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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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344-攻略、暴食の間

怠惰の間でオクニリアを撃破した俺達は、ククルの風に吹き飛ばされた仲間を集めてから最後の試練に望む。


ロロ、ヘズ、セタンタ、ガノと、半数以上がどっかに行ってしまったので、それなりに時間がかかってしまったが……

そこはやはり、ヘズの探知能力と雷閃やククルといった機動力が高い者達の力を借りることで、すぐに集められた。


同じ土俵に上がらないので、吹き飛ばされたことで起こった喧嘩もそう酷くはならない。速やかに移動を開始し、俺達は他よりも広く何も無い試練の間にやって来ている。


「……なぁ。そういえば、ここはたしか初めてだったよな?」


ティタンジェル付近にある暴食の間の入り口の前に立った俺は、明らかに他とは違う地下空間につい言葉をこぼす。

目の前にあるのは、当然審判の間を出るためにクリアしなければならない試練の間だった。


だが、その風景は他とは一線を画している。

他の場所が、不気味であるとはいえちゃんと森だったのに、ここは木が根こそぎ引っこ抜かれたような様相なのだ。


アフィスティアの支配していたらしい強欲の間も、死の森の地下にあるというだけあって朽ちていたけど……

ここは太古の森――ミョル=ヴィドの地下にあるのに何も無い。


おまけに、蟻の巣のように張り巡らされた通路の末端に付いている入り口も、他と比べると異常なくらい大きかった。


あの鯨を知っている身からすると、まぁ納得はできる。

けど、スライムが守護者である色欲の間ですら、湿っているだけでちゃんと森だったのにな。


それに、多分地上のミョル=ヴィドも地下の審判の間も、このアヴァロンにある以上女王エリザベスによって壊れても修復されるはずだ。なのにこの有り様なんだから、あの鯨やっぱヤバい。


「そうですねぇ、あなたは既に死の森で出会っていると思いまして。一度会った相手を見に行く必要はないでしょう?」

「おいおい……てめぇまさか、死の森で2人も守護者乗り越えてミョル=ヴィドに入ってきてたのか? 先言えよ」

「死の森付近で出会ったろ……って、ヤーマルギーアはあの森のじゃねぇし、言わなきゃわかんねぇか。うん、会った」

「遅ぇ」


セタンタが食ってかかってきたのはいいとして、問題は試練をどうクリアするかだ。フェイに聞いたのなら、別にガノが俺達の侵入したルートを知ってるのもどうでもいい。


待ち構えている環境も含めて知りたかったところではあるが……まぁ、今更だし仕方ない。


嫉妬、色欲、怠惰と比べて、環境からして明らかにヤバい敵がこの奥にはいる。傲慢、憤怒ともまた違って、支配も放棄して飲み込むようなヤバい奴が。


それだけが確かだった。集中して、本気で挑まないとな。

俺は気を引き締めて仲間達に声をかける。


「まぁ、やることは変わらない。ここがラストの試練だ。

気張っていくぞ!」

「おう!!」

「了解した」

「りょうか〜い」


口々に叫ぶ野郎どもの声を背に、暴食の間に入って行く。

すると、予想以上の威圧感を叩きつけてきたのは……


「ブオオオオオ……!!」


入り口の巨大さから想定していたよりも、遥かに広くて何も無い地下空間。そして、荒れ地となったその中を傍若無人に飛び回っている巨大な鯨だ。


山よりも大きく、海音のような強者の一撃を含めてすべてを食べるという概念を持った獣は、以前と変わらず圧倒的な圧を感じさせている。


それを見た……というより聞いたヘズは、同じ空間内に入ったことで音圧が増したのか、耳を塞いで顔をしかめていた。


「っ……何という音だ。どうかしている」

「大丈夫か?」

「あぁ、死にはしないからな。ただ、この中ではほぼ無力だと思ってくれ。音にむらがありすぎる」

「じゃあ、雷閃も護衛的な感じでよろしく」

「おっけぃ、任せといて〜」


音圧のせいで状況把握すらも難しいヘズ、ルキウスによって見えない傷跡を刻まれている雷閃、それから非戦闘員のロロを残して、俺達は前に進み出る。


戦闘準備は万端。それを察したのか、地下空間を飲み食らう巨大な鯨――ヤーマルギーアは、ひときわ大きく吠えながら顔をこちらに向けていた。


雷閃の助力がないのはキツいけど、その分アーハンカールとククルが加わってくれてるから、何とかなるはずだ。

山のような巨大さで、多分タフで、正面からならどんな攻撃でも食べてしまうような怪物でも……きっと。


「よし、頼むぞアーハンカール、ククル。

こんな化け物に運なんて関係ねぇから、俺は基本無力だ」

「あははっ、随分と潔いねぇ。まぁ、こういうタイプだったらおれも得意だし、美味そうだし、異論はないケド」

「僕もオッケーだよ。そのために来たからね。それに何よりさ……こんなでっかいのと戦うのは、とても楽しそうだ!」

「おいてめぇら、何勝手に話進めてやがるんだ!?

この俺様を忘れてねぇか!? 殺すぞ!!」

「良い、実に良いですねぇ……驕り、楽しみ、怒って存分に隙を晒しなさい。クククッ、どんな表情が見れるのやら」

「テメェは裏切る算段を立ててんじゃねぇ!! 死ねや!!」


問題児2人は喧嘩を始めるが、あれは戦いが始まれば絶対勝手に乱入してくるタイプだ。気にする必要はない。


指示とサポートくらいしかできない俺は、セタンタ達を無視して指揮を取り、アーハンカール達と一緒に走った。


常に何かしらを吸い込んでいるヤーマルギーアは、地面を飲みながら真っ直ぐ飛んできているけど……

雷閃達は既に退避しているし、セタンタ達ならむしろ戦闘に参加させやすくなるからありがたいくらいだ。


これは、敵の動きなど関係なく、力尽くで自分を押し付ける戦いである。ククルは空から、アーハンカールは地上から、それぞれあの鯨を落とせるように動かしていく。


「俺の仲間が言うには、正面から倒すのは不可能らしい。

同僚的に見て、その見立てはあってるか?」

「ん、そうだねー。どんなにタフでも、中には入れば無事では済まない。翻弄して横からが正しいぜ」

「ククル、風で落とせるか?」

「お茶の子さいさいさ」

「じゃあ、ククルはあれを落とすの頼む。

アーハンカールは、自由にやらせんのが1番だろ?

俺が気を引いてるから、やれ!」

「おっけー」


傲慢か、愉悦か。その違いはあれど、この少年2人はどちらも心底楽しそうに笑っている。ちょっと怖いが、頼もしい限りだ。


俺は飛び出していく2人を安心して見送りながら、背後の問題児達に突っ込んでいったヤーマルギーアに視線を移す。

巨鯨は逞しい。すれ違ってからは側面を守るように飛び跳ねており、獲物へは上空から落石のように噛みついていた。


ずっと喧嘩をしていて気が付いてなければ、あの2人は恐らく丸飲みだ。しかし、どうやらその心配はないらしい。


鯨の口は完全には地面にくっついておらず、隙間がある。

おまけにその隙間からは、迸る赤い閃光と炎や風、雷などのルーン魔術が漏れ出していた。


余裕はないかもしれないが、少なくとも今すぐ死ぬことはなさそうだ。もちろん、放っておけば確実に飲み込まれるだろうけど……というか、もしかして落とす必要もなくなったか?


多分、急な方向転換をするより楽だから、俺達がすれ違ってからはあいつらを狙ったんだろうけど……

すぐに仕留められなかったことで、飛び回ることができなくなっている。


「おーい、アーハンカール。今、倒せるんじゃ‥」

「……!! ブオオオオオ……!!」

「ぐおっ、あちぃっ……」


敵に隙が生まれたことを確認し、俺はすぐにアーハンカールの名前を呼ぶ。しかし、流石にそう上手くはいかない。


さっきまで愚直に飲み込もうとしていたヤーマルギーアは、瞬時に危機を察知したのか、凄まじい量の空気を吐き出してのたうち回り始めた。


ずっと堪えていた2人は風圧に潰れ、その隙をついた鯨は横向きに逸れて、地面を食い破りながら空に舞い上がる。

アーハンカールの名前を聞いただけでこの反応……恐らくは彼とも面識があるはずなので、かなり警戒されているようだ。


ヴォーティガーンすらも餌と認識していたくらいだし、その気持ちは痛いくらいにわかるな。


「ごめん、やっぱ無理だった。俺が……穿つ!」


セタンタ達から離れた後も、ヤーマルギーアはその巨大な体に見合った大暴れを見せていた。極力前からアーハンカールやククルに牙を剥き、壁や地面を砕き飲む。


参戦した2人も薙ぎ倒し、威圧的な咆哮で周囲を征する。

自らの担当する地下空間――暴食の間すらも、穴だらけにして崩壊させているくらいの大暴れだ。


とはいえ、メインで戦っているのはククルやアーハンカールなので、俺に被害はない。少しだけ落石に注意して、最高のタイミングを計ればいいだけだった。


ローズに作ってもらった弓を片手に、俺は待つ。

敵は遠く、今の標的はアーハンカール。

強さを知っているだけあって、ヘイトはかなり高い。


ククルは彼らと俺との中間辺り。今こちらにヘイトを向けられれば、かなりいい一撃をお見舞いしてくれそうだ。


「おーい、セタンタ! 目を、こっち向きに!!」

「だーっはっはっは、任せとけ!!

吹っ飛ばせ、デル・フリス!!」


俺の声を聞いたセタンタは、杖を構えてルーンを放つ。

周囲にいくつも舞っている輝かしい石を砕き、光や炎、水、風、雷、岩といった無数の魔術の嵐を吹き荒れさせる。


位置はヤーマルギーアの反対側。こちらの会話も聞いている様子の鯨なので、こっちと聞けば人がいる方とは逆を向く可能性の方が高いはずだから……


「ブオオオオオ……!?」

「俺が放つは、何の変哲もないただの弓矢。

ただし、絶対に狙い通りに的を穿つ、必中の矢だぜ」


"災いを穿つ茨弓(ボルソルン)"


"必中の矢(ゴヴニュ)"


予想通り、ヤーマルギーアは俺がいる方を向く。

逃げ場はもう、与えない。


淡く輝く弓から力は込められ、ただの弓矢は流星のような光を纏って巨鯨の目へと炸裂した。


「ブオオオオオ……!!」


攻撃が通る側面の中でも、特に弱い眼球にまともなダメージが与えられ、ヘイトは俺へと向いた。ヤーマルギーアは地面を砕き飲みながら突き進み、俺を丸飲みにしようとする。


山のように巨大な姿もさることながら、その巨大な口に地面が飲み込まれていく様というのは、本当に恐ろしい。

けど、俺達の間にはククルがいるのだから……


"天槍カスティーヨ"


「ブオオオオオ……!?」


空からは、鯨と同じように空気を引き裂き、地面を引き千切る嵐の槍が繰り出された。それも、まったく遠慮のない全力に近そうな一撃だ。


巨大な分割合は少なくなるが、ヤーマルギーアの体には確かな風穴が空き、その勢いで地面に縫い付けられるように叩き落とされる。


おまけにその余波は、相変わらず俺達全員にもたらされた。

鯨を中心に、全ての風は一度弾き飛ばされ、その後再度引き寄せられていく。


周囲に森などとっくにないが、岩石はどんな巨大なものでも飛んでいく凄まじさだ。もはや災害に近いその威力は、まさに大自然の力そのもの。


俺は巻き込まれたらただでは済まないので、必死に堪えることになる。だが、アーハンカールやセタンタなどは、むしろ嬉々として渦中に飛び込んでいった。


「あっははは、でかい肉の塊殴るのって爽快だなー!

しかも、これが殴れば殴るほど後で柔らかくなって、美味しくなるってんだから、一石二鳥ってもんだよ。さいこー!」

「だーっはっはっは!! 死ね、死ね死ね死ね!!」

「クククッ、血を吸わせろやデカブツがぁ!!」


落ちるや否や、ヤーマルギーアは治安の悪いやつらによって袋叩きにされてしまう。その光景は、巨大な鯨が相手でも憐れに思ってしまうほどだったけど……


ともあれ、暴食の守護者の撃破は完了だ。

ほぼ崩落している地下空間には、いつもの通りクリアを示すモニュメントが顔を覗かせていた。



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