316-数週間の決着
フェイによって円卓争奪戦の開幕が宣言され、円卓も侵入者も両陣営共に矛を収めていた頃。
人気の少ない森の中では、序列1位のオスカーと天坂海音が、数週間経っても飲まず食わず寝ずで戦い続けていた。
お目付け役として彼らの近くにいる短髪の女性――エポナも、もうすっかり諦めて静止しようとしていない。
戦場が移り変わっても付かず離れずの位置だけをキープし、遠巻きに飲み食いして監視だけをしている。
あくまでも自身の食事ついでに、さり気なく食べ物の匂いも飛ばしているのだが……
数週間も戦い通しているような相手に、通じるはずもなく。
匂いごと森は斬り刻まれ、爆散していた。
もちろん、エリザベスの力によって勝手に再生していくが、結局この光景は変わらない。
太古の森は巨大な水刃に斬られ、天ごとねじ斬られ、槍や刀で片手間にくり抜かれ、身体能力だけでクレーターを作られる。異常に迫り上がった大地は、円形にねじれた森は、天地を繋ぐ楔のような木々や岩柱は、まさに異界だ。
「あの戦い、終わることあるのかな……?
まさかとは思うけど、この監視ってうち1人で永遠にやるの?
油断してると余波で死ぬし、普通にしんどいんだけど」
異界のすぐ近くから見守るエポナは、数週間付き合わされて疲れ切った表情でつぶやく。食事や水分補給はできているが、休息などはろくにできていないのだから無理もない。
瞑想していても疲れるだろうし、オスカー達のようにずっと戦い続けてられているという方がおかしいのだ。
ずっと森を走り回り、体を拭くことすらできていない彼女は、けがこそしていないものの汚れきっている。
目に見える形でも疲労が滲み出ていた。
「というか、何日経ったっけなぁ? ずっとあの頭のおかしい殺し合いを見続けて、感覚が狂っちゃったよ……はぁ」
木の上で監視しながらもフラフラしているエポナは、今にも狂ってしまいそうな危うい表情だ。馬の神獣ながらも凶暴に歯を見せ、不休のお目付け役に満身創痍である。
そんな彼女の目の前で、終わらない戦いは続く。ずば抜けた神秘の中でもさらに規格外な、現実感のない戦いが。
森は果物、大地はケーキのようにサクサクと削れ、ねじれる天によって舞い上がっていた。
並の神秘など、近寄ることすら出来はしない。
この戦いに介入できるとしたら、大厄災のような理不尽の具現や概念に近い者達、神が如きモノ、各国の最高戦力くらいのものだろう。
エポナはズタズタになった精神で戦場を見つめ、守るべき森を見つめ、己に貸せられた役割を見つめ……
やがて、数人の強大な神秘に目を留める。
「……ん? 何あれ?」
森の上を飛び跳ねるようにやって来るのは、いくつかの影。
霧に包まれて飛ぶ少年やパンツスーツの女性、逞しい騎士に、茨で運ばれる細身の青年や少女、逞しい民族服の男だ。
かなり正気を失っている彼女ではあるが、自国のトップの姿は見間違えることはない。おまけに、民族服の男はこの国でもそれなりに知られている。
エポナは瞬きを繰り返し軽く目をこすると、突然現れた強者たちに目を丸くした。
「え、フェイ様!? ソフィア卿にウィリアム卿も!?
あと、まさかとは思いますが……同行しているのはアストランの戦士なのでは……!? どういう状況です!?」
「やぁ、エポナ。監視の任務、ご苦労さま。
状況は知ってるから、後は僕達に任せるといいよ」
ふわりと彼女の隣に降り立ったフェイは、なおも進む部下や侵入者達を見送りながら笑いかける。
同じように武器を持たず、巻き込まれたらただでは済まないローズも、倒さず静止には向かないのでここで待機だ。
いきなりやってきた要人や侵入者に頭が追いついていない様子のエポナは、状況に混乱して目を白黒させていた。
そんな彼女を気にも留めず、ソフィア達はオスカー達の元に向かっていく。
先頭を進むのは、オスカーに次ぐ序列2位のソフィアだ。
駆けつけた中で実力的に最強と言えるのかというと、実際に戦ってみなければわからないだろうが……
目に見える形でオスカーの次に強いため、先鋒を努めていた。ついでに、直前までソンを追っていた熱も冷めていないらしい。誰よりも軽やかに空を舞いながら、鋭い目で怒りを露わにしている。
「まさかオスカー卿と戦い続けているとは……
やはりあの自由人は許せません。これほど厄介な相手を呼び込むなんて……!! 次こそ邪魔が入る前にお灸を据えねば」
「ははは、彼は長いこと帰国していなかったからね。
生きているとわかっただけよかったと思うとしよう。
君だって心配していたじゃないか、ソフィア卿」
「それとこれとは話が別です、ウィリアム卿。放浪していて気を揉んでいたのは認めますが、生きていたのならば自らの行為に責任を持ってもらわねば」
「まぁ、私も君寄りの考えをする方ではあるし、なんとも言えないね。まずはあの方を止めることに全力を注ごう」
宥めようとするウィリアムだったが、彼自身も同じような考えを持っていたらしい。彼女とは違ってやや寛容ながらも、簡単に諦めて目の前の目標に集中し始める。
最優の騎士と最高の騎士。プライベートに近い案件だとやや対応に差はあるが、仕事に対する姿勢は同じだ。
規則や命令を遵守して、きっちりと果たすべき任務を果たそうと全力を尽くしていた。
しかし、この場に集まった者達全員が全員、緊張感を持って全力で任務にあたっているかと言えば、そうではない。
そもそもオスカーと海音を止めに来た4人のうち、半数は別に任務でもなんでもないのだ。燃える彼女達よりも少し後ろにいるライアンとクリフは、のんびりと話している。
とはいえ、一応は森が原型をとどめていないような戦場に介入しようというのだから、まるっきりいつも通りというほどでもない。
話題は向かう先にいる海音について。
緊迫した様子はないが、それなりに真面目に話していた。
「あの海音とかってやつ、円卓の1位とやりあってんのかよ。
八咫の侍って聞いたが、どれだけ強いんだ?」
「お前らの国で言うところの長老数名と連続でやり合って、ピンピンしてるどころか1人倒すくらいだな〜」
「化け物じゃねぇか……」
アストランの長老――獣神と八咫の妖鬼族の支配者――鬼神は同格なので、鬼神3人と戦って1人殺した彼女の強さは十分に伝わったようだ。
直前までは気楽な表情をしていた彼も、海音の強さとそれに張り合うオスカーのヤバさ、休まず殺し合う両者の精神力などを理解し、顔をしかめる。数週間もぶっ通しで戦い続けている超人達は、もう目の前だった。
「念の為に聞きますが、あなた方は剣を止められますか?」
「俺らか〜? ん〜、とりあえず俺はそういうタイプでもねぇかな〜。できなくはないけど、割とパワータイプだぜ〜」
「俺はまぁできると思うぞ。ただ、あの2人は相当強いみたいだからな……そこだけが不安かなー」
「よろしい。では、やはり私達が侍を止めるとしようか。
オスカー卿も身体能力で押し切るタイプだからね」
「えぇ、それでいいですか?」
「りょ〜かい」
4人のうち、誰がどちらを止めるのか。
戦闘スタイルから円卓勢が決めると、侵入者組もすぐにそれを受け入れる。
彼らが抑えるのは、初めて相対する円卓の騎士――オスカーだ。森が斬り刻まれ、大地にクレーターが生まれたり盛り上がったりしている中。両者が離れたことを確認した彼らは、速やかに戦闘を終わらせるべく間に入っていく。
「ッ……!?」
「どわっ!? なんだいなんだい!? 君達誰!?」
抑え役として2人ずつ来たが、実際に2人でやっていたらむしろ仲間の動きを阻害する。そのため、海音の刀を止めたのはソフィア、オスカーの剣を止めたのはライアンだ。
斬撃を受け流された海音は素早く後退し、真っ向から乱入者を吹き飛ばしたオスカーは続くクリフの槍を受け止めながら目を泳がせていた。
「ソフィアとウィリアムが一緒なの見えない?
もちろん、止めにきたんだよ。この無駄な戦いをね」
彼女達を止めに来たのはソフィア、ウィリアム、ライアン、クリフの4人。フェイとローズは途中で離れ、疲れ切っているエポナの元に残ったはずだった。
だが、いつの間にか彼の背後には、兄であるフェイが浮かんでいる。声をかけるまでまったく気配を感じさせず、相変わらず超然とした態度だ。
オスカーは声を聞いてすぐに気がつくと、ボロボロの地面に槍をついて振り返った。
「あれ、兄貴じゃないか。別に無駄ではないと思うけど……
わざわざ来たのかい? せっかく楽しめていたのに」
「大丈夫、もっと楽しいことをする予定だから。
君もこれだけでわかるといいけど……円卓争奪戦を開くよ」
爽やかな風で髪を揺らすフェイは、少し前に女王達に提案したのと同じように円卓争奪戦の開催を宣言する。
オスカーが槍を下ろしたことで、海音も納刀済みだ。
2人共が理解した訳ではないだろうが、戦闘は終わった。
森はみるみる再生していき、元の姿を取り戻す。
再び輝かしい光を発し始めた神秘的な森の中では、たしかな熱が静かに高まっていた。