349-安定のために停滞を
森は延々と生まれ続け、的確にクリフ達の道を阻んでいる。
あまりにも自由度が高いことから、その様はさながら、周りのものすべてが生物であるかのようだった。
駆け出せば目の前には木がそびえ立ち、かと言って立ち止まれば押し潰すように岩が転がってくる。
川は時に空中にすら流れを拡大させており、暴走している生命達も含めて、逃げ場などどこにもない。
おまけに、そもそも闘技場にいる時点ですべてのものは石化し、崩れていくという地獄っぷりだ。
これを止めるためには、空に伸びた高台の上から見下ろしている、ダグザとバロールを倒さなければいけないのだが……
もちろん、クリフ達にできることなどほとんどない。
アーハンカールやクラローテですら、道を塞ぐものを粉砕しながら逃げ惑っていた。それでもなお、傲慢さや猪突猛進さで向かっていく2人に代わり、クリフは頭を悩ませている。
「くっ、この物量じゃどうしょうもねぇ!!
頭おかしいだろ、何だよあの魔術師は!?」
「獣が生み出されているから、食事には困らないのが救いだなぁ。巨人とか久しぶりに食ったよ。この味は褒めてやる」
「死地でこそ獣は輝く。猛り、貪り、爪牙を研ぎ澄ますのさ〜。いざ、イーティングキャ〜ット♪」
「てめぇらには緊張感ってもんがねぇのか!?」
この試合に臨むのは4人だが、そのスタンスはちょうど2-2だ。クリフは難しい表情で逃げ惑い、雷閃はほのぼのとした様子で襲い来る森を捌く。
アーハンカールは自ら生まれ出る世界に飛び込んで粉砕し、クラローテは楽してそのおこぼれにありつくといった様相である。
当然、絶え間なく創り出される世界はバロールの魔眼によりそう時間の経たないうちに崩れ去るので、無理に生命や木々を攻撃する必要はない。
そのため、かなり振り回され体質である彼は、慣れた雰囲気で2人にツッコミを入れていた。
とはいえ、立ち塞がっていることに間違いはないので、倒すことも必要といえば必要だ。ほぼ初対面で責められた少年は、ケラケラ笑いながらそれに応じている。
「あっはは、危機感? 誰に物を言ってるんだい?
おれを危険に曝すものなんて、この場にはないけど?」
「山には山の、川には川の危険あり。
危険がなければそこは箱庭! 危険であるからこそ、獣達は自由を謳歌するのだ!! いざ、フライングキャーット!!」
「黙れ、傲慢で自由な奴らめ!! このままじゃ消耗して負けるだけだろうが!! もっとちゃんと考えてくれよ!?」
周りを見下して笑うアーハンカールは、そこら辺を飛び回りながら森を砕く。魔眼の範囲は視界に入ったものすべてなので、時折腕などが固まっているのだが……
それでもなお、傲慢さは崩れない。アクロバティックに回転しつつ、流れ作業のようにドラゴンやら木々やらを引き裂いていた。
彼よりはクリフに身近なクラローテも、むしろこの危険さを楽しんでいる様子だ。アーハンカールよりもわかりやすく、純粋に喜びが見える笑顔を浮かべて駆け回っている。
しかも、身近で慣れ親しんでいる関係性だからこそなお質が悪い。食べ歩きのように、片手間で森を潰してつまんでいる彼女は、時折クリフにすら攻撃を仕掛けていた。
それも、彼が恐慌状態に陥っている生命体に襲われていてもお構いなしだ。こんな状況でも変わらず、気まぐれに、遊びのように、その場の勢いだけで本気で襲いかかっている。
脈絡もなく戦いごっこに巻き込まれるクリフは、幼馴染みであるはずのナチュラル狂人にも脅かされながら、必死で逃げ回って唯一まともそうな雷閃に助けを求めていく。
「なぁあんた! あんたは何か策ないのか?
このままじゃ負けるぞ!? 第4席も取られたら、もう……」
「ちなみに、今の戦況はどんな感じなのかなぁ?」
「それはだな……ん? 俺ずっと他のとこ行ってたから合ってるかわからんけど、たしか3勝5敗で残り5戦だっけか。
ほとんど勝たないといけねーのに、勝てるか怪しい戦いしかないんだとさ。もう1つも落とせねーんだよ」
「ふーん、それは大変だねぇ」
「あんたも参戦してんだからな!? 何か手を抜いてるみてーだけど、他人事じゃ済まさねーよ!?」
雷閃は他2人ほど好戦的ではない。しかし、その代わりかなり呑気な性格だった。いつの間にか審判の間に現れ、その流れでこの場に来ただけであることもあって、のんびりと返事をして盛大にツッコまれている。
この場にまともな人はろくにおらず、緊張感を持っているのはクリフだけだ。とはいえ、雷閃には他2人とは違って協調性までない訳では無い。
相当困っていること自体は察しているため、涼しい顔をしたままながらジッと高所の敵を見据えていた。
「うーん……実は僕、今ケガしていてね。あまり激しい運動はできないんだ。ただまぁー、たしかに参戦したからにはどうにかしないとかな。道を開くくらいのことはするよ?」
「よし、じゃあそれを取っ掛かりに攻略しよう!
優先すべきは?」
「……バロール、なんだろうけど」
「まぁ、あのデカブツを速攻で倒すのは無理だろうな。
片方ずつ倒さなきゃ活路を開けなくて、どちらを選ぶかとなればやっぱりダグザか」
「うん。だから僕は、あの魔術師までの道を切り開く」
「俺は飛べるし、あれを倒して次は魔眼王だ!!
もう十分灰とかは溜まったし、熱で舞わせて紛れて決めるぞ!! んで、話くらいは聞いてただろうなぁ、バカ共!?」
真面目に話し合いが行われれば、雷閃とクリフならばすぐに案は出てくる。作戦は速やかに立てられ、怒鳴られた問題児達は驚いて反射で殴りかかっていた。
「え、なになに? もしかして、おれにあいつら倒せないとでも思ってる? それは傲慢が過ぎる……え、違う?
よくわからないけど、何かしたいならお好きにどうぞー」
「獅子すらも狩りの時に策は立てる。ならば迷うことはない。牛たちの反撃だ! フライングキャーッツ!! がおぅ。
よくわからないが、獣たちはハイエナの如く隙を窺っていたみたいね。ゴロニャーゴ」
案の定、どちらもまともに話は聞いていない。だが、少なくともこれから何かをするという情報の伝達はできた。
クリフと雷閃は彼女達の言葉を聞くと、顔を見合わせてから石化した木々の間から厄介なコンビを見据える。
「僕は八咫の将軍、嵯峨雷閃。この身は他国の者なれど、人々を守るという在り方は変わらない。
師匠から受け継いだこの意志を、役目を、貫く!!」
"不知火流-炎突"
雷閃が繰り出したのは、己の信念を体現したかのような一撃だ。以前獅童より継承された炎は、突き出された刀に纏わりつく神炎となって、真っ直ぐに森と灰を突き破っていく。
ただし、今回は道を作るという意味合いが強い。
炎は刀を中心にして旋回すると、いつものように凝縮された一撃にはならずにわずかに広がりを見せる。
彼らの目の前にあったのは、炎のトンネルと化して飛翔していく渦だった。それを見たクリフは、間髪入れずに翼を広げるとその中に飛び込んでいく。槍は炎のトンネルからの助力も受け、太陽の如く眩い輝きを放っていた。
「今一度力を借りるぜ、長老の方々! 我らアストランの民!! 神の示す日時計は、今この瞬間人民の側に!!
一族の長を預かる者として、友の道を切り開かん!!」
"純白の太陽"
バロールの魔眼に、ダグザの生と死や破壊と再生。
それらの影響は炎のトンネルによって防がれ、彼は真っ直ぐ魔術師の前まで飛翔した。
繰り出されるのは、太陽の槍。
ありとあらゆる物を溶かす大自然のエネルギーは、容赦なく執事の体に襲い掛かり……
"ダーナ・ブリオングロード"
霞のように、彼の姿を消してしまう。
「は!?」
もちろんこれは、想定外。
直撃したとあれば、消える前に燃えるはずだった。だというのに、ダグザは槍が触れるか触れないかといった時点で既に消えている。
そもそも今回、クリフはまともな手応えを感じていない。
つまるところ、ドルイドの統括はこの一撃を回避していたということであり……
"三絃の竪琴"
羽ばたくクリフの背後には、いつの間にか金の竪琴を持ったダグザの姿があった。それも、ただ移動しただけではない。
2本の杖を浮かべたままの彼は、涼しい顔で竪琴を演奏している。音色を聞いたクリフは、直後には臨戦態勢でありながらウトウトと瞼を閉じかけていた。
「緊迫感は転じて緩みに。お眠りなさい、獣王よ。
そして、この死を見るがいい、魔眼王。
敵は、既に無力化されているぞ」
「是。貴公の助力に感謝し、役目を全うするとしよう。
……魔眼、限定解除。最終段階を解放。魔眼、完全解放」
"バロルの真眼"
ダグザの要請に応じて、バロールは眼帯を引き千切る。
露わになった額にあったのは、普通の人間にはない3つ目の瞳。
単眼は赤く、双眼は白く輝いているのだが、3つ目であるその真眼には何も見えない。ダグザが生み出していた破壊の虚空のように、黒々とした虚空が映し出されていた。
そして、その視界に入ったものは、燃え上がることも石化することもなく、活動を停止していく。
尽きることなく創造されている木々も、獣も、灰や川すらも。視界に入る一切はその瞬間に活動を終えていた。
唯一の例外は、ルーンの結界で身を守っているというダグザのみだ。屈強な獣人であり、第一の魔眼を耐え切った族長のクリフですら、その死からは逃れられない。
半分眠りながらも羽ばたいていた翼は止まり、目は完全に閉じられる。太陽に負けず劣らずな輝きをまとっていた槍も、すっかり元に戻ってただの槍だ。
動かぬ人となったクリフは、ダグザの杖に押し出されるように落下を始め、手放した槍と共に森へと消えた。