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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
352/432

314-森の狭間で

氷の坂道を駆け登った移動要塞は、ライアンに押し出された勢いで空を飛ぶ。空中では樹木の支えもなくなるが、代わりに葉っぱが飛んでくるため体勢は崩れない。


室内からは悲鳴が上がっているものの、今更止まれもしないので、彼らは各々の反応を示しながらアヴァロンへと突入する。


「うわぁぁぁっ……こんな飛行は初めてだよっ……!!」

「俺も、流石にここまでの無茶振りはしたことねぇよ」

「飛んだことあるやつがぐだぐだうるさいぜ〜。

俺はほとんど飛んだこともないんだからさ〜」

「うるさいッ!! 走ってるやつがごちゃごちゃ言うな!!

何とかしないともうすぐ墜落するぞ!!」


フェンリルと化して森を飛び越えているライアンが軽く言うと、残る2人は息を揃えて怒鳴りつける。


事実、車をぶん投げた本人である彼だけは、それに乗ることなく自分で森を飛び越えているため無理もない。

風で髪を逆立てた彼らのあまりの勢いに、ライアンも思わずタジタジだ。


ギョッとしながらも、大人しくそれを受け入れながら墜落をどうにかしようと話を誘導した。


「お、おおう……とりあえず墜落な〜。

俺としては、キングが1番適してると思うんだけど〜……」

「ここまでやったなら最後まで責任持ちなよ」

「そうだぜー、俺とか本当に何も力になれねぇんだから」

「えぇ……? 俺さっきの全力で疲れてんだけどな〜」


やはり2人から墜落への対処を任されることになったライアンは、口から冷気を吐き出しながら眉尻を下げる。


だが、何もできないクリフはともかくとして、キングは本当に何もしないつもりのようなので、動かない訳にはいかない。


空中に氷で足場を作ると、それを足場にしていち早く地上に向かう。降り立ったのは先程までとは違い、生命力には溢れたフカフカの大地と瑞々しい木々の中。


爽やかな風が吹いていると錯覚してしまうような太古の森で、彼は極寒の冷気を全身から吹き出した。


"獣化-大口真神"


吹雪の中からチラチラ見えているのは、さっきまでの狼とは少しばかり見た目の違う狼だ。

よりほっそりしていて凛とした気風を携えているが、負けず劣らず研ぎ澄まされた威圧感を放っている。


そして、司る属性もフェンリルの氷とは少しだけ変わって、柔らかくも恐ろしい雪だった。

彼はあっという間に一面を雪景色にすると、地面よりもふかふかな雪のクッションで車を受け止めていく。


もちろん、作ったからもう大丈夫という楽観的な判断はしない。これ以上怒鳴られることがないように、雪を落下地点に集めて受け止めていた。


「うっし、ちゃんと着陸できたな〜」

「中のみんなはしばらく動けないだろうけどね。外の状況は伝えられてないし、何かにしがみつけたとは思えない」

「ははっ、外にしがみついててよかったぜ」


妙に盛り上がった雪に埋もれた車の上で、状況に応じて対処していた彼らは自分達の無事を喜ぶ。


中のメンバーはその状況を知らなかったので、身構えることもできずにシェイクされてしまっただろうが……

全員がもれなく神秘なので、間違いなく命に別状はないだろう。彼らも特に心配はしない。


実際に、もはや走行不可能な移動要塞が着陸してから数分後。少しずつ部品が落ちていく家の中からは、白い閃光と共に槍を突き出した獣人達が出てきた。


「ふぅー……どんなやり方で突破しやがったんだクリフ。

この家は壊れたが、最高率だったんだろうな?」

「死の行進を耐えきるものはおらず、我らは鎧を殺すことでようやく難を逃れたと言える。

無事だったのだから水に流そう、この雪のように」

「それもこれも、アヴァロンでの活動基盤ができてからの方がいいですよ。もっとも、あなたは関係ないでしょうが」


崩れかけの家から姿を現したのは、弟子達に他の仲間の無事を確認するよう言ってきたジャルに、相変わらずペースを崩さずにハープボウを奏でるソン。

そして、クラローテのことをローズに任せてきたバロンだ。


室内がごちゃ混ぜにされている状況でも対応し、まったくの無傷だった彼らは、口々に文句や意見を言いながら近づいてくる。さらに、その直後……


"アラウンドレイク・アロンダイト"


周囲に雫が浮き始め、邪魔な雪を消し飛ばすように水の斬撃が咲き狂う。とはいえ、殺意はまったくないようだ。


段々と見えてきた地面……泉のように澄んだ地面から放たれる水刃は、移動要塞には一切手出しをせずに雪だけを溶かしている。雪の支えを失ったことで、車は倒れてしまった。


この技の発生源は考えるまでもない。崩れ落ちる車から瞬時に脱出していく彼らの目の前には、4頭の馬に乗った者達と、斬撃の主である騎士――円卓の騎士序列2位のソフィア・フォンテーヌがいた。


「む、対応が早いなソフィア卿。もう彼らの侵入に気がついていたのか。まぁ、フェイ様の手引だろうが」

「お久しぶりですね、自由人。又はソン・ストリンガー卿。

面倒な相手に許可証を奪われ、侵入者と共に侵入してきた罪で審判の間に落とさせていただきましょう。……死ね」


マントを羽ばたかせながら優雅に降り立ったソンだったが、相対するソフィアはえらくご立腹の様子だ。

丁寧な言葉に丁寧な返事を返すも、すぐさま湖と化した地面を利用した水刃を飛ばして殺しにかかる。


彼女は円卓の騎士で、ソンもまた円卓の騎士。

それも、序列6位というそれなりの地位にいる者だ。

だというのに、前後左右あらゆる方向から斬りつけており、明らかに本気で殺す気だった。


しかし、刹那的に放浪しているソンも、腐っても円卓の騎士である。黙ってやられることはない。


無表情のままで特に驚いた様子も見せず、ポロロンとハープボウを奏でて糸を飛ばす。周囲に拡散した糸は、筒状に彼を包んで斬撃をすべて防いでしまった。


「落ち着き給え、私は何もしていない。

彼女に奪われはしたが、それは彼女の罪だ。

この侵入に関しても、私はついてきただけ。

帰る方法がなかったのだから仕方ないだろう?」

「何もしていない……それが問題なのでしょう?

あなたが守れなかったから、森に天坂海音が侵入した。

彼女は暴れ回り、今もオスカー卿と殺し合っている。

昼夜問わず、飲まず食わずでもう何週間も戦い通しです。

あまりにも頭がおかしい、ふざけてます。

さらには、今回の侵入をあなたは止めなかった。

門番である私は、あなたに罪があると断言します。

たとえなくとも、私情であなたを斬りましょう、自由人」

「なんということだ……泉は常に不幸を振りまく。

帰りたいという欲すらも、不誠実になるとは」


ライアン達が呆気に取られて言葉を失っている中、ソフィアとソンは延々と言い争う。その間も、森には自由自在に咲く水刃が吹き荒び、糸は悲哀を以て受け止めていた。


アヴァロンに降りかかったあらゆる面倒事は、ソンが帰ってきたことから生まれたので、無理もないことなのだが……

あまりにも、冷静な口論には似つかわしくない光景だ。


雪はとっくに溶け切り、既に常春の楽園は幻想的で優しい光を放っているというのに。太古の森は、2人の騎士によって木の葉を散らしていく。


これには、ソフィアと一緒にいた者達――彼女のパートナーを借りているフェイ、テオドーラ、アルム、ビアンカらすらも口を挟めない。


ただ苦笑し、離れていく彼女達を見つめている。

とはいえ、彼が見逃されているのは、ソフィアの怒りがあるからという以上に、彼が円卓の騎士だからだ。


ライアンなど、彼と一緒にこの森を訪れた他の面々は、普通に他国の侵入者。いきなり裁くことはなくとも、見逃す理由もない。


円卓の騎士を3人も引き連れた少年――女王の兄であるフェイ・リー・ファシアスは、全知らしくすべてを見透かしたような瞳で微笑み、言葉を紡ぐ。


「えーっと、それじゃあ改めて話をしようか? 獣人の王、ケット・シーの王、そして家族を助けに来た獅子王」



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