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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
375/432

337-彼の国の女王

倒れずに勝敗を決した2人の強者は回収され、反逆者サイドの観覧席には動揺が走る。


上から見ているだけでは、当然どちらが先に倒れたかなどわかりはしない。だが、アナウンスによって結果は否応なしに叩きつけられてしまう。


ライアンの敗北。異質すぎる海音を除けば、旅のメンバーの中でも特に強い彼が席を取れなかった事実、体が崩れる程に消耗している現実などは、彼女達に強い衝撃を与えるには十分だ。


ローズ達は昨日の自分達がされたように、すぐさま席を立ち上がると反対側の円卓サイドへと走っていく。

後に残るのは、海音とジャルやキングといった救援勢、離反した円卓勢だけだった。


「あれ? 君はさっさと試合を始めると思ったけど、意外とそんなことはないんだね。効率は良いのかい?」


ローズ達の背中を見送ったキングは、槍を立てかけて立っているジャルに問いかける。

もちろん、彼に馬鹿にする意図などないだろう。


だが、ずっとクイーンに絡まれていることもあってか、若干容赦がない。ジャルは細長い顔をわずかに歪めると、眼鏡の位置を直しながら呆れたようにため息を付く。


「はぁ、俺を何だと思ってるんです?

効率は大事だが、そのために何かを犠牲にしてはいけない。

あちらが落ち着くまで、俺はここで待ちますよ」

「おっと、これは失敬。先入観が強すぎたね」

「あなた、キング様に謝らせるだなんて‥」

「どうどう、女王様。ここはボクの顔を立てて……ね?」


2人のやり取りを聞いていたクイーンがいきり立つも、キングに諌められれば効果抜群だ。彼女は途端にヘナヘナと力なく席に着き、会話は穏やかに終了する。


今日試合のある姉弟は緊張した面持ちだが、海音が側にいることもあってか取り乱しはしない。

彼らは一様に反対側の席を見つめ、本日の初戦を飾った2人へ心配そうな視線を向けていた。




~~~~~~~~~~




試合に決着がついてすぐに駆け出したローズ達は、木々の腕によって運ばれるのと並走しながら女王の元へと向かう。


クセの強い審判の間の神獣達や、働く騎士のパートナー達の中を突っ切っていくことになるが、道を阻む者はない。

唯一、やたらと馴れ馴れしい自称皇帝に絡まれたくらいで、ほとんど障害もなく家族の元に辿り着いた。


「ライアンっ!」

「うわぁ、なになに!?」

「……」


駆けつけたローズは悲痛な叫び声を上げるが、横たわる彼はまったく反応を示さない。血や焦げ臭い匂いを漂わせながら、燃え尽きた薪が灰になるような状態で目を閉じていた。


代わりに反応するのは、もちろん治療をしているエリザベスだ。血やわずかな腐敗臭を漂わせるオスカーと並べて治療中だった彼女は、一瞬ギョッとして素を見せてから取り繕う。


昨日のライアン達とは違って勢いが凄かったことで、かなり驚いてしまったようだ。


「……ふぅ、なんだローズマリーさんとヴィンセントさんですか。安心してください、既に治療は始めています。

気力については本人の問題になりますが、ケガについては直に治るでしょう」


エリザベスの取り乱しようは相当なもので、治療するために浮いていたルーン石も不規則に揺れ動いていた程である。


しかし、常に女王らしく威厳のある立ち居振る舞いを心がける彼女なので、取り繕うのもあっという間だ。

すぐにスンっと澄ました表情になると、素を見え隠れさせながらもちゃんと対応していた。


「そうですか……匂い、すごいですね。

彼は灰になっているような気がするんですけど……」

「えぇ、そのようです。うちの愚弟も体が壊死しているし、擬似戦争とはいえ試合なのにやり過ぎね、まったく」


中々倒れなかったせいで、よりひどい状態になっている2人に対して、エリザベスは大いに憤慨している。

その心情は、やはりルーン石にもわかりやすく現れており、動揺で揺れていた石は今は怒りに震えていた。


「ヴィニー、ライアンはすぐに目覚めるの?」

「はい、目覚めますよ。なんと言ったって、あのアヴァロンの女王様が癒やすのですから」

「こ、こほん……」


ヴィンセントが褒めるのを聞いて、彼女は咳払いをしながら心なしか頬を赤く染める。ルーン石は小躍りしており、どうやら照れているようだ。


とはいえ、褒められて喜んでいても治療に影響を出すことはない。踊るように周囲を舞っていた石達は、彼女が杖を地面に突いたと同時に砕けて癒やしを振りまいた。


"J.L.(ヤラ.ラグ)"


ライアン達に降りかかるのは、キラキラと輝く細かな水だ。

それは横たわる2人にまんべんなく染み渡ると、燃えた傷も腐った傷もまとめて癒やしていく。


まだ意識は戻らない。だが、崩れていた体やなくなっていた左腕などはすっかり元通りに再生していた。

この一瞬で治してしまうというのは、文字通り神技だ。

ローズは目を丸くすると、またも勢いよく声を上げる。


「すごい! エリザベス様、ありがとうございます!

流石この国を治める女王様ですね。

一応今は敵ですけど、憧れます!」

「ひゃっ!? え、えへへ、そう?

なんか新鮮で嬉しいなぁ! えっと、ローズマリー……ローズちゃん。私のことはエリーとかで……はっ!!」


ローズの称賛にまたしても照れるエリザベスだったが、唐突にビクリと体を震わせるとゆっくり背後を振り返る。

それに釣られるように、彼女達も訝しげにその視線を追って振り向いていく。


すると、視線の先にいたのは相変わらずヴィヴィアンと喧嘩をしていたアンブローズだ。しかも、さっきまでのやり取りを聞きつけて来た様子で、あからさまに不機嫌そうな。


何か言いたげな彼女を見て、少し静止していたエリザベスは、威厳を取り繕って語りかけていた。


「こほん……何か用でしょうか、アンブローズ?」

「アンブローズぅ……?」

「……ローザ」

「そう、私はローザ! 誰よりもあなたを愛する女!!

なのに、その子もローズだなんて呼ぶの!?

似てるし、被ってる!! そもそも仲良さげでズルい!!」

「えぇ……?」


不満げな様子にエリザベスが渋々愛称で呼べば、彼女は途端に爆発する。魔術師らしいローブや髪を振り乱して、全力のわがまま。


これには女王も、取り繕いもせずに素のまま辟易とした様子で、ローズ達は困惑を隠せずにいた。


「えっと、別に私はマリーって呼ばれてもいいですけど‥」

「じゃあそうしなさい! この私こそが、ローザ!!」


年下ながら、ドン引いた様子のローズが身も引いたことで、ローズローザ論争は終結した。

しかし、話はこれだけで終わりはしない。


このやり取りが行われたのは、長年の友ではあるが、会う度に求婚されてうんざりしていたエリザベスの前なのだ。

彼女は両者の顔を見比べると、いたずらっ子のような笑みを浮かべている。


誰の目から見ても明らかに、厄介な彼女に目にものを見せてやろうという思考が滲み出ていた。


面倒なアンブローズ、優しそうなローズマリーとくればその答えは考えるまでもない。珍しく少女らしさを見せる女王は、ワクワクした笑顔でヴィンセントに水を向ける。


「……大人げない人って、かなりみっともないと思いませんかヴィンセントさん?」

「ごほっごほっ……!!」


何となく察していた様子の彼も、矛先が自分に向くと思っていなかったらしい。いきなり話に巻き込まれたことで、派手に咽ている。


この国のトップに君臨する者達の人間関係に口を出すことになるのだ。無理もない。ずっといるつもりはないだろうが、それでも堪ったものではなかった。


とはいえ、もちろん無視はできない。

素早く呼吸を整えると、なおも焦りを感じさせながら言葉を紡ぐ。


「え、俺に振るんですか……!? は、はぁ。まぁそうですね」

「だなんて言うと思ったのかしら、この私が!?

私はもちろんローズの愛称を譲ります!!

これより私のことはアンとでも呼べばいいわっ!!」

「元々、あなたの愛称はローザで全然違うんだけどねー。

変につっかかったりするから」


愛する人にみっともないと言われ、外野にまで同調されればアンブローズも要求を押し通せはしない。

食い気味に前言撤回し、愛称を変更する羽目になっていた。


珍しく攻勢に出ているエリザベスは、実に楽しそうだ。

その反応が、余計に彼女の感情を逆なでしている。


「くぅぅぅっ、なんか悔しいからもうアンも辞める!!

これから私は、賢者名のマーリンを名乗ります!!」

「へ〜、そうなんだ〜」

「元々こっちの方がいいって思ってたし!!

全然悔しくなんてないんだからねーっ!!」


ニヤニヤしているエリザベスを無視して、アンブローズ改めマーリンは叫びながら去っていく。

ローズ達はついていけず、ただあ然とするばかりだ。


当然、この騒ぎでもライアン達の目は覚めない。

少女達は黙り込み、女王はクスクスと静かに笑い、この場は周囲の喧騒に飲み込まれていた。


「こほん、ではそろそろ本題に入りましょうか」

「本題?」

『えぇ、これより第六試合を執り行います。

テオドーラ、ジャルの両名は闘技場に上がってください』


しばらくして我に返ったエリザベスによって、続く第六試合のアナウンスがなされる。


魔術によって声はコロシアム中に響く。

その凛々しい声は食事中の騎士と静かに待っていた戦士の耳を叩き、戦場へと誘っていた。




「……キングさん。さっきは待つから急がないと言いましたが、正直なところ緊張もしていたのです。

あの獅子王ですら、円卓の騎士に負けたのだから」

「……」


声が発せられる反対側の席で、ジャルは眼鏡を外しながら猫の王に語りかける。返事を期待してはいない。

ただ、眼鏡を預けるついでに零しているだけだ。


それを察しているのか、キングも余計な口を挟まない。

無言で眼鏡を預かり、どこか憐れむような目をしていた。


「しかし……それでも俺は、席を勝ち取らなければならない。

倒れた盟友のために、あいつの道を証明するために」

「……円卓も似たようなのはいたし、人間だからって訳じゃないんだろうけどさ。気負いすぎると空回るんじゃない?」

「忠告、感謝しよう」


王の言葉を背に受けながら、細身の参謀は空を切る。

風のように軽やかに、かつ獣の荒々しさも内包して。

そんな彼の目の前に立つのは、未だ口を動かしている体格の良い女騎士――テオドーラだ。


「我らアストランの民。盟約に従い、友の助けとなろう。

序列5位、得高き騎士テオドーラ。貴殿を打ち倒し、来る滅亡へと備えるための足掛かりとせん」

「……滅亡の種はここにある。未来の脅威に備えるために今を荒らし、弱者を糧にするつもりは僕にはない。

勝負だ、アストランの戦士ジャル」


清く正しく、両者はそれぞれの正義をぶつけ合う。

彼らはあくまでも、主に付き従う者。


だが、いずれ来る脅威に備えるという目的だけは、誰に言われるまでもなく語る、決してブレない軸だった。



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