29-科学の国
俺達がそよ風から降り立つと、そこにあったのは色とりどりに輝く街だった。
火の優しい明るさとは違った、少し目に痛い光。
それは建物の材質のせいでもあるようで、その灯りの極彩色を乱反射していてすごく眩しい。
ところどころに装飾された大きめの氷も置いてあるので、それにも反射している。
もはや反射しないものの方が少ないくらいだ。
しかも、道を歩く住人達はサングラスをしている。
建物の材質か灯りの強さを抑えるかすればいいのに……
建物も反射するだけでなく、最低でも10メートルはありそうな程巨大で厳つい。
上の方はよく見えないが、とうやら道で繋がっているようだ。
街全てがこの大きさなのは普通にすごいと思う。
これが科学……なのだろうか?
少なくともこんなにギラギラした街は見たことがない。
神秘よりは科学に近いものではあるのだろう。
人々の服装も様々で、分厚いコートを着込んだ人もいればなにやらツルツルしたような服の人もいる。
普通の背丈の人も多いし、閉塞的ではあっても多様性はあるようだ。
そのおかげで俺達の服装も恐らく目立っていない。
だが、それものんびりしていい理由にはならないので急がなければ。
「じゃあ宿屋探すか?」
「そうだね。リュー、はぐれないでね」
「いやいや、馬鹿にすんなって」
「お嬢も珍しい物に気を取られないように」
「はーい」
「騒ぐのも勘弁な……」
ヴィニーが色々と釘を刺すが、リューはそれでも何かやらかしそうな気がする。
でもフーもリューのことはよく見てるだろうし大丈夫かな。
少し不安に思いながらも宿屋に向かう。
しかし、正直どの建物も似たようにギラついていて区別がつかない。
早く一息つきたいんだけどな……
「誰かに聞かねえ?」
雪が降る中数十分間歩き続けたが、一向に見つからずリューがそんなことを口にし始めた。
俺としては、関わり合いになる人数は抑えたいところだが……
確かに見つけられる気もしない。
それに、たまに1人で喋ってる人もいるし少し声をかけにくいということもある。
悩ましいな。
「みんなはどう思う?」
リュー以外からも同意があるならそれでもいいかもしれない。
そう思い声をかける。
「私も聞くほうがいいと思うな。本当に建物の区別がつかないもん」
「俺は様子を伺いながらならいいと思う。もちろん手分けして少人数ね」
「じゃあそうするか……組分けはくじでいいよな?」
「うん」
荷物の中に入っていたくじを取り出して組み合わせを決める。
その結果は、俺とロロ、ヴィニーとリュー、ローズとフーだ。
リューとペアじゃなくて助かった……
「じゃあついでに色々見ておこうか。30分後にここに集合ね」
「了解」
目印は……この街でも高い方の建物ってとこかな。
まあ近付けば神秘で分かるし大体でいいか。
「よし。ロロ、行くぞ」
「あいさー」
俺達が見に行くのは、現在地から南西に近い方角。
ぱっと見は同じようなものばかりだが、少し賑やかな場所があるようだ。
まずはそこからかな。
~~~~~~~~~~
声を頼りに進んでいくと、そこにあったのは広場だ。
100人は入りそうな広さだが、今は目算で50人位の人が集まっているように感じる。
そして一番俺の目を引いたのは、1人の男。
集団の真ん中に近いテーブルで、飲み物を飲んで寛いでいる金髪の痩身。
……うん、呑気だ。
「クロー?」
「ああ、悪い。仲間がいたから寄らせてくれ」
明らかに知り合いだったので、声をかけようと近寄る。
だが、彼はまるで気が付かないので少し笑ってしまった。
相変わらずだな……
「よう、ライアン?」
「ん〜? おっクロウじゃねぇか〜。おひさ〜」
「もう来てたんだな」
「昨日な〜」
彼はそう言いながらもマイペースにコップを傾けている。
昨日……か。だとしても馴染みすぎだろ。
本当にすごいなこいつは。
「クロー、この人だれ?」
「ん、こいつはライアン・シメール。別行動してた仲間だよ」
「よろしく〜」
「うん、よろしく。オイラ、ロロ」
「神獣か〜‥‥」
「食うなよ?」
「もう食う必要はないんだよな〜」
あれ?
こいつの呪いは食べないといけなかったはずだけど……
そう思い聞いて見るが、彼自身にもよく分かっていないようで、取り敢えず座れよと言われる。
本人が分からないのなら、次にシルに会った時に聞いてみるかな……
少し気にかかったが、俺達は取り敢えず促されるまま席についた。
「お前ここで何してたんだ?」
「なんか面白いやつがいてな〜。ほれ、前見てみ〜」
言われた通りに広場の中央を見ると少女が1人、手にルネッサンスリュートを持って立っていた。
ゆったりとした白い外套のようなものに身を包んで、体を揺らしている。
吟遊詩人ってやつかな?
ライアンが面白がるってどんなだろ……
俺も少し気になってきたので、じっと待ってみる。
数分もすると、彼女は短い物語を紡ぎ始めた。
そこまで大きい訳でもないのに、世界中に届きそうなほど澄んだ声だ……
『はるかな昔 彼の地に座するは巨大な力
それはかつての支配者 この星を統べたもの
滅びに際して深い眠りに落ちたもの
彼は力を失った 星そのものたる神秘の手に落ちた
無限の氷 永遠の氷 それは日輪すら封じる夢幻の神秘
だが、閉じた大地にて再びそれは燃え上がる
かつての文明に火を灯す
開拓者よ 気をつけろ
目覚めは近い 選択の日はすぐ側に』
氷……この国の科学の物語かな?
気をつけろ、か……この国の歴史を知らないからよく分からないな。
科学にも問題があるのだろうか……
取り敢えず言えることは、素晴らしい声だってことだけだな。
「な? なんかすげぇだろ?」
「そうだな……」
「オイラにはよくわかんないや」
「なっはっは〜、俺も分からねぇよ〜。ただ、凄そうってだけだな〜」
まあ、面白いってのは分かったしいいか。
俺が思考を放棄し、ただその余韻に浸っていると……
「あら? あなた達……」
「ん?」
吟遊詩人の少女が俺達に目を止め、笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。
なにやら友好的な雰囲気だ。
「久しぶりね。いえ……まだ初めましてかな?」
俺とロロは確実に初対面だ。
ライアンは会ったことがあるのか? と彼を見てみると、彼も心当たりが無いようで変な表情をしている。
「あー‥‥初めましてだと思うがけど、あんたは?」
「ふふ、ごめんね。懐かしい顔だったから。
えっと……これで分かるかな?」
彼女がそう言うと、オーラが濃く現れる。
今まで全く気が付かなかったが、魔人だ。
「なっ、この至近距離で隠してたのか!?」
「私も割と古い神秘なのよね。だからちょっと得意なんだ」
「得意で出来るもんなんだな〜」
俺は思わず腰を浮かせてしまうが、ライアンはやっぱり平常運転だ。マジで大物だな……
少し関心していると、彼女は薄く笑いながらそれを否定した。
「私はちょっと例外かな。普通は多分無理」
「例外?」
「ええ。私は時の旅人。
名前はないから、呪いの名……壊れた懐中時計と呼んでほしいな」
時……名前が無いってことは大厄災か?
危険な感じはないが……
「大厄災ではないわよ」
「ならよかっ‥‥」
「……多分」
「え」
クロノスは、俺が少し気を緩めた瞬間にひっそりと一言添える。
いや、中々に爆弾発言をかましてくるな!?
念の為、警戒はしておこう……
「あ、ごめん。私みたいなタイプ――暴れていない魔人みたいな存在の大厄災判定は、大体あの子がするのよね。
だから、私はどう判断されているか知らないの」
「あの子?」
「叡智の結晶よ。もう会っているって聞いてるのだけど」
……魔人名か? シルが俺達に力を使った時のあれ……だよな?
「ああ、会ったぞ」
「うん、よかった。……話がすごく逸れていくわね。
えっと、最初の質問は……ごめん、もう時間みたい」
唐突に彼女はそう言うと、少しずつ輪郭がぼやけていく。
体も段々と透明に近くなり、まるで幽霊のようだ。
「は!?」
俺達は驚きのあまり、つい席から立ってしまう。
だが、クロノスは落ち着き払って言葉を続ける。
『まだ聞こえてるかな?
私は自分の意志とは関係なく、時間を旅してるの。
だから、あなた達とは未来で既に会って‥‥』
……周りの人は、彼女が消えたことに特に疑問を持ってはいないようだった。
そもそも認識していたのだろうか。
先程までと変わらず賑やかな空間だ。
「消えちゃった……」
「……あの人っていつからここにいたんだ?」
「あ〜‥‥分かんね。気づいたら発声練習みたいなことしててよ〜。人並み外れてたから、聞いてみて〜って思ったんだわ〜」
「……いつかシルに聞くか」
「司書か〜?」
「ああ」
ヤバい……何から何まで疑問を残して行ったぞあの人……
何なんだマジで。
~~~~~~~~~~
それからすぐに集合時間が近いことに気が付き、俺達は集合場所まで戻ることにした。
もちろんライアンも一緒だ。
集合場所に着くと、他のみんなはもう既に戻ってきていた。
いち早く気づいたのはローズだ。
ライアンを目ざとく見つけ、驚いたように話しかけてくる。
「あれっライアンじゃん! もう来てたんだ!」
「お〜う、おひさ〜」
「うん、久しぶり」
対してライアンはの〜んびりと挨拶を返す。
和むなぁ。
そしてロロの時と同じように、初めて会うフーとリューとも挨拶を交わす。
リューとは気が合いそうだよな。
それが終わると、ライアンが泊まっているという宿に案内してもらうことになった。
彼は昨日からなので流石に宿屋を知っている。
そのお陰で、多少迷ったりもしたがどうにか着けた。
その宿屋というのは、やっぱり他の建物と同じようにギラついたもので到底そうは見えない。
これは自力は無理だ、とその場の全員が思った。
明日から何を見ていくかは未定だが、こんな異質な国なら何かしら得るものはありそうだ。
そう期待に胸を膨らませながら旅の疲れを癒やした。
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