320-フェイの画策
ライアン達が案内された村で休息を取り、円卓勢が玉座の間で争奪戦についての会議をしていた頃。
円卓争奪戦の発案者であるフェイは、どちらとも関わらずに単独で森を彷徨いていた。少年の姿でありながら、女王の兄であり円卓の一員。そのくせ、クロウ達にも友好的で侵入者も裁かせない催しを開く。
徹底的に曖昧な立場にいる彼だったが、実際のところどちらにも信用されている。
円卓は血縁者なのだから説明するまでもない。クロウとしても、敵ながらガノを差し向け、目的を応援してくれる者。
侵入者達からすると、殺伐とした全面戦争を避けられた恩人のようなものなのだ。
会議に出席せず、大っぴらに味方してくれることはなくても、誰かに咎められることはない。
森に似つかわしくない小綺麗な格好をして、生命力をまるで感じない枯れた森――死の森ブロセリアンに足を踏み入れる。
「おーい、アフィスティアはいるかい?」
既に死に絶えた森の影から彼を窺うのは、アフィスティアの手足であるところの黒犬たちだ。数え切れない程いるそれらは、侵入者の時とは違ってあまり警戒していない。
むしろ、彼を恐れて近寄りたがっていないようだった。
ザクザクと枯れ葉の中を進み、相手の反応を待っていた彼も、しばらくすると辟易したように首を振って立ち止まる。
「……別に、君の居場所は知ってるよ。礼儀として乗り込みはしなかったけど、無視するなら力尽くで会わせてもらう。
それでもいいのかい?」
小鳥のさえずりどころか、風の音すらも聞こえない静寂の中に、フェイの涼やかな声は響く。
あくまでも穏やかな声音だが、内容自体は脅しとそう変わりない。さらに数分待つと、彼の前には巨大な黒犬が現れた。
「や、アフィスティア。何度も立て続けに突破されたみたいだけど、元気にしてるかい?」
「あ、あたしは……ただ、強欲に貪り喰らうために、この森にいるんだ。別にあんたの思惑なんて……」
「ん、何?」
「……も、申し訳ございません」
懸命に虚勢を張ろうとしていたアフィスティアだが、フェイに笑顔で見つめられるとすぐに折れる。
いつでも飛びかかれそうだった体勢は一転、深々と頭を下げて顎や胴体を土で汚していた。
「あはは! いやいや、別に責めている訳じゃないよ。
むしろ、クロウくんがまだ無事みたいで嬉しいくらいさ。
……うん、ヴォーティガーンと対峙しても、生き残ったみたいだね。ふふ、彼はまた経験を積んだ。何よりだよ」
「は、はぁ……じゃあ、あんたはなんであたしに会いに……?」
ずっと笑みを浮かべている彼は、どうやら外面だけでなく中身も本当に笑っているようだ。
戸惑いを隠せないアフィスティアに、罰を与えたりすることなくにこやかに言葉を紡ぐ。
「君はさ、守護者の中でも群を抜いて真面目に仕事していたじゃない? 審判の間のことも、ここの管理も」
「はぁ、まぁ結果としてはそうだね。
あたし自身が欲を抑えきれなかっただけだけど」
「どうあれ君は、価値を示した。だから勧誘に来たんだ。
今回の円卓争奪戦、君も円卓側で出ないかなって」
「っ……!? つまり、あたしも円卓の騎士になれるのかい!?
あんたら直属の、アヴァロンの管理者に!!」
「まぁ、ラウンズガーディアンとはいかないけどね。
君はそう、いわば円卓側に立つ反逆者。
ラウンズトゥレイターとして麾下に入ってくれ」
興奮して軽く詰め寄りながら叫ぶアフィスティアだったが、フェイは至って冷静に要請する。
現在の円卓の騎士とまったく同じ立場とはいかないものの、それは実質的な出世だ。
永く、アヴァロン国の南方……死の森――ブロセリアンを管理し続けていたブラックハウンドのボスは、迷いなく円卓に従属した。
これより先、円卓争奪戦には鉄壁の守護者が立つ。
反逆者に立ち塞がるは、死を振りまくブラックハウンド達の行進――デスマーチだ。
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アフィスティアの勧誘を終えたフェイは、その足で次の目的地へと向かう。今回は地上の森ではない。
いくつか入り口はあるが、出口は許可のルーン石がなければどこにも存在しない裁きの地。太古の森――ミョル=ヴィドの地下に広がる審判の間だ。
その中でも、特に騒がしい者がいる場所……地下の森が羊たちに押し流されている場所に、彼は足を踏み入れる。
すると、聞き取れるくらいにはっきりと彼の鼓膜を叩き始めたのは……
「ガルルルルァ!! 罪人は逃亡する!! それは万国共通の理なり!! 罪咎が滅することはなくとも、時間を置けば人心は離れ、事実は過去に成り下がる!!
なればこそ、我は弛まぬ憤怒にて世界に刻む!!
地下に潜む悪辣を、蠢く罪過を、この世の醜さを!!」
おそらくはクロウやルキウス、バロールなどを追って未だに暴れ回っているスマートな羊――オリギーの怒号だった。
彼はクロウ達を殺していないので、相変わらず獅子のような見た目に歪んだ角を輝かせている。
もちろん、今目の前に標的がいない以上、常にこの状態ではないのだろうが……フェイが見つけ出した時は、運悪く罪人を探している状態だったようだ。
数多くの一族――アルゴラシオンを引き連れて、通った後の森をぐちゃぐちゃにして進んでいく。
「はぁ……彼も普段は温厚だし、比較的話も通じる人だから誘いに来たんだけど……相当キてるなぁ、これ」
その様子を遠巻きに見つめる彼は、さっきまでの笑顔を消して微妙な表情で頭を抱えてしまう。
キレていなければ温厚で、アフィスティアと同様に話が通じるからと来たのに、荒れ狂っているのだから無理もない。
無限に湧き出る綿で包まれた羊に薙ぎ倒され、エリザベスの力によってすぐに再生していく森を見つめ、ぼんやりと思考を続けていた。
「ただ、守護者を区分するとしたら、アフィスティアと彼だけが益獣、傲慢と怠惰はどちらかと言うと中庸、残る色欲、暴食、嫉妬は尽く害獣だからなぁ。無理にでも止めるか」
結論を出したら行動は早い。
次の瞬間にはフェイの姿は消え、周囲にはチグハグな光景が映し出された。
地面は坂道のように見え、木々は前後左右無茶苦茶な配置で生えているように感じさせる。彼らの標的であるクロウ達にそっくりな姿までもが見えていた。
"ファタ・モルガーナ"
「っ……!? 世界の異変、裁きの妨害!!
不確かな境界は、真実を隠すための罠!!」
周囲の異変を察知したオリギーは、それ以上暴れたりはしない。標的にそっくりな姿を見つけても、冷静に現状を分析して足を止めていた。
それはもちろん、周りのアルゴラシオン達も同様である。
すっかり大人しくなった綿の海に、フェイは霧で姿をぼやかしながら近づいていく。
「や、オリギー。相変わらず怒ってるね」
「……これはこれは、フェイ・リー・ファシアス様ではありませんか。私の元なんぞへ何の御用です?」
「実は、近々円卓争奪戦を開催するんだ。
君、罪人を裁きたいんでしょう?
だったら、円卓側について出ないかなって」
「ほう? それはそれは、実に甘美な誘惑ですねぇ……」
直前まで怒り狂っていたオリギーだったが、もうすっかり怒りを鎮めてフェイの勧誘に耳を傾ける。
その目は喜びに満ちており、ラウンズトゥレイターとなること確実だ。
何度もクロウ達を追い立てた狩人は、最も厄介だったと断言できるような羊は、今この時を持って円卓の一員となった。
これより先、円卓争奪戦には狂気の守護者が立つ。
反逆者に立ち塞がるは、憤怒の具現たるアルゴラシオンの長――オリギーだ。
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フェイの暗躍によって、比較的まともで話の通じる守護者達――アフィスティアとオリギーは円卓側についた。
残りの守護者は話が通じにくく、これ以上増えることはないだろう。
もし、この場にフェイ以外の人物がいれば、間違いなくそう判断していたのだが……
「や、魔眼のバロル。相変わらず暇そうじゃん」
「……楽園を守る棘」
なおも少年は審判の間で探索を続け、本日3人目となる神獣と対峙していた。目の前にいるのは、額まで隠れた眼帯をしている巨人――バロールだ。
この国の王族の姿を認めると、彼は唯一出ている右目を細めて訝しげに呟く。罪人ではあるが、話は通じる人物であるためフェイもにこやかである。
「君、外に出たいんでしょ? 近々円卓争奪戦を開くんだけど、そこで円卓側についてくれるならそのまま解放するよ」
「……是。その提案を受け入れよう」
強欲と憤怒の守護者に続いて、審判の間を彷徨う4人の神秘……そのうちの1人が円卓側についた。
もはや、円卓にとってソフィアの離反など問題にならない。
この国の最強格が、こぞって円卓側で争奪戦に望む。
「ということで、君もどうかな?
円卓側の味方になってくれない?」
2名の守護者、バロールと強者たちを勧誘していくフェイは、最終的に輝く鎧を着た自称皇帝――ルキウス・ティベリウスと対面する。
だが、相手は処刑王の異名を持つ神獣だ。
大剣を振り回しながら、1人高らかに笑っていた変人ルキウスは、愚王らしく声のする方に切りかかっていく。
「フハハハハ!! 余を意のままに操ろうなど、おこがましいにも程があるわ!! 即刻処刑してくれる!!」
「見えていないのに、どうやって?」
「声のする方にいるのであろう!?」
とはいえ、フェイだって彼が素直に応じるとは思っていない。オリギーの動きを封じた時と同じ蜃気楼の中から語りかけており、交渉は常に安全圏からだ。
結果、暴れ回るルキウスが捉えているのは、近くにいるように見えているだけの幻ばかりである。
何の危険もないフェイは、声色から何も読み取らない相手を前に、余裕綽々とした態度で笑っていた。
「そうかもねー」
「フハハハハ!! やはり余の輝きは素晴らしい!!
何人ものフェイを照らしておるわ!! ……なぜだ!?」
「一応言っておくけど、僕達は君を従わせるつもりなんてないよ? 君は僕達から支配権を奪うチャンスを得ただけさ。
円卓の席を手に入れ、いずれ王になると良い」
「……何だと!? そのようなことが可能なのか!!
であれば、余が動くのもやぶさかではないな!! うむ!!」
今回の勧誘の中で最も難色を示したルキウスだったが、そもそも彼は馬鹿だ。1人では試練をクリアできないのに、味方を作ることなく処刑し続けた愚王だ。
全知の力を持ち、円卓では頭脳面で頼りにされている彼と、まともに口論ができるはずがない。
あまりにも簡単に籠絡し、円卓争奪戦への参戦を了承する。
これにより、円卓サイドには守護者が2名、審判の間を彷徨う4人の神秘のうち3人が加わった。
序列2位の離反など、些事である。むしろ、せめてもの慈悲とさえ言えるレベルで、ハンデにもなっていない。
円卓サイドには、反逆者サイドを圧倒的な実力差によって叩き潰すべく、最強のメンバーが揃えられていた。