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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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336-倒れない者達

その身1つで再現された斬撃は、四方八方、あらゆる方向から現れてライアンに襲いかかっていく。


物理的に曲げられた結果ではあるが、どこからでも斬る連撃はまさにソフィアの技術の結晶。水こそ纏っていないものの、逃げ場などどこにもなかった。


しかし、だからといって防御不可能という訳でもない。

彼女が使えば虚空から急に現れる水刃だが、彼が使った場合はあくまでも弾かれて的に収束しているだけである。


向かってくるただの斬撃は、本家本元のものとは違ってちゃんと最初からその軌道を見ることが可能だ。

事実、雪煙が晴れた後には、ひび割れながらも形を保つ氷のドームが現れており、見事連撃を防ぎ切っていた。


「む、やっぱり防いでいるね。崩れかけているけど、確かに耐え抜いている。氷はフェンリルかな?

ならば、最高の一撃で砕いてみせよう。エポナ!」


氷壁を見つけたオスカーはすぐさま声を上げ、両手に握っていた双剣を消す。いや、正確に言えば彼が消したという訳ではない。


他の円卓の騎士もやっているように、パートナーとの繋がりによって入れ替えてもらったのだ。

双剣が消えたその手には、代わりに立派な長剣が握られる。


もちろん、最高の一撃を持つ騎士――ウィリアムの剣のように太陽を纏い燃えてなどいない。だが、不思議な存在感はみるみる膨れ上がり、妙な熱気を放っていた。


「さぁ、我が魂や血肉のすべてを込めて、君に贈ろう。

これなるは、星を越えて届く慈愛の炎。

彼の地に残された、太陽の伝承」


"マビノギオン"


熱は騎士の胸の奥に。魂が表出したかのような輝きを以て、太陽の伝承を呼び起こす。


燃えて、燃えて、燃えて、燃えて。

身を焦がすような憧憬は、いとも容易く騎士の全身を覆い尽くして剣すらも包み込む。


もはや、その姿は太陽に他ならない。

地上に再現された天上の果実は、遥かな宇宙に浮かぶ天体の具現としてこの世界に放たれる。


"ガラティーン-レプリカ"


円卓の騎士達や、反逆者、守護者や審判の間の強者達が観覧席で見守る中、かつての伝承は闘技場を焼き尽くしていく。


先程まで視界を隠していた雪など夢と消え、蔓延っていた木々も燃えて最後の輝きを見せる。

強固だった氷のドームも、既に溶けて中から1つの人影を生み出していた。


「ぐっ、どこまでも規格外なやつだぜ〜……!!」

「そういう君も、ずば抜けた人だろう?」

「……!?」


熱波に吹き飛ばされながらもぼやくライアンの背後に、その騎士は現れる。太陽の剣を再現し、辺り一帯を燃やしていたはずのオスカーが、既に槍を手にして真後ろに。


瞬時に反応した彼は、スレイプニルの瞬発力を以て飛び退り、直後には規格外の騎士と向かい合っていた。


「俺を過大評価してくれるなよ〜。

あくまでも俺は、神獣の威を借る人だぜ?

獣化したって慣れねぇ体で大雑把、半獣化じゃ本来の力なんて出せやしねぇ、混ぜ合わせれば強みは相殺しあって、俺のままじゃ器になってる体が長くは耐えらんねぇ。

表面上の特性を、少しばかり借りんのが精一杯さ」


狼の獣人に近い姿になっていたライアンは、元の姿に戻りながら吐き捨て、移動を始める。規格外の相手を前に、無防備でなどいられはしない。


真っ直ぐ彼を射抜きながら、変身で歪み、依り代となったことで弱った体を休ませていた。とはいえ、もちろん今肉薄されたとしても、決して遅れは取らないだろう。


それだけの気迫が彼にはあり、オスカーもまた笑いながら話に応じて口を開く。


「仮に威を借るものだとして、それは常人には真似できないことさ。それが君の能力なのだから、過大評価とは思わないよ。私と渡り合っている時点で、君はずば抜けた神秘だ」

「まぁ、別に自分自身を貶めるつもりはねぇけどな〜。

ただ、あんたに言われたくはねぇってだけだ!」


煌々と燃えるライアンは、その炎を消すこともなく息を整え終える。斬れていた肉は焼き塞がれ、彼自身の治癒力を以て綺麗に再生済みだ。


燃えても朽ちない茨の槍を握り、サイズをより巨大に変更しながら、猛る彼の肉体はみるみる膨れ上がっていく。


"獣の王(カルノノス)"


わずか数秒後。笑顔を崩さないオスカーの目の前にいたのは、このコロシアムよりも大きくなったライアンだ。


最もわかりやすく出ている特徴は、強奪王スリュム。

対戦相手以外は誰もが見下ろしていた姿は、今では誰もが見上げる巨大な存在に成り果てる。


炎が散る全身を包むのは氷の鎧。頭部には氷の王冠があり、隙間からは立派な鹿の角やたてがみが覗いていた。

また、片腕は火を吐くヘビと化しており、強靭な足は蹄だ。


背中からは猫や犬、狐や狼などの尻尾も無数に生えて揺れていて、どこまでも悍ましい。今の彼は、以前より多くの神獣の力を得たことで、より恐ろしい怪物となっている。


もちろん、変化はわかりやすいものばかりでもなかった。

口からは狼のように鋭い歯が覗いているし、全身を覆うのは毛だけでなく鱗もだ。


彼の談では、この変身は大雑把とのことだが……

人が蟻に見える程に巨大で、多くの特性や属性を併せ持つ、正真正銘の怪物。それは、ただこの場所に在るだけで脅威だと言える。


オスカーはなおも楽しげな笑顔を浮かべていたが、真剣さが垣間見える隙のない構えで、全身から輝きを滲み出させていた。


「火力には火力で応じるぜ〜。

合成魔獣のパワーを食らいな!!」

「来るがいい、獣神と並び立つものよ。

私も、世界最高峰の伝承で以て受けて立つ!!」


ライアンは左手のヘビから炎を吹き出しながら、右手で槍を振りかぶる。燃えながら光り輝き、氷の煌めきをも散らされている呪槍は、なおも高く。


木々で鞘のようなものを作り出して力を溜め、岩で補強している足場の上で、闘技場を保っていた。


対して、オスカーは全身から迸る光によってヘビの炎を防ぎ切っている。吹雪で視界を遮られようが、なんのその。

そのすべてを圧倒する神光を再現し、涼やかに笑っている。


"マビノギオン"


「伝承をここに。其は天を割り、地を裂いた神秘の奔流。

かつての文明に伝わる、彼の王を王たらしめた聖剣」


規格外の騎士でありながら、あくまでも身体能力しか特異な部分を持たない神獣は、ここに世界を制する覇気を宿す。


彼の手に握られるのは、どこにでもある少し良い程度の剣。

それでも、今の彼は正しく聖剣を星に知らしめる王者だ。


エリザベスやアンブローズが全力で結界を張り、被害を出さないように苦心している中。前回、森で見せたような神秘の奔流は、清くも禍々しい合成魔獣に向かって放たれる。


"エクスカリバー-レプリカ"


無音だと錯覚してしまう程に、輝きはあっという間に世界を包みこんでしまう。闘技場にはその光以外は存在できず、外部にも新生の時代が如き道が伸びていく。

その至高の領域の上部に、それはあった。


「ッ……!? 君は、神獣達の集積は、この中ですら……!?」

「うらrrrrrrrr……らぁッ!!」


光がすべてを消し飛ばす中で、禍々しい闇はなおも確固たる意志を持って、この星に手を伸ばす。


其は、あらゆる呪いの元凶たる神秘を地盤にし、生み出されたもの。怒り、悲しみ、憎み。決して曲げられない過去と己を体現するかのような、災いの茨。


捻じれ、壊し、喰らい、国どころか大陸すらも傾かせる災いを呼ぶ茨槍(ボルソルン)。抑えきれない負債に寄り添い、獅子王は1人、溶けゆく肉体を御して足掻く者として一撃を放つ。


"其は、呪いを穿つ茨槍(ボルソルン)"


賽はもう、投げられた。この時代に根付いた不可逆の怨嗟は、古くからあるこの星の伝承を押し退け、騎士を穿つ。


合成魔獣は溶けて消えるが、事実は覆らない。

オスカーの左上半身は、自己治癒の及ばぬ呪いに吹き飛ばされて虚空を作る。


揺れる視線が見据えるのは、全身が溶けて血にまみれながらも、力強く瞳を輝かせている白銀の狼だ。


「獅子王、ライアン・シメールッ……!!」

「グルル……落とすぜ、序列1位。

規格外の騎士、オスカー・リー・ファシアス!!」


空と地上から、両者はそれぞれ己を奮い立たせるように叫び声を上げる。片や上半身が半分消し飛び、片や全身が溶けていくらか肉を露出させている状態だ。


どちらも倒れる一歩手前といったところで、未だ闘志が弱まらないことが不思議なくらいだった。

燃えて傷を閉じる銀狼は氷の足場を作って急接近し、騎士は崩れた剣の代わりに槍を手に飛び上がっていく。


より自由に動くのは、当然ライアン。

身動きが取れないオスカーに向かって、回り込むような形で足場を作って食いついた。


鋭い犬歯は肉を露出させている左側に突き刺さると、より深く彼の神経を蝕んでいく。だが、ダメージは大きくなったが無事な右腕は自由だ。


オスカーは左側から胴体を噛み千切られながらも体を翻し、銀狼の顔を突き刺して地面に叩きつける。


「ぐっ、あぁぁぁぁッ、らぁ!!」

「ッ……!!」


槍は闘技場を砕き、巨大な狼を地面に縫い付けてしまう。

もちろん、止められるのは顔だけではあるのだが、すこぶる位置が悪い。


顔がピッタリとくっつくくらいの低さであり、ほとんどの動きを封じられることになる。横ばいに倒されてしまった彼に、騎士は容赦なく打撃を食らわせていた。


ライアンも四肢を振り乱して暴れるが、この状態で太刀打ちできるはずもなく、また槍も抜けはしない。

自身の巨大さ故に折るだけの隙間もなく、脱出は不可能だ。


筋肉を引き裂くほどの拳や蹴りを、延々と受け続けることになる。とはいえ、彼もされるがままで居続けはしなかった。

フェンリルに変身していた彼は、人の姿に戻ることで無理やり隙間を作り、槍を折って起き上がることに成功する。


「っ!? 戻るのか、今の状態で!!」

「かぺっ……ぼどれれーとは、言っへねぇよ〜!!」


槍を砕いた反動で、ライアンの顔はぐちゃぐちゃだ。

既に人としての機能を放棄しているような状態だとすら言える。それでも……決して止まることなく敵に向かう。


彼には既に武器はなく、燃えることで無理やり意識や体を維持し、威力を高めたような状態だった。


とはいえ、呪いの槍を受けているオスカーも、同じくらいに満身創痍だ。左上半身は槍で吹き飛ばされ、傷は呪いでなおも広がっている。凍りついていることも合わせて、少しずつ崩れているような重体だった。


数週間もの間、不眠不休で殺し合いを続けた彼ではあるが、もはや武器など持っても隙を見せる結果にしかならない。

パートナーに武器を届けてもらうことなく、素手で敵に殴りかかっている。


全身が溶けた上に顔を引き裂かれていたり、凍った傷口からどんどん崩れていたりと、両者は共に限界などとうに超えていた。それでも彼らは、目の前の敵を打倒するべく肉弾戦を続ける。


「あは、あはは……!! いい、マビノギオン、だ……!!」

「ッ……!! カル、ノノスッ……!!」


第五試合、最後の攻防。それは、互いのすべてを懸けた殴り合いだ。ライアンは肉体を破裂させながらも、己の肉体で獣の力を行使し暴れ、オスカーは崩れ行く肉体に伝承を宿し、砕けた石すら武器として舞う。


彼ら超人は、強大な神秘の中でもまた異質。

大自然の具現として丈夫な魔人や聖人、神獣ですら致命傷を受ければ倒れるというのに、まだ倒れない。


神馬の如き蹴りが炸裂しても、逆に武器のように振り回す。

歪んだ肉体が衝撃でもげても、蜘蛛の糸や炎で焼き付く。

氷に体が抉られても、体温で逆に溶かしてしまう。


肉が裂け骨が砕け、体中の血液が沸騰するような死闘は長く続き……その果てに、両者は同時に動きを止めた。


「ぜぇ、ぜぇ……もう、炎も糸も、操れねぇな〜……」

「あっはは、ここまで楽しめたのは、初めてだよ。

だけど、流石にもう、終わりかな。君も、私も……」


神秘はとてつもなくタフで、けがも普通の生物よりも遥かに治りが早い。強ければ強いほど、そのスピードはずば抜けたものとなり、特性によっては殺し合いながらでも欠損を再生させることだろう。


しかし、それも精神力が十全に残っていればの話だ。

痛みに苛まれ、なおも戦い続け、傷を治し続けた彼らはもう、この場ですぐに傷を治せはしなかった。


体が崩れたライアンはもう呼吸すらままならず、体がズタズタになったオスカーは顔すら上げられずに笑っている。


最後を飾るのは耐久戦。腕をクロスさせる両者は、歯を食いしばって意識を保ち続け、やがて立て続けに闘志を消す。


先に意識を失い、空っぽになったのはライアン。

第五試合の勝者は、オスカーだ。


とはいえ、結果として勝者は定められることにはなったが、この試合に敗者などいないだろう。

なぜなら、2人はほとんど同時に意識を失い、それでもなお、共に倒れることなく立ち続けているのだから。



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