306-修行の結果は実戦で・後編
4チームに分かれたヴィンセント達は、それぞれ1種類の魔獣を討伐または数を減らすために指示を受ける。
中でも、真っ先にジャルの監視の下、実戦訓練を受けることになった彼の目の前にいるのが……
「これが、テオナナカトルか」
木や土の匂いが血生臭く染まり、森がざわざわと揺れる中。
蟻やジャガーを斬って赤く濡れた剣を握るヴィンセントは、『見守られている』という意識を捨ててつぶやく。
目の前で唸り声を上げているのは、全身にきのこを生やした巨大な熊――テオナナカトルだ。きのこのインパクトが強いが、もちろん熊そのものも小さな山のようで侮れない。
とはいえ、やはり最も気にかかるのはきのこだろう。
最も大きいきのこは頭部の物だが、それ以外にも肩、背中、胴体、腕、脚ともはやきのこの塊と言えるくらいにきのこしかなかった。さながら、きのこの山である。
おまけに、ジャルの話によればそのきのこもただのきのこではないらしい。むしろ、より危険な本体はきのこの方。
俗に神の肉とも呼ばれるような代物で、実質的にその熊の心を支配して操っていのだという。
高揚感や陶酔感を与え、根を張った生物を凶暴化させているという、寄生きのこ。それがこのマジックマッシュルーム――テオナナカトルだった。
「手遅れになった熊を殺し、きのこは焼却か……
仮面があってよかったけど、この巨体は手こずるな」
まき散らされている菌を見ると、彼はすぐさまいつもの仮面を被る。昨日ジャルによってヒビが入れられていたが、神秘ならば衣服にもある程度修復力が働く。
獣にとって毛皮が服であるように、人にとっては服が毛皮なのだから。すっかり綺麗になった狐のお面は、体外からの干渉を……きのこをまき散らす菌を完全に遮断していた。
「鬼人化はまだ完全ではない。けど、未来視だけで勝つのも難しい。まぁ、実際には鬼人の力による剣技もあったみたいだけど……それを、正しく自覚して完全な鬼人化をしなきゃ」
熊に寄生し、明らかにパワータイプであるテオナナカトルと、未来視以外は特に能力のない、剣士としての技術だけが攻撃手段のヴィンセント。
対極にいる彼らは、片や全身のきのこを不気味に発光させ、片や額に角を生やしながら激突した。
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ケット・シーの国で、アールに竜人のアンプルを投与されたリューは、ヴィンセントと同じくジャルの修行を受けた。
しかし、リューは彼のように単独のチームにはならなかった上に、その討伐対象も……
「……おい、本当にこんな奴らが俺の課題か?」
まとっている風がさわさわと木の葉を揺らす中。
カシャカシャと騒がしい地上を見下ろし、体に何枚かの鱗が生えるリューは腹立たしげに吐き捨てる。
眼下にいるのは、ただ普通よりも大きいだけの蟻――アスカトルだ。もちろん、大きくなっているだけのことはあり、全身の甲殻はメタリックで硬そうではあるが……
どう見ても人間よりは小さく、ただ普通よりも大きくて数が多いだけの魔獣にすぎない。その数によって、アストランの周囲ならどこにでも現れることで脅威となっている雑魚。
そんな魔獣だった。
ヴィンセントは巨大な一頭の魔獣と対峙しているのに対して、自分は数が多いだけの雑魚の相手をさせられる。
その事実を彼は納得できず、同行しているフーにたしなめられていた。
「この数、大変」
「んなことはわかってる。けど、修行にはならねぇだろ」
「ヴィンセント、パワー。お兄ぃ、繊細さ」
「俺が大雑把だってのは認める。ただ、今は竜人化の訓練をしてんじゃねぇのかって言ってんだよ」
「体の……本能の使い方?」
「隅々まで制御し、竜人の本能を理解しろってか?
じゃあやってやる。お前みたいに風使えればいいんだろ?」
妹としばらく言い合いをしたリューは、ジャルに似たようなことを言われていたこともあって、渋々手を持ち上げる。
その手で作り出されるのは、普段よりも数倍小さな弾丸だ。
最初に手のひらの中で小石程度の風の弾丸が生まれ、直後に彼の背後にも質よりも繊細さを意識した無数の弾丸浮かぶ。
当然、それらはどれも今までのように弾けて飛ぶ弾丸。
だが、大きな弾丸をぶつけ合っていた時よりも、明らかに精密な動きで蟻を狙っていた。
"魔散弾-フーガ"
蟻が危機を察知する前に、弾丸は雨のように降り注ぐ。
一発一発の威力はそこまで高くはない。だが、一発も無駄にすることなく、弾けながら連続で直撃するため、アスカトルの甲殻も容易く吹き飛ばしていた。
砕かれ爆散していく蟻の群れからは、それらの体液が吹き出して木々を濡らす。空中にいるためかかることのないフーは、漂う匂いにわずかに顔をしかめながらも拍手していた。
「……ふん。こんなもんか、繊細な操作ってのは」
「お兄ぃ、すごい」
「当然だ。こんなもん、相手にならねぇよ」
「でも、不満?」
パチパチと兄を讃えていたフーだったが、ひとしきり拍手し終わると離れた位置を指差す。すると、そこにいたのは木陰に立っているジャルだ。
それに気がついたリューは、その場に浮かんだまま表情や顔の動きだけで用件を促していく。ちゃんと察したジャルは、特に叱ることもなく呆れ顔である。
「風でやっても意味がないだろう。お前に馴染まされた力は心ではなく体のもの。違う部分を伸ばすな、体のみでやれ」
「はぁ? そりゃ風なしの大剣だけってことか?
んなかったるいことやってられるかよ」
「そうか? 俺ならば槍一本で瞬殺できるが」
「チッ……やりゃいいんだろ、やりゃあ」
「わかればいい。救援要請にも関わることだ。
速やかに片付けてくれよ」
説得を終えたジャルは、再び跳躍してどこかへ消えてしまう。おそらくどこかで見守っているのだろうが、やはり直接戦闘に関わるつもりはないらしい。静かに気配を消す。
そんな獣人とは対照的に、散々挑発されたことで、残されたリューはキレる一歩手前だ。皮膚の一部にくっついていた鱗はみるみる増え、感情を反映してか、前回よりも荒々しく刺々しい姿になる。
しかし、まだ竜人化は完璧にコントロールできていないため、翼は風の代わりにはならずにゆっくり降下していた。
再びわしゃわしゃと集まってくるアスカトルの中へ、蟻と彼の第2ラウンド開幕だ。
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蘆原晴雲に鬼人の力を注入されたヴィンセント、アールに竜人の力を注入されたリューとは違って、残りの2人はただ狩りに駆り出されただけだ。
ケット・シーの国では、本当に好き勝手お茶会ばかりやっていたクイーンは、殺意の塊のようなジャガー――オセロットに包囲されながら叫ぶ。
「ジャガー――オセロットを殺せですって……!?
私は、ケット・シー――猫ですのよ!?
別物ですけれど、限りなく近い神獣!! 酷くありません!?」
特に肉食にこだわらない雑食猫と、嬉々として肉に飛びついていく生粋の狩人ジャガー。のんびりと日々を過ごす怠け者のケット・シーと、アストラン周辺で日々闘争に明け暮れているオセロット。
生き方が真逆であるため、クイーンの悲鳴は本物だ。
もちろん彼女も森の二番手ではあるのだが、相手はよだれをダラダラ垂らしながら牙を光らせる猛獣である。
腰が引けてしまっているのも、無理はない。
とはいえ、それもビビって戦えなくなる程ではない。
いくら間違った人間の文化を学び、遊んでばかりいようと、腐ってもケット・シーの女王(自称)だ。
叫びながら尻尾を回し、茨の宮殿を生み出していく。
"ソーンパレス"
「ガ、ガルル……」
「お死に遊ばせーっ!!」
綿密に練り上げられた茨の宮殿は、あらゆるものを食い滅ぼすオセロットでも食べられない。城から伸びる茨の腕に、次々と捕らえられ、絞め殺されていった。
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同刻。密林の中でも、かなり水気の多い地域。
沼地とは違って、綺麗な水が汚れを押し流している河畔林の辺りでは、やはり1人のヴァイカウンテスが流れていた。
一応は魔獣の討伐を任されていたはずなのだが、動く素振りは見せない。逆に、そんな彼女を追って犬のような姿の魔獣が追っている始末である。
「……ぷかぷか。なんか四足歩行の獣がいる。なんだろう?」
ジャルによって連れてこられたこの地域にいるのは、水棲の犬――アーウィソウトル。もちろん犬といっても、魔獣である以上はかなり危険な存在だ。
尖った耳を持ち、毛皮はゴムのように黒く光沢があり、長い尾の先には猿かアライグマのような手がある。
この環境に適応している、水中の狩人だった。
そんなアーウィソウトル達は、無抵抗に川を流れていく彼女へ次々に噛みついていく。
「あぅ、あぅ、痛い……はぁ、面倒だけどやるしかないか」
手足に噛みつかれたヴァイカウンテスは、ここまで来てようやく戦う気になったようだ。不機嫌そうに浮かぶと、水面に波紋を描きながら尻尾を振るう。
"パァン"
瞬間、水に適応した犬達に襲いかかるのは、鋭い氷の弾丸だ。空中を泳ぐように舞いながら、その尻尾の先から無数の氷弾を飛ばして敵を蹂躙している。
水には耐性のあるアーウィソウトルだったが、氷はそこまでではない。むしろ、たとえ貫かれなくても濡れた体は凍りついていくため、天敵レベルに効果絶大だった。
パァン、パァンと氷の弾丸は撃ち続けられ、増えすぎた危険な水棲の魔獣はかなりの数を減らすこととなる。