312-攻略、死の森
アツィリ、ポラリスにより造り出された移動要塞が、死の森ブロセリアンの眼前に止まってから数十分後。
それは凄まじい足音と共に、車輪を軋ませて進撃を始める。
引っ張っていくのは、数体の巨大なトウモロコシ人間。
森が枯れたように生命力を失っていることもあって、木々は何ら障害になることはない。それらの拳は木々を折り曲げ、家の外壁によって粉砕し、整備された道路と変わらないようなスピードで突き進んでいく。
敵が攻撃を仕掛けてきた時のため、外にくっついて待機しているライアン達は、風に吹かれて笑っていた。
「あっはっは、すごいな〜これ。
どんな悪路も直進とは恐れ入ったぜ〜」
「まぁ、アツィリさんの力だからなー。ただ、この森の魔獣が出てきたら話は別だ。気は抜くなよ?」
「任せとけって〜。中の仲間を危険に晒す訳ねぇだろ〜?」
体を支えていない方の手を広げ、全力で風を感じている様子のライアンは、明らかに普通の旅行みたいに楽しんでいる。
すかさずクリフが釘を刺すが、まだ敵はいないのだから別に緊張しすぎる必要もない。彼自身もまだ力を抜いていることもあって、呑気に言葉を返していた。
だが、ここは死の森。すべての命が貪られたブロセリアン。
審判の間では強欲の試練を司っているアフィスティアを筆頭に、食欲の権化のような黒一色の群れ――ブラックハウンドが支配している世界だ。
クロウ達が踏み入ってすぐに囲まれたように、爆速で進む車にもそう時間をおかずに黒い影が迫ってくる。
影は前後左右、いたるところから。痩せこけた森を進む車は、まるで黒い濁流の真ん中に浮かぶ船のようだった。
いち早くそれを察していたキングは、面倒くさいという思いを隠そうともしない。遅れて気がついた彼に、すべて丸投げするような言葉を投げかけるて笑う。
「じゃ、ボクらも含めてきっちり守ってよ、獅子王くん。
早速ここの支配者――黒犬が来たからよろしく」
「いやいや、車上での迎撃はお前の方が得意だろ〜。
そりゃあもちろん俺もやるけどよ〜」
"半獣化-ケット・シー"
わずかに顔をしかめているライアンだったが、言葉通り本気で迎撃を始める。茨の槍は邪魔にしかならないので、サイズを体に合わせることはない。
小さな状態で腰にさしたまま、生やした尾を振って氷などの遠距離弾幕を生成していく。中でも最も多いのは氷と炎だ。
ドーム状になったそれらは、光と熱を乱反射することで彼の口に生えた牙を輝かせていた。
敵は通った後には死しか残さない、デスマーチとも呼ばれる黒犬の群れだが、今にも弾けそうな弾幕は質・量共にそれらに負けてはいない。
次々と飛びかかってくる黒波に向かって容赦なく放出され、縦横無尽に飛び回り始めた炎や氷の塊は、前後左右どころか空中から迫るブラックハウンドすら吹き飛ばしていた。
とはいえ、流石に1人で殲滅するのは不可能だ。
捉え損ねた犬は少しずつ車上に乗り込んできて、まずは外にいる彼らを狙い始める。
「ほらな〜? お前も少しは働けよ〜」
「そうだぜー。登ってきたやつは俺の獲物だが、お前に攻撃するやつに関してはスルーするからな?」
「はぁ? じゃあボクもやるから君も乗ったの全部ね」
クリフは野生の力を解放し、雄々しい翼で飛びながら車上の黒犬を貫くが、怠惰な王様を狙っている様子の個体に関しては素通りさせている。
ライアンが吹き飛ばすのも地上や空中のものばかりで、彼を守るものは何もない。彼やクリフを狙うものはすぐに殺されているため、車上の個体はキングだけに向かっていった。
このままサボれば、死ぬまではいかずともけがをすることは確実だ。助かりたければ自分で対処するしかない。
丸投げしようとした彼も、不承不承ながら尻尾やステッキを振るい、神秘の技を行使していく。
ふわりと浮いたまま、犬の爪牙をすり抜けるように躱すと、押し寄せていた黒犬は丸焦げになって車から落ちていった。
「もちろんよ! みんなでやるなら普通にそうするさ」
まんまと共闘を成功させたクリフは、槍を振るいながら満面の笑みだ。乗り込んでくる敵が明らかに少なくなったこともあり、軽やかな動きで次々に対処している。
しかし、ブラックハウンド達だって馬鹿ではない。
いや、彼ら自身はそこまで知能が高い訳でもないのかもしれないが……ともかく、馬鹿の一つ覚えのように襲い続けることはしなかった。
その群れ――デスマーチがライアン達に吹き飛ばされていることで、移動要塞はやや勢いを落としながらも進み続ける。
空いた隙間から押し通り、左右からの攻撃で揺れながらも、間違いなく神秘の森へ向けて前進していく。
そんな中、止まらない車に痺れを切らしたのか、このままでは抑えきれないと諦めたのか、デスマーチは唐突に消え去り静かになった。
陸に押し寄せていた高潮が引いていくかのように、次の来襲に向けて力を貯めているかのように。
殺された仲間の死体すら残さず平らげ、ブラックハウンドは消えてしまった。
トウモロコシ人間はここぞとばかりにスピードを上げるが、車上にいる3人にとっては不気味でしかない。
すっかり外にいた時と同じように静まり返った森を見回しながら、警戒を解かずに身構えている。
「ん〜、乗り切ったのか〜?」
「スンスン……いや、むしろ危険な香りが強まってるぜ」
「キミ、そんなに鼻が効くの? 口が嘴だから、視力とかのイメージの方が強かったんだけど」
「おいおい、胴体は獅子だぜ? 今さら気にすることか?」
「何でもいいって〜。どうせボスだろ〜?
俺はその匂いわかんねぇけど、嫌な気配を感じるぜ〜」
「そうだね。ボクの目にも見えてるよ、巨大な黒犬の姿」
軽口を叩きあっていた3人は、それぞれの方法でデスマーチのボスの気配を感じ取る。匂い、第六感、視力……
使う部分は違うのに、見ている方向は皆同じだ。
直進している移動要塞から見て、進行方向の右上。
やけに黒く思える木の葉の中には、冷徹な目を光らせながら横たわる巨大な黒犬――アフィスティアの姿があった。
おまけに、彼女の周りには撤退したブラックハウンド達が集合している。座っている木は上から下まで黒く染まっているし、しがみつけない者も隣の木にしがみついていたり地面に伏せていたりして、近くにはいた。
そのすべてが空腹そうに涎を垂らし、目を爛々と輝かせているのだから恐ろしい。号令さえあれば、今すぐにでも襲いかかってくること間違いなしだ。
予感の証明はすぐに。隙を伺っていた彼女は、ライアン達に気づかれたことで立ち上がって獰猛な牙を見せる。
「うっふふふ。今回は数が多いし、実力も折り紙つきの奴らばかりなんだねぇ。全員食べちゃいたい。
あんた達もそうだろう? 足である乗り物を狙って、上にいる奴らも中にいる奴らも引っ張り出しな」
"尽きぬ食欲は探求へ"
アフィスティアの命令を受けて、ブラックハウンド達は再び死の行進――デスマーチとして移動要塞に向かっていく。
しかも、ただ命令通り車を狙うだけではない。
今回のそれらは彼女の手足。暴禍の獣のように触手を出すことなく、強欲の獣は無数の手足を意のままに操っている。
もちろん、ただ触手代わりの黒犬に任せっぱなしにするなんてこともなしだ。手足を自由自在に操る彼女は、その流れや枯れた木々を伝って移動要塞に乗り込んできた。
「あたしはこの森を任されているんでねぇ。
ちゃあんと食べて、死の森にしておかなくちゃ」
ライアンやキングの攻撃をものともせず、アフィスティアは獲物として3人を見据えている。一部、炎球や氷球、光球などの攻撃を受けて焦げたりしているが、関係ない。
移動要塞も車輪が怪しい音を立て始め、中にいる者も狙われたことで全体的に軋み始めていた。
当然、中のメンバーもローズの茨などで対抗しているので、すぐに侵入されることはないだろうが……
このまま押され続ければ、ミョル=ヴィドに到達することなく大破すること確実だ。その元凶と対峙しているライアン達は、笑みの裏に焦りを滲ませている。
「っ……!! お前ら、ちょっと本気でまずいぞこれ〜。
俺は自由に変身できねぇし、キングもサボらず戦えよな〜」
「……ふん。ボクを何だと思っているの?
キミの分も戦うし、この程度の相手に負けるつもりもない」
「あんたの切り札も、ここじゃ使えないからな? 勝利条件はこの森を抜けること。押し出すぜ、車に配慮しながら」
ライアンは巨人の力など、大きな神獣の力を使えない。
キングは言葉を紡いで起こす、世界を書き換える規模の力を使えない。
それに対して、四足歩行を始めたアフィスティアは今なお巨体で、むしろ足場であるこの車を破壊することが目標だ。
実質無数の手足を持つ化け犬と、本気を出せない三獣士。
死の森で唯一の生命群である彼らの、アヴァロン攻略前哨戦が始まった。