンテス、バロン、ガノ、ヘズ。
多くの反逆者が集まっている前で、数多の家畜たちの怒りを背負った羊は猛り立つ。
恐れよ、人類。これが獣達の怒りである。
震えよ、人類。これが繁栄の報いである。
円卓争奪戦、第十一試合。序列9位を懸けた死闘の開幕だ。