315-全知の提案
「えーっと、それじゃあ改めて話をしようか? 獣人の王、ケット・シーの王、そして家族を助けに来た獅子王」
全知らしくすべてを見透かしたような瞳で微笑むフェイは、危なげなく着地していた一向へ穏やかに問いかける。
まだ泉の名残もあって、空から、地面の水面から、空気中に漂う泡から、全身に輝かしい光を受けていて神々しい。
背後に控える騎士達こそ、円卓の最上位勢ではないものの、生命溢れる神秘的な森の中で、彼はまさしく神だった。
この太古の森――ミョル=ヴィドに侵入してから、ほんの数分後に遭遇してしまった、明らかな敵。
口ぶり的に、ここに来ることを知っていて待ち構えていたと見てもいいだろう。
とはいえ、求められたのは戦いや降伏ではなく対話。
既に本来の姿に戻っているライアンは、どうするべきか判断しかねて周りの仲間達に目を向ける。
クリフは同じく完全な人の姿に戻り、キングはいつも通り顔をしかめて面倒そうだ。後から来た2人は、トップとは違って警戒を強めていた。
もちろん、パッと見の人数的には、決して不利ではない。
円卓側はソフィアが離れたことで、フェイ、テオドーラ、アルム、ビアンカの4人しかいないのだから。
しかし、彼らが乗っている馬はパートナーの神獣だ。
1人だけ徒歩だったのは去ったソフィアなので、実際にこの場にいるのは8人であると言える。つまりは8対5。
まだ中にも仲間はいるが、現時点では幾分不利である。
盟友である王は無視して、その部下2人の反応を見たライアンは、茨の槍は携帯サイズのままで身構え、口を開く。
「話って何の話をするつもりだ〜?
俺達のことはほとんど知ってるみたいだけどよ〜」
「うん、まぁ確かにあらかた知ってはいるよ。
ただ、僕が知るのは実際に起こったことだけだから。
目的とか見えないものは、一応言葉でも確認しないとね。
あとはこれからのこと。せっかく獣人やケット・シーの……
あはは、少し長いね。獣王、猫王、獅子王とでも呼ぼうか。
実力的にも能力的にも、獣王と獅子王は逆だけど」
ジャルなど今すぐにでも襲いかかりそうだというのに、彼は余裕の表情で話を続ける。
1人だけ馬――ソフィアの相棒であるセクアナから降りて飛んでくるが、残りの面々は降りもしない。
唯一背中が空いているセクアナすらも、その場で黙って待機していた。話しながらふわふわ浮いてくる彼を見ると、流石のクリフも若干身構えて文句を言う。
「おいおい、わかってんなら獣王だなんて呼ぶなよ」
「ほんとね。ボクだって猫王だなんて呼ばれたくないよ。
アールに勝手に担ぎ上げられただけなんだから」
「でも、立場としてはそうじゃない?
獣人のリーダーと、ケット・シーの象徴なんだから。
端的でわかりやすいし、スルーしてくれない?」
「そうだぜ〜、俺だって獅子王だなんて言われてんだ」
「それは普段からみんな呼んでるだろ」
フェイの言葉には納得しかけていた2人の王様だが、ライアンはまた別らしい。間髪入れずに反論し、ムッとしたような視線を送る。
だが、全体としてみればこの場でその呼び方をされることは受け入れたようだ。
肩を竦めて黙り込み、視線をミョル=ヴィドの奥に向けてやや姿がぼやけている少年は、スルッと話を再開させた。
「うん、まぁそんな感じで。とりあえず僕は、君達の目的を聞きに来たんだよ。あぁ、大丈夫。確認するだけだから」
目的と言われたライアンは口を開きかけるが、彼に遮られたことですぐさま黙る。
見えないものは聞かないといけないと言っていたのだが……
フェイはあまりにもこの場の空気を支配しており、一切口を挟ませない。
薄っすらと微笑んでいる少年は、ただそこにいるだけで他を圧倒する存在感を放ち、ひたすらに美しかった。
「まず、君達の目的はクロウ君を助けることだね?」
「……そうだぜ〜。何で名前とか知ってんのか気になるけど、手遅れだなんて言わねぇよな〜?」
「次に、そもそもクロウ君が来た目的は、この森にいるって教えられた暴禍の獣を殺すことだね?」
返答と同時に質問を返すライアンだったが、フェイは何も聞こえていないかのようにスルーし、質問を続ける。
彼は眉をひそめるが、選択肢などない。
わずかに視線を強めながらも、大人しく答えていく。
「はぁ、そうだよ〜。別にこの国に敵意はないぜ〜」
「なるほど。彼と君達の言葉に差異はないね。
であれば、僕の目的は定まった。予定通りこのまま続行だ」
「お前、何なんだ〜? 敵じゃねぇの〜?」
「んー……僕の立場としては、間違いなく円卓側だよ。
だから彼女達は護衛に来てくれてる。僕は無力だからね」
「意味わかんねぇよ〜……」
「とりあえずわかるのは、こういうやつは大抵油断ならねぇってことだぜ。この怠惰な王様みたいにな」
「はぁ……どういう意味だい、それ?」
「さーな?」
1人で勝手に納得したフェイは、もう話は終わったとばかりに黙り込む。敵かどうかという問いには軽く答えるが、細かな説明などはなしだ。クリフ達のじゃれ合いも無視して、ただ遠くミョル=ヴィドの奥だけを見つめていた。
護衛として一緒に来ていたらしい円卓の騎士騎士達も、この間ほとんど動かない。より正確に言えば、彼女達もフェイの真意がわからず困惑しているようだった。
ライアン達としても、特に敵意があるようには感じられず、自分達の事情を踏まえて何か思惑がある様子の相手に手は出せない。すぐにクリフ達も静かになり、謎の沈黙が満ちる。
しかし、その時間もそう長くはない。
黙って遠くを見ていた彼の視線の先からは、段々と何者かがやってくるような音が響き始める。
数はあまり多くないが、それは明らかに馬の蹄の音。
つまりは少数精鋭の騎士――円卓の騎士の誰かであり、侵入者であるライアン達からすると、どうにか避けたい増援だ。
「おい、これは増援じゃないのか?
お前が敵なのか味方なのか、速やかにはっきりさせろ」
キラキラと眩いミョル=ヴィドの中を走ってくるのは、3騎の騎馬だ。ジャルは瞬時にそれを理解すると、バロンの静止も振り切って飛び出し、フェイに槍を突きつける。
だが、それでも少年は動じない。
護衛の円卓達はざわめいているのに、当の本人は全知らしく超然とした態度で効率的に人質を作る獣人を見上げた。
「大丈夫、安心しなよ。僕はこの森を統べている女王の兄――フェイ・リー・ファシアス。君達に手は出させないから。
ただ単に、役者が揃ったということさ」
「……」
フェイの言葉を受けて、ジャルもゆっくりと槍を納める。
ここまで敵意を見せずにいたのだ。円卓の側にいながらも、敵対するつもりがないのはおそらく本心。
むしろ、槍を突きつけたままだと余計な火種になりかねない。あくまでも効率的に、彼はバロンの元に戻っていく。
「やぁ、エリザベス。調子はどうだい?」
再び全員が大人しくなり、崩れ行く移動要塞以外は動きも音もしなくなった頃。この場には3騎の騎士がやってくる。
1人は、この場を御するフェイの妹――この森の女王で、ドレスアーマー姿の少女エリザベス・リー・ファシアス。
1人は、王城の守護を担当していた円卓の騎士序列3位――最高の騎士ウィリアム・ライト。最後の1人が、勝手に王城の警護をしていた円卓の騎士序列11位――気難しい騎士ラークだ。
増援どころか、この国の王が最前線に出てきてしまい、最初からフェイについて来ていた騎士達は頭を下げる。
その前を通ってきたエリザベスは、女王らしい威厳に満ちた態度で自分よりも幼い姿の兄に言葉を投げかけた。
「……兄上、なぜそのような者達と共におられるのです?」
「僕から少し提案があってね」
「提案、ですか?」
「そう、提案」
厳しい表情をしていたエリザベスだったが、兄の言葉を聞くと批判よりも戸惑いを強める。彼女が黙れば、他の騎士達も口は挟めない。その隙に、フェイは速やかにこの場の全員に向けて提案していく。
「僕達円卓はこの国の秩序を保つためにいる。
だけど、今回攻め入ってきた面子は手強く、戦いは裁きではなく戦争になるだろう。国は荒れ、役目は果たせなくなる。
それは彼らにとっても本意ではない。彼らはあくまでも、暴禍の獣の討伐と家族の救出に来たのだから」
「しかし、それがこの国のルールです。今更覆すなど、従属下にある人間に示しが付きません。不満を持つ子だっているのですよ? それに、侵入したことは事実。
いるかもわからない大厄災の討伐と家族の救出?
ルールを破っておいて、勝手にもほどがあります」
「うん、その通りだね。だから、それを巡って争おう。
円卓は罪人を裁くのか、ルールに反逆するのか。
円卓が勝てば諸共裁き、反逆者が勝てば大厄災を討つ。
同時に、クロウ君の罪も消えて解放さ」
「それはつまり……」
役割を果たすか、ルールを守るか。
どちらの言い分も尤もで、兄妹は対等に議論する。
しかし、ついに核心に迫ったフェイの言葉に、エリザベスは結論を察して目を見開いた。その視線を真っ向から受け止めると、少年は太古の森の光を一身に浴びながら言い放つ。
「うん。このフェイ・リー・ファシアスの名の下に宣言するよ。アヴァロンの行く末を決める、円卓争奪戦の開催を!」