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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
370/432

332-初日を乗り切って・前編

円卓争奪戦の1日目が終わり、ライアン達は闘技場の周囲にある宿泊施設に泊まることになった。


初日にケガをしていたソフィア、ローズ、ヌヌースの3人も、エリザベスやアンブローズの力ですっかり完治している。

唯一、受け流しまくってほぼ無傷だったヴィンセントを含めて、全員が無事だ。


もしもまだ重傷の者がいれば、きっと手厚くエリザベスの元で治療されることになったのだろうが……

しっかりと治してもらえたことで、全員が同じ施設に泊まることができた。


もっとも、結局帰ってこなかったクラローテと、彼女に連れ回されているであろうクリフ、ジャルはいない。

だが、彼らを除けば全員がこの宿に集まっている。


それは、円卓の騎士から離反した者達も同様で……




「ふぅ……」


反逆者の側に立ち、争奪戦の先陣を切って一席をもぎ取った最優の騎士――ソフィアは、1人ロビーのソファに座り、静かに息を漏らす。


視線は上に。夜だからか普段とは違ってゆったりした服装でリラックスし、今日のことに思いを馳せているようだった。

時間は緩やかに流れ、彼女は流れるような所作で近づいてくる影に気が付かない。


「ソフィアさん、隣良いですか?」

「……! ヴィンセントさん。えぇ、いいですよ」


声をかけられたことでようやく瞳は彼の姿を捉え、彼女達は同じ時間を共有することになる。

ヴィンセントは隣のソファに座り、同じく席次を手にした者として感情を共有していた。


もちろん、ソフィアが円卓の騎士であることには変わりないのだが……一時だとしても離反し、実際に反逆者サイドへ席をもたらしたのだから、今さら敵意はない。


2人は役目を果たした者同士、同じ苦境を乗り越えた者同士、ある種の絆を持って時を過ごす。


「本当にありがとうございました、ソフィアさん。

ここに貴女がいなければ、私達はきっと、こうして穏やかな夜を迎えることはなかったでしょう」

「……そんなことはないです。ヴィヴィアンの試合を除けば、どこもあなた方だけで十分に勝てたでしょう。もちろん、今より苦しくはあったでしょうが……どちらにせよ、私はあくまでも一席。今日の試合は、どれも紙一重でした」

「そうかもしれません。それでも、貴女に最上の感謝を」


実際、もしもソフィアが反逆者サイドにつかなかったとしても、戦略が変わるだけでウィリアムを敗る結果にはなっただろう。


ケルヌンノスなどと比べれば、明らかに彼の方が倒しやすいのだから。しかし、それでもヴィンセントは感謝を忘れず、彼女も素直に受け入れる。


夜は長い。この先の戦いで彼女達にできることはほとんどなく、仕事を終えた2人はゆっくりと時間を過ごしていた。




~~~~~~~~~~




宿の近くにある、人気のない場所。街と森の境目辺りの位置で、少年少女はいつになく真剣な面持ちで空を見上げる。

普段は元気に走り回っているので、彼女達を知る者からしたらとんでもない異常事態だ。


とはいえ、その理由は明白だった。

ソフィアと同じく円卓から離反している姉弟は、まさに明日席次と正義を懸けた争奪戦をするのだから。


同胞であるソフィアの勝利、円卓からの離反、本当に正しいことだったのかという不安、パートナーを遠ざけたこと。


ほとんどが自分たちで選んだことではある。だが、だからといって何も感じずにいられるとかと言えば、当然そんなことはない。様々な要因が折り重なり、幼い騎士達は月夜に身を寄せ合っていた。


「シャーロットさん、ヘンリーさん、どうかしましたか?」

「……! 海音さん」


突然かけられた声に振り返ってみれば、そこにいたのは刀を差した侍――海音だ。彼女は月明かりに照らされて、神秘的な雰囲気を醸し出している。


風に揺られながらゆっくりと歩み寄ってくる姿は、普段ではありえないような繊細さを感じさせていた。

その姿を見ると、シャーロットは年相応に感情を露わにして口を開く。


「ちょっと、怖くなっちゃって……

クロウお兄さんは善い人だった。そんなお兄さんを見捨てるのはだめで、こうして助けるのは善いこと。だけど……」

「円卓はこの国を永く守ってきました。女王様だって善い人で、その選択も決して間違いではありません。

だから、ぼくたちの選択は正しかったのか、ここまでして役立たずで終わりはしないかと、少し不安になるのです」


姉の言葉を引き継ぎ、ヘンリーはよりしっかりとした言葉で思いを伝える。辺りは暗いが、それでも感じ取れるくらいに真っ直ぐな瞳は、月光を映して輝いていた。


そんな彼の言葉を受けれてしまえば、海音もいつもの脳筋まけではいられない。雰囲気で誤魔化しただけではなく、その言葉も正しく淑やかに語りかけていく。


「……ありがとう。ここまで真剣にこの戦いに臨んでくれて。

ですがそもそも、これは私達の戦いです。あなた達は助けてくれているだけなのだから、気負わなくて大丈夫ですよ」

「わかってるよっ! けど……」

「そういう問題でも、ないんです。頭でわかっているのと、実際の気持ちはまた別ですから」

「では、気が抜けるようなお話をしましょう。

私がいるのですから、心配はいりません。

必ず勝つので、13席はこちら側のものです」

「ふふっ、なによそれ」

「1人が勝ち取れるのは一席のみ。

全体で負け越していたら、意味がありませんよ?」


突拍子のない言葉に、クルーズ姉弟は思わずといった様子で吹き出す。事実、この円卓争奪戦は全部で13ある席をどちらがより多く奪えるかの戦いであり、その主張は無意味だ。


1人が必ず勝つからといって、それで勝利は決まらないのだから。しかし、彼女達に指定されても海音は揺るがない。

凛とした態度で綺麗な瞳を姉弟に向け、なおも真っすぐ言葉を紡ぐ。


「ですが、少なくとも貴方がたの負担は減ります。

後のことは心配せずに、明日に全力を尽くしてください」


どこまでも力強く、頼もしい言葉。それを聞いた少年少女はニッコリと笑う。明日はいよいよ円卓争奪戦、2日目。

姉弟が同僚と席次を奪い合う日だ。




~~~~~~~~~~




宿から少し離れた、月明かりも届かないような森の中。

鬱屈とした心情を映すのようなその場所に、彼はいた。


強風の化身、風そのものであるもの、強い恨みによって反転した魔人。不安定な精神状態にあるリュー・ヴィンダールは、それを行動にも反映させて風を吹き荒れさせる。

妹のフーさえ、おいそれと近寄れない危うさを見せていた。


「森に入っても、まだクロウは……!! 敵は強かった。

あんな化け物共に勝てるのか? でも勝つしかない。俺は、もう何も失いたくねぇ。しかもここには、ファナの標点までいやがる!! 苛つく、どうにかなっちまいそうだ。

せっかく気持ちが定まって、落ち着いてきてたのに……!!」

「……お兄ぃ、もどろ」


ブツブツとつぶやきながら、周囲の木々を風でなぎ倒している兄を見つめ、フーは宿に帰ることを促す。

だが、今の彼にそんな言葉は届かない。


自分達の試合が3日目であることもあって、彼はその後も変わらず風を吹き荒れさせていた。




~~~~~~~~~~




外で荒れている者がいれば、もちろん中でくつろいでいる者もいる。円卓にあてがわれた宿屋の一室。

ケット・シー組が泊まる部屋では、クイーンがいつものようにお茶会を開いていた。


「おーっほっほっほ! 祝、2勝ですわ〜!! 豪華なお部屋をあてがわれたことですし、今晩は騒ぎますわよ〜!!」


席の真ん中で音頭を取っているのは、もちろん主催者であるクイーンだ。彼女は唯一働きものであるバロンをこき使い、この意味のないお茶会を楽しんでいる。


旅の最中も開いていたが、今回は室内ということでよりテンションが上がっているようだった。

とはいえ、親友のマーショニスがいない以上、乗り気なのは彼女だけだ。


キングは上座に押さえつけられながらも嫌そうで、バロンはそもそも下働き。ヴァイカウンテスに至っては起きてもいない。


ほぼ1人で行われるお茶会は、主催者以外が乗り気でないにも関わらず異様な盛り上がり方を見せ、参加者はうんざりした声を漏らす。


「まだボク達は戦ってないのに、ボク達だけでパーティする意味がわからないよ。2勝だけじゃなく、2敗もしてるし。

それに、ボク明日出るんだけど」

「だからこそですわっ!! 決起集会的なものですの!!」

「何か違う気がするんですけど、気の所為ですかね……?」

「……ぐぅ」

「気の所為ですわッ!!」

「圧が強いなぁ……」


外に出ていた面々が段々と戻ってき始めても、彼女のお茶会は終わらない。眠るヴァイカウンテスを相手に延々と話し、縛り付けられているキングに照れていた。


バロンはお茶を淹れたりお菓子を用意したりと、深夜まで大忙しである。


「……ふぅ、流石にそろそろボクは寝るよ。

獅子王くんのところにお邪魔するから、君は楽しんで」


0時をとっくに過ぎた頃、流石に付き合いきれないとキングは拘束を自力で解き、立ち上がる。何時間も話を聞かされていたことで、目は虚ろになっていた。


「あら、残念ですわ。お休みなさい、キング様〜!!」

「こほん……では、私もそろそろ‥」

「あなたは駄目ですわよ? 給仕係がいないんですもの」

「やっぱりこうなるんだなァ、まったく!

笑ってないで助けてくださいよキング!!」

「あははっ、ご愁傷さま。頑張ってね、バイバ〜イ」


キングは部屋を出ていくが、バロンはクイーンに認められずに給仕続行だ。廊下には、彼らの笑い声と叫び声が響いていた。



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