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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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341-善には善の報いあれ

戦端が開かれ、本日ラストを飾る試合は動き始める。

実力者のほとんどが集ったコロシアムの周囲で、神秘的ながらどこか不気味に感じられる森がざわめく中。


ビアンカとヘンリーは、舐め回すようにまとわりついてくる風に気を取られて、視線を空に向けていた。

その隙を見逃すことなく、ラークとシャーロットは獲物めがけて飛び出していく。


「ラークさんと、ビアンカちゃん。あんまり戦っているところを覚えてないけど……お姉さんはパワーだけなのかな?

じゃあ、経験含めてあなたの方が手強いね!」


彼女が真っ先に向かおうとしていたのは、普段からメイドの仕事ばかりをしていて、あまり戦いをしないビアンカだ。


しかし、同時に動き出したラークを見ると、目標は変更される。弟がまだ止まっていることもあり、若干の修正を加えて突撃していく。


そのスピードは風のように。構える槍の先端で、空気を左右に切り開かいて谷を作りながら接近していた。


(おのれ)(うぬ)らの実力を大体知っている。

バフや加護の力、見た目には地味なもの。さりとて決して油断はせぬ。(おのれ)の持ちうるすべてを使うとも」


疾風の如き少女騎士に対して、薄汚れた鎧の老騎士はその場に佇んだまま暗い声色で言葉を紡ぐ。

痩せこけており、暗殺者らしく素早い動きはお手の物のはずだが、元気は若者の専売特許。


常に走り回っているような彼女に付き合い、スピード勝負をするつもりなどないようだ。

やはり汚れている剣を構えると、ボソボソとした声で静かにパートナーの名前を呼んでいる。


「ミディール」


今まで戦っていた円卓の騎士のことを踏まえれば、その意味は力を借り受けることになるだろう。

ソフィアが癒やしを受けたように、ウィリアムが様々な武具を借りたように。


メイドの少し前で風に揺られている、亡霊の如き汚らしさの老騎士は、きっとパートナーから何かしらの力を借りるのだと思われた。


だが、実際に行われたのはそれよりもさらに手厚い援護だ。

彼の目の前には、黒い水たまりのような影が生まれる。

ゆらりゆらりと揺蕩い、少しずつ広がっていく、出入り口のような穴が。


あからさまな影からは当然馬の顔が顔を出し、シャーロットが肉薄する前に彼らは騎兵になってしまう。


「「(おのれ)は現円卓の最下位、序列11位。

力不足は自覚している。故に、人馬一体にて使命を果たす」

「へへ、小生も大部分の同胞と同じく、特別な品など持っておりませんのでね。直接手を貸させて頂きますよっと」

「関係ないよっ、あたしは悪を挫くだけ!」


ラークは影の如き黒馬に乗り、待ち構えているが、それでも少女は止まらない。空気を切り裂いて谷を作りながら、バカ正直に彼らの前に。赤い槍を輝かせながら、飛び上がった。


「殺すために殺す(おのれ)は、なるほど罪人であろう。

しかし、必要なことだ。食事のために命を奪うことと、どこに違いがあろう。「(おのれ)は決して恥はしない」

「へへ、そういうことなんで、小生らはその裁きを否定しますぜ。こちらの正義で、卿らを裁かせていただきやす」


"エーディンの影溜まり"


赤槍は煌めき、確実に薄汚れた騎馬を貫いた。

しかし、その本体を捉えることは叶わず、彼女は溶けるように消えた影を突き抜け着地する。


その先にいるのは、この試合でもう1人の敵であるビアンカだ。辺りにいくつもの影溜まりが浮かび上がってくる中で、彼女は驚きながらも流れるような動きで拳を握る。


「申し訳ございません、今回はタッグマッチですので」

「っ……!!」


危なっかしいから武器を持ってはいけない。

その評価は、何も実際に武器を持ったから下されたものではない。


ビアンカという少女は、包丁やガラス瓶どころか、洋服などを持ったときですら危なっかしいからこそ、一度も武器を持たせられることなく下されたのだ。


何を持っていても危なっかしい……それすなわち、素手ですら危なっかしいということである。

小さく綺麗な拳を握ったメイドは、任務を遂行しようと勝利を目指し、目の前に現れた影溜まりに足を取られてコケた。


「きゃー!?」

「……へ?」


素手でありながら、彼女の実力は相当に高い。

倒れた時に体を支えようと前に出しただけで、その拳は地面を砕いてまん丸なクレーターを生み出す。


しかし、この事実がもたらすのは強いという事実と、それなのに攻撃されなかったという不可思議な事態くらいだ。

身構えていたシャーロットは毒気を抜かれ、思わずポカーンとしながら少女を見つめている。


「危ないっ、姉さん!」

「うわっ……!?」


コケて突っ伏しているビアンカはもちろんのこと、ぼんやりとしていたシャーロットも隙だらけだ。

いつの間にか背後の影溜まりからは騎馬が現れ、その背中を狙っているが、すぐには反応できない。


弟の声によってようやく気が付くと、かなり無茶な体勢で槍を構えて防御態勢を取っていた。


「死地での油断は死に直結する。弱い(おのれ)らは、もちろん油断を見過ごしはしないとも。反逆者に報いあれ」

「騎士としてはそうでも、暗殺者としては一級でじゃん!?」


辛うじて剣を受けることに成功したシャーロットは、軽く手を斬られながら騎馬の勢いで吹き飛ばされていく。

徒であるため、不利であることは明らかだ。


何とか影を避けるように着地しているが、再び影の中に消えた騎馬にはまったく対処できていない。


仮に騎馬であるだけならば、もしくは影だけで徒であったのならば、まだやり様はあっただろう。しかしこのままでは、延々と弄ばれること間違いなしだった。


「ごめんなさい姉さん、少し他に気が逸れてました」

「ううん、全然だいじょーぶ!

むしろ離れてたお陰で助かったからね、ありがとうだよ!」


既に立ち上がってはいるものの、動こうとする度に影に足を取られて倒れ込むメイドを尻目に、姉弟は立つ。

駆けつけたヘンリーは、姉の背を守るように剣を構えていた。


「敵は、常に影より忍び寄る」

「小生らは、それを好きで守護する王の影でさぁ」

「騎士でなくともいい」

「むしろ自由な今が好きでして」

「たとえ使い捨ての刺客に落ちようとも。

(おのれ)は女王様への忠義を尽くすのみ」

「その分、結果は出さんといけないんすわぁ」


影に紛れている騎馬は、絶え間なく襲い来る。

シャーロットの前から来たと思えば、一呼吸置く間もなく既に横からやってくる。


であれば次は反対側から来ると思いきや、続く一撃は背後――ヘンリーの前からだったりと脈絡もない。

タイミングも方向も、地面を覆い尽くしている影の中からなので無茶苦茶だ。


とはいえ、まったく為すすべがないという訳でもなかった。

しばらく影の騎馬をいなしていた若年騎士達は、やがて視線をぶつけ合うだけで意思疎通をして動き出す。


「経験は十分に積みました! 神より賜った信託の下、貴公を倒します。お願い、アリアンロッド」


"オラクリオン"


剣を構えながら叫ぶと、彼の全身を輝かしい金色のオーラが包み込む。剣も体もはっきりと見えているのに、どこか朧気に感じられる不思議な気配。


それは約束された未来の勝利を目指して動く、全自動の戦闘モードだ。もちろん、運の絡む余地がないと無意味なクロウと同じように、この状況に追加要素があれば効きはしない。


だが、周りの誰も手を出さない試合中である現在。

ビアンカが1人で勝手にコケている以上、彼の勝利はほとんど確定したといってよかった。


"銀円の車輪"


追い打ちをかけるように、彼のパートナーからは援護が行われる。とはいえ、ラークのように直接手を借りはしない。

目の前に現れたのは、他の円卓が試合中に借りていたように武具――白銀のチャリオットだ。


「騎馬には戦車で対抗します。いつまでも隠れていられると思わないでくださいね」

「……」


ヘンリーの合図によって、白銀のチャリオットは空を飛び、影から飛び出してくる騎兵と何度もぶつかり合う。

スピードは負けていない。かすかに神秘的な霧っぽいものを吐き出しながら、少しずつ影を覆っていた。


「ちょちょ、これはマズいんじゃねぇですかい?」

(おのれ)らは、責務を全うするのみ」

「ひぇ〜、つまりは対抗策はねぇってことじゃないの!?

くぅ……ならば、せめて最後に足掻いてやりますよっと!!」


"アイリッシュ・エーディン"


段々と数を減らしていた影だったが、ミディールが声を上げると再び広がり、中からは無数の武器が出てくる。

水飛沫が舞っている世界には、より確かな雨として剣が上空に吹き上げていた。


"クールシューズ"


おまけに、ラークも言葉とは裏腹にまだ諦めてはいないようだ。薄汚れた剣を構えると、何度もぶつけ合うヘンリーに対して赤々とした剣戟をお見舞いする。


「怒りの剣、堪能したかねヘンリー卿」

「くふっ……たしかに受け取りました。でも、勝ちます!」


本来ならば、攻撃がすり抜けるのは未来に従って動いているヘンリーの方だ。しかし、今回は逆に彼が防御不能の一撃を受け、腹部に大きな染みを作っている。


それでも、自動で動く体は動きを止めず、影にまとわりつかれたような騎馬は地上に叩き落された。

勢いよくぶつけられた地面は土煙を起こし、視界を隠す。


影が完全には消えていないこともあって、はっきりと周囲の様子は見通せない。唯一わかるのは、それらすべてを吹き飛ばすかのような閃光だ。


「くっ……こちらも2人だったが、騎兵の絆は血には勝てないか。とはいえ、元より勝敗は決まっていたことだ。

(おのれ)らは潔く反逆者の手にかかろう」

「あたしもこれが善いことかはわからないけど、誰もひどく悪いことだってしていないんだ。だから……聖槍、抜錨」


影から飛び出す剣を無視し、静かに言葉を紡ぐシャーロットは、赤い槍を地面に突き立て力強く目を開く。

すると、槍の赤は花が開くように解れていき、中からは血液が滴るような筋のみ遺した白槍が現れた。


「善き人が、不当に傷つけられることはない。

善人に癒やしを、悪人には裁きを。其は、天より降り立った神の御槍。聖杯と共に抱かれる運命の槍」


"ロンギヌスの槍"


コロシアム中に迸る光をその手に、シャーロットは駆ける。

死にまみれた影を塗り潰し、そこより出でる武具を弾き飛ばし、王のためにと血まみれになった騎士の元へと。罪を清算する輝きは、約束された未来の通り彼らに炸裂した。


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