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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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353-欲望に足る諸芸の達人

セタンタは体を上下に溶かされ倒れ、クロウ達共々ブラックハウンドの群れに囲まれる。消えた結界の代わりに茨が動くが、範囲が広がったのだから当然防御力は落ちていた。


急遽助けに入ったこともあり、精度も低めで守り切れるはずはない。アフィスティアの手足として操作される黒犬達は、触手のように茨の隙間を掻い潜ってしまう。


瀕死の仲間が1人に、なんの守りもない生身の状態、さらには周囲を埋め尽くすのは死を呼ぶ犬のデスマーチ。

文字通り、絶体絶命だ。


クイーンも流石に協調性を見せているものの、ほとんど効果などありはせず。クロウは必死の形相で剣を構えていた。


「くっそ、あの騎士も十分強かった!

ルーン魔術貫くとかどんだけだよ!?」

「それより、その荒くれ者さんの状態はどうですの!?」

「どう考えてもアウトだよ、戦えやしねぇ!

俺がどうにかするしか……」

「勝手に、殺すな……殺すぞ、ばぁか……」


黒い濁流はクロウ達をめがけて押し寄せ、彼はセタンタを背に庇いながら返事をする。だが、彼の予想とは違って、足元に転がっている男はギリギリ無事であるらしい。


下からは弱々しい声が聞こえ、犬を切り払っていた彼はややギョッとしたように目を向けた。


すると、目に入るのはやはり上下に真っ二つになり、切断部がドロドロに溶けて異臭を放つセタンタだ。

満身創痍ながらも意識を保つ彼に、クロウはわずかにホッとした様子で口を開く。


「なんだ、意識は、ハッキリ、してんだなっ!」


会話ができているとはいえ、現在は無数のブラックハウンド達に群がられている最中だ。依然としてセタンタは身動きが取れないため、その周囲を守らなければならない。


クイーンの茨も助けてくれてはいるものの、やはりメインは近くにいるクロウになる。駆け回るように動いて斬っている彼の言葉は、途切れ途切れだった。


「もしかして、ルーンですぐ、復活できるか?」

「俺は別に、回復を得意とする術師じゃねぇからな……

流石にこの傷は治せねぇ。けど、まだ動くぜ? 俺はよ」


回復できないとの言葉を受け、クロウは目に見えて落胆する。しかし、治せないのと動けないのはまた別のようだ。


かすれた声で威勢の良いことを言うセタンタは、少し離れた場所に落としていた杖を掴む。肉が引きずられることになるが、もうとっくにギリギリの状態なのだから気にしない。


治せないものは治せないと割り切って、それを垂らしながらルーンで風を起こして浮かび上がった。


「ぶっ殺してやる、クソが」

「おいおい、お前動くなってグロいぞ!?」

「そうですわよ!! この(わたくし)になんてものを見せやがるんですの!? これが現実の物語だとでも言いたいのかしら!?」

「いや……勝つんだろ? この試合によぉ。クロウだけじゃあ勝てない。猫も貧弱。俺様なしでどうするってんだぁ?」


杖を持つのに必要なのは上半身だ。溶け落ちている下半身など、空を飛べるならなくても問題はない。

セタンタは転がっている足を放置したまま、杖の周囲で回る石を砕いて魔術を使い、犬を殺していく。


真っ先に言ったセリフは治安が悪かったが、実際の行動は真逆だ。周囲の熱気とは裏腹に、脚を無視していつになく冷静な様子で意見を口にしている。


もちろん、表情は普段の何倍も凶暴で、自らを貫き溶かしたルーを視殺せんばかりの激しさだったが……

魔術師の側面を前面に出した言動は、誰よりも冷静だった。


「まぁ、そりゃそうだけどさ……

それで、結局作戦とかあんのか?」

「俺は全部ぶっ飛ばす。後のことはお前やれ」

「んな無茶な」

「ではその無茶を通すため、(わたくし)も絢爛豪華な晴れ姿をキング様に届けますわ♡ やっぱり心躍るのは血生臭い物語なんかじゃなくて、美しいファンタジーですもの♪」

「なんて?」


セタンタは冷静に状況を見ていた。

クイーンもいつの間に茨の砦から出てきたのか、隣に立ってすぐさま適応すると、ドレスを揺らしながら炎を花開かせていく。


ついていけないのは、魔人でありながらかなりまともな人間であるクロウだけだ。直後、血で濡れた杖からはいくつもの魔術が飛び出し黒犬を虐殺していき、心の準備ができていない彼は逃げ惑うことになる。


濁流は身近にも迫っていたため、驚いたでは済まない。

雷や炎、風、水、氷、光、植物などが吹き荒れ、スレスレのところを雷が掠った彼は驚いて叫ぶ。


「どうわぁぁッ、俺を巻き込むんじゃねぇよ!? ただでさえ槍の影響で熱いのに、さらに痺れたら終わるって!!」

「知らあぁぁぁん!! 後はてめぇ、勝手にしやがれ!!」

「ざっけんなコラァ!! って、待て待て……クイーン?

あんたは一体何をするつもりなんだ?」

(わたくし)の美しさ、ご覧くださいキング様ー!!」

「誰だキングー!?」


ここまで来ると、クイーンはもう人の話など聞かない。

クロウは膨れ上がる炎に目を剥くが、彼女は構わずその手の中から眩い輝きを世界へと示す。


"女王のファンタジー"


彼女の小さな胸の前から溢れ出すのは、彼女が自分で勝手に名乗っているだけなはずの、女王が如き威厳を感じさせる炎だ。一撃の威力ではもちろんウィリアムなどに劣るが、範囲や輝きは負けていない。


世界へ染み渡るように広がると、彼らを溶かし苛んでいた熱気を上書きして、じんわりと温めていく。

弾けながら濁流を押し返していくそれは、彼女が言っていた通りファンタジックだった。


ひたすら派手に、どこまでも豪華に、視界はすっかり炎の波に飲まれてしまっている。


荒れるセタンタのルーンに、綺麗な奔流を生むクイーンの炎。それらに押されて、アフィスティアも苦々しげだ。

彼女の圧力を受け、ルーは再度武器を取っている。


「眷属をやられたとあっては、不機嫌になるのも無理はなかろう。元来敵であるが、その怒りが我らに向いても困る。

済まないが、手は抜けないぞ若者達よ」


神槍を投げた彼が続いて握るのは、光熱の槍負けず劣らずな輝きを発している、雷の槍である。だが、動き出すのはまた別のもの。腰に差さったままであるはずの剣だ。


それは、円卓争奪戦の初日……序列1位を懸けて争った第一試合でも貸し出された魔剣。回答者、もしくは報復者を意味し、敵意を辿って敵を必ず穿つフラガラッハだった。


今敵意を浴びせているのは、ルーン魔術を撃ちまくっているセタンタと、闘技場に絢爛豪華な美を映すクイーンだろう。

ふわふわと浮かび上がった小振りの長剣は、ぼんやりと姿を霞ませながら順番に敵意を穿つべく動き出す。


"フラガラッハ"


ルーの拳に打たれたことをきっかけに、フラガラッハは高速で飛んでいく。闘技場ではルーン魔術や炎の波が荒ぶっているが、敵意がある限りそのすべてが的だ。


魔術の塊を穿ち、炎の奔流を斬り飛ばしている。

最終目標は、セタンタ及びクイーン。


しかし、ついさっきも彼が狙われて実際に上下真っ先に斬られてしまっているのだ。またも見逃すクロウではない。

彼は仲間達の前に出ると、青いオーラを纏って全力の敵意を放つ。


「チッ、俺達を狙ってんな神馬ルー。だが、もう仲間は誰もやらせねぇぞ! 俺は運が良いからな。

どんな必中も俺を狙い、そして運悪く外れるのさ!!」


青いオーラを纏ったことで、ただ運が良いだけの神秘ながら身体能力は十分だ。可視化されたダイスはどれもが6を出し、迸る閃光の中でフラガラッハは弾かれていく。


"ラッキーダイス"


一旦光が収まった後、フラガラッハは再びクロウ達の敵意に反応して飛び上がった。


どちらかが倒れるまで、もしくはソフィアのように体で無理にでも止めるまで、それは止まりはしないだろう。


だが、一度この攻撃を防いだ以上、もう報復の魔剣は大した問題になりはしない。一転して自信に満ちた表情になった彼は、ルーに向かって駆け出しながら声を上げる。


「んじゃ、作戦通り行くぞ!!

俺はルーを完封できる!! セタンタはアフィスティアを!!」

「なんだ、あの犬っころを越えるんじゃなかったのかよ?」

「ふん、目標を見失うくらいに固執するかっての。

俺達はこの試合に勝って、円卓を奪うんだよ」

「おーっほっほっほ、もちろんですわ〜!!」


駆け出したクロウには、やはり無数のブラックハウンド達が押し寄せる。しかし、一度作戦が決まり、迷いがなくなってしまえば一方的に負けることなどない。


それどころか、"幸運を掴む者(フォルトゥナ)"の力もあって優勢になっているくらいだ。ルーンは次々に濁流を消し飛ばし、炎の波で上書きしていく。


本来は避けられていたはずのものも、運良く他の個体に押し出される形で軌道に戻り、殺されていた。


「くっ、悪童や外国の子猫風情が、このあたしの眷属を!!」

「なーっはっはっは、ゲホッ……手数勝負で生物が勝てるかよ!! こっちは石砕くだけで打てるただの物だぜ!?」

「おーっほっほっほ、(わたくし)は強いのですわーっ!!」


お互いに圧倒的な物量で戦うアフィスティア達は、凶暴な目をギラつかせて叫びながらも、後方に。


手足として操る触手のような動きのブラックハウンド達と、杖一本から放たれる無数の魔術、両手の間から迸る炎の奔流を激突させている。


犬たちが散り、魔術が押し潰され、炎の波が弾き飛ばされる地獄のような世界の中で。青く輝くクロウは、すべてを受け流すような動きで舞うことで、雷光を纏う槍を携えた太陽神に迫っていた。





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