350-傲慢でも自由を
「ふぅ、これで残りは3人。厄介な敵ではありますが、協調性がないのであればそうそう問題には‥」
クリフが落下していき、ダグザは再び浮かんでいる2本の杖に手を添えて独り言ちる。その目は油断なく戦場を見据えており、その言葉は冷静に状況を分析していく。
だが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
途中で言葉を切った彼の目は、眼下の森から自らの体へ。
完全に心臓をくり抜かれ、空洞となってしまっている胸部を見つめている。
「は、い……!? なぜ、誰が、いつの間に……?」
状況を理解できない彼は必死に思考を巡らせるが、致命傷を受けているのだから、思考はみるみる愚鈍になっていた。
こんな状態では、決して答えには辿り着くことはない。
段々と目を虚ろにさせながら、そのまま前に倒れ込む。
その背後にいたのは、落ちてきたクリフを抱きとめ、その槍を回収して音もなく敵に肉薄していたクラローテだ。
彼女は真っ赤に染まった槍を片手に、流し目で落ち行く術師に視線を向ける。
「あはは、クリフちゃんを殺しちゃだめじゃん?
可愛い可愛いクラローテちゃんが悲しんじゃうよ?
うさぎは寂しがりなんだから、さ」
ポツリとつぶやいた彼女は、まだ地上にいるアーハンカールにトドメを任せ、視線をさらに横に向ける。
その先にいるのは、当然魔眼王バロール。一目でも見られたら、その時点で即死してしまいかねない強敵だ。
自分のペースを崩さない彼は、直前までの熱波で生まれた風に吹かれながらまるで動じずに立っていた。
ダグザが倒れたことでもう新たに森は創造されはしないが、いきなり崩れるということもない。
まだ形を保っていて逃げ場のない柱の上で、彼は突如として姿を現した獣人の少女に視線を向けていく。
「驚愕。あの男が倒れるとは、全くの予想外だ。
対応。だが、結局は見れば終わる。……!?」
虚ろなるバロルの真眼は、たしかにクラローテの姿を捉えた。一瞥することに、そんな時間がかかるはずもない。
いくら自分のペースで動いたとはいえ、逃げる余裕など与えることなく即死させられたはずである。
しかし、彼が見た。その瞬間にはもう少女は姿を消しており、彼女が立っていた足場だけが死んで崩れていく。
さらには、消えた直後にバロールの左腕には一撃が加えられていた。もちろん、巨人である彼と、獣の特徴があるだけの人である少女の間にあるのは、かなりの体格差だ。
決して致命傷になるようなものではない。
だが、見たはずの少女が次の瞬間には視界の反対側で攻撃を加えてきた。これはかなりの異常事態だと言える。
これには、流石のバロールも大きく目を見開き、全力で腕を振るう。
「ッ……!!」
「ざんね〜ん、またハズレ。森の狩人は素早く的確に。
キャ〜ットあなたを殺すのだ。飛び跳ねましょう、うさぎの如く。靭やかに狩りましょう、猫の如く」
"ラビットキャット"
またしてもバロールの魔の手を逃れたクラローテは、いつもよりも妖艶な雰囲気で言葉を紡ぐ。声の出処は謎だ。
前後左右、どこからでも声は聞こえてきて、どこを見ても姿は見えている。しかし、そのすべてが残像か何かだった。
空中でも構わず飛び跳ねているらしい彼女の分身は、見ても死なないため常に意識を持っていかれる。
ほんの少しでも見れば勝てるはずのバロールだったが、この状況では何もできずに惑わされるしかない。
大地を操った柱で押し潰そうとしても、本体以外は残像なのだから全くの無意味だ。
何度も槍で切り裂かれながら、キョロキョロと辺りを見回し続けていた。
「脅威。"湖上の花弁"に負けず劣らずな手数の多さと素早さ、同種の厄介さ。思考。この状況を打破するためには……」
クラローテの攻撃は手数が多く、彼らが立っていた高台は次第に崩壊を始める。しかし、たとえ足場が悪くなろうとも、空中を飛び跳ねる少女からの攻撃は一向に止むことがない。
対して、足場もなく落ちていくバロールは、やや回転しておりかなりキツい体勢だ。それでもなお、ぶつかってくる岩に紛れて襲い来る波状攻撃を捌こうとしていた。
三眼の巨人は硬い表皮に少しずつ傷をつけられ、血を滲ませているが、ブツブツとつぶやきながら機械的に駆動する。
魔眼を傷つけられることだけは避けようと、片腕で顔周りの防御、反対側で予想される他部位への攻撃の対処をし、その間に出した最終的な策は……
「結論。一度、囲む」
"アース・レクイエム"
自分を一度、完全に外界から遮断することだった。
ズドンと轟音を響かせながら着地した彼は、その勢いのまま大地を叩き、それらの指揮を執る。
地面は水面のように波打つと、当たり前のように自然な動きで空へ。バロールを中心にして湧き上がり、真上で結びつくと強固な防壁を生み出していく。
おまけに、それはさっきの高台のようにただ創造されただけではない。壁が厚いのはもちろんのこと、指揮者がいるので常に生物のように動いている。
たとえ一部を壊したとしても、すぐに他の場所からの補填で直ってしまうことだろう。さらには、外側には攻撃手段までもが搭載されていた。
脈動する大地の砦は意思があるかのように、敵のいる外では巨大な剣や槍に姿を変える。自動で直る防壁に、同じく不滅の巨大な武具。まさに鉄壁の城塞だ。
その中で態勢を整えようとするバロールは、槍で裂かれて血が滲む部位を揉んで消す。同時に、次の一手も打っていた。
「休息。一度落ち着かなければ。
思考。とはいえ、オレの切り札は変わらず魔眼。
攻勢。引きこもっていても勝ちはない」
外からの攻撃を防いでいる彼は、このまま攻勢にも出るべく城塞を操っていく。
元々空洞がある塔のようだった砦はさらに空へ。
再び距離を取って魔眼で視るべく、高台を作っていた。
もちろん、その間もクラローテ達への対処は怠っていない。
外側に展開している大地の剣なども操っているため、きっと激戦が繰り広げられていることだろう。
少しだけ守勢に入り、大勢を整えることに成功したバロールは、すぐに立ち上がると魔眼で戦うべく大地を操り高所へ……
"布都御魂剣"
「な、に……!?」
彼が高所へ向かおうとした瞬間、鉄壁の城塞は破壊される。
生物のように動いていることで直るはずの穴も、城塞すべてが壊れてしまえば意味をなさない。
空すらも焼き焦がす規模で放たれる雷の一撃は、灰を巻き上げながら、森や城塞など目の前の尽くを討ち滅ぼしていく。
強靭な肉体を持つバロールはまだ無事だが、地面からは離れていたことで空に打ち上げられていた。
「あっはは、ようやく主菜の番だね! 搦め手ばかりで待ちくたびれたけど、許してあげよう。いただきまーす」
「っ……否。オレは汝の姿を見た。
死は直に汝の元へと訪れよう」
"バロルの真眼"
空中に放り出されたバロールに襲いかかるのは、傲慢な捕食者であるアーハンカールだ。だが、傲慢なことに何の工夫もなく接近したことで、すぐさま魔眼で見られている。
世界最悪の即死の魔眼は、彼の小さな体を駆け巡って逃れられない死を刻みつけていく。しかし……
「コフッ……アッハハハ!! このおれがさぁ、即死なんてする訳がないじゃん? ダグザみたく嬲り殺してあげるよ!」
金髪を揺らす少年は、わずかにぐらりと体を傾けただけだ。
目や口から血を吹き出しながらも、瞬時に弱った肉体を立て直してなおもスピードを上げる。
「驚愕。強き神秘は、やはり規模が大きい。
推測。肉体のみであっても、山や空のように底なしか」
それを見たバロールも、すぐさま対応を変える。
魔眼を強めて周囲のものを殺すスピードを早めつつも、自ら迎撃しようとその巨大な拳を振り上げていた。
"純白の太陽"
だが、彼が戦っているのは当然アーハンカールだけではない。雷閃は城塞の破壊に動いていたため除くとしても、この場にはまだクラローテがいた。
やはりとんでもないスピードで接近していた彼女は、その手に握ったクリフの槍を太陽の如く輝かせ、振りかぶっていた彼の右腕を吹き飛ばしてしまう。
威力が足りていなかった攻撃も、長老達の太陽を借り受ければこの通りだ。アーハンカールの迎撃に使われるはずだったはずの腕は途中から消え去り宙を飛び、バロールは3つの目をすべて見開いて、苦しげに口を開く。
「ぐっ……!? 汝は、また唐突に……!!」
「百獣の王も狩りは協力するものだ。仲間に請われ、隠れた獲物を発見し、またまた登場お姉さん!
そう、文字通りのサポートキャーット!! ぴょんぴょん」
トドメはまた任せるつもりなのか、クラローテはそれ以上深追いしようとはしない。魔眼で見られていることもあって、いつも通りのおかしな言葉を残し、さっさと後退していく。
この場に残るのは、彼女から零れた血とやや甘い香り。
そして、仕方なく左腕を振り上げたバロールと、相変わらず狂気的な傲慢さで直進してくるアーハンカールだ。
"不知火流-雷火"
しかし、援護はまだ終わらない。
大規模な雷で城塞を破壊した雷閃も、今度は神がかった速度で構え直し、一撃を加えている。
時間がなくて威力は低めだが、雷の居合い切りは問題なく彼の左腕を弾く。右腕は吹き飛び、左腕は雷の一閃に弾かれて無防備。バロールはもはやサンドバッグにしかならない程に、あまりにも隙だらけだった。
全身を真っ赤に染めるアーハンカールは、援護を侮辱と捉えることも、隙を狙うのを恥だと捉えることもない。
渾身の一撃を加えていく。
"万物を我が糧に"
「アッハハハ!! 餌は餌らしく、おれに食われときなよ!!」
「観念。オレの負けだな、席は汝に譲ろう」
傲慢が定めるのは、すべてのものを餌と定義する概念。
この一時だけとは言え、すっかり上下関係が決められた彼らは、ただの餌と捕食者だ。
"クシャナガントレット"
殴り殴り殴り殴り……延々と続く、豪雨のような乱打が巨大なバロールに炸裂する。餌であるという、絶対的なデバフをつけられた彼に防ぐ術などない。
好き放題殴られ続けたことで、最終的に腕はひしゃげ、胴体は抉れ、顔は潰れてしまっていた。
その場に残るのは、自らの血どころか巨人からの返り血まで浴びて、すっかり赤一色になったアーハンカールだ。
これにて試合は決着がつく。
勝者、アーハンカール。及びクラローテと雷閃。
捨てていた席が多く、不利だと思われていた3日目であったが……第4席は、反逆者サイドの手に落ちた。