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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
373/432

335-第五試合、序列3位

様々な神秘を纏うライアンに向かっていくオスカーは、海音と戦っていた時と同じように、ただ槍を振るう。


彼女のように水を纏うこともなければ、彼のように光や氷などを放出している、なんてこともない。

純然たる身体能力のみでそれらを薙ぎ払い、ライアンを吹き飛ばしながら闘技場の床を引き裂いていた。


常に楽しげで、あらゆる力をものともしない姿は、まるで、何物も彼を傷つけることは叶わないとでも言うかのようだ。


「ぐっ、規格外ってそういう感じかよ〜。

スタミナ、パワーとか色々すごいって聞いてたけど、これは思うがままってレベルじゃねぇか〜」


彼の一撃を受け止めるライアンは、もちろんこれだけでやられはしない。度肝を抜かれた様子で目を丸くしていたが、槍を軸にくるりと回ると、素早く立ち直って構えた。


敵は身体能力の化け物だ。同じく身体能力に秀でているとはいえ、他の選択肢が取れるなら固執する必要などはなく。

距離を取ったまま能力を使うと、人の姿のままで全身を白く発光させて冷気を発する。


"惑いの雪原"


その口から出てきたのは、この緑が眩しい森には似つかわしくない雪。常春の楽園では滅多に見ることのない、終わりを連想させるような眠りの白だ。


雪は手で支えられたことで真っすぐ広がると、あっという間に闘技場の環境を一変させる。一面を純白で満たし、冷気によって空からも雪を生む。


視界は遮られ、術者本人でもないと敵の姿を捉えることなどできはしない。観覧席からすらも、はっきりとは見通せないような惑いの世界が現れていた。


「あははは、これは円卓にはいないスタイルだね!

予想外だけど、いい。楽しませてくれるじゃないか!」


雪に飲み込まれたオスカーだったが、彼のスタンスは一貫している。ただ、思いっきり楽しみたい。


突出して強くあってしまう自分でも。

下手したら何もかもを壊してしまうかもしれない自分でも。

周りの環境や相手を気にすることなく、全力で。


姿は見えないものの、明らかに喜んでいるような声色で笑顔を浮かべているようだった。


だが、それは結果的にそうであるというだけのこと。

規格外の騎士とは対照的に、ライアンは乱れた息を整えながら苦々しげに吐き捨てる。


「はぁ、はぁ……悪ぃけど、こっちに余裕はねぇんだわ〜。

楽しむなら1人でやってろ、俺はただ勝利を目指すぜ」


環境を書き換えた彼は、その場所から動かずに手をつく。

槍は種に戻り、雪で姿を隠しているだけの状態だ。


逆にオスカーは、相手どころか現在位置すらわからないながら大暴れしていた。彼に存在が捉えられることに、そう時間はかからないだろう。


しかし、それでもライアンは大地に手をついたまま息を整え続け、ついには背後に生命の輝きを表出させる。


"半獣化-宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)"


背中から顔を覗かせるのは、ミョル=ヴィドにも負けない程に立派な大樹だ。同時に、彼の全身は人型の獣となっている。


生命を司るものであり、神々しく白いオーラを放ちながらも、稲のような黄金色の毛並みをなびかせる狐。

すなわち、八咫の守護神獣を宿した姿に。


人に近い形態でありながら、フサフサの毛や尻尾を生やしている半獣のライアンは、再び茨の種を槍サイズに戻しながら立ち上がっていく。


「直接使うと負担がヤベェから、半分だ。

こほっ……俺の手の内で踊れ、最強!!」


"大地母神-伏見稲荷"


猛るライアンの背後から、無数の大樹は命を爆発させる。

白に包まれた世界には緑が芽吹き、未だ降り止まぬ雪の中を足場のような確かな木々が伸びていった。


槍のような木々は真っすぐオスカーの元へ。

雪に惑わされている彼に、次々と突き刺さっていく。


だが、もちろんそんなことで超獣は倒れない。

数週間も不眠不休で殺し合いを続けた怪物のような騎士は、突き刺さった木を叩き割るとすぐに傷を治す。


一度来るとわかってしまえばもう命中することはなく、踊るようにくるくると回りながら、槍を振るっていた。


「雪で惑わせてくるのは強いて言うならば兄貴、森が襲いかかってくるような大樹は姉さんみたいだ!

色んな強者の集合体みたいで、とても戦い甲斐がある!!」

「そりゃどうも!!」


雪を切り裂き舞う騎士は、のたうち回る大樹すらも足場にして全身を喜ばせていた。そんな彼に、肉薄する影が1つ。

同じく大樹を足場にしていたライアンが、呪われた茨の槍を片手に突撃していく。


しかし、木々が伸びていくスピードも乗せたはずの一撃は、空中ですら敵に当たることはない。

人間が絶対にできない動きをしたオスカーに、笑顔で軽々と受け止められてしまっていた。


「おっ、いいねぇ。やっぱり近接戦闘が本分?

一緒に幻想的な森で踊ろうじゃないか」

「はっ、それしか知らなかっただけだっての〜。

今は全部使って、お前に勝つぜ!」

「かぺ……?」


空中でも巧みに動き、攻撃を防いでいたオスカー。

だが、それでもやはり地上ほどの自由度はなかったようだ。

雪に視界を隠された隙に、彼の足には正確すぎる木の葉の射撃が命中し、微妙に体勢を崩される。


攻撃を受け止めていた槍はズレ、彼の体は無防備になった。

おまけに、顎が凄まじい瞬発力で放たれた槍の柄で殴打され、既に致命傷に近い。


槍を構えていた手は脱力して投げ出され、その隙間に吸い込まれるように、光速の一閃が叩き込まれていく。


"開闢剣-葦原"


人の形のまま、半獣として狐の特徴を持ったライアンの頭に生えているのは、立派な鹿の角。

それによってすべてを斬り裂く概念となった槍は、隙だらけの騎士を真っ二つにしてしまう。


目を見開いたオスカーは力なく落下していき、切断面からは血が湯水のように溢れ出す。この結果の全ては雪の中。

衝撃的で鮮やかな赤は、静かで落ち着いた白に惑わされていた。


「ぜぇ、ぜぇ……手応えアリだ。

けど、借り物を使いすぎて体が混乱してるぞ、これ」


未だ雪が降り止まぬ中、うごめく大樹の上でライアンは独り言ちる。その姿は狐や鹿の特徴を色濃く感じさせるが、基盤は変わらず彼という人間のままだ。


惑わしの雪を背景にして、獅子王は時々体を曖昧にブレさせていた。しかし、それでも決して気を緩めはしない。

敵は円卓の騎士最強の男。この大陸でも突出して強い神獣の国の中ですら、規格外と評される戦士なのだから。


事実、茨の槍を肩に担ぐ彼の背後には、ほんの数秒後に俊敏すぎる影が現れる。それを予期していたらしいライアンは、表情を歪めながらも危なげなく攻撃を受け止めた。


「っ……!! やっぱ、あんたは倒れねぇか」

「あっはははっ、もちろんだとも! 傷など、少し力を込めればすぐ塞がる。たとえ断ち切られたとしても、その断面を合わせれば簡単にくっつくさ。私達は決して途絶えることのない大自然の具現……神秘そのものなのだから」

「それにだって、限度があるっての〜……

これじゃ終わらねぇから、とりあえず弱っててくれ」


"スリュム・フェッセルン"


奇襲が通じなくても笑うオスカーに、ライアンはうんざりした表情で手を向ける。すると、騎士の胴体に浮かび上がってきたのは蜘蛛の巣のような黄色いサークル――巨人スリュムの能力である、敵の力を奪うサークルだ。


もちろん、本来は地面に描いて広範囲から奪い取るもので、あの巨人もそんな使い方はしていない。

しかし、効果を限定的にしたり弱めたりすることで、より使い勝手良くしていた。


「おぉっ!? この戦闘スタイルはうちにはいないよ!

強いて言えば、オクニリアの眠気が弱体化だけど」

「楽しんでんじゃねぇよ。状況わかってんのか〜?

あんたのタフさ、この試合では無しにしてもらうんだぜ」

「オッケーオッケー、つまりは全力で戦えばいい訳だ」


なおも楽しんでいる様子のオスカーだったが、ライアンに指摘されたことでほんの少しばかり表情を引き締める。

軽薄さは相変わらずながら、槍に弾き飛ばされながらも力を迸らせ、異様な雰囲気を漂わせていた。


"フィジカルイミテイション"


最初のライアンと同じく、見た目に大きな変化はない。

ただ、その所作がより洗練されているように感じられるだけで、基本は道化じみた騎士だ。


だが、変化は現実として世界に叩きつけられる。

今まではただ槍を振るうだけだった彼の両手には、ソフィアと同じように双剣が握られていた。


「……? お前、さっきまで槍を……」

「あはは、ちょっと交換してもらったのさ。いつもありがとう、エポナ。私はこの肉体を駆使して、彼女のような技術を借り受けよう。君が神獣の力を宿すようにね」


"アラウンドレイク・アロンダイト"


驚くライアンに向かって、オスカーの連撃は放たれる。

それは、序列2位――ソフィア・フォンテーヌと同じ技。

ただし、身体能力によって無理やり再現している技だ。


筋力で生み出された飛ぶ斬撃は、周囲を包みこんでいる雪に紛れて空を飛び、生い茂っている木々に弾ける形で全方位から押し寄せる。


逃げ場のないライアンには、雪を切り裂いて迫る飛ぶ斬撃が四方八方から炸裂した。



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