313-望み高き攻防
まとわりつかせているブラックハウンドを手足のように操るアフィスティアは、四足歩行を活かして車上を飛び回る。
車をこれ以上侵入させないために、三獣士に攻撃を仕掛けるついでに移動要塞自体を殴って大暴れだ。
斜面になっている場所でも、今の彼女は前足を腕にしているので落ちることはない。
3人を相手にしていることで、落ちやすい場所に追いやられても、猿のようにグルっと回って再度向かってきていた。
車上に立っているライアンは吹き飛ばされ、空中からそれを見ていたクリフ達は焦燥感を滲ませながら言葉を零す。
「くっそ〜、こいつは落とすのしんどいな〜」
「チッ、これ以上こいつにばっか構ってたら雑魚に止められるぞ。もうこいつの相手は俺がする。
あんたらは援護と車を守るのを頼むぜ」
「はぁ、仕方ねぇか〜……」
今までは3人でアフィスティアと戦っていた三獣士だったが、車への被害が大きくなってきたことで方針転換する。
この戦場でも全力で戦えるクリフは変わらない。
しかし、力を制限されている2人は移動要塞の防衛に移行だ。
車から落ちかけているライアンは渋い表情をしているものの、余裕がないので無駄に反論したりはしなかった。
段々ヘコまされたり穴が空いたりしていることで、宙を舞うことになった壊された部品を、苦々しく見つめている。
もちろん、元々サボりたいキングにはまったく異論はない。
むしろ嬉しそうにしながら、ステッキを振るって風の滑り台のようなものを作り出していた。
「オッケー。まずは獅子王の救出をっと」
「おぉ〜? 助かるぜキング〜。
ついでだから最後に一撃、食ってけ化け犬〜!!」
キングにカバーされたライアンは、風の斜面を滑って車上に戻って来る。だが、その帰還は最後の抵抗でもあったのか、着地点はアフィスティアの真後ろだ。
おまけに、彼女には白熱した槍を握るクリフが接近していて気に掛ける余裕がない。螺旋を描くように遠回りして戻ってきたこともあって、隙だらけだった。
彼は腰から抜いた茨の種槍を握りしめて普通の槍の大きさにすると、それに炎や氷、光などをまとわせながら突き出していく。
"其は、呪いを穿つ茨槍"
「っ……!? あなたいつの間に後ろに!!」
気づくのが遅れたアフィスティアは、弾いたクリフの槍に手を焼かれながらも身を捩る。襲い来るのは災いを呼ぶ茨槍――以前ローズが創り出した、災いを振りまく呪槍だ。
かするだけでも無事では済まない恐怖の槍であり、おまけに今は神秘を吹き飛ばしてしまう刺突となっていた。
初見でありながら、それを肌でひしひしと感じ取っているらしい彼女は、防ぐために手段は選ばない。
手にブラックハウンドを液体のように纏わせると、口内のように底の見えない闇で振り払う。
"ハングリーハンド"
祓魔の刺突と貪欲な横薙ぎは、飲み込み崩れていくかのような悍ましい音を轟かせながら激突する。
その威力は凄まじく、弾けた闇の余波によって周りの黒犬が食い千切られ、引き裂かれるくらいだ。
溶けるように消えていく群れの中で、両者の攻撃は拮抗する。飛び散った犬の血すら弾く勢いであり、彼らにはキングの炎弾すら届かない。
誰の邪魔もされずにぶつかりあった2人は、結局決着がつくことなく弾かれ向かい合った。
「あなた、本気を出せなくてその強さなのかい? 単純に、能力を使うことを本気だと勘違いしているのではなくて?」
「ん〜……ん〜? 能力を使わなくて本気とかあるか〜?」
キングの元素弾がブラックハウンド達を薙ぎ払い、死屍累々の地獄を生み出している中で。不思議そうなアフィスティアがつぶやいた言葉に、ライアンは首を傾げて考え込む。
どちらも深い思惑などなく、その場で思ったことをポロッと零しただけのようだが、実のところかなり重要な内容だ。
空を飛んでいた人型のグリフォン――クリフは、周りの黒犬を潰しながら彼女に襲いかかり、笑う。
「あっはは、それを敵であるあんたが言うんだな。
まぁ、俺も前から思ってはいたけどさ。
獅子王は能力をそのまま使いすぎてるってな」
「どゆこと〜?」
なぜか話す雰囲気になっていたが、現状は何も変わらない。
操られたブラックハウンドの群れはずっと暴れ回っており、一刻も早くそれらとボスのアフィスティアをどうにかしなければならなかった。
白く燃える太陽の槍で敵に立ち向かうクリフは、燃やしても燃やしても補充される黒犬に辟易した様子を見せながら会話を続ける。
「リューって小僧は風の神秘だが、ただ力任せに風を放出するだけじゃねぇだろ? お前も変身するだけじゃもったいないってことだよ。あれだよあれ。お前の力は動物に変身することだろうけど、さっきからレグルスに変身することなく、光だけ纏って使ってるだろ? そういう戦い方も、本気だと認識する方がいいかもよって話だ。まぁ、ここじゃ伸び伸び使えないって言えば、結局間違ってないんだけどさ」
「あ〜、なるほどな〜。神獣の姿の方がいいこともあるけど、大抵はこのまま使う方がいい……
要はちゃんと意識して使い分けろってことな〜」
「そうそう。神獣も強力な個体は人型になる。
それは何も理由なしでなる訳じゃない。
力は神秘の補強でそのままなのに、器用さや小回りなんかを得られてより便利になるからだよ」
「あんたらッ……!! 戦闘中に舐めてんのかい!?」
延々と向かってきながら話を広げる彼に、アフィスティアは堪らず激昂する。自分から始まった話題ではあるが、やはり片手間に相手されているのは腹が立つようだ。
相手を吹き飛ばして思い切り腕を広げると、一気に集まってきたブラックハウンドを操って黒い濁流を生み出す。
もちろんそれは指示を受け動く、意思を持ったものなので、ただ押し寄せてくるだけではない。
槍を振るえば避け、弾を放てば身代わりを差し出しながら後方の者は道を開けて数を保ち続けていた。
自分達を足場に空にも手を伸ばすため、逃げ場などどこにもない。移動要塞がギシギシと悲鳴を上げている中、彼らは全員が飲み込まれていく。
ただし、ライアンだけは別だ。彼は自分の周囲に氷のドームを作り出すことで、触手的な動きの犬を阻んでいる。
中にいる彼は、もちろんどこにもフェンリルの要素を顕しておらず、完全に彼の姿のままだった。
「半獣化はそこそこ使ってるけど、あれも応用っちゃ応用か〜……要素ごちゃ混ぜの合成魔獣も、全部を使ってないから応用なのか〜? いや、変身せずに使えって話なら〜……」
外界を遮断する氷のドームの周りには、ブラックハウンド達が山のように積み重なっていく。神秘的な氷などとっくに覆い隠され、黒く染められていた。
そんな中で、ライアン・シメールは思考を巡らせている。
獣の王という呪いの、本来の力である獣化。
それを人のままで一部使った半獣化。
獣化中に使うことの多い、各神獣の力をそのまま利用したもの。人の身で纏う、各神獣の属性。
彼がしている戦い方はこれらであるが、まだ足りない。
属性や特性を纏うだけではなく、力そのものを支配する。
ヴィンセントが鬼人の力を、リューが竜人の力を得ているように、彼という神秘は擬似的な獣人として……
"野生解放-カルノノス"
ライアンが槍を振り抜くと、氷のドームは真っ二つになって周りのブラックハウンド達も吹き飛んでいく。
その真ん中にいる彼は人のままで、だがこれまで取り込んできた神獣の力を全て支配していた。
「こういうことだな〜」
ニヤリと笑った彼は、軽く屈むと一瞬でその場からかき消える。その足に蹄はないが、スレイプニル顔負けの瞬発力だ。
身体能力のみで空へ飛ぶと、周囲の木から伸ばした枝や空中に現れた水、氷などを足場に光速で移動していく。
それはあくまでも移動であり、高速移動中は細かな操作などできはしない。
だが、その余波だけでブラックハウンド達は吹き飛んでいき、一部は槍にぶつかって細切れだ。
車に乗っている敵を一通り風圧で吹き飛ばした彼は、触手として使う黒犬でクリフ達を押し潰すアフィスティアの前に。
車の表面上に怪しげなサークルを描きながら、力を強奪されている彼女を槍で吹き飛ばす。ギリギリで防がれ、致命傷にこそなっていないが、外へ向かう力は止まらず彼女は死の森の中に消えていく。
「なっ……!?」
「うへ〜、これは人のままじゃ負担凄いな〜。頭がグラグラするぜ〜。ただ、俺自身の体だし確かに戦いやすいな〜」
「ちょっとちょっと、やっぱり本気を出すのはだめじゃん。
せっかくボクが加減してたのに、車壊れちゃったよ」
「え、マジか〜」
アフィスティアは森の中に消えたが、車は既にボロボロだ。
走っている衝撃だけで崩れ、今にも大破してしまいそうだ。
キングの指摘によってそれに気がついたライアンは、反動を気にする余裕をなくして顔を青くする。
しかし、何もできずに固まるだけではない。
彼は再び跳躍すると、移動要塞の前方へ。
槍を振るうことで氷の坂道を作り出し、周囲から生やした神々しい樹木で崩れかけの車を押さえて補強。
人の身に宿した巨人――スリュムのパワーや熊――ヴォーロスの膂力などを駆使して、ミョル=ヴィドに向けて投げ飛ばした。
「おいおいおい、何でもありになったなライアーン!!」
「完璧に近づいて早速これか、獅子王くん!!
こんな刺激的な冒険はいらないんだけど!?」
「あっはっは、これならあの犬も追ってこれねぇぞ〜。
このまま突き進め、目指せアヴァロン〜!!」
叫ぶ盟友を尻目に、獣化してフェンリルの姿になった彼は空飛ぶ移動要塞を先導する。目指すは太古の森ミョル=ヴィド。
神獣の国アヴァロンに攻め込むため、彼らは空を飛んだ。