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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
376/432

338-第六試合、序列5位

"野生解放(リベラシオン)-エアレー"


試合が始まるや否や、劣っていることを理解しているジャルは、すぐさま自らが内包する野生の本能を解放する。


頭部に2本の立派な角が生え、全身は獣らしく毛皮に覆われていく。足も蹄に変わっており、引き締まった筋肉は足場さえあればどんな悪路でも軽く乗り越えていきそうだ。


槍を構える顔の細いエアレーの戦士は、眼鏡を外した状態ながらも真っ直ぐ立派な体躯を持つ女騎士を射抜いていた。


「待たせたな、テオドーラ。俺はお前の能力にも捉えられるつもりはない。遠慮なく打ち込んでくるといい」

「解放前でも避けてたのに、よく言いますね。

僕も手加減するつもりはないですよ。

せいぜい逃げ惑ってください」


ジャルは挑発的な言葉を投げかけながらも、ピョンピョンと飛び跳ねていていかにも攻撃を避ける体勢だ。


ジャンプは数メートルの高さに余裕で到達しており、一連の動作だけで回避能力の高さがありありと窺えた。

あの軽やかさの前では、相当素早いか広範囲な攻撃でなければ、掠らせることすらできないだろう。


だが、剣と盾を構えるテオドーラは、そんな相手を前にしてもまったく態度を変えない。

どこか超然とした雰囲気を湛えた涼しい表情で、十分な自信を感じさせる物言いで応じている。


「……」


闘技場には穏やかな風が吹き、選手はどちらも動かない。

剣も槍も打ち合わされることはなく、ジリジリと時間だけが過ぎていった。


この場で動いているものは、獣達の体毛をなびかせる風と、そこから外れたやや不自然な風のみ……


"霊の手"


刹那の瞬間、闘技場の空気は唐突に捻れる。

依然として何も見えはしないが、直前までジャルがいたはずの場所には妙な渦が発生し、彼はどこにもいない。


ただ遅れて踏み込みらしき音だけが響き、気が付いた時にはテオドーラの背後に彼はいた。


「ふっ……!!」


それは、完全な奇襲。音を置き去りに、風すらも感じさせずに太陽の如く輝ける槍は振るわれる。

テオドーラは振り返って待ち構えるどころか、察知しているかどうかも怪しいくらいだ。


「……やっぱり避けるよね、君は」


いくら人型になっただけで元々神獣だったとはいえ、後ろにまで目はついていない。

これで勝負が決まることはなくとも、少なくともこの一撃は受けると、誰もが思ったことだろう。


しかし、やはり円卓の騎士序列5位は伊達ではなかった。

未だ振り返りもしない、テオドーラ。


奇襲ではなく、避けられたことに対してつぶやいたと思われる彼女は、目線どころか指の1つも動かさずに盾を背後に回して防御する。


盾を持っているのであろうそれは、先程ジャルを襲った見えない手。天意を体現する霊の手だ。


「ちっ、やはり見える体がないものは便利だな。

このまま続けても当てられる未来が見えん」

「僕も君に攻撃が命中する未来が見えないけれど……

たしかに、僕にも攻撃は通らないでしょうね」


攻撃を容易く防がれたジャルは、くるくると宙を回転しながら吐き捨て、着地する。ようやく振り返ったテオドーラも、困ったように眉を顰めていた。


ヒット・アンド・アウェイで回避特化のジャルと、固定砲台的に動かず押し潰す防御特化のテオドーラ。

両者は共に鉄壁で、普通に戦いが進むとなれば、泥試合になることはほぼほぼ確定だ。


「これは聖杯を抱く手。聖者を天に召す神の手だ」


武器を霊の手に預けて手ぶらになったテオドーラは、全身に神々しい光を絡ませながら言葉を紡ぐ。

薄っすらと見えるそれら神聖な手は、畏ろしく不気味だ。

しかし、まるで髪のように風に揺られて美しい。


「だけど、これは誰も彼もを祝福するものじゃない。

僕に呪いは効かず、この星の呪いは弾かれる」

「俺に放つか、その邪悪を」

「闘技場で死者は出ないから、この手は誰も召しませんよ。

安心して、逝ってくださいね」


テオドーラが申し訳無さそうに笑うと、彼女に絡まっていた神々しい光の束は、真っ直ぐジャルに向かっていく。

もちろん、盾を持っている手は動かない。


伸びていくのは、剣を握っているものや手ぶらのもの達だ。

それらは禍々しい輝きを放ち始めた剣を中心にして飛ぶと、それぞれ13の束となって押し寄せる。


「僕は序列5位……円卓の第5席に座る者。

しかし、この名が示すのは最後の騎士。"危難を退ける盾(ガラハッド)"とは本来、呪われた第13席に座る者だ」


"呪殺の13"


"破滅の剣"


闘技場中を覆い尽くすような光の腕は、逃げ場を塞ぐように上から降り注ぐ。聖者を天に召すというだけあって、それらは最後まで神々しい。


だが、実際に現実へ及ぼす影響自体は絶大だ。

何ものも傷つけないという顔をしている慈愛の光は、地上に被さるごとに凄まじい破壊をもたらす。


闘技場のタイルは吹き飛び、剥がれ、ゆっくりとした動きに似合わず次々に穴を開けていた。

おまけに、土台から離れた瓦礫は水が蒸発するかのように塵となり、溶けるように消えていく。


女王の結界に閉じられたこの小さな世界は、神の反射する悪意によって速やかに滅んでいた。


「こんな場所でもなければ、僕は本気を出せやしない。

もしも君達が普通にこの森を侵略していたら、太刀打ちできなかったかもしれないね」

「勝った風に、言ってんじゃねぇよ」

「……!?」


もう勝敗は決したかのように思われていたが、世界にはどこからかジャルの声が響き渡る。

テオドーラの悲しげなつぶやきをかき消し、この小さな世界の滅びを覆そうとするように、力強い声は空より輝く。


「眼鏡がなければ、俺は何も気にせず戦える。

これでもアストランの民だ、一方的に負けるものか」

「っ……! 天より差し込む日光、まるで後光のよう」


空を見上げれば、そこにいたのは先程よりも強く槍を輝かせているジャルだ。手を避けるための位置取りもあって、その輝きは太陽すら霞ませる。


「滅びは既に訪れた。これより先は、第二の太陽。

我らはアストランの民として、太陽の化身たる四神を信仰しその御力を借り受けん」


熱された槍は視界を焼き、渦巻く嵐は鞘として狙いを定める。寄り集まるエネルギーは、脈動しているかのようだ。

ドクンドクンと周囲の空気を揺るがし、回転して世界を引き裂いていた。


「……いいでしょう。この苦難、乗り越えてみせよう」


今までのようなスピードではなく、一撃の威力に重きを置いた彼の宣言に、テオドーラも悠然とした態度で身構える。

光の手は直接彼には手を出さない。背中に添える形で彼女を支えていた。


そして、盾を持つのも彼女自身だ。

太陽の輝きを反射している純白の盾は、段々とその中央から朱色を滲み出させて聖なる十字を形作る。


両者共に、準備は整った。

鉄壁の戦士たちは再び攻守に分かれ、それぞれの最強を叩きつけていく。


"純白の太陽(ピエドラ・デル・ソル)"


"血十字の盾"


天より太陽は落ち、血みどろの大地は揺るがない。

ボロボロに朽ちた闘技場の中で、新生の輝きは迸る。

炎や血の赤を、稲妻のように拡散させながら。




「……あらゆる苦難は、乗り越えられる。かつての"危難を退ける盾(ガラハッド)"が、最後まで清廉さを証明したように」


すべての光が収まった後、完全に消し飛んだ闘技場の上には鎧の大部分が粉砕されたテオドーラが佇む。

肩口には槍で貫かれたと思われる焦げた跡があった。


盾は最後まで傷一つ付かず、太陽から彼女を守り切ったようではあるが……僅かな跡が下に伸びており、スライドして突破はされてしまったようだ。


とはいえ、その一撃はこの試合の勝敗を決めるものではない。彼女の背後に立つ、アストランの戦士。

彼は喉を裂かれて今にも倒れそうであり、これこそが試合を決着させる一撃だった。


「貴公らがいる限り、円卓は崩れない、か……

この神獣の国ですら遊び回る神よ、後は頼みます」


口から血を溢れ出させながら、ジャルは倒れ伏す。

勝者、テオドーラ。エリザベスによって結果はコロシアム中に伝えられ、けが人も運ばれる。


現在までの本日の試合結果は、円卓サイドの2勝、反逆者サイドの全敗だ。勝つつもりで配置した対戦カードでも負け越し、明日は捨てている席の多い激戦区。


もう後がないどころか、かなり敗色濃厚な現状にあって。

円卓争奪戦の場には、彼の王が立つ。


「今日は全勝を目指していたはずなのに、壊滅的だね。

面倒だからボクは本気を出すつもり無かったけど……

仮にも彼らは盟友だ。ま、ぼちぼち頑張るとしよう」

「君の考え方には同意しよう。勤めある騎士や戦士であっても、世界を見渡す余裕を持たねば星の脈動は聞こえない。

自己に閉じこもった者が、正しい歴史を紡げるものか。

自由な騎士、"悲哀の楽師(トリスタン)"……緩やかな音を奏でよう」


円卓争奪戦、第七試合。

怠惰なるケット・シーの王――キングと、自由な騎士――悲哀の楽師ソン・ストリンガーは、序列6位を懸けて対峙した。


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