335-第五試合、序列3位
様々な神秘を纏うライアンに向かっていくオスカーは、海音と戦っていた時と同じように、ただ槍を振るう。
彼女のように水を纏うこともなければ、彼のように光や氷などを放出している、なんてこともない。
純然たる身体能力のみでそれらを薙ぎ払い、ライアンを吹き飛ばしながら闘技場の床を引き裂いていた。
常に楽しげで、あらゆる力をものともしない姿は、まるで、何物も彼を傷つけることは叶わないとでも言うかのようだ。
「ぐっ、規格外ってそういう感じかよ〜。
スタミナ、パワーとか色々すごいって聞いてたけど、これは思うがままってレベルじゃねぇか〜」
彼の一撃を受け止めるライアンは、もちろんこれだけでやられはしない。度肝を抜かれた様子で目を丸くしていたが、槍を軸にくるりと回ると、素早く立ち直って構えた。
敵は身体能力の化け物だ。同じく身体能力に秀でているとはいえ、他の選択肢が取れるなら固執する必要などはなく。
距離を取ったまま能力を使うと、人の姿のままで全身を白く発光させて冷気を発する。
"惑いの雪原"
その口から出てきたのは、この緑が眩しい森には似つかわしくない雪。常春の楽園では滅多に見ることのない、終わりを連想させるような眠りの白だ。
雪は手で支えられたことで真っすぐ広がると、あっという間に闘技場の環境を一変させる。一面を純白で満たし、冷気によって空からも雪を生む。
視界は遮られ、術者本人でもないと敵の姿を捉えることなどできはしない。観覧席からすらも、はっきりとは見通せないような惑いの世界が現れていた。
「あははは、これは円卓にはいないスタイルだね!
予想外だけど、いい。楽しませてくれるじゃないか!」
雪に飲み込まれたオスカーだったが、彼のスタンスは一貫している。ただ、思いっきり楽しみたい。
突出して強くあってしまう自分でも。
下手したら何もかもを壊してしまうかもしれない自分でも。
周りの環境や相手を気にすることなく、全力で。
姿は見えないものの、明らかに喜んでいるような声色で笑顔を浮かべているようだった。
だが、それは結果的にそうであるというだけのこと。
規格外の騎士とは対照的に、ライアンは乱れた息を整えながら苦々しげに吐き捨てる。
「はぁ、はぁ……悪ぃけど、こっちに余裕はねぇんだわ〜。
楽しむなら1人でやってろ、俺はただ勝利を目指すぜ」
環境を書き換えた彼は、その場所から動かずに手をつく。
槍は種に戻り、雪で姿を隠しているだけの状態だ。
逆にオスカーは、相手どころか現在位置すらわからないながら大暴れしていた。彼に存在が捉えられることに、そう時間はかからないだろう。
しかし、それでもライアンは大地に手をついたまま息を整え続け、ついには背後に生命の輝きを表出させる。
"半獣化-宇迦之御魂神"
背中から顔を覗かせるのは、ミョル=ヴィドにも負けない程に立派な大樹だ。同時に、彼の全身は人型の獣となっている。
生命を司るものであり、神々しく白いオーラを放ちながらも、稲のような黄金色の毛並みをなびかせる狐。
すなわち、八咫の守護神獣を宿した姿に。
人に近い形態でありながら、フサフサの毛や尻尾を生やしている半獣のライアンは、再び茨の種を槍サイズに戻しながら立ち上がっていく。
「直接使うと負担がヤベェから、半分だ。
こほっ……俺の手の内で踊れ、最強!!」
"大地母神-伏見稲荷"
猛るライアンの背後から、無数の大樹は命を爆発させる。
白に包まれた世界には緑が芽吹き、未だ降り止まぬ雪の中を足場のような確かな木々が伸びていった。
槍のような木々は真っすぐオスカーの元へ。
雪に惑わされている彼に、次々と突き刺さっていく。
だが、もちろんそんなことで超獣は倒れない。
数週間も不眠不休で殺し合いを続けた怪物のような騎士は、突き刺さった木を叩き割るとすぐに傷を治す。
一度来るとわかってしまえばもう命中することはなく、踊るようにくるくると回りながら、槍を振るっていた。
「雪で惑わせてくるのは強いて言うならば兄貴、森が襲いかかってくるような大樹は姉さんみたいだ!
色んな強者の集合体みたいで、とても戦い甲斐がある!!」
「そりゃどうも!!」
雪を切り裂き舞う騎士は、のたうち回る大樹すらも足場にして全身を喜ばせていた。そんな彼に、肉薄する影が1つ。
同じく大樹を足場にしていたライアンが、呪われた茨の槍を片手に突撃していく。
しかし、木々が伸びていくスピードも乗せたはずの一撃は、空中ですら敵に当たることはない。
人間が絶対にできない動きをしたオスカーに、笑顔で軽々と受け止められてしまっていた。
「おっ、いいねぇ。やっぱり近接戦闘が本分?
一緒に幻想的な森で踊ろうじゃないか」
「はっ、それしか知らなかっただけだっての〜。
今は全部使って、お前に勝つぜ!」
「かぺ……?」
空中でも巧みに動き、攻撃を防いでいたオスカー。
だが、それでもやはり地上ほどの自由度はなかったようだ。
雪に視界を隠された隙に、彼の足には正確すぎる木の葉の射撃が命中し、微妙に体勢を崩される。
攻撃を受け止めていた槍はズレ、彼の体は無防備になった。
おまけに、顎が凄まじい瞬発力で放たれた槍の柄で殴打され、既に致命傷に近い。
槍を構えていた手は脱力して投げ出され、その隙間に吸い込まれるように、光速の一閃が叩き込まれていく。
"開闢剣-葦原"
人の形のまま、半獣として狐の特徴を持ったライアンの頭に生えているのは、立派な鹿の角。
それによってすべてを斬り裂く概念となった槍は、隙だらけの騎士を真っ二つにしてしまう。
目を見開いたオスカーは力なく落下していき、切断面からは血が湯水のように溢れ出す。この結果の全ては雪の中。
衝撃的で鮮やかな赤は、静かで落ち着いた白に惑わされていた。
「ぜぇ、ぜぇ……手応えアリだ。
けど、借り物を使いすぎて体が混乱してるぞ、これ」
未だ雪が降り止まぬ中、うごめく大樹の上でライアンは独り言ちる。その姿は狐や鹿の特徴を色濃く感じさせるが、基盤は変わらず彼という人間のままだ。
惑わしの雪を背景にして、獅子王は時々体を曖昧にブレさせていた。しかし、それでも決して気を緩めはしない。
敵は円卓の騎士最強の男。この大陸でも突出して強い神獣の国の中ですら、規格外と評される戦士なのだから。
事実、茨の槍を肩に担ぐ彼の背後には、ほんの数秒後に俊敏すぎる影が現れる。それを予期していたらしいライアンは、表情を歪めながらも危なげなく攻撃を受け止めた。
「っ……!! やっぱ、あんたは倒れねぇか」
「あっはははっ、もちろんだとも! 傷など、少し力を込めればすぐ塞がる。たとえ断ち切られたとしても、その断面を合わせれば簡単にくっつくさ。私達は決して途絶えることのない大自然の具現……神秘そのものなのだから」
「それにだって、限度があるっての〜……
これじゃ終わらねぇから、とりあえず弱っててくれ」
"スリュム・フェッセルン"
奇襲が通じなくても笑うオスカーに、ライアンはうんざりした表情で手を向ける。すると、騎士の胴体に浮かび上がってきたのは蜘蛛の巣のような黄色いサークル――巨人スリュムの能力である、敵の力を奪うサークルだ。
もちろん、本来は地面に描いて広範囲から奪い取るもので、あの巨人もそんな使い方はしていない。
しかし、効果を限定的にしたり弱めたりすることで、より使い勝手良くしていた。
「おぉっ!? この戦闘スタイルはうちにはいないよ!
強いて言えば、オクニリアの眠気が弱体化だけど」
「楽しんでんじゃねぇよ。状況わかってんのか〜?
あんたのタフさ、この試合では無しにしてもらうんだぜ」
「オッケーオッケー、つまりは全力で戦えばいい訳だ」
なおも楽しんでいる様子のオスカーだったが、ライアンに指摘されたことでほんの少しばかり表情を引き締める。
軽薄さは相変わらずながら、槍に弾き飛ばされながらも力を迸らせ、異様な雰囲気を漂わせていた。
"フィジカルイミテイション"
最初のライアンと同じく、見た目に大きな変化はない。
ただ、その所作がより洗練されているように感じられるだけで、基本は道化じみた騎士だ。
だが、変化は現実として世界に叩きつけられる。
今まではただ槍を振るうだけだった彼の両手には、ソフィアと同じように双剣が握られていた。
「……? お前、さっきまで槍を……」
「あはは、ちょっと交換してもらったのさ。いつもありがとう、エポナ。私はこの肉体を駆使して、彼女のような技術を借り受けよう。君が神獣の力を宿すようにね」
"アラウンドレイク・アロンダイト"
驚くライアンに向かって、オスカーの連撃は放たれる。
それは、序列2位――ソフィア・フォンテーヌと同じ技。
ただし、身体能力によって無理やり再現している技だ。
筋力で生み出された飛ぶ斬撃は、周囲を包みこんでいる雪に紛れて空を飛び、生い茂っている木々に弾ける形で全方位から押し寄せる。
逃げ場のないライアンには、雪を切り裂いて迫る飛ぶ斬撃が四方八方から炸裂した。