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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
369/432

331-攻略、色欲の間

「わかってはいたけど、お前本当に凄いんだな……」


傲慢の間などに出てきていたモニュメントが、ここでもちゃんと現れたのを確認しながら俺はつぶやく。


目の前に広がっているのは、獣神(じゅうじん)によって一瞬で生み出されたクレーターだ。

地面どころか周囲の木も根こそぎ掘り出したり吹き飛ばしたりしており、規模が尋常ではない。


リューやフーと同じ風ではあるが、こちらは纏うとかの次元ではなく、まさに風そのものといった感じである。


試練に挑む前から、万が一の時はククルが一撃で潰すって話ではあったけど……ここまで圧倒的とは思わなかった。

当のククル本人は、これだけのことをしておきながらまるで堪えていないようで、くるくる飛びながら笑いかけてくる。


「あははっ、まだ信じてなかったの?」

「いや、別にそういう訳じゃ……」

「知っていても、実際に見ると驚いちゃうんだよねぇ。

僕もかなり驚いたよ。流石、獣族の長老だなぁって。

まだ1人で超えるには足りないかなぁ」

「だーっはっはっは、俺はお前なんかより強いぜ!!」


前線で少し危うくなっていたセタンタも、もうすっかり普段通りだ。謎の自信を持って胸を張っている。


俺からしてみれば、ジロソニアがガノの能力をコピーした時はかなりヤバかった。だが、荒くれ三人衆からすると予想外に愉快な出来事程度のことだったらしい。


強さを主張するガキは言うまでもなく。

アーハンカールは物欲しげに小猿を見つめ、一応円卓の騎士ではあるガノが止めている。


ひたすらにアホらしいが、ひとまずモニュメントが現れたから嫉妬の間はクリアだ。さっさと次に行きたいな。


「おーい、ヘズ。あいつら止めてくれよ。焦るつもりはないけど、あれは時間の無駄だ。さっさと次に行きたい」

「ふむ、了解だ」


ヘズに頼むと、ヒートアップして戦い始めていた2人もすぐに大人しくなる。もう騒がないように目を光らせながら、俺達は次の試練の間へ向かっていった。




~~~~~~~~~~




続いて向かったのは、位置的にはレオデグランス東にあるという場所。相手と同じ姿をスライム――ラグニアスが守護者をしている色欲の間だ。


以前にも訪れたこの場所は、環境的には他の試練の間とそう変わらない。ミョル=ヴィドの地下で蟻の巣のように広がっている地下空間の1つで、程々に木々が生えている。


中央には闘技場があり、きっとスライムを倒せば他と同じく試練クリアの証にモニュメントが現れることだろう。

だが、今回は見るまでもなく分かる変化があった。


「お、おい……なんだこれ? 前と違うぞ?」

「……ふーむ、半数以上がクリアされたことで警戒されているのでしょうかねぇ。クククッ、これ以上ないほど不快です!!

とっととブチ殺して、この刺激臭を消すぞオラァ!!」

「珍しく同意だぜ、裏切り野郎。死ねや、クソスラ!!」


真っ先に感じたのは、闘技場のある地下空間に入る直前に鼻を刺激した異臭だ。何かが腐ったような匂いで、ツンと刺すような不快感を撒き散らしていた。


この時点で、もうヤバい。ガノとセタンタも、珍しく共通の敵を見つけて一致団結しているくらいだ。

しかし、色欲の間に入ってみれば、視界に飛び込んできたのはさらにとんでもない光景で……


「あは〜……なにこれ地獄? 僕かククルくんが出ないと対処できなくないかなぁ? 今本調子じゃないんだけど」

「だよねー。僕、早速風で匂い飛ばしていー?」

「ふむ、警戒か。私には見えないが、もしかしなくても空間中に広がっているな? 音だけでも気色が悪い」

「おれ、こいつは嫌いだ。すげー不味そうだから」

「……オイラ、外いていいかなぁクロー?」


俺達の目の前には、闘技場から溢れ出した粘性生物にすっかり飲み込まれた地下空間が広がっていた。

中央にある施設はもはやゲルの塊でしかない。周囲の木々も、ドロドロした液体に飲まれて溶けている。


まだ足の踏み場もないという程ではないが、粘液が木々から滴ってきているので十分すぎるくらいだ。気持ち悪すぎて、戦いどころか足を踏み入れたくもない。


俺が思わず言葉を失っていると、みんなも口々にラグニアスへの不快感を露わにしていた。


「おい、どうすんだよクロウ? 臭ぇぞ、死ねや」

「待て待て、ごちゃ混ぜで治安が悪いぞ。

これに無策で突っ込むのは命知らず過ぎるだろ」

「えぇ、えぇ!! 駄犬はそれでいいのです!!

あわよくば溶かされて、苦しみながら死ねば良い」

「あぁん!?」


いつまでも入り口で立ち止まっていたことで、しびれを切らしたセタンタとガノはまた揉め始める。

武器こそ使っていないものの、危険なスライムだらけの場所に相手を押し込もうとしており、殺伐としていた。


アーハンカールは傲慢なだけで、自分から喧嘩を売ったりはしないが、この2人は暇さえあれば周りに攻撃している。


最初から今までずっと殺し合いばかり。

どうやらこいつらは、とことん相性が悪いようだ。

色欲の間に挑む直前なんだから、本当に勘弁してほしい。


「はぁ……ヘズ」

「了解だ」


防げない音で苛まれたことで、彼らはやっと動きを止める。

とはいえ、この2人はスライム相手だと何もできなそうだし、別にいる必要はないけど。


「……今回は、最初から全面的に2人の力を借りていいか?

運なんて何も関係ないから、やっぱり俺は役立たねぇし」

「いいよ‥」

「私ですかぁ? もちろんいいですとも!!

迸る剣閃によって、すべて消し飛ばしてやるぜ!!」

「俺か? いいぜぇ、魔術でまとめて焼き尽くしてやる!!」

「はぁ!?」


俺がククルと雷閃に助けを求めていると、問題児共は勝手に頼まれたと勘違いして暴走していく。

ガノは剣に赤い光を集め、セタンタは杖の周囲を舞っているルーン石を砕いて力を放出した。


血なんか液体に近いスライムに効くとは思えないし、力任せに撃ちまくる魔術なんて飛び散らせるだけだろうに……!!


"ディスチャージ・クラレント"


"C,K.R.H.(ケン.ラド.ハガル)"


血のように赤い閃光と炎や雷を含んだ風のルーンは、入り口から真っ直ぐ色欲の間に飛び込んでいき、スライムに炸裂する。だが、結果は予想通りだった。


鮮血は逆に飲み込まれ、ルーン魔術も敵を焼いてはいるが、飛び散っているという被害の方が大きい。

足場はどんどん粘液の海に消えていく。


しかも、彼らが引き起こした問題はそれだけに留まらない。

たとえ効果が薄かったとしても、あれは攻撃だ。


俺達の存在に気がついたラグニアスは、すぐさま1番前にいたガノとセタンタの姿をコピーし、量産する。

目の前には、2人にそっくりな粘性生物の群れが出来上がっていた。


「……音が増えたな。姿を得て分裂したか?」

「クッソッ……!!」


さっきまでは上に伸びたり横に広がったりしただけだったのが、今では人の形を得て走り回る。

足音は変わらないので、めちゃくちゃ不快だ。


それ以前に、これじゃ前回相手の物量に押されて逃げたのと変わらないじゃねぇか……!! 今回はククルがいるけど、この状態だと普通に攻撃も避けまくるぞ!?


「馬鹿野郎!! 敵が余計な機動力を得たぞ!?

めっちゃ走ってくるけど、どうしてくれるんだ!?」

「そんなもの、吹き飛ばせば‥」

「その結果があれじゃん? 僕でもなきゃ無理無理ー」

「だーっはっはっは、無能だなぁガノ!!

テメェと違って、俺様ならあんなもん焼き尽くせ‥」

「君の炎雷って、威力も精度も全然足りてないんじゃないかなぁ? この地下空間全体だし、避けてるし。

まぁ、僕も戦闘スタイル的に苦しくなるけどね。あは〜」


ガノ達は面倒事を引き起こしたという自覚がないのか、なおもラグニアスを倒そうと息巻く。しかし、ここは頼りになる神様達の出番だ。


ククルと雷閃がそれぞれ言い負かしたことで、問題児たちはようやく大人しくなる。まだ地面をグサグサ刺しているが、とりあえずスライムを拡げることはなさそうだった。


「ひとまず、一度弾くとしよう」


"インパクトボイス"


無数の人型となって走ってきていたラグニアスは、接近したことで俺達の姿も視界に映し、全員分の姿を得ていた。

だが、嫉妬の小猿とは違ってあれが得るのは姿だけ。


数だけいても何もできない粘性生物は、ヘズの音によって弾かれ、奥に吹き飛んでいく。もちろん、これが俺達も中にいて囲まれていたら、それも難しかっただろうけどな。


「まぁ、これはあくまでも衝撃を与えるだけの音。ダメージなどろくに与えられはしない。仕留めるのは君達に任せる」

「おれはパスー。打撃なんかまともに効かないからね」


動物ではなく、食べられないからか、アーハンカールは戦いを放棄するどころか見守る程度の興味すらないようだ。

勝手についてきているくせして、あくびをしながら戦えないロロを連れてどこかに行ってしまう。


俺だってスライム相手じゃ無力だし、人のことは言えないんだけど……自分勝手なやつだな、まったく。


傲慢なら傲慢らしく、相性の悪いスライム相手でも偉ぶってほしい。まぁ、黒竜の時は最後まで傲岸不遜な態度だったし、多分相性よりは食の好みの問題なんだろうけど。


少しムカついたが、結局俺は彼を呼び止めはせずに色欲の間に向き直る。今優先すべきは、この試練のクリアだ。


「悔しいけど俺もだな。ただ斬っても無意味だろうし、今回はやっぱり全面的にお前らを頼るぜ」

「おっけぃ、任せといて。今の僕は飛び回るのキツイけど、その分一撃にすべてを込めるよ!」

「じゃあ、代わりに僕が飛び回ろーう! 風をまといし獣、すなわち……アイムフライングキャーット! ふんす」

「え、なに、お前って猫の獣人なの?」


快くラグニアス打倒を引き受けてくれた2人だったが、ククルの方は若干様子がおかしい。飛ぶのはさっきもやっていたからいいとして、言動があまりにも不可思議だ。


やる気があることはいいことだけど……

唐突すぎて、思わずツッコんでしまった。

羽のような服を風で揺らす姿は、とても猫には見えない。


すると、体を屈めて今にも飛び立とうとしていた彼は、俺の質問を聞いてくるりと振り返る。


「え? 僕は鳥かな。羽毛があるだけの蛇かもだけどね」

「どっちだよ、それは……」

「どっちでもいいじゃん? 僕は、神。僕は、強い。

本性がどのような姿であれ、それだけは確かなんだから」


"エル・カラコル"


涼やかに笑った少年は、目にも止まらぬスピードでこの場を飛び立つ。その身に纏われているのは風。

螺旋のように見える嵐は、ラグニアスの体に触れることなくそれを吹き飛ばし、蹴散らしていた。


右に弾けたかと思えば左に弾け、左に弾けたかと思えば右に弾け。一つ一つの動作は不規則に見えるものの、全体で見れば一貫している。風の塊は、前や上に向かって螺旋を描いていた。


「す、凄ぇ……あっという間に蹴散らしていくぞ」

「そのようだ。しかし、決定打にはなっていない」


ククルの風は、無駄に飛び散らせたガノとは違ってちゃんと消し飛ばしている。細かな風刃でも内側に入っているのか、形の定まらないスライムはズタズタだ。


しかし、試練の状況を知ってか待ち構えていたラグニアスは、この色欲の間全体を埋め尽くしていた。

まとめてすべてを消すことなど、出来はしない。


「うん、僕の出番だね」

「見えない傷は、大丈夫なのか?」

「それは言わない約束だよ、クロウ君?

動き回らなきゃ大丈夫だって、多分」

「……」


やや不安の残る言い方ではあるものの、雷閃は心配はないと言い切る。どちらにせよ、彼の力を借りなければスライムの撃破なんてできないのだから、これ以上何も言えはしない。


俺は無言を貫くヘズと共に、軽く腰を落として力を貯め始めた将軍を見守ることにした。


「ふぅ〜……」


柄に手をかけ、左足を下げている雷閃は、鞘の隙間から眩い雷を迸らせながらゆっくりと息を吐く。

俺達からでは傷は見えない。だが、それは確かに彼の肉体を蝕んでいるようだった。


見えないはずの傷は雷が沿っていくことで可視化され、口からは血を流す。表情は歪み、ふらつく体は今にも倒れそうだ。


それでも……彼は決して倒れず、将軍としての役割を果たす。

ルキウスやオリギーから守ってくれた時のように、俺達を助けるために渾身の力を……


"布都御魂剣"


ついに放出された一閃は、入り口から色欲の間の地下空間を丸ごと焼き尽くす勢いで世界を両断する。視界を埋めるのは神々しい雷。天を恐れさせ、地を治める王の剣。


凄まじい輝きは空気を伝って森を裂き、地面を砕き、蔓延るゲルをまとめて消し炭にしていく。


それは中央の闘技場やモニュメントも壊しかねない勢いで、これに巻き込まれたモノが生き残れるとは到底思えないような規模だった。


とはいえ、もちろんククルは無事だ。

おそらくは同格以上の彼だけは、影しか見えないながらも元気に飛び回っている様子が覗える。


悔しいけど、もはや羨ましいとかってレベルじゃない。

俺の幸運より使いやすいとか、わかりやすく強いとかの次元ではなく、もう畏怖を抱かせるくらいのもの。

彼らはやっぱり、神なんだ。




やがて光が収まった頃、目の前に広がっていたのは、もはや地下空間なんて呼べないような吹き抜けだ。

異常な丈夫さで闘技場だけは残っているが、森は完全に燃え尽きて地面もドロドロ。


審判の間として機能していた壁も隣の地下空間までぽっかりと穴が空いていたし、天井には青空が広がっていた。

これでは、ただ森に穴が空いているだけでしかない。


よじ登ればそのまま地上に出られそうだ。

……まぁ、どうせルーンによって防がれるだろうけど。

とりあえず、雷閃は凄い!


「っ……これは、だめだね。守りに関して言えば、この守護者は最強かもだ。全部は消せなかった。無事だよ、あれは」


俺が感嘆の息を漏らしていると、雷閃は膝をつきながら苦しげに言葉を紡ぐ。どうやらラグニアスは仕留めきれなかったようだ。


そもそも俺はちゃんと見えてなかったけど……

威力が凄まじいことだけはわかった。

だというのに、色欲の守護者はあんな規模の攻撃を受けて、まだ無事なのか!? 信じられない。


「けっ、なんだよ。結局あんたもだめなんじゃねぇか」

「ごめんねぇ……次、どうしようか?

ククル君はまだ暴れているけど」


セタンタの暴言に、雷閃は弱々しく笑いながら謝る。

これだけ消耗してまで試練の間を消し飛ばしてくれたのに、なんなんだよこいつは……!!


だけど、彼自身が冷静に次を考えているんだから、俺が文句を言ってる場合でもない。促されるままに視線を動かして、まったく変わらず飛び回る少年を見据える。


彼が殴りかかっているのは、かなり小さくなったスライムだ。しかし、ククルの姿になっているからかすばしっこく、直前までのように吹き飛ばせていなかった。


あれを倒せないと、他を倒しても外には出られない。

さて、本当にどうするべきかな……


「おいクロウ、てめぇの幸運を俺に寄越せ」

「は?」

「幸運だよ幸運。他人にも付けれるんだろ?」

「まぁ、できるけど」


つい素っ頓狂な返事をしてしまうが、彼は気にせず繰り返してくる。何をしようとしているのかはわからないけど、なぜか自信があるみたいだ。

どうせ俺に案はないし、試しにやってみるか……


"幸運を運ぶ両翼"


イメージはチル。もう出てこなくなったので中身はないが、右の碧眼からの連想で青い鳥を生み出し、彼に溶かす。

最近は自分で使う意識になっているからか、その体はぼんやりと青く光り始めていた。


「ん、ありがとよ。んじゃあ、死ねや!!」


ルーン石を砕いた彼が呼び出したのは、いつもの槍。

軽くお礼を言うと、おもむろにそれをぶん投げる。


"ブレイクスルー・ゲイボルグ"


若干青色が移っている槍は、真っすぐとラグニアスの元へ。

ククルとの格闘によって、かなり激しく動き回っているというのに、狙い違わずスライムを穿ってしまった。


「うし、終わったぜ!!」

「……は?」

「んだよ? こんだけスッキリすりゃ、当てるぜ俺は。

あのデカいの全部は無理でも、あのサイズなら一撃だ」

「はぁ〜!?」


苦しそうにしばらく暴れていた粘性生物は、やがてパタリと倒れてしまう。死んではいないかもしれないが、とりあえず撃破することには成功したようだ。


俺の声が響く色欲の間には、いつも通り試練のクリアを示すモニュメントが顔を出していた。




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